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九十九高校バスケ部

 放課後。九十九つくも高校体育館。


 扉を開けた瞬間、浅葱あさぎは少しだけ息を止めた。


 床のワックスの匂い。ボールの反響。シューズの擦れる音。

 緊張するような、心地いいような感じがした。


「お、来た」


 軽い声。入口近くでストレッチしていた男子が手を振る。


 バスケ選手としては大柄ではない。百七十センチ台後半くらいだろうか。


 明るい茶髪に、人懐っこい笑顔。


「昨日ぶり、一条」


 浅葱は軽く頭を下げた。


「……どうも」


「硬っ」


 男子は笑う。


「同じ一年なんだし、そんな緊張しなくていいって。取って食わないから」


 後ろから、紫苑しおんがぼそっと言った。


「いやコイツ、犬っぽいし普通に食いそう」


「誰がだよ」


 男子には当然聞こえていない。


 紫苑だけが楽しそうだった。


「俺、犬飼悠人。ポジションは一応SF」


「……一条浅葱」


「知ってる知ってる」


 犬飼がニヤつく。


「動画の人だろ?」


 浅葱の胃が痛くなった。やっぱり噂になっているのか。


「安心しろって。俺は面白かった派だから」


「派閥あるの……?」


「あるある」


 適当な調子で言いながら犬飼はボールを指で回した。


 器用だった。浅葱は少しだけ目を見張る。


 紫苑が鼻を鳴らす。


「コイツ、地味に上手いな」


「分かるの?」


「ボール触りゃ大体な」


 さすが元NBA。基準がぶっ飛んでる。


 体育館奥では、大柄な三年が後輩に指示を飛ばしていた。


 百九十近い体格。広い肩。短く刈った黒髪。


 威圧感はあるのに、大声に嫌な感じがない。


「あれがキャプテン。熊谷くまがい先輩」


 犬飼が小声で言う。


「真面目。怖い。でもいい人」


「雑な紹介だね」


「でも合ってる」


 その熊谷が、こちらへ歩いてきた。一歩ごとに床が鳴る。


 近くで見るとさらにデカい。浅葱は思わず背筋を伸ばした。


 熊谷は浅葱をじっと見る。動画の件だろうか。


 そう思った瞬間。


「脚、まだ痛むか?」


 浅葱は瞬きをした。


「……え?」


「昨日、無理な踏み込みしてただろ」


 見抜かれていた。浅葱は言葉に詰まる。


 熊谷は続けた。


「フォームは型破りだったが、身体能力は高い」


 紫苑が、「ほう」と少し笑う。


「ただ」


 熊谷の目が鋭くなる。


「今のお前は、バスケの身体じゃない」


 図星だった。浅葱自身、昨日それを痛感している。少し動いただけで、身体が悲鳴を上げた。


 熊谷は視線を外す。


「無茶すると壊れる。そこは覚えとけ」


 怖い人かと思った。でも、ちゃんと見ている。


 浅葱は少しだけ肩の力が抜けた。


 その時。


「チッ……」


 舌打ち。


 体育館入口に三浦がいた。


 制服のシャツを乱暴に羽織り、片手でバッグを持っている。


 今日も態度が悪い。部員たちが少し空気を変える。


 三浦は浅葱を見るなり眉を寄せた。


「なんでいんだよ」


「……えっと」


「入部希望っス」


 犬飼が代わりに答える。


 三浦の顔が露骨に歪んだ。


「マジかよ」


「嫌そうっスねぇ」


「当たり前だろ」


 三浦は近づいてくる。相変わらず圧が強い。


「お前、昨日のアレ今日もできんの?」


 浅葱は黙る。痛いところだった。


 三浦は鼻で笑う。


「どうせ昨日だけだろ」


 その瞬間、後ろで紫苑が笑った。


「言うじゃねぇか雑魚」


 本当にやめてほしい。だが、紫苑は楽しそうだった。


「コイツ、典型的な勘違いタイプだな」


「うるさい……」


 浅葱が小声で返すと、三浦が眉をひそめる。


「は?」


「い、いや何でも」


 危ない。犬飼が吹き出した。


「一人で喋ってるみたいだったぞ」


「やめて」


 死ぬほど気まずい。


 三浦はまだ不機嫌そうだったが、それ以上は言わなかった。


 代わりにボールを掴む。


「なら見せろよ」


「え?」


「入るなら実力いるだろ」


 犬飼が肩をすくめる。


「始まった」


 熊谷は止めない。ただ静かに見ている。


 浅葱はボールを受け取った。緊張で手が汗ばむ。


 三浦が指を立てて、くいくいっとする。


「抜いてみろ」


 空気が少し張る。周囲の部員も視線を向けていた。


 浅葱はドリブルを始める。


 低く、ゆっくり。


 三浦は余裕そうに立っていた。


 だが。


「……?」


 三浦の眉がわずかに動く。


 浅葱のハンドリングや足運びが昨日とは違う。まだ未熟なのだ。


 でも――“見えている”。


 紫苑が後ろでぼそっと言った。


「視野は悪くねぇ」


 浅葱は踏み込む。


 右。フェイク。切り返し。


 三浦が動く。


 素速い。やはり強い。


 抜けない。だが浅葱は止まらなかった。


 無理に突っ込まず、視線だけ動かす。


 その瞬間。


 犬飼が「あ」と笑った。


 浅葱のノールックパス。


 反射的に犬飼が受け取る。そのままレイアップ。


 決まる。


 体育館が少し静まった。


 犬飼が笑う。


「今の見えてた?」


 浅葱自身も少し驚いていた。自然に身体が動いた。


 三浦が舌打ちする。

 

「1on1だったのに何でチームプレー始めてんだよ」


 だが、熊谷は少しだけ目を見張っていた。


「悪くない」


 その一言が浅葱の胸を少し熱くさせた。


 紫苑が面倒くさそうに言う。


「まだ全然だけどな」


「分かってるよ……」


 でも、昨日までよりほんの少しだけ、この場所にいていい気がした。


 その時だった。


 体育館の扉が開く。顧問の教師が入ってくる。


「熊谷」


「はい」


「練習試合の件だが――」


 教師は紙を見たあと、少し妙な顔をした。


「向こう、かなり乗り気らしい」


「向こう?」


英星館えいせいかん


 空気が変わる。部員たちがざわついた。


 犬飼が目を丸くする。


「え、マジ?」


 三浦の目が細くなる。


 英星館学園。バスケ部として関東最強。


 教師は続けた。


「向こうの監督から、“ぜひ九十九とやりたい”だそうだ」


 紫苑が笑う。獰猛に。


「へぇ」


 浅葱の胸が、少しだけざわついた。――その高校は、あの二宮蓮のいる高校だからだ。

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