第64話:思想戦②
「君は甘い」
その言葉は、静かに落ちた。
◇
否定はしない。
その通りだと思う部分もある。
◇
理想を捨てきれない。
全員を救えないと分かっていても、考え続ける。
◇
(確かに、甘いのかもしれない)
◇
だが――
それでも。
◇
「ええ」
俺は頷く。
「甘いと思います」
◇
わずかに、空気が揺れる。
予想外だったのかもしれない。
◇
「ですが」
一歩、踏み出す。
◇
「間違っているとは思いません」
◇
視線がぶつかる。
逃げない。
もう、迷わない。
◇
「君の言う通り」
男は軽く言う。
「人に任せる構造は不安定だ」
「効率も悪い」
「無駄も多い」
◇
「ええ」
すべて認める。
◇
「ですが」
続ける。
「それが“前提”です」
◇
「……前提?」
◇
「人は、完全ではない」
「判断を誤る」
「欲に流される」
「失敗する」
◇
「だからこそ」
一拍。
「それを含めた構造にする必要がある」
◇
男は黙って聞いている。
否定しない。
まだ。
◇
「あなたの構造は」
「人が正しく動くことを前提にしている」
「管理すれば、最適になると」
◇
「実際、なってるだろ?」
「短期的には、です」
◇
「……ほう」
◇
「長期では崩れる」
はっきりと言う。
◇
「理由は単純です」
「余裕がないからです」
◇
「余裕?」
◇
「無駄とも言います」
「遊びとも言います」
「冗長性とも」
◇
「それがない構造は」
「一度歪むと、戻れない」
◇
あの街。
あの戦い。
あの崩壊。
◇
すべて見てきた。
◇
「一見、効率的でも」
「余白がない構造は」
「衝撃に耐えられない」
◇
「……」
男の目が、わずかに細くなる。
◇
「あなたは」
続ける。
「“最適化”をしている」
「だが」
「それは“固定化”です」
◇
「変化に弱い」
「想定外に弱い」
「そして」
一拍。
「人の意思に弱い」
◇
「……人の意思?」
◇
「はい」
「人は、従い続けません」
「不満が溜まる」
「限界が来る」
「そして――」
◇
「壊れる」
◇
静寂。
◇
「今が、それです」
◇
否定はない。
できない。
◇
「俺は」
ゆっくりと言う。
「完全な効率は求めません」
「最適な管理もしません」
◇
「代わりに」
一歩、前へ。
◇
「続く構造を作る」
◇
「失敗しても戻れる」
「壊れても直せる」
「人が間違えても、回り続ける」
◇
「それが」
「“回す”ということです」
◇
沈黙。
長い沈黙。
◇
やがて。
男が、小さく息を吐いた。
◇
「……面白い」
◇
だが。
その目は、まだ冷たい。
◇
「でもね」
◇
一歩、踏み出す。
◇
「それは理想だ」
「現実はもっとシンプルだよ」
◇
「力がある方が勝つ」
「効率がいい方が残る」
「それだけだ」
◇
揺るがない確信。
◇
だから。
俺は、最後に言い切る。
これまでのすべてを込めて。
◇
「それは長く続かない」




