第52話:貴族の論理
王都貴族院。
重厚な扉の内側は、静けさに満ちていた。
◇
「――では、改めて問おう」
中央に座る老貴族が、ゆっくりと口を開く。
「貴様は、この国の税制が“腐っている”と、そう言ったな?」
視線が集まる。
逃げ場はない。
だが。
「ええ」
俺は、迷わず頷いた。
「その通りです」
◇
ざわめきが走る。
当然だ。
ここは、国家の中枢。
その仕組みを、正面から否定したのだから。
「……面白い」
別の貴族が笑う。
「ならば聞こう」
「税がなければ、この国はどうやって回る?」
◇
「回りません」
即答する。
その答えに、一瞬の沈黙。
そして――
小さな笑いが広がる。
「ほら見ろ」
「結局、必要なのだ」
「自分で言っているではないか」
◇
「ええ」
俺は続ける。
「税は必要です」
「ですが」
一拍。
「今の形は、違います」
空気が、少しだけ変わる。
◇
「何が違う?」
老貴族が問う。
試すような目。
だが、その奥には興味がある。
「目的です」
短く答える。
「目的?」
「はい」
「税は、本来――」
「社会を維持するためのものです」
「治安」
「インフラ」
「最低限の保障」
「それらを支えるために存在する」
◇
「当然だ」
貴族の一人が頷く。
「だからこそ、我々が管理している」
「民は、自分で最適な配分などできん」
「だから“上”が決める」
迷いのない言葉。
それは、確かに合理的だ。
◇
「ええ」
俺は肯定する。
「その考え自体は、間違っていません」
「ほう?」
意外そうな声。
だが――
「問題は、その“中身”です」
◇
机の上に書類を置く。
国家財政の概要。
支出の内訳。
「これが現状です」
誰かが目を通す。
そして――
眉をひそめる。
「……軍事費が多いな」
「ええ」
「全体の、半分以上です」
ざわめきが起きる。
だが、否定は出ない。
事実だからだ。
◇
「必要だ」
強い声が飛ぶ。
「この国を守るためだ」
「脅威は常に存在する」
「備えは最大でなければならん」
理屈は通っている。
だが――
「では」
静かに問う。
「その結果、何が起きていますか?」
◇
沈黙。
誰もすぐには答えない。
だから、続ける。
「重税」
「民の疲弊」
「市場の停滞」
「そして――」
一拍。
「信用の低下」
◇
「それは一時的なものだ」
別の貴族が言う。
「長期的には安定する」
「ええ」
頷く。
「“維持できれば”」
「……何?」
◇
「今の構造は」
「支出が先行しています」
「収入が、それに追いついていない」
「つまり?」
「赤字です」
はっきりと言う。
◇
「国家に赤字は存在しない」
老貴族が静かに言う。
「必要ならば、徴収すればいい」
「民からな」
それは――
この場にいる全員が共有している前提。
◇
「ええ」
俺は否定しない。
「短期的には可能です」
「ですが」
一拍。
「限界があります」
◇
「限界だと?」
「はい」
「徴収には、前提があります」
「何だ」
「払えることです」
静寂。
◇
「民が疲弊すれば」
「消費が落ちる」
「市場が縮小する」
「結果」
「税収も落ちる」
「……」
「それでも徴収を強めれば」
「さらに縮小する」
「そして――」
ゆっくりと言う。
「循環が止まる」
◇
誰も、すぐには反論できない。
理屈は単純だ。
だが――
無視されてきた。
◇
「つまり」
俺は結論を置く。
「今の税は」
「維持のためではなく」
「消耗のために使われている」
「……言い過ぎだな」
低い声。
だが、弱い。
◇
「いいえ」
首を振る。
「構造として、そうなっています」
「意図ではなく、結果として」
◇
静寂が落ちる。
重い沈黙。
その中で――
全員が、理解している。
この話は、感情では崩せないと。
◇
だからこそ。
最後に、はっきりと言う。
逃げ場を与えない形で。
「それ、破綻しますよ」




