九十九VS英星館(3) 二宮蓮参戦
第2Q開始。
英星館は、二宮蓮を投入した。
それだけで、コートの空気が変わった。
歓声が上がる。
「蓮くんだ……!」
「来た!」
女子の黄色い声まで混ざる。
「……アイドルかよ」
犬飼が引いた顔をする。三浦は舌打ちをした。
蓮は騒ぎを気にする様子もなく、静かにコートへ入った。
視線だけが鋭い。まるで温度が低い。
浅葱は無意識に息を呑んでいた。
「……空気違う」
「当たり前だろ」
紫苑が笑う。
「アイツ、本物側だからな」
蓮がボールを運ぶ。
それだけなのに、英星館全体の動きが変わった。
人が、スペースが流れる。誰も止まらない。
蓮がドリブルしながら、視線だけ横へ流す。
次の瞬間。
背面。ノールック。
「――っ!?」
浅葱は目を見開く。
ボールが、蓮の背後から滑り出る。――ビハインドパス。
パスが放たれた場所に、ちょうど板倉が走り込んでいた。
キャッチ。即シュート。ネットが鳴る。
歓声。
「うおおっ!?」
「今の何!?」
九十九ベンチが静まる。
浅葱は呆然としていた。
見えていないわけじゃない。むしろ逆だった。見えてしまう。
だから分かる。あのパスが、どれだけ異常か。
「……視線で釣ってる」
浅葱が小さく呟く。
紫苑が笑った。
「ほう」
「パス出す直前、一瞬だけ逆を見るんだよ……」
浅葱はコートを見つめたまま続ける。
「だからディフェンスが、そっちに引っ張られる」
ほんの一瞬。でも、その一瞬でズレが生まれる。
蓮は、その隙間に通していた。
紫苑が口角を上げる。
「ちゃんと見えてんじゃねぇか」
だが、見えるのと、できるのは別だった。
次の攻撃。三浦がボールを持つ。
真正面には蓮。
観客がざわつく。
関東四大エース同士の対決だった。
三浦は低く構える。
ドリブル。リズム。緩急。
ゼロから百へ。一気に踏み込む。
速い。
普通の相手なら、これで置き去りだった。
だが、蓮はついてくる。
「……っ」
三浦の目が変わる。
さらに切り返す。左。右。揺さぶる。
それでも、蓮の重心が崩れない。
静かに無駄なく読み切っている。
「甘い」
蓮が初めて口を開く。
次の瞬間。
バチンッ!
スティール。
「な――」
三浦が目を見開く。
蓮はそのまま加速した。
速い。けれど、三浦みたいな爆発力とは違う。
滑らかだった。最短距離で最適解だけを選ぶように。
一歩。二歩。ゴール下。
跳ぶ。
「っ――!」
ダンク。
リングが鳴る。
歓声が爆発した。
「やばっ!!」
「二宮!!」
女子の歓声も凄かった。
「きゃああっ!!」
浅葱は少し引いた。
蓮は表情一つ変えず着地する。
三浦だけが、悔しそうに歯を食いしばっていた。
「クソが……」
紫苑が冷静に言う。
「アイツ、“完成されすぎ”だな。全てが高水準」
英星館は止まらない。
板倉が撃つ。3Pラインから遠い。ディープスリー。
「は!?」
浅葱が思わず声を漏らす。
遠い。明らかに遠い。
だが――入る。
ネットが高く鳴った。
観客席がどよめく。
「今の入る!?」
「射程おかしいだろ!」
さらに、持田のポストプレー。
独特だった。踏み込みが読めない。
一歩目が遅いのに、気づけば身体を入れ替えられている。
半身。ターン。逆ステップ。フック。
入る。
熊谷が歯を食いしばる。
「ッ……!」
強い。
英星館は、全員が強かった。しかも噛み合っている。
浅葱はコートに立ちながら、何度も置いていかれた。
パスは見える。スペースも見える。でも身体が追いつかない。
判断が遅れる。一瞬迷う。
その一瞬で、英星館は次へ行っている。
「っ……!」
浅葱がボールを持つ。視線を上げる。
空いている。犬飼に出せる。
だが、横から影。
蓮だった。
速い。いや、距離感がおかしい。
気づいた時には、もう目の前にいる。
その瞬間、蓮の目が、わずかに細くなる。
「……?」
違和感。そんな視線だった。
浅葱の背筋が冷える。
次の瞬間、蓮が動く。
パスコースを読まれ、ボールを奪われる。
速攻。そのままレイアップ。
決まる。九十九ベンチが静まり返った。
浅葱は息を呑んだ。
試合はそのまま進んだ。九十九は食らいつけない。
三浦が個人技で点を取る。熊谷が身体を張る。犬飼も繋ぐ。
だが、追いつかない。英星館は崩れない。
ブザーが鳴った。
蓮が近づいてくる。
「一条浅葱」
「……え」
「今日は違うんだね」
浅葱の心臓が跳ねた。
「違う?」
「あのストリートの時と」
蓮は静かに言う。
「空気が別人だった」
見抜かれている。
浅葱の背筋に冷たいものが走った。
だが、蓮はそれ以上追及しなかった。
ただ、じっと見ている。まるで、何かを探るみたいに。
その視線が、妙に怖かった。
「勘いいな、アイツ」
紫苑が笑う。
「お前の中の“違和感”、もう気づき始めてる」
*
第2Q終了。
九十九 34 ― 51 英星館
十七点差。
体育館がざわつく。
「やっぱ強ぇ……」
「英星館えぐいな」
九十九ベンチの空気は重かった。
三浦が椅子を蹴る。
ガンッ! 大きな音。
「クソが……!」
「三浦」
熊谷が低く言う。
「当たるな」
「うるせぇよ」
「空気悪くしてどうする」
「なら止めろよアイツら!」
ピリつく。
犬飼も珍しく黙る。浅葱も何も言えなかった。
悔しい。
でも、どうすればいいのか分からない。
その時。
「浅葱」
紫苑が呼ぶ。低い声だった。
浅葱が顔を上げる。
紫苑は笑っていた。楽しそうに、獰猛に。
「第3Q、身体を貸せ」
浅葱の呼吸が止まる。
「……え?」
紫苑はゆっくり立ち上がった。
「流れ、変えてやるよ」




