呪いの書
体感数時間、だが、正味5分くらいだろう。
自宅の地下室に閉じ込め、禁忌の魔法をかけ、厳重に隠されているはずだった。エドガーの頭痛の種であり、一家の危機をも招いた元凶が、アウレリウスの手中に収まっている。このありえない現実にエドガーの頭は混乱していた。
「この書がなぜ、我々の手元にあるのかと?」
にやりと笑んだ口端に浮かぶ嘲笑にエドガーのこめかみが痛みだす。本の中身については知らない。エドガーが物心つく頃には、地下室の一角に厳重に鍵がかけれれていたし、執事長のアルフレッドには、部屋の近くに行ったら尻を叩くと脅かされていた。
だが、あえてそうしていことを、まさかこの状況で知らされるとは予想外だった。エドガーは、本を眺め見ながら観察するアウレリウスを見ながら思った。
「邸宅を検めた。秘匿魔法までもをかける辺り、よほどこの書が大切なようだな?」
揶揄る視線を注がれエドガーの堪忍袋の中から、堰を切ったように言葉があふれ出す。
「当主であるわたしの許可なく検めるのは違法では?」
「そうだな。だが、貴族は邸宅内の見取り図を国へ提出するのが義務だ。クレメンツ家はそれを代々怠りながら、年ごとに構造を変えていた。まるで、侵入者を恐れているかのように」
「侵入者を防ぐ構造なのは、身分ある邸宅ならば同じです。わが一族は竜の眷族として背負うべき責務がある。当然でしょう」
言い切るエドガーに対し方々から手が上がった。その一つであるレオンハルトに向かって、アウレリウスが首肯する。
「きみは、この書の中身について知っているのか?」
同情の浮かんだ顔がエドガーの顔色をうかがうが、エドガーに返す余裕はなかった。儀礼的な表情でレオンハルトに向き直る。
「口伝で少し存じてはいますが、詳細な中身は知りません」
「そうか。ならば、予言を書いた魔法使いたちの名前も知らないという事だね?」
「‥‥予言を書いた、魔法使いたち?」
「なんだ。庭いじりと花の手入が趣味のじじぃが、こんな分厚い書物を書き残せるとでも思っていたのか?」
何も知らない若造がと言いたげに告げた。笑い混じりに言うアウレリウスに対して、エドガーが睨みつける。
「祖父は、世界の平和とこの国の平和を願えるやさしい人でした」
「だが、多額の借金があることを告げず死んだ優しい祖父のおかげで、おまえは断頭台の前に立たされている。首を落とされるのはじじぃではなく、おまえなんだぞ」
賢者たちの目が一斉に険しさを増したのが分かったが、エドガーは構わず前を向く。
「この予言書は、魔法使いたちの血で書かれている。つまりは、呪いの書だ。24ある予言の全てそれぞれ書き手が異なっている」
さらりとめくられたページには、細かく彫るように刻まれた複雑な魔法文字が羅列していて、一目見ただけで高尚なものであるとわかる。それほどまでに美しく整えられていた。
「血文字で書かれた言葉は、書いた本人が絶命しなければ解かれず、予言自体も力を持っている。この書がこの世に存在しているという事は、24人の魔法使いたちが生きているという証左に他ならない」
「24人?さっき23の予言って言わなかった?」
ふわふわと宙を漂う茶菓子の波が到着するや否や口に頬張りつつ揶揄る赤髪の男に、アウレリウスの不服顔が向かう。
「24つ目の予言は未公開だ」
「でも、記した魔法使いは判明してるってこと?」
「あぁ。ご丁寧にも、書いた本人が自白したからな」
「なんで?」
「しらん。現在24人全員所在は不明。見つけ次第始末したいところだが、生憎、彼らのお優しい協力者がかけた強力な封印魔法のおかげで、存在自体が追跡できない」
目の仇のようにエドガーを睨み見ながら奥歯を食い締めている。留まることを知らないアウレリウスの怒りの矛先は、容赦なくエドガーへと向かい続ける。
「くそじじぃの末裔であるおまえが、この史実を知らないとはな」
「知りません」
どう否定しても無駄だとわかったが、最後の足掻きと言葉を振り絞る。
仮に肯定して受け入れても結果は同じだ。エドガーは、唯一の後ろ盾であった賢者らの信用も、王からの信頼も露と消えた現実を実感していた。意気消沈した様子のエドガーに、アウレリウスがため息を零す。
「書の件は一旦保留。議会を進める」
一糸乱れぬ空気が心なしか緩んだ気がする。穏やかさを取り戻した中、アウレリウスが全員を眺め見た。
「参加するには言霊が必要となる。等級順に名前と属性を述べろ」
アウレリウスの言葉への反応はさまざまだった。鬱陶し気にため息をつく者、静かに聞き入る者、話を聞いてか聞かずか机の上に箱庭を創って遊びだす者など様々だ。
賢者という生き物は、魔法使い以上に気まぐれで自由だという。エドガーが魔法学校で学んだ史実通りの光景で、この状況でも可笑し気な笑みが漏れたことに、アウレリウスが咳払った。
「アウレリウス・クレイン。賢者表定の儀礼名は収皇だ」
長机の上に手を翳すと、中から焙れでるように現れたのは、アウレリウスの手の甲に描かれたものと同じ螺旋を描く渦のような紋章だった。紋章の縁から光だ放たれると、アウレリウスの体に溶けるように消ていく。
「エルンストン・ヴァルター。儀礼名は対宗」
色香の漂う色違いの双眼で弧を描きながら、エルンストンが紋章をかざした。
「零審ルキウス・ノルド」
エドガーに向けて温かに微笑みながらルキウスが告げる。その隣であくびをしつつルキウスが長机に触れる。
「曲賢セオドア・リーヴ」
気だるげなセオドアの目の前に添えられた菓子に手を伸ばしつつ、じぶんの皿からも菓子を取って食べる。金髪の長い髪を揺らしながら、金色の美しい瞳が弧を描いた。
「素影ノア・フェルマー」
言い告げ終わったノアの視線を、胸元から出した櫛で髪を整えつつ顎先で受けとった。
「連典ユリウス・ライン」
小さな体の隣で、紫の瞳でエドガーを射貫きながら、青白い顔にゆっくり微笑みを浮かべる。
「側外アドリアン・メルツ」
アドリアンの横で品よく座っていた男は、茶色の瞳を機嫌よさげに見開く。
「停師ベルトラム・ホルン」
アドリアンの声に目を閉じながら聞き入り、黙り座ったままの白金髪の男は、虹色の瞳を開いた。
「次皇レオンハルト・ヴィクター」
巻き毛が動くたびに綿毛のようにふわふわと揺蕩う。愛らしい風貌の中に秘めた鋭い瞳でエドガーを見つつ。
「境界エリアス・グラーフ」
忌憚なく告げたエリアスの横で、黒曜のように艶めく瞳を持つ赤髪の男が立ち上がった。
「極反マティアス・ブレーカー」
「零奇のカイ!」
マティアスが菓子を頬袋に詰めたカイを押しとどめながら椅子に座らせる。
「虚座。イマ・アルケフォルマ」
ほのかな光と共に涼し気な風が起きた。その風がイマ自身から流れ出ていることにエドガーが息を飲む。
「エドガー・クレメンツ。汝の魂に賭けて、この場で発する言葉はすべて真実であると誓えるか?」
「はい。誓います」
忌憚なく告げたエドガーの言葉が合図となって、部屋中に張り詰めていた賢者たちの気が弾け飛び、泡のように霧散する光景を眺めながら、エドガーは、彼らの纏う空気の充満する室内に身を置いているだけでも自分の魔力が高まったような錯覚を覚えていた。
呆然とするエドガーを他所に、アウレリウスの唇が厳かに開かれる。
「では、これより賢者評定会で、おまえを評定する」




