第34話:一時勝利
「条件は、こちらが決めます」
その一言から、数日。
流れは――確かに変わった。
◇
「戻ってきてる」
エリシアが、少し驚いたように言った。
「取引、増えてるよ」
「ええ」
俺は頷く。
机の上の報告書を指で叩く。
【契約数:微増】
【流通量:回復傾向】
【価格:安定化】
崩されかけたラインが、持ち直している。
「この前の契約、効いてるね」
「一部ですが」
「十分だよ」
エリシアは小さく笑った。
「“完全に負けてない”って分かっただけでも」
「ええ」
それは大きい。
心理的にも、構造的にも。
◇
市場に出る。
数日前とは、明らかに空気が違った。
「お、また来たか」
「今日は普通の値段だな」
「このくらいがいいよな」
客の声も、落ち着いている。
過剰な安売りは減り、
極端な高騰も抑えられている。
完全ではない。
だが――
(均されてきている)
「見て」
エリシアが指差す。
「新しい店、増えてる」
小さな露店。
簡素な台。
だが、確実に増えている。
「内部の商売も回り始めてる」
「ええ」
頷く。
「依存度が下がってます」
外だけに頼らない構造。
ようやく、形になり始めた。
◇
「ねえ」
歩きながら、エリシアが言う。
「これ、このままいけるんじゃない?」
「可能性はあります」
「でしょ?」
少しだけ、表情が明るい。
「正直、もう無理かと思った」
「……分かります」
あの状況なら、そう思うのも無理はない。
物流を止められ、
価格を壊され、
信用を削られた。
普通なら、終わりだ。
だが――
(まだ立っている)
それが事実だ。
「相手も、完全には潰せないんだね」
「ええ」
「こちらにも価値がある」
「だから“削る”に留めている」
エリシアが頷く。
「なら、その間に立て直せば――」
「勝てます」
言い切る。
理屈上は。
◇
執務室に戻る。
書類を整理しながら、俺は一つ一つ確認していく。
契約。
流通。
価格。
どれも、改善している。
だが――
(早すぎる)
回復が。
これは、本来もっと時間がかかるはずだ。
それなのに。
(……)
指が止まる。
違和感。
小さな、だが確実な引っかかり。
「どうしたの?」
エリシアが覗き込む。
「いえ」
俺は首を振った。
「少し、気になっただけです」
「何が?」
「回復の速度です」
「速い方がいいじゃん」
「ええ」
その通りだ。
だが――
(整いすぎている)
まるで。
“戻されている”ような。
「……考えすぎかもしれません」
小さく息を吐く。
現時点で、決定的な異常はない。
数字は正しい。
流れも自然に見える。
なら――
今は、受け入れるべきだ。
「とりあえず」
エリシアが笑う。
「持ち直したってことでいいよね?」
「ええ」
俺も頷いた。
「一時的には」
その言葉に、わずかな含みを残しながら。
それでも。
ここまで来たのは事実だ。
崩壊寸前から、立て直した。
なら――
次に進める。
俺は静かに、だが確かに言った。
「勝てるかもしれません」




