第53話:国家財政
王都貴族院、第二会議室。
机の上には――山のような帳簿が積まれていた。
◇
「これが、国家財政の全資料だ」
老貴族が静かに言う。
「見たければ見ろ」
試すような視線。
だが、その奥には別の感情がある。
――どうせ分からない。
そういう確信。
◇
「ええ」
俺は席に着き、帳簿を開いた。
瞬間。
世界が変わる。
◇
数字が、浮かび上がる。
収入。
支出。
流れ。
それらが線となり、構造となる。
複雑に絡み合い――
そして。
(歪んでいる)
一目で分かる。
◇
「……どう?」
エリシアが小声で聞く。
「見える?」
「ええ」
短く答える。
「全部」
◇
ページをめくる。
一枚。
二枚。
三枚。
速い。
だが――
雑ではない。
必要な情報だけを、正確に拾う。
◇
「……おい」
誰かが呟く。
「早すぎるだろ」
「流し見しているだけでは――」
「違う」
別の貴族が低く言う。
「あれは……読んでいる」
◇
俺は手を止めない。
収入の流れを追う。
税収。
関税。
特別徴収。
そして――
支出。
◇
そこで、止まる。
(ここだ)
軍事費。
異常な塊。
◇
「……見つけた」
小さく呟く。
「何が?」
エリシアが覗き込む。
「これ」
指で示す。
「軍事費」
「……多いね」
「ええ」
「ですが」
一拍。
「“多い”では足りません」
◇
俺は紙を数枚抜き出し、並べた。
年度別の推移。
配分比率。
そして――
隠されていた内訳。
「見てください」
「……え?」
エリシアの目が見開かれる。
「これ……増え続けてる?」
「はい」
「しかも、加速している」
◇
「必要だからだ」
即座に声が飛ぶ。
「国防は最優先事項だ」
「ええ」
頷く。
「それ自体は否定しません」
「ですが」
視線を上げる。
「“限度”があります」
◇
「限度だと?」
「はい」
「現在、この国は」
「収入の半分以上を軍事に使っています」
ざわめき。
だが――
反論は弱い。
数字は、誤魔化せない。
◇
「問題は、それだけではありません」
さらに紙を重ねる。
「補給費」
「維持費」
「そして――」
一拍。
「未使用の備蓄」
「……未使用?」
「はい」
「消費されていない資源が、積み上がっている」
「なぜそんなことを」
「“備え”です」
誰かが答える。
だが、その声は自信がない。
◇
「備えは必要です」
俺は言う。
「ですが」
「過剰な備えは、ただの滞留です」
「資源が死ぬ」
「資金も死ぬ」
「……」
沈黙が広がる。
◇
「さらに」
俺は最後の資料を出す。
「これを見てください」
収入と支出の差。
年ごとの推移。
明確な――
赤。
◇
「……これは」
誰かが呟く。
「赤字……?」
「はい」
はっきりと答える。
「継続的な赤字です」
◇
「そんなはずはない!」
強い声が飛ぶ。
「国家に赤字は存在しない!」
「徴収すればいい!」
◇
「ええ」
俺は静かに頷く。
「徴収は可能です」
「ですが」
一歩も引かずに言う。
「その結果が、これです」
◇
重税。
市場の停滞。
信用の低下。
すべてが繋がる。
◇
「誰も……」
エリシアが小さく呟く。
「全部見てなかったの?」
「ええ」
短く答える。
「部分最適です」
「軍は軍の理屈で動く」
「財務は財務の理屈で動く」
「貴族は貴族の理屈で動く」
「結果――」
一拍。
「全体が壊れる」
◇
沈黙。
完全な沈黙。
誰も、もう軽くは扱えない。
◇
俺は帳簿を閉じた。
結論は出ている。
迷う必要はない。
だから。
静かに、だが確実に言い切る。
「収支、崩壊してます」




