第31話:信用崩壊
「利益が、消えてる……」
価格崩壊から、二日。
市場は――まだ動いている。
人は来る。
物は売れる。
だが。
(中身が空洞化している)
利益がない。
持続性がない。
それでも回っているのは――
(まだ“信用”が残っているからだ)
◇
「最近、ちょっとおかしいよ」
広場で、そんな声が聞こえた。
「何が?」
「この街」
「急に安すぎないか?」
「確かに」
別の男が頷く。
「逆に怖いんだよな」
――始まったか。
俺は足を止めず、そのまま通り過ぎる。
だが耳は拾っている。
「聞いたか?」
「何を?」
「この街、裏で操作してるって話」
「は?」
「価格も、流通も、全部」
軽い調子。
だが――
(質が悪い)
断定ではない。
噂だ。
だから広がる。
◇
執務室に戻ると、エリシアが机に突っ伏していた。
「……どうしたんですか」
「これ見て」
投げられた紙を受け取る。
ざっと目を通す。
内容は単純だった。
――取引停止。
「またですか」
「今度は理由つき」
「……どれです?」
該当箇所を見る。
『貴街の取引は不透明であり、信用に欠けるため――』
なるほど。
(来たな)
「他にもあるよ」
エリシアが別の紙を出す。
『価格操作の疑い』
『不正な流通』
『危険な取引』
どれも、曖昧な表現。
だが――
印象は最悪だ。
「ねえ」
エリシアが顔を上げる。
「これ、やばくない?」
「ええ」
俺は静かに頷いた。
「かなりやばいです」
「だよね……」
ぐしゃりと髪を掻く。
「こっちはちゃんとやってるのに」
「ええ」
「なのに“怪しい”って思われたら終わりじゃん」
「その通りです」
信用は、数字じゃない。
だからこそ厄介だ。
「反論する?」
「難しいですね」
「なんで?」
「証明できないからです」
エリシアが固まる。
「……え?」
「“やってない”ことの証明は難しい」
「それに」
一枚の紙を軽く叩く。
「相手は断定してない」
「“疑い”と言っている」
「だから逃げ道がある」
「……ずるい」
「ええ」
同意する。
「非常に合理的です」
攻撃しながら、責任は取らない。
完璧な形だ。
◇
その日の午後。
市場の空気は、明らかに変わっていた。
「……ここ、大丈夫か?」
「ちょっと様子見た方がいいんじゃないか」
「他に行こうぜ」
客が、減っている。
露骨に。
そして――
「今日はやめときます」
商人が荷を引く。
「また今度な」
笑ってはいるが、目は笑っていない。
距離を取っている。
完全に。
(信用が、崩れ始めている)
数字では見えない。
だが確実に。
◇
「どうするの?」
エリシアが低く聞く。
その声には、焦りと苛立ちが混じっていた。
「対策はありますか?」
「いくつかは」
だが――
「即効性はない」
「……またそれ?」
「はい」
即答する。
「信用は積み上げるものです」
「一日で作れない」
「でも壊れるのは一瞬」
今回がそれだ。
「じゃあ、放置?」
「いえ」
首を振る。
「やることはやります」
「透明化」
「説明」
「記録の公開」
一つずつ並べる。
「ただし」
一拍。
「効くまで時間がかかる」
「……その間に崩れるよ」
「ええ」
それが問題だ。
完全に、時間差攻撃。
相手はそれを理解している。
「ねえ」
エリシアが、少しだけ弱い声で言う。
「これ、勝てるの?」
沈黙。
すぐには答えなかった。
答えられないからじゃない。
正確に言うためだ。
「現時点では」
視線を上げる。
「かなり不利です」
「……」
「物流、価格、信用」
「全部やられている」
「完全に三段構えです」
エリシアが言葉を失う。
当然だ。
これはもう、“偶然のトラブル”じゃない。
明確な戦略だ。
「……あの人?」
「でしょうね」
名前を出す必要はない。
あの“商会ボス”。
あの余裕。
あの視線。
全部が繋がる。
「……厄介すぎるでしょ」
「ええ」
俺は小さく息を吐いた。
そして、静かに言う。
「これは……厄介ですね」




