第65話:国家規模の罠
「それは長く続かない」
その言葉に――
男は、笑った。
◇
「そうかもしれないね」
あっさりと認める。
「でも」
一歩、引く。
◇
「“その前に勝てばいい”」
◇
空気が、わずかに冷える。
◇
「……何をする気ですか」
俺は問う。
◇
「簡単だよ」
男は軽く肩をすくめる。
「証明するだけ」
◇
「どちらが“正しいか”をね」
◇
その言葉と同時に――
◇
違和感。
◇
胸の奥に、嫌な感覚が走る。
(来る)
◇
「エリシア」
「うん、分かってる」
すぐに頷く。
同じものを感じている。
◇
「何かが動いてる」
◇
◇
――翌日。
◇
王都の市場は、異様だった。
◇
「安い……?」
エリシアが呟く。
食料。
資材。
日用品。
すべてが――
異常な価格で並んでいる。
◇
「供給が増えすぎている」
俺は即座に判断する。
「しかも一斉に」
◇
「でも、これっていいことじゃ――」
「違います」
遮る。
◇
「価格が崩壊しています」
◇
安い。
だが――
それは“健全な安さ”ではない。
◇
「利益が出ない」
「つまり」
「誰も続けられない」
◇
◇
数日後。
◇
「……売れない」
商人が呟く。
「安すぎて、仕入れ分も回収できない」
◇
市場は、静まり返っていた。
安いのに、売れない。
いや――
売れないから、安い。
◇
「次は……」
嫌な予感がする。
◇
そして。
来る。
◇
――供給停止。
◇
「……嘘でしょ」
エリシアが息を呑む。
◇
昨日まで山のようにあった商品が。
すべて、消えている。
◇
「完全に引いた」
俺は言う。
「意図的に」
◇
「じゃあ、今度は……」
「はい」
◇
――価格が、跳ね上がる。
◇
◇
「高すぎる……!」
「買えない!」
叫び声が上がる。
◇
たった数日で。
市場は、壊れた。
◇
「……ここまでやる?」
エリシアの声が震える。
◇
「ええ」
俺は静かに答える。
「これが“操作”です」
◇
供給を増やし、価格を壊す。
その後、供給を断ち、価格を吊り上げる。
◇
単純だ。
だが――
国家規模でやれば、話は別だ。
◇
「局所じゃない……」
エリシアが周囲を見る。
◇
どこも同じだ。
王都全域。
いや――
◇
「……国内全体です」
◇
情報が入る。
各地で同じ現象。
同じタイミング。
◇
「全部……繋がってる」
「はい」
◇
物流。
倉庫。
資金。
契約。
すべてを握っているからこそできる。
◇
これはもう――
市場ではない。
◇
「……戦争だね」
エリシアが呟く。
◇
「ええ」
否定しない。
◇
その時。
背後から、あの声がした。
◇
「どうかな?」
◇
振り返る。
そこに、男が立っている。
まるで最初から、そこにいたかのように。
◇
「これが“効率”だよ」
◇
「一斉に動かせば」
「市場は、簡単に書き換えられる」
◇
「……人が壊れます」
◇
「知ってるよ」
軽く返す。
「でも」
一歩、近づく。
◇
「それも含めて、最適化だ」
◇
沈黙。
◇
規模が違う。
力が違う。
◇
だが――
引かない。
◇
「……止めます」
俺は言う。
◇
「できるかな?」
男は笑う。
◇
そして。
静かに、告げた。
◇
「全部、動かします」




