第38話:崩壊寸前
「もう、持ちません」
その言葉から、一日。
限界は――あっさりと超えた。
◇
朝。
市場は、開いていた。
だがそれは、“営業”ではなかった。
「ふざけるな!」
怒号が響く。
「なんで金が払われねぇんだ!」
「こっちだって払えてねぇんだよ!」
「じゃあどうすんだよ!」
人がぶつかり、声がぶつかる。
昨日まで抑えられていたものが、一気に噴き出していた。
◇
「止めてください!」
エリシアの声が響く。
だが、止まらない。
「順番に対応します!」
「待てるかよ!」
「もう限界なんだよ!」
叫び。
怒り。
そして――不信。
(信用が、完全に切れた)
誰も、信じていない。
街も。
取引も。
未来も。
◇
「報告です!」
兵士が駆け込んでくる。
「西区で暴動発生!」
「商人同士の衝突が拡大しています!」
「……規模は?」
「抑えきれていません!」
最悪だ。
完全に“線”を越えた。
◇
「北区もです!」
別の声が飛ぶ。
「住民の離脱が始まっています!」
「荷物をまとめて……」
「もう出ていくと!」
逃げが始まった。
一度始まれば止まらない。
「南区は!?」
「……店が閉まっています」
「ほぼ全て」
機能停止。
街としての役割が、消えている。
◇
執務室。
報告が止まらない。
「資金、残りわずか!」
「未払い増加!」
「契約、連続破棄!」
すべてが同時に来ている。
制御不能。
完全な、崩壊連鎖。
◇
「……どうするの」
エリシアが、かすれた声で言う。
立っているのがやっと、という状態だ。
「もう……無理だよ」
誰も否定できない。
俺も。
(間に合わない)
対策はある。
だが――
(時間がない)
この速度では、実行前に終わる。
それが現実だ。
◇
窓の外を見る。
人が走っている。
怒鳴っている。
物が倒れる音がする。
街が、壊れている。
目の前で。
はっきりと。
(ここまで、か)
静かに息を吐く。
ここまで持たせた。
だが――
それだけだ。
限界は、越えた。
戻らない。
◇
「……ごめん」
エリシアが、ぽつりと呟く。
「私……止められなかった」
「……」
「みんなを……」
言葉が途切れる。
涙が落ちる。
だが――
責める気はない。
これは、誰か一人の問題じゃない。
構造の敗北だ。
完全に。
◇
俺はゆっくりと目を閉じた。
そして、開く。
現実は変わらない。
なら――
認めるしかない。
静かに。
はっきりと。
「終わりです」




