表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミステリー短編集  作者: 倉木元貴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
90/95

灰色の残響 第12話

 崩れ落ちる儀式の間を背に、僕たちは暗い廊下を走り続けた。

 天井から落ちる石片が肩をかすめ、粉塵が視界を曇らせる。


 澪は息を切らしながらも、僕の手を離さなかった。


「……まだ追ってくる……?」


「来る。あいつは儀式を失った。もう理性なんて残ってない」


 三枝が前を走りながら言った。

 その声は冷静だったが、緊張が滲んでいた。


 背後から、赤い光が壁を照らす。


 ──来ている。


 玲奈が振り返り、震える声で言った。


「……あれ……赤い主の光……?」


「見るな!」


 三枝が叫ぶ。


「目を合わせるな。あれは“主”の力の残滓だ。精神を侵される」


 僕たちは角を曲がり、階段を駆け上がった。

 だが、館の奥へ進むほど、空気は重く、冷たくなっていく。


 まるで館そのものが、僕たちを閉じ込めようとしているようだった。


「……出口は……?」


 澪が息を切らしながら言う。


「この階層にはない。だが──」


 三枝は立ち止まり、壁の一部を叩いた。


 コン、コン……

 音が違う。


「ここだ。隠し扉がある」


 僕が壁に手を当てると、冷たい石の裏に空洞の気配があった。


「どうやって開ける?」


「“主”が使っていた通路だ。必ず仕掛けがある」


 そのとき、足元で何かが光った。


 小さな紙片。

 赤い矢印が描かれている。


 玲奈が息を呑む。


「……影の主……?」


「そうだ」


 三枝が紙を拾い上げた。


「影の主が、最後に残した道だ」


 僕は壁を押した。

 ギィ……と音を立てて、隠し扉が横にスライドした。

 その瞬間、背後の廊下が赤く染まった。


 澪が叫ぶ。


「来た!!」


 赤い光の主が、ゆっくりと廊下の奥から姿を現した。

 フードの奥で赤い光が揺れ、まるで炎のように揺らめいている。


「……逃げても無駄だ……」


 その声は、もはや人間のものではなかった。


「罪は……捧げられねばならない……儀式は……終わっていない……」


 僕は澪を隠し扉の中へ押し込んだ。


「行け!!」


「でも……!」


「いいから行け!」


 三枝が僕の肩を掴んだ。


「お前も来い。ここで死ぬ気か!」


 僕たちは隠し通路へ飛び込み、扉を閉めた。

 直後、外側から赤い光が扉を焼くように照らした。


 澪が震える声で言う。


「……あれ……本当に人なの……?」


「もう人じゃない」


 三枝が低く言った。


「儀式の力を取り込みすぎた。“主”としての形を保てなくなっている」


 隠し通路は狭く、湿った空気が漂っていた。

 壁には古いランプが等間隔で並び、弱々しい光を放っている。


 玲奈が前を指さした。


「……見て……!」


 通路の奥に、もう一枚の紙が落ちていた。

 赤い矢印とともに、黒い文字が書かれている。


『最深部へ行け。“主”を終わらせる鍵はそこにある』


 澪が息を呑む。


「……影の主……最後まで……」


「行こう」


 僕は言った。


「影の主が命を懸けて示した道だ。ここに“終わり”がある」


 通路を進むと、やがて階段が現れた。

 下へ続く、長い階段。


 澪が僕の手を握り直す。


「……怖い……でも……行く……あなたと一緒なら……」


 僕は頷いた。


「必ず終わらせる。もう誰も犠牲にしない」


 階段を降りると、広い空間に出た。


 そこは──館の最深部。


 天井は高く、壁には古い紋章が刻まれている。

 中央には黒い石の台座があり、その上には──一冊の古い本が置かれていた。


 玲奈が震える声で言う。


「……これ……儀式の“原典”……?」


 三枝が本に手を伸ばした。


「ここに“主”の正体が書かれているはずだ。そして──“どう終わらせるか”も」


 その瞬間、背後の通路が赤く染まった。


 澪が叫ぶ。


「来た! 赤い主が……!」


 赤い光が通路を満たし、

 ゆっくりと“主”が姿を現した。


「……逃げ場はない……罪は……ここで捧げられる……」


 僕たちは最深部で追い詰められた。

 だが、終わらせるための鍵は、目の前にある。


 赤い光が通路を満たし、ゆっくりと“主”が姿を現した。

 その歩みは遅いのに、迫ってくる圧力は息を奪うほど強い。


「……逃げ場はない……罪は……ここで捧げられる……」


 その声は、もはや人間の声ではなかった。

 低く、濁り、何か別のものが混じっている。


 澪が僕の腕を掴んだ。


「……来ないで……お願い……」


「澪、下がれ。ここは俺が前に立つ」


 僕は澪を背にかばい、赤い主と向き合った。

 だが、その存在感は“敵”というより、“災害”に近かった。


 三枝が原典の本を開き、ページをめくる。


「……あった。“主”の力の源……そして……“終わらせる方法”も」


 玲奈が息を呑む。


「本当に……書いてあるの……?」


「断片的だがな。だが、これで十分だ」


 三枝は本を読み上げた。


「“主”とは、罪を集め、罪を糧に形を保つ存在。罪が自覚され、罪が消えるとき──“主”は形を失う”」


 澪が震える声で言った。


「……じゃあ……私が罪を認めたから……儀式が崩れたの……?」


「そうだ」


 三枝は頷いた。


「そして──“主”を終わらせるには、最後の条件がある」


 赤い主が低く笑った。


「……無駄だ……その条件は……“罪を抱えた者には果たせない”……」


「黙れ」


 三枝は本を握りしめた。


「最後の条件は──“罪を抱えた者が、罪を抱えた者を救うこと”」


 僕は息を呑んだ。


「……それって……」


「そうだ」


 三枝は僕を見た。


「お前と澪だ」


 澪が僕の手を握り返す。


「……私……あなたに救われたよ……あの日のこと……言えたのは……あなたがいたから……」


 赤い主が叫んだ。


「やめろ! それ以上言うな! 罪は……捧げられねばならない!」


 赤い光が爆ぜ、最深部の空間が震えた。

 壁に刻まれた紋章が砕け、天井から砂が降り注ぐ。


「時間がない!」


 三枝が叫ぶ。


「澪、言うんだ。“罪を抱えた自分を、誰が救ったのか”」


 澪は涙をこぼしながら、僕を見つめた。


「……私を救ったのは……あなた……」


 その瞬間、赤い主が絶叫した。


「黙れぇぇぇ!」


 赤い光が澪へ向かって放たれた。


「澪!」


 僕は咄嗟に澪を抱き寄せ、光の前に立ちはだかった。


 光が僕の身体を貫く──そう思った瞬間、光は僕の目の前で弾け、霧のように消えた。


 赤い主が後ずさる。


「……なぜ……なぜ効かない……?」


 三枝が叫んだ。


「効くわけがない! “罪を抱えた者が、罪を抱えた者を守った”その瞬間──お前の力は消える!」


 赤い主の身体が揺らぎ、輪郭が崩れ始めた。


「……やめろ……私は……主だ……罪を……糧に……」


 玲奈が震える声で言った。


「……もう終わりだよ……あなたの時代は……」


 赤い主は崩れゆく身体を支えながら、最後の力で僕たちに手を伸ばした。


「……罪を……返せ……返せぇぇぇ……!」


 だが、その手は僕たちに届く前に、光の粒となって崩れ落ちた。

 赤い光が消え、最深部に静寂が戻る。


 澪が僕の胸に顔を埋め、震える声で言った。


「……終わった……? 本当に……?」


 僕は澪の背中を抱きしめた。


「終わったよ。もう大丈夫だ」


 三枝が原典の本を閉じた。


「“主”は消えた。罪を糧にする存在は、もうどこにもいない」


 玲奈が涙を拭いながら言った。


「……影の主さん……見てる……? 私たち……終わらせたよ……」


 最深部の空気が、静かに揺れた気がした。

 僕たちは崩れた儀式の間を背に、ゆっくりと地上へ向かって歩き始めた。

おもしろかったら評価、ブックマークよろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ