第33話:契約戦
「まだ、終わってません」
その宣言から、三日。
街は、なんとか持ちこたえていた。
小規模ルートが動き始め、
内部生産もわずかに回り、
完全な停止は回避している。
だが――
(削られているのは変わらない)
耐えているだけだ。
このままでは、いずれ限界が来る。
だから。
次は――攻める。
◇
「契約を見直します」
執務室で、俺はそう言った。
「見直すって……」
エリシアが眉をひそめる。
「今さら? もう向こうに握られてるでしょ」
「ええ」
俺は頷いた。
「だからこそ、です」
「……どういう意味?」
「相手の土俵で戦います」
机に書類を広げる。
これまでの契約。
切られたもの。
書き換えられたもの。
そして――
(まだ残っているもの)
「完全に切られてはいない」
「つまり?」
「穴がある」
エリシアの目が細くなる。
「……どこ?」
「ここです」
一枚の契約書を指で叩く。
「優先供給条項」
「一定量を優先的に供給する義務」
「……でも、それもう破られてない?」
「いいえ」
首を振る。
「“満たしている扱い”になってます」
「……は?」
「量だけ見れば、です」
エリシアが書類を覗き込む。
「……あ」
気づいた。
「質が違う」
「その通りです」
供給はされている。
だが――
「低品質品で埋めてる」
「義務は果たしている」
「でも実質は崩している」
「……最低」
「ええ」
だが。
「逆に言えば、使えます」
「どうやって?」
「同じことをやる」
エリシアが顔をしかめる。
「それでいいの?」
「いいです」
即答する。
「契約上は問題ない」
「それに」
一歩踏み込む。
「“条件”を追加します」
「条件?」
「はい」
新しい契約書を取り出す。
「品質基準の明文化」
「違反時のペナルティ」
「そして」
一拍置く。
「価格連動条項」
「……それって」
「市場価格に応じて調整する」
「暴落時は守る」
「暴騰時は利益を取る」
「……強いね」
「ええ」
シンプルに強い。
「でも、向こうが飲む?」
「飲ませます」
迷いなく言う。
「なぜなら」
「向こうも完全には切れない」
それが現状だ。
こちらはまだ、価値がある。
「つまり、駆け引き?」
「そうです」
これはもう、戦いだ。
数字の。
条文の。
そして――
“読み”の戦い。
◇
その日の午後。
交渉の場。
相手は中堅の商人。
だが、その背後には“いる”。
間違いなく。
「……この条件は厳しいな」
男が契約書を見ながら言う。
「そうですか?」
俺は淡々と返す。
「現状を考えれば、妥当かと」
「だが、利益が減る」
「ええ」
「じゃあ何のメリットが?」
「安定です」
一言で返す。
「……」
「今の市場は不安定です」
「続きません」
「ですが、この契約なら」
「継続できます」
男の指が止まる。
考えている。
「……リスクは?」
「明文化されています」
「つまり、読みやすい」
「……」
沈黙。
そして――
「……分かった」
小さく息を吐く。
「乗ろう」
決まった。
◇
執務室に戻ると、エリシアが待っていた。
「どうだった?」
「一件、取りました」
「ほんと!?」
「ええ」
「条件付きですが」
書類を差し出す。
エリシアが目を通し、息を吐く。
「……すごいね」
「小さいですよ」
俺は肩をすくめる。
「一件だけです」
「でも」
「流れは変わる」
それが重要だ。
完全な防戦から、対抗へ。
「……やれるね」
エリシアが笑う。
「ええ」
俺も小さく頷いた。
まだ勝ってはいない。
だが。
(崩されるだけじゃない)
こちらも削れる。
それが分かった。
なら――
次は、もっと取る。
俺は静かに言い切る。
「条件は、こちらが決めます」




