九十九VS英星館(1) 試合開始
英星館との練習試合が決まった翌日。
九十九高校バスケ部の空気は、朝から妙に浮ついていた。
「マジで来るんスか、英星館」
犬飼が何度目か分からない確認をする。
「来る」
熊谷は短く答えた。
「しかも向こう、かなり本気らしい」
その言葉に、部室が少し静かになる。
英星館学園。関東最強。全国常連。
そして。
二宮蓮のいる高校。
浅葱は黙って話を聞いていた。正直、まだ実感がない。
あの日のストリートから、全部が急すぎる。
「つーか」
不機嫌そうな声を放ったのは、三浦だった。
壁にもたれたまま、露骨に機嫌が悪い。
「何でコイツが普通に試合出る流れになってんだよ」
視線が浅葱に向く。浅葱は少し肩を縮めた。
「まだ入ったばっかだろ」
「まあまあ」
犬飼が間に入る。
「練習試合だし」
「そういう問題じゃねぇ」
三浦は舌打ちした。
「英星館相手だぞ」
その言葉には、少しだけ本気の熱が混じっていた。
三浦にとっても、特別な相手なのだ。英星館――特に二宮蓮は。
同じ関東四大エース。
その一人として名前を並べられている以上、意識しないわけがない。
熊谷が口を開く。
「向こうの要望らしいぞ」
「は?」
「二宮蓮が“一条浅葱を出してほしい”って」
三浦の眉が寄る。
「……マジかよ」
熊谷が続ける。
「それに実際、一条の視野は使える」
三浦が眉をひそめた。
「は?」
「パスセンスがある。お前にはない能力だ」
「ケンカ売ってんスか」
「事実だ」
熊谷は真顔だった。
犬飼が笑う。
「あと三浦先輩、一回負けてるじゃないですか」
空気が止まった。
三浦の目が細くなる。
「……犬飼」
「はい」
「殺すぞ」
「怖っ」
だが犬飼は笑ったままだった。
浅葱は居心地悪そうに立っている。すると。
「ま、あの日のアレがもう一回出るなら面白いけどな」
三浦がぼそっと言った。
浅葱の心臓が跳ねる。紫苑が後ろで笑った。
「期待されてんぞ」
「絶対違うでしょ……」
三浦の視線には、わずかに警戒も混じっていた。
*
試合当日。九十九高校第一体育館。
開始一時間前だというのに、すでに人が多かった。
ギャラリー。他校の生徒。スマホを持った見学者。
「やば……」
浅葱は入口で固まった。
犬飼が笑う。
「二宮蓮パワー」
確かに、体育館の空気がいつもと違う。
期待。熱気。ざわめき。それらが充満している。
観客席の後方。
朝比奈雫は腕を組みながらコートを見下ろしていた。
隣の女子が興奮気味に話している。
「絶対二宮見られるよね!?」
「動画で見たけどマジでイケメンだった!」
雫は適当に相槌を打ちながら、視線を浅葱へ向けていた。
最近ずっと、あいつがおかしい。
別人みたいな瞬間がある。あの日の動画もそうだ。
今日だって。コートに立っているだけなのに、以前とは妙に空気が違う。
「……何なんだろ」
小さく呟く。
その時。
体育館入口がざわつく。空気が変わる。
英星館だ。
黒と白のジャージ。統一された歩幅。無駄のない動き。
入ってきただけなのに、空気が締まる。
「うわ……」
犬飼が引いた声を出す。
「強豪校って感じ」
本当にそうだった。九十九とは違う。
“慣れている”。
注目されることにも、勝つことにも。
その集団の中心に、二宮蓮がいた。
百八十六センチの身長。長い手足。静かな目。
歩いているだけなのに、視線を持っていく。
観客席が一気に騒がしくなる。
「二宮だ……」
「やば」
「本物じゃん」
蓮は周囲を気にする様子もなく、まっすぐコートを見ていた。
そして、浅葱と視線が合う。
一瞬、蓮の静謐かつ鋭い瞳は確かに浅葱を捉えた。
浅葱の背筋が冷えた。
「……来たな」
紫苑は楽しそうだった。
その後ろから、別の選手が現れる。
長身。精悍な顔。片手でボールを弄っている。
「板倉だ」
犬飼が小声で言う。
「3Pの名手。英星館の爆撃機」
その後ろには、さらに大柄な三年。一歩ごとの圧が違う。
「持田さんまでいるのかよ……」
九十九側が少しざわつく。
強い。素人目でも分かる。
空気が違う。
英星館は、“勝つ側”のチームだった。
*
試合開始。
ジャンプボール。熊谷が競り負ける。
その瞬間、英星館が動いた。
速い。ボールが止まらない。
一回、二回、三回、と流れるようにパスが通る。
スクリーン。カットイン。一瞬でノーマーク。
板倉のスリー。ネットが鳴る。
「っ……」
浅葱は目を見開く。
速い。いや――。
“迷いがない”。
全員の判断が噛み合っている。
犬飼が引き気味に笑う。
「何あれ。バスケ上手すぎだろ」
さらに、次の攻撃。
持田がポストで受ける。背中で押す。
一歩。半身。ターン。熊谷を外してフック。
入る。歓声。
英星館ベンチは静かだった。当たり前みたいに得点する。
三浦が舌打ちする。
「チッ……」
開始五分。
九十九 7 − 14 英星館
しかも。
まだ二宮蓮が出ていない。
ベンチで静かに試合を見ている。それだけで圧があった。
浅葱は呆然とコートを見る。
強い。今まで見たどのチームより完成されている。
「ビビってんな」
紫苑が笑う。
「……そりゃ」
「でも、嫌いじゃねぇだろ」
その言葉に、浅葱は少しだけ黙る。
悔しい。でも、目が離せない。
その時だった。
三浦がボールを受ける。
相手二人。普通なら止まる場面。
だが、三浦は突っ込んだ。
低い姿勢、爆発的な加速。
一人目を抜く。二人目の横を、強引にねじ込む。
「――!」
英星館側が一瞬遅れる。
そのままレイアップ。
決まる。
体育館が少しどよめいた。
三浦は無言で戻る。その目は死んでいなかった。
英星館相手でも、折れていない。
「へぇ」
紫苑が少しだけ笑う。
浅葱も息を呑んでいた。
三浦はクズだと思う。性格も悪い。協調性もない。
だが――強い。
関東四大エースの一人。その理由が、少しだけ見え始めていた。




