第60話:抵抗
「通します」
その言葉が、静かに落ちた瞬間――
空気が、変わった。
◇
ざわめきは、すぐに怒声へと変わる。
「ふざけるな!」
「権限の乱用だ!」
「そんな法案が通るわけがない!」
抑えていたものが、一気に噴き出す。
◇
「静粛に!」
議長の声が響く。
だが。
収まらない。
◇
「税の再定義だと?」
「我々の裁量を奪う気か!」
「流通の開放?」
「商会との関係をどうするつもりだ!」
次々と飛ぶ反発。
だが、そのすべてに共通しているものがある。
(利権だ)
◇
リディアは、黙って聞いていた。
感情で返さない。
ここで必要なのは――理解だ。
◇
「……発言を」
一人の中堅貴族が手を挙げる。
議長が頷く。
◇
「リディア嬢」
穏やかな口調。
だが、その目は冷たい。
「君の案は、確かに理想的だ」
「だがな」
一歩踏み込む。
「現実を見ていない」
◇
「どの部分でしょうか」
リディアは即座に返す。
◇
「すべてだ」
言い切る。
「税を戻す?」
「流通を解放する?」
「監査を強化する?」
小さく笑う。
「それで、この国が回ると本気で思っているのか?」
◇
「はい」
迷いなく答える。
◇
「根拠は?」
「構造です」
◇
ざわめき。
だが、リディアは止まらない。
◇
「現状は」
「偏りと不透明性によって崩壊しています」
「ならば」
「それを是正すればいい」
「単純な話です」
◇
「単純、だと?」
男の声がわずかに低くなる。
◇
「ええ」
「単純です」
「ですが」
一拍。
「“やりたくない”だけです」
◇
空気が凍る。
◇
「……言うな」
別の貴族が低く呟く。
だが。
リディアは止めない。
◇
「既得権益」
「中抜き構造」
「不透明な契約」
「それらを手放したくない」
「だから」
「変えない」
◇
「違う!」
強い声が飛ぶ。
「それは“安定”だ!」
「急激な変化は、混乱を招く!」
◇
「既に混乱しています」
即答。
◇
沈黙。
◇
「ならば!」
別の貴族が立ち上がる。
「なぜ我々が犠牲になる!」
「なぜ特権を手放さねばならん!」
◇
それが、本音だった。
◇
リディアは、その言葉を受け止める。
そして。
静かに、返す。
◇
「このままでは」
「全員が失います」
◇
「脅しか」
「違います」
◇
「現実です」
◇
だが。
その現実は――
届かない。
◇
「……若いな」
老貴族が呟く。
「理屈は分かる」
「だがな」
ゆっくりと首を振る。
「人は、そう簡単には変わらん」
◇
それが、この場の結論だった。
◇
論理は正しい。
だが。
通らない。
◇
利権。
慣習。
恐怖。
それらが壁になる。
◇
リディアは、唇を引き結ぶ。
理解している。
ここからが本当の戦いだと。
◇
だが。
それでも。
この場の答えは、一つ。
◇
重く。
はっきりと。
突きつけられる。
「認められるか」




