灰色の残響 第11話
赤い光の主の指先が、ゆっくりと澪を指した。
その動きは迷いがなく、まるで“儀式の答え”を告げるようだった。
澪は一歩後ずさり、僕の腕を掴んだ。
「……嘘……私が……三人目……?」
「違う!!」
僕は叫んだ。
反射的に澪を庇うように前へ出る。
赤い光の主は静かに言った。
「罪は、本人が最も隠したがるものだ。そして――“澪、お前はそれを抱えている”」
澪の肩が震えた。
「……私……? でも……私……何も……」
影の主が、倒れたまま苦しげに声を絞り出した。
「澪……お前は……“誰かを救えなかった”……その後悔を……ずっと隠してきた……」
澪の瞳が大きく揺れた。
「……やめて……言わないで……!」
三枝が息を呑む。
「澪……お前……何か隠してるのか」
「違う……違う……!」
澪は頭を抱えた。
「私は……何も……!」
だが、その声は震えていた。
“否定”ではなく、“恐怖”の震え。
赤い光の主が一歩近づく。
「澪。お前は“あの日”のことを、まだ誰にも言っていない」
澪の顔から血の気が引いた。
「……やめて……お願い……」
僕は澪の肩を掴んだ。
「澪……“あの日”って……何のことだ……?」
澪は唇を噛み、震える声で言った。
「……言えない……言ったら……全部……壊れる……」
赤い光の主が言った。
「だからこそ、お前が三人目だ。」
その瞬間――黒い台座の“第三の円”が、さらに強く赤く光り始めた。
ゴォォォ……
床が震え、儀式の間全体が脈動する。
玲奈が叫ぶ。
「やめて! 澪さんは……儀式の核になんて……!」
赤い光の主は玲奈を一瞥した。
「お前は“罪を自覚した”。だから儀式の核にはならない。だが――澪はまだ“逃げている”。」
澪は震えながら僕にしがみついた。
「……助けて……私……どうしたら……」
僕は澪の手を握った。
「大丈夫だ。絶対に守る。だから――“あの日”のことを教えてくれ。」
澪は涙をこぼした。
「……言えない……言ったら……あなたまで……巻き込む……」
影の主が苦しげに言った。
「澪……罪は……“向き合った瞬間”に……儀式の力を失う……だから……言うんだ……“あの日”のことを……!」
赤い光の主が叫ぶ。
「黙れ! 儀式は完成する!」
赤い光が爆ぜ、影の主の身体が弾き飛ばされた。
澪が悲鳴を上げる。
「やめて! もうやめて!」
赤い光の主が澪へ手を伸ばした。
「澪。お前の罪を――“ここで捧げろ”。」
その瞬間、僕は澪を抱き寄せ、赤い光の主の前に立ちはだかった。
「澪は渡さない。儀式なんて……俺が壊す」
赤い光の主は静かに言った。
「お前は“選ばれなかった”。だから儀式を壊す力はない。」
「違う」
僕は言った。
胸の奥から、言葉が自然と溢れた。
「俺は……澪を守れなかった“後悔”を抱えてる。何度も。何度も……!」
澪が僕を見上げた。
「……え……?」
「俺にも罪がある。だから――儀式を壊す資格があるはずだ」
赤い光の主が初めて動揺したように見えた。
「……お前……罪を……抱えている……?」
影の主が震える声で言った。
「そうだ……“罪を抱えた者”が……“罪を抱えた者”を守ろうとした時……儀式は……“揺らぐ”……!」
その瞬間――黒い台座の光が揺れた。
赤い光の主が叫ぶ。
「やめろ! 儀式が……乱れる……!」
澪が僕の胸に顔を埋め、震える声で言った。
「……私……言う……“あの日”のこと……全部……言う……!」
赤い光の主が絶叫した。
「言うな! 罪を自覚すれば――儀式は……崩壊する!」
澪は涙を拭い、顔を上げた。
「……聞いて……“あの日”……私が隠していた罪は――」
その瞬間、儀式の間全体が赤く脈動し、床が大きく揺れた。
澪の告白が、儀式の核心を揺るがし始めた。
儀式の間が赤く脈動し、床が震え続けていた。黒い台座の第三の円は、澪の動揺に呼応するように赤い光を強めていく。
赤い光の主が叫んだ。
「言うな。罪を自覚すれば――儀式は崩壊する」
だが澪は、涙を拭い、震える声で言った。
「……もう逃げない。私、“あの日”のことを言う」
僕は澪の手を握った。その手は冷たく震えていたが、確かな意志があった。
「大丈夫だ。俺がいる。全部言っていい」
澪は深く息を吸い、ゆっくりと語り始めた。
「……“あの日”、私……友達と一緒にいたの。夜遅くて……帰り道で……その子が……車に……」
声が震え、言葉が途切れた。
「私は……怖くて……その子の名前を呼ぶことも、手を伸ばすこともできなかった。ただ立ち尽くして……何もできなかった」
澪の涙が床に落ちる。
「その子は……私の目の前で助けを求めてたのに……私は逃げた。そのまま家に帰った。何も言えなかった。誰にも」
玲奈が息を呑んだ。
「……澪さん……」
「それからずっと……自分を許せなかった。でも、“罪”だなんて思いたくなかった。だから隠してた。誰にも言わず……あなたにも」
僕は澪の肩を抱いた。
「澪……今、言えたじゃないか」
澪は涙を流しながら頷いた。
「……うん。もう逃げない。私、罪と向き合う」
その瞬間、黒い台座の第三の円が赤から白へと変わった。儀式の間全体が揺れ、壁に刻まれた文字が崩れ落ちていく。
影の主が叫んだ。
「やった……澪が罪を自覚した。儀式は崩壊を始めた」
赤い光の主が絶叫した。
「黙れ。儀式は完成するはずだった。罪を抱えた者を捧げれば、私は“主”として蘇るはずだった」
その声は怒りと焦りに満ちていた。
赤い光の主は澪へ向かって手を伸ばした。
「澪。お前は“罪の器”だ。儀式の核となれ」
「やめろ!」
僕は澪を抱き寄せ、赤い光の主の前に立ちはだかった。
「澪はもう罪を自覚した。儀式は終わりだ」
赤い光の主は怒りに震えた声で言った。
「ならば――“罪を抱えた者”を捧げればいい。お前でも、玲奈でも、誰でもいい」
赤い光が爆ぜ、玲奈が悲鳴を上げる。
「やめて。もう誰も犠牲にしないで!」
その瞬間、影の主が澪の前に飛び出した。
「……っ!」
光が影の主の身体を貫いた。
澪が叫ぶ。
「やめて!」
影の主は膝をつきながら、かすれた声で言った。
「……これで……いい……儀式は……終わる。“罪を抱えた者”が……“誰かを守る”と決めた瞬間……儀式は……崩壊する……」
赤い光の主が怒り狂う。
「裏切り者が。お前さえいなければ……!」
影の主は最後の力で僕たちのほうを向いた。
「……逃げろ……儀式の間が……崩れる。“主”の力も……暴走する……早く……」
天井が崩れ始めた。
三枝が叫ぶ。
「行くぞ。ここはもう持たない!」
玲奈が澪の手を取り、走り出す。
「澪さん、早く!」
澪は涙を流しながら振り返った。
「……ありがとう……影の主さん……!」
僕は影の主に一瞬だけ目を向けた。彼は静かに頷いた。
「……罪を……終わらせろ……」
僕たちは崩れゆく儀式の間を駆け抜けた。背後で赤い光の主が叫ぶ。
「逃がすものかぁぁぁ!!」
だが、崩落の音がその声を飲み込んだ。
扉を抜け、廊下へ飛び出す。儀式の間が轟音とともに崩れ落ちる。
澪が震える声で言った。
「……終わった……? 本当に……?」
「まだだ。赤い主は生きてる。儀式は壊れたけど、“主”はまだ館のどこかにいる」
三枝が頷く。
「ここからが本当の勝負だ。“主”を止める。それが影の主の遺言だ」
玲奈が涙を拭い、強い目で言った。
「……行こう。終わらせるために」
僕たちは再び走り出した。
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