第63話:思想戦①
「今度は国ごとだ」
その言葉の意味を、理解していない者はいなかった。
◇
王都、貴族院・特別会議。
通常の議場とは違う。
参加者は限定されている。
国家の意思を決める――中枢。
◇
「……来ると思っていたよ」
その声は、自然にそこにあった。
◇
振り返るまでもない。
いる。
最初から。
◇
「招いた覚えはありませんが」
俺は静かに言う。
◇
「必要だから呼ばれたんだよ」
男――商会ボスは、軽く笑う。
「君と話すためにね」
◇
ざわめき。
だが、誰も止めない。
止められない。
◇
「……ここは国家の会議だ」
老貴族が低く言う。
「商人風情が――」
「違うよ」
男は遮る。
穏やかに。
だが、確実に。
◇
「僕が“回してる”」
◇
沈黙。
否定の声は、出ない。
出せない。
◇
「さて」
男がこちらを見る。
「続きだ」
「君の言っていた“回す”ってやつ」
◇
「ええ」
俺は頷く。
「市場は、本来“流れ”で成立します」
「供給と需要」
「価格調整」
「信用」
「それらが自然に繋がることで、機能する」
◇
「理想論だね」
即座に返される。
◇
「現実は違う」
「人は合理的じゃない」
「無駄も多い」
「判断も遅い」
「だから――」
一歩踏み込む。
◇
「管理する」
◇
「流れを作るんじゃない」
「作り替える」
「効率的な形に」
◇
その言葉は、迷いがない。
経験に裏打ちされた確信。
◇
「その結果が」
俺は言う。
「現在の崩壊ですか」
◇
「一時的な歪みだよ」
男は軽く返す。
「最適化の過程で出るノイズだ」
◇
「人が壊れています」
「一部だ」
「市場が止まっています」
「再構築中だ」
◇
言葉がぶつかる。
だが、どちらも引かない。
◇
「君はさ」
男が少しだけ首を傾ける。
「勘違いしてる」
◇
「市場は“優しい仕組み”じゃない」
「強いものが残る」
「弱いものは落ちる」
「それが自然だ」
◇
「ええ」
俺は頷く。
「ですが」
「それは“自然な競争”の話です」
◇
「今やっているのは違う」
「操作です」
◇
沈黙。
わずかに、空気が揺れる。
◇
「……何が違う?」
男が問う。
◇
「選択の余地です」
◇
「自然な市場には」
「選ぶ余地がある」
「失敗しても、やり直せる」
「だが」
一拍。
「あなたの構造には、それがない」
◇
「必要ないからね」
即答。
◇
「無駄だから」
「効率を落とすから」
「だから削る」
◇
「それが」
俺は言う。
「破綻の原因です」
◇
「なぜ?」
◇
「柔軟性がない」
「一箇所が崩れれば」
「全体が崩れる」
「今回のように」
◇
男は、少しだけ笑う。
◇
「でも」
「君のやり方も同じだよ」
◇
「……何?」
◇
「“回す”っていうのはさ」
「結局、人に任せるってことだ」
「つまり」
「不安定」
◇
「ええ」
否定しない。
◇
「だが」
続ける。
「その不安定さが、回復力になります」
「分散される」
「修正できる」
「だから――」
◇
「長く続く」
◇
沈黙。
◇
しばらくの間、互いに何も言わない。
言葉は出尽くした。
あとは――
価値観の問題だ。
◇
「なるほどね」
男が、ゆっくりと頷く。
「分かったよ」
◇
そして。
少しだけ、口元を歪める。
◇
「君は甘い」




