第62話:再登場(ボス)
「まだ上がいる」
その結論に、迷いはなかった。
◇
資料室の空気は、重く沈んでいる。
エリシアは、しばらく言葉を失っていた。
「……じゃあさ」
ようやく絞り出すように言う。
「今までのって、全部――」
「はい」
俺は頷く。
「“用意されていた盤面”です」
◇
市場の歪み。
物流の封鎖。
価格の崩壊。
あれはすべて――
個別の戦いではない。
◇
「一つの意思で動いていた」
◇
「……最悪だね」
エリシアが小さく呟く。
「ええ」
否定しない。
だが――
(納得はできる)
◇
ここまで揃っていた理由。
ここまで一貫していた圧力。
すべて、説明がつく。
◇
「どうするの?」
エリシアが問う。
不安ではない。
覚悟の確認だ。
◇
答えようとした、その時。
◇
「――随分と、面白いところまで来たね」
◇
声が、割り込んだ。
◇
振り返る。
いつの間にか、入口に一人の男が立っていた。
黒い外套。
無駄のない立ち姿。
そして――
余裕。
◇
「……あなたは」
エリシアが息を呑む。
俺は、何も言わない。
言う必要がない。
◇
分かっている。
◇
「久しぶりだね」
男が、軽く笑う。
「ここまで来るとは思わなかったよ」
◇
商会ボス。
すべての裏にいた存在。
◇
「……来ると思っていました」
俺は静かに言う。
「そりゃそうだ」
男は肩をすくめる。
「君は“見える側”だからね」
◇
視線がぶつかる。
逃げ場はない。
◇
「全部、あなたですか」
「全部、とは?」
とぼける。
だが、その目は笑っている。
◇
「市場操作」
「物流封鎖」
「情報操作」
「そして」
一拍。
「貴族への影響」
◇
「影響、ね」
男は小さく笑う。
「いい言い方だ」
「支配、でもいいけど?」
◇
エリシアが息を詰める。
あまりにもあっさりと。
認めた。
◇
「なぜ、そんなことを」
◇
「簡単だよ」
男は答える。
「効率がいいから」
◇
その言葉に、わずかな沈黙。
◇
「バラバラに動くより」
「一つにまとめた方が、無駄がない」
「競争より、管理の方が安定する」
「だから」
一歩踏み出す。
「僕がやってる」
◇
理屈は通っている。
だが――
歪んでいる。
◇
「その結果が、これですか」
俺は言う。
「ええ」
男はあっさり頷いた。
「多少の歪みは出る」
「でもね」
一拍。
「全体としては、効率的なんだよ」
◇
「……人が壊れてます」
エリシアが低く言う。
◇
「一部はね」
男は軽く返す。
「でも全部じゃない」
「切り捨てればいいだけだ」
◇
その言葉に。
空気が凍る。
◇
(同じだ)
さっき提示した案。
効率優先。
切り捨て。
◇
だが。
(規模が違う)
◇
「君も、同じことを考えただろ?」
男がこちらを見る。
「半分を救う、って」
◇
否定はしない。
できない。
◇
「でも」
男は続ける。
「君は止まった」
「なぜ?」
◇
問い。
試すような視線。
◇
「……」
答えない。
今は、まだ。
◇
「まあいい」
男は肩をすくめる。
「いずれ分かる」
「結局、同じ結論に辿り着く」
◇
「違います」
短く返す。
◇
「ほう?」
初めて、わずかに興味を示す。
◇
「あなたは“支配”している」
「俺は“回す”」
◇
沈黙。
そして――
男が、笑った。
◇
「いいね」
「やっぱり面白い」
◇
一歩、下がる。
影の中へ。
「なら」
最後に言う。
◇
「証明してみせてよ」
◇
姿が消える。
気配も、途切れる。
◇
残されたのは、静寂。
◇
「……完全に敵だね」
エリシアが呟く。
「ええ」
否定しない。
◇
これはもう。
局所戦ではない。
商会との争いでもない。
◇
国家そのものを巡る戦い。
◇
だから。
俺は、静かに言い切る。
「今度は国ごとだ」




