第51話:王都入り
王都に入った瞬間――空気が違った。
◇
「……でかいね」
エリシアがぽつりと呟く。
視線の先には、石造りの建物が連なっている。
整備された街路。
途切れることのない人の流れ。
あの村とも。
あの街とも。
まるで別世界だ。
「ええ」
短く答える。
規模が違う。
人の数も、物の量も、金の動きも。
すべてが桁違いだ。
◇
だが。
(違うのは、それだけじゃない)
視線を巡らせる。
商人。
貴族。
労働者。
同じ場所にいるはずなのに――
距離がある。
明確な線が引かれている。
◇
「なんか……変じゃない?」
エリシアが眉をひそめる。
「活気はあるのに」
「どこか、息苦しい」
「ええ」
頷く。
「流れてはいますが」
「循環していない」
「……どういうこと?」
「偏っています」
金も。
物も。
権限も。
すべてが一方向に。
◇
市場に入る。
商品は豊富だ。
質も高い。
だが――
「高すぎるね」
エリシアが小声で言う。
「これ、普通の人買えないでしょ」
「ええ」
値札を見る。
原価。
流通。
税。
すべてが、見える。
(重い)
異常なほどに。
◇
「誰が払ってるの?」
「下です」
即答する。
「末端が全部負担している」
「……」
エリシアが言葉を失う。
◇
その時。
「どけ」
横から声が飛ぶ。
振り返ると、豪奢な服を着た男。
貴族だ。
取り巻きを連れている。
「邪魔だ、庶民」
当然のように言う。
周囲の人間が、一斉に道を開ける。
誰も逆らわない。
逆らえない。
◇
「……ひどいね」
エリシアが小さく呟く。
「ええ」
否定はしない。
◇
貴族がこちらを見る。
「なんだ、その目は」
「地方者か?」
軽く笑う。
「分からんだろうな、この価値は」
手にしている宝石を掲げる。
「これはな、お前らが一生かけても触れられんものだ」
自慢げに言う。
◇
俺は一瞬だけ、その宝石を見る。
そして――
計算する。
原価。
加工。
流通。
税。
そして。
(利益)
異常なまでに膨らんでいる。
◇
「……それ」
静かに口を開く。
「原価の、何倍ですか?」
「は?」
貴族が眉をひそめる。
「流通コストを加味しても」
「三倍以上は上乗せされていますね」
「……何を言っている」
「さらに」
「この価格設定だと」
「購買層は限定される」
「つまり――」
一拍。
「流動性が死んでいる」
◇
「なっ……」
貴族が言葉を詰まらせる。
周囲も、ざわつく。
「何だ貴様」
「商人か?」
「違います」
首を振る。
「ただの観察です」
◇
「くだらん」
貴族が吐き捨てる。
「価値も分からん田舎者が」
「市場を語るな」
そう言って、去っていく。
だが。
その背中には――
わずかな焦りがあった。
◇
「……今の、結構効いてたね」
エリシアが小さく笑う。
「ええ」
軽く頷く。
「自覚はあるようです」
「でも、変わらないよね」
「ええ」
「変える必要がないと思っている」
そこが問題だ。
◇
再び歩き出す。
街の奥へ。
王都の中心へ。
進めば進むほど――
歪みは濃くなる。
◇
豪奢な建物。
過剰な装飾。
無駄に広い空間。
そのすべてが――
“金の使い方”を示している。
(効率が悪い)
いや。
(意図的に悪くしている)
金を消費するために。
権威を示すために。
◇
「ねえ」
エリシアが静かに言う。
「これ……」
「うん」
俺も、もう分かっている。
これは偶然じゃない。
個人の問題でもない。
◇
構造だ。
◇
税の流れ。
金の偏り。
権力の固定。
すべてが繋がっている。
そして――
それが、この国を支えている。
◇
だが。
(限界だ)
すでに見えている。
この形は、長く持たない。
いや。
もう、持っていない。
◇
俺は立ち止まり、王都の中心を見上げた。
華やかで。
巨大で。
そして――
歪んでいる。
だから。
静かに、はっきりと結論を出す。
「ここ、腐ってますね」




