九十九VS英星館(2) 三浦のドリブル
試合は、九十九が予想以上に食らいついていた。
九十九 14 ― 17 英星館。
1Q残り三分。
体育館は、開始直後よりむしろ熱を増している。
「九十九やれてね?」
「三浦やば……」
「速っ」
ざわめきが広がる。
コート中央。
三浦がボールを持った。正面には、英星館の二年ガード。
さっき一度抜かれているせいか、距離を大きく取っていた。
警戒している。
三浦は低くドリブルをつく。一回、二回。
だらりとした姿勢。力が抜けている。
今にも止まりそうな、緩いリズム。
だが。
浅葱は知っていた。ここからだ。
次の瞬間、三浦が消えた。
「っ!?」
観客席がどよめく。
違う。速いだけじゃない。
“切り替え”が異常だった。
ゼロに近かったスピードが、一歩で百まで跳ね上がる。
踏み込みが見えない。反応した時には、もう横を抜かれている。
「止めろ!」
英星館側が叫ぶ。ヘルプが飛ぶ。
だが三浦は減速しない。
細い隙間へ身体ごと突っ込む。肩がぶつかる。それでも止まらない。
そのままレイアップ。決まる。
「うおっ!?」
歓声。
三浦は無言で戻る。顔だけが険しかった。
英星館のSG板倉が少し感心したように言う。
「へぇ」
二宮蓮は、ベンチで静かにコートを見ていた。
何も言わない。ただ視線だけが、三浦と浅葱を順番に捉えている。
*
「ナイスっ!」
犬飼が戻りながら叫ぶ。三浦は返事をしない。
「つーか先輩、一人で突っ込みすぎでしょ」
「うるせぇ」
「でも助かってます!」
「どっちだよ」
犬飼は笑う。
実際、三浦が点を取っていた。英星館相手に、個人技で押し返している。
その事実だけで異常だった。
浅葱はコートの端で息を呑む。
見えてはいる。
三浦の加速。英星館のローテーション。
空く場所。次の動き。全部、頭では分かる。
でも、身体が追いつかない。
「っ……」
パスコースは見えた。犬飼も空いていた。
だが、一瞬迷った。
その瞬間には、もう英星館が閉じている。
速い。いや。判断が早い。
「遅ぇ」
紫苑がぼそっと言う。
浅葱は悔しそうに歯を噛む。
「……分かってる」
「見えてんのに出せねぇの、一番ヘタレだぞ」
容赦がない。だが、否定できなかった。
*
次の攻撃。英星館。
トップからパスが回る。一見普通。
だが。
「っ」
浅葱は目を見開く。
全員が、“次”を知っている。
スクリーン。カバー。合わせ。
動きに無駄がない。
板倉が外へ開く。一瞬空く。
そこへ、迷いなくパス。
撃つ。遠い。なのに――入る。
ネットが揺れた。
「はぁ!?」
犬飼が叫ぶ。
「そこ撃つ!?」
観客席もどよめいていた。
板倉は平然としている。戻りながら、指を軽く立てた。
英星館ベンチも静かだった。当たり前みたいな顔をしている。
「意味分かんねぇ……」
犬飼が引き気味に呟く。
浅葱は、その光景から目を離せなかった。
すごい。悔しい。でも、楽しい。
こんなバスケがあるんだと思った。
「一条!」
熊谷の声。
浅葱はハッとする。
「次、もっと積極的にパスを出せ」
「……はい!」
ボールを受け取る。
深呼吸。見る。
英星館は速い。でも、見えないわけじゃない。
犬飼が走る。三浦が逆サイドへ流れる。
一瞬、ディフェンスが三浦へ寄った。
空く。浅葱は反射的にパスを出した。
鋭いチェストパス。犬飼が受ける。
「おっ」
そのままレイアップ。決まる。
体育館が少し沸いた。
犬飼が笑う。
「ナイス!」
浅葱は少しだけ目を見開く。
今の。通った。
紫苑が鼻を鳴らす。
「やっとか」
だが次の瞬間、三浦が舌打ちした。
「もっと早く出せただろ」
「っ……」
「今の、一歩遅ぇ」
浅葱は言葉に詰まる。
正しい指摘だった。
見えてから、出すまでが遅い。英星館相手だと、その一瞬で閉じられる。
悔しいが何も言い返せない。
*
第1Q終了。
九十九 21 ― 22 英星館。
観客席がざわついていた。
「一点差?」
「九十九、普通にやれてね?」
「三浦エグ……」
英星館ベンチ。
蓮が立ち上がる。空気が少し変わった。
板倉が笑う。
「行く?」
「はい」
蓮は短く答える。
その目は、ずっと浅葱を見ていた。静かに、まっすぐに。
浅葱の背筋が、ぞくりと冷えた。
紫苑が楽しそうに笑う。
「――とうとう、お出ましか」




