episode3~窘めの従者~
竜の眷族、その名を聞いただけで震えあがる者は少なくない。それほどまでに恐ろしい所業の爪痕を各地に残していた。そして、借金の形だと言わんばかりに、一族最強の力を分けてもらったからとて、到底許されるような額ではない負の遺産を残した彼らを慮るほど、エドガーは寛容になれなかった。
「竜であるという印籠で遊び歩いたツケは末代まで残っていたんだ。もはや汚名だよ」
吐き捨てるエドガーの姿にアルフレッドは窘めるように目を細め見た。目の奥が笑っていない彼特有の怒りの表し方は、淡々と、しかし確実に相手を怯ませる効果がある。 内心びびりながらも、エドガーはちらちらとアルフレッドの顔を窺っていた。
「いびきがうるさいからなんですか?あなたが奇々怪々だからといって、日常生活に何の問題が?」
「突然なんだよ、あと、奇々怪々言うな」
「‥‥建国500年になるアークサンクト王国において200年続く貴冑クレメンツ家の主よ。その、飾り立てれば立てるだけ映える出生と目見を持て余し、あまつ汚名などと卑下するとは。佳貌の一家の名が廃るというものです」
「わかったよ、悪かった」
「大体、主は‥・・・」
怒気を含みながらアルフレッドがぶつぶつ呟いている。執事にしては端正な顔を見ながら、彼の怒りが収まるのを待つことにした。
自分の体から順調に脱がされた衣服がアルフレッドの手によって背後に放り投げられていく様を眺めながら、四方八方に散った服を1枚づつキャッチし、右往左往に走り回る見習いバトラーが、最後に投げられた靴下を受け取り、ぜぇぜぇと息切れの音を吐きながら部屋外へと消えていくのを目で追っていると、アルフレッドが自分を凝視する瞳とぶつかった。
「王室へのあなたの貢献度は公私ともに評されるほどの功績を残しています。きょうの祝賀会では、全国民に流布されるる大典にするべく準備しております。観念して、お心をお定めください」
「‥‥‥」
儀礼的に聞こえるが、確かな命令を語尾から感じる。エドガーは、アルフレッドがこの邸の主なのではと何度も錯覚するほど、彼のこの邸における発言権は絶対的な雰囲気を含んでいると感じていた。だがそれも、長い間邸を留守にしていた自分に責任があるということも理解していた。
「わたしのいない邸を今日まで守ってくれたこと、心から感謝している。ありがとう、アルフレッド」
唇が震え声に覇気がない。アルフレッドは、そんな主の反応を見透かしたように悪戯っぽく眉をあげる。
「なんですか?気味の悪い。感謝というものは、普段から口にしている人間が伝えるから真摯さが伝わるのです。わたくしの使命ですので。お気になさらず」
眉間に刻まれた皺が深くなるのが分かる。エドガーにとって、この痛さは響いていた。
生まれてこの方、一族が溜めた借金を返すために働いてきた。エドガーにとって、人を呪いはすれど、感謝をしたことは一度もなかった。 公にできない程の金額の借金は、賭博、女、贅を尽くした宝飾品、旅費、そしてゆく先々で施しを受ける度に見栄の為に使ったチップなどだ。そのチップの額も桁外れで、市井の一般市民ならば、10年は遊んで暮らせる額の金をばらまいていたらしいと聞いた。身内の道楽めいた金使いの荒さがわかったのは、エドガーの祖父が死んでからだった。
「祖父が亡くなるまで、父上も一切その話をしてくださらなかった。おまえの父親もな」
エドガーの怨嗟を含んだ睨みにも堪えあまつ笑みを零せる超合金精神を持ち合わせているアルフレッドの父親は、エドガーの祖父付きの執事だったが、彼が死ぬまで一家の借金の存在を隠していた。
「幼い頃にその事実を知り、そこからは地獄だったな」
生まれたことを呪い、人を呪って生きてきた彼にとって、金と人こそこの世の敵だったのだ。
「もう、金のことを考えなくていいって‥‥信じられないな」
見上げた天井にぶら下がる豪奢なシャンデリアも、手入れをしなければ使えない。手入れをするためには金が必要だ。家を維持し、人を雇い入れる世間体を守りながら、自分の代にまで蓄積された負の遺産を返し続ける日々は、エドガーにとって生き地獄だった。
だからこそ、何も怖くなかったのだ。
「裏稼業の方の矛はもうお収めになったのですか?」
エドガーの瞼がひくりと痙攣したが、彼の機微を見守るように眺めるアルフレッドは主から目を逸らさなかった。こんな良き日に、あの話をするのか?エドガーは、鬱屈となりそうな気持を抑え込みながら、まっすぐ自分を見つめる視線に向かい合った。
「あぁ、一応」
「同僚や敵同士も多い業種とお聞きしましたが、彼らとの縁は?」
「王室を去ってからは会っていない。まぁ、あっちは会いたがっているようだが」
王室魔法使いとして迎えいれられたのは、現王がエドガーの幼馴染だったことや、祖父が王室と仲良くしていた縁があったからだ。腐っても名家。家名を出せば邸の一つや二つは買えるし、軍隊規模の兵を雇うことも可能なほどの権力だけは持ち合わせていた。クレメンツという名に感謝したのはこの時だけだ。
だが、その家名にあやかりたいと、蠅のようにたかる王室の一部の者たちに、クレメンツ家の借金の噂を嗅ぎつけられた。
「王室と言えど、所詮は雇われです。多額ではあれど、国家予算クラスの借金を返すには些か心もとない‥‥というか、雀の涙でしたね」
アルフレッドの頭の中が見える。彼が懐古している日は恐らく初任給の日なのだろうとおもったエドガーの口端が笑む。
「っははは!そうだな‥‥だからこそ、あいつらに嗅ぎつけられたんだろうさ」
王室貴族たちは、エドガーの家が貧困に喘いでいることを王に進言し、一家の不貞を改めるまでは王室から追放するべきだと伝えた。
「まぁ、普通ならクビ、よくてクビ、なのだろうが‥‥」
だが、あろうことか王は、エドガーに提案してきた。汚名を返上するチャンスを授けると。内容は、闇に暗躍する国を脅かす者たちを殺す殺し屋になれという「命令」だった。




