執事と王の攻防戦
「お戯れも大概にしていただきませんと」
静かに確かな怒りが滲んでいた。エドガーとの間に強引に割って入ったアルフレッドに対して、ディルハルトが冷ややかな笑顔を向ける。
「慇懃無礼な執事だね。私刑にしちゃうよ?」
アルフレッドも笑顔で対抗し。
「爵位ごときでどんな横暴も許されると教育されておられる様子なので。執事の調教をご所望なのかと」
「赦されるでしょ。王様なんだから」
「生越ながら、おもちゃ遊びはご卒業されてはいかがですか?妙齢の男性ならいざ知らず、年甲斐ない無邪気さは、傍から見ると哀れですよ」
こめかみにうっすら血管が浮き立って見える。エドガーの目には、二人の目から光線のような火花が飛び交って見えていた。その下では、この状況でいびきをかきつつよだれを垂らすバカ王子が転がり落ちている。
一刻も早くこの混沌の時間を終息させたいと考えたエドガーは。
「ディルハルト?今日が何の日か知っていて来たのか?」
「うん。クレメンツ家の借金返済パーティーの日だろ?なんだよ返済パーティーって。子供じゃあるまいし」
床に転がる弟を指で小突きながら拗ね声で揶揄る。ディルハルトに向かってエドガーが頭を抱えながら。
「いや、そうなんだが‥‥いや、そうじゃなくて!!」
「蛇竜の長が我が国に入国したそうだ」
蔑み含んだ目でエドガーを射貫く。その視線に王然とした気配を感じたエドガーの背筋に緊張が走る。
「犯行声明後に起きたあの事件の首謀者である彼を捕えられなかったのは、きみのせいでもあるんだよ?」
「それは‥‥軍を出さずに魔法使いだけで制圧せよと命令したことがそもそもの原因では‥‥」
「竜なんて得体のしれない魔物の為に、何千という生身の人間の命を犠牲にできないだろ?」
「魔法使いは不死身ではない」
「だとしても、命を再利用する術を持っているだろ?」
軽く笑みながら目を細めた。かつての親友、かつて仕えた旧君の面影すらなくなていた。冷たく平淡なディルハルトの顔に、エドガーの心が凍るように頑なになっていく。
「水竜の長の姿も確認している。竜の長は縄張りから滅多に出ることが無いそうじゃないか?にもかかわらず、きみのパーティーの日に全員がこの国に集結した。随分と懇意にされていると見える」
「交流はなかった。それは本当だ。だが、我が家の執事が‥‥」
ちらりと一瞥した先で目を細めながら王を見据える執事アルフレッドへと目を合わせる。どれだけ不快の意を込めても気圧されない。アルフレッドの様子に観念したようにディルハルトは静かに息を落とすと。
「彼らがおとなしく国を出るとは考えにくい。国内中で監視する体制を整えてやったんだ。次に何か起きれば、エドガー。きみの居場所はこの国から完全になくなることを、そろそろ自覚したほうがいい」
ぱきん、っと乾いた音と共に、ディルハルトが目の前で咲き誇るバラの花を平然と手折って見せる。丹精込めて育て上げたのはアルフレッドなことを知っていたエドガーが、恐る恐るアルフレッドの顔を覗うと、今にも飛び掛かりそうな怒りに震えていた。その様子を薄眼で確認しながらも謝る素振りすらない。暴君らしからぬ振舞いを静観していた宰相が間に割り入り。
「エドガーくん。わたしの顔に免じて、引き受けてもらえないだろうか?」
焦った顔をはじめて見た。そんな素朴な感想を押し戻しながら、エドガーはため息交じった声で返す。
「あなたがやればいいでしょう?」
「わたしには役目がある。未だ目覚めない王妃の介抱と、陛下の弟君を看視が目下の勤めだ」
「ヴァルティニウスとエリオンがいるでしょ」
「彼らには、きみの代わりをお願いしている手前、これ以上負担はかけられない」
引く気がないのだとわかった。エリオン宰相の縋るような視線を見て、エドガーもアルフレッドも、彼らの中の打つ手数すら残されていないという焦燥が見て取れる。気取られたのも承知の上なのだろう。エリオン宰相はエドガーの肩に手を添えると。
「きみにしか頼めないんだよ」
懇願するように絞り出した言葉に揺さぶられていた。王直属魔法使いに就き、最初に話しかけられたのはエリオン宰相で、城内のことを具に教えてくれたのも彼だったと思いだしたエドガーは、その恩に動かされるように唇を開いた、瞬間。
「さぁ。エドガー様。仕立て屋に寸法を測りに行くお時間ですよ。皆様にお配りするドラジェの色味も確認していただきませんと」
立ちふさがるように入ったアルフレッドによって遮られたことにディルハルトとエリオン宰相が目を丸くしているのを眺めながら。
「用が済んだのならば、王子を置いて城へお帰り下さい」
「了承してくれるってことかな?」
「本日は特例として引き入れます」
「おい、アルフレッド。何を勝手なことを‥‥」
「彼が竜の血を引く人間だと知った以上、このバカ王子も本日の来賓として扱うべきだと判断しました。今夜のパーティーが終わり次第、彼の処遇を決めれば、双方異論はないのでは?」
その通りだ。押し黙った空気が答えだと受け取ったアルフレッドは。
「あなた方の気配は目立ちますゆえ、早々にお引き取りください」
ぴしゃりと言い留め終わると、吐しゃ物まみれの王子の体を包しながら立ち上がらせつつ、館の中へと入って行った。その背中を眺めながら。
「では、ぼくたちは失礼する。良い返事を期待しているよ」
翻すように去っていくディルハルトの背後で、深々とお辞儀を落としながら後ずさっていくエリオン宰相を見送りながら、エドガーは天を仰ぐ。
「我が人生、平穏すらなし」
エドガーの靴先を彩るように散らばっている。今しがた手折られたバラの花びらが、突然吹き込んだ風で踊るように散っていった。




