クレメンス一族の罪
日差しの一閃も入らない室内に、13人の賢者と魔法使いがいる。
この光景を眺めながら、緊張の面持ちでティーカップへとお茶を注いでいたメイド長のハサウェイ(28歳彼氏とは同棲10年目にしてプロポーズすらないことがストレスで酒場通いが絶えない)は、アウレリウスの前で固まっていた。
「なにをしている?」
「ヒィっ‥‥ぃぃゅ‥‥」
ハサウェイの悲鳴にアウレリウスの灰色の瞳が細くなる。
「オ、おおおおお茶を!!注ごうと思いまして!!」
「ならさっさと注げ」
「はっはいいいいい!!」
灰色の瞳に凄まれた恐怖からか、ハサウェイのポットを持つ手が小刻みに揺れながら茶を落していく。ガタガタと陶器の擦れる音が響いていたが、突然、ポットがハサウェイの手からすり抜けるように離れていく。
「わたし手づから、淹れて差し上げましょう。こう見えて、お茶を淹れるのは上手いんですよ」
ルキウスの穏やかな声で、宙を浮いたポットの注ぎ口がカップへと傾いていく。その様子をただ眺めるハサウェイに対して、ルキウスが申し訳なさげに眉尻を下げた。
「あなたの勤めを奪ってしまいましたね」
「いいいいいえ!!」
「ポットは後でお返しに伺いますので」
ルキウスの穏やかな視線の先が扉へ向かっていることに気づいたハサウェイは、賢者とエドガーたちに向けて深々と頭を下げると、足早に退室した。
顎を撫で、一連の光景を眺めていたアウレリウスは、注がれたばかりの茶を啜り、うまいとも不味いとも発しはしないが、感嘆を滲ませた唸りで応え。
「賢者表定のことは理解しているな?」
茶を味わいつつも、灰色の瞳が険し気な様相で自分を捕えたことにエドガーの心臓が跳ね上がる。だが、冷静の一点に集中しつつ立ち上がる。
「はい。賢者様たちは世界を破壊できる程の強大な力を有しておられ、守護する属性も細かいために、与する国との個人契約が必要となります。ゆえに、それを定量、定性的な契約とするため、賢者表定という表定規則を設け、盤石化することで、皆様のお力をお借りしています」
「その通りだ。座学は完ぺきなようだな?」
「・・・・恐れ入ります」
薄ら笑いつつ揶揄るアウレリウスの顔を見られなかった。周囲でせせら笑う声を耳に受けながら、エドガーの体が項垂れ落ちていく。
「賢者表定の規則は、7つの規律に則り制定されている。ノア、代弁を」
名指しで呼ばれたことが意外だったのか、モノクロメガネの奥が驚きで見開いたが、やがて了承したと言わんばかりの笑みを浮かべ、ノアが口火を切る。
「表定規則律その1、世界の始まりと終わりを操作しないという前提での守護であるという対応律。その2、曖昧さを許さず、また、複数の国へ力を与することを禁じる排他律。その3、賢者は、どのような状況下においても、与した国で起きたすべてを事象の責を負うという完全律。その4、契約中において、世界の定義とこの国の定義は同等ではなく、常に与した国が常に勝者であり続けられるよう守護するという境界律。その5、賢者らに寛容であるという再規律。その6、一度刻まれた契約は、微力であっても未来永劫の効果を持つという普遍律。その7,賢者表定の名の元に揃った賢者を表定外において再契約することを禁止するという禁忌律。これらの規則下において、わたしたち賢者は、この国と守護契約をしています」
言い切って満足したのか、ノアは機嫌よさげに顔を傾けて見せると腰を椅子に降ろした。アウレリウスが、「つまり」と注釈する。
「この国で起きるすべての結果は、おれたちの所為であるということだ。かつて、お前の父親が、おれたちに犯した罪も、おまえをこの城へ迎え入れたことも。その結果の良し悪しに関わらず、おれたちのおかげとなる」
アウレリウスの言葉で、12人の賢者たちの目が一斉に自分にむいたことに息を飲む。エドガーは、彼らの目に宿る不審感の理由に察しはついていた。
「お前の祖父は、賢者表定の存在を知りながら、私利私欲のために賢者を出し抜き、一族の繁栄に力を与させた」
「承知しております‥‥」
「これは、賢者への不遜に値する。一族断絶を辞させない正当な理由となり得る」
「‥‥はい」
この場にいるだけでも褒めてほしかった。エドガーは、賢者たちの訝しみが深くなるさまを、心の中で懺悔しつつ眺めながら、今にも泣きだしそうな自分を宥めたが、彼の恐怖心を煽るような追い打ちが注がれる。
「その上、24もの予言まで残した」
苦苦し気に告げたアウレリウスの表情が険しさを増し、彼から漂うまっすぐな嫌悪に後ずさった。エドガーは、一族の犯した罪がどれほど罪深かったのかを思い知るその横で、カイの無邪気な声が響き渡った。
「あれって、まだ有効なの?あいつ死んだんだよね?」
飄々と言ってのけるカイをアウレリウスが訝しそうに見下げる。
「あの予言は、命を贄にした呪いのようなものだ。大抵は、破くまで解かれない」
「でも、術者本人が死んでるんだから、ぼくたちで実質無効化できそうだけど?」
「そうだな。おれたちならば可能だ。普通の呪いならばな」
「どゆこと?」
カイにとって素朴な疑問だったそれは、アウレリウスの眉皺を深くする種だったようだ。深い溜め息と共に険しさを増した灰色の目がエドガーへと射向く。
「本当に何も知らないのか?」
「知らないとは?」
「予言は予知ではない。効力も、術者の裁量で左右される。お前の父親は大して魔力が強くはなかったが、おまえの祖父は違った。天竜を地上に召喚するまでの縁故を結べる才を持ち、賢者を懐柔する掌握術にも長けていた。非道で、性悪な、くそじじぃから、解呪について、何も聞いてないのかと問うている」
机にめり込む拳の力が一層強くなったのが伝わった。その証拠に、数メートル近い長机がミシミシと音を立てているからだ。エドガーの心臓が早鐘を打ち、手の平から汗がしたたり落ちていく。知ってか知らずか、アウレリウスの目の矛先は、エドガーへとめり込むように注がれていく。
「おまえら一家も、竜の眷族も、ロクなやつはいなかった」
「‥‥先代の犯した行動の重大さは承知しております。大変、申し訳ございませんでした」
「あのくそじじぃから能力を継承したとか?」
「‥‥はい」
「今まで注視はしていたが、ディルハルトの昔馴染だからと侮り、甘く見てやっていた」
「ありがたく、思っております」
アウレリウスの顔を見るだけで精いっぱいのエドガーがなけなしの謝意を述べると、アウレリウスの手から炎が沸き上がる。己を焼き尽くさんと立ち上る炎の中、鬼の形相でエドガーを睨んだ。
「おまえまで、わたしたちを裏切るとはな」
アウレリウスの鬼気迫った様相に、エドガーは何も言えずただ押し黙っていた。
「24の罪ってさー、全世界に対しての予言だろ?しかも、抽象的だし。何を予言したのか、わからなくない?」
足を組みつつ、目の前に備えられた茶菓子に手を伸ばしつつ揶揄ったエルンストを、アウレリウスが睨みつける。
「そうだな。実に抽象的だ。だが、だからこそ、当てはまった」
ぱらぱらとめくり上げていた手元の資料を撫でると、中から浮き出るように本が現れた。その古びた本に見覚えしかなかったエドガーの口から、「それは」と声が漏れたのを聞きながら、アウレリウスが口端を吊り上がる。
「ヒルイド・クレメンツの呪いの書。ここには、世界中へかけた呪いの23項が書かれている。その中の一つ。第10項に記されている。決して途切れぬ代数は、呪いによって引き裂かれるだろう」
忌憚なく告げた自分の言葉に勘づき始めた賢者が息を飲んだのを見て、アウレリウスの目が輝きだす。
「おれは、この予言をこう解いた。代を重ねるとは王族を指し、また、呪いによって引き裂くとは、妃にかかった呪いのことだと」
アウレリウスはエドガーを見やりながら愉快げに目を細めた。




