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ミステリー短編集  作者: 倉木元貴


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灰色の残響 第9話

 礼拝堂の奥で扉が開き、黒いローブの人物が姿を現した。

 フードの奥は深い闇に沈み、ただ赤い光だけが揺れている。


 澪が僕の腕を掴む。


「……あれが……“主”……?」


「違う」


 三枝が低く言った。


「“儀式を進めたい側”の主だ。もう一人は別にいる」


 ローブの人物はゆっくりと歩み寄り、祭壇の前で立ち止まった。

 その動きは静かで、しかし迷いがない。


 そして、低い声で言った。


「──三人目は、ここで決まる」


 玲奈が震える声で叫んだ。


「違う! あなたが決めるんじゃない……! もう一人の“主”は……儀式を止めようとしてる……!」


 ローブの人物は微動だにしない。


「あれは裏切り者だ。儀式を完成させる意思がない」


「裏切り……?」


 僕は息を呑んだ。

 ローブの人物は続けた。


「三人目は“罪”によって選ばれる。それがこの館の掟だ」


 澪が震える声で言う。


「……罪って……私たち、何も……」


「ある」


 ローブの人物は澪を指さした。


「お前には“隠した罪”がある」


 澪の顔が真っ青になる。


「……な、何のこと……?」


 玲奈が叫んだ。


「澪さんじゃない!!! 本当の三人目は──」


 その瞬間、ローブの人物が手を上げた。

 礼拝堂の照明が一斉に落ち、闇が押し寄せる。

 澪が僕にしがみつく。


「いや……暗いの……やだ……!」


 三枝が叫ぶ。


「離れるな! 全員、声を出せ!」


 だが、闇の中で“何か”が動いた。


 足音。

 布の擦れる音。

 そして、誰かの短い悲鳴。


「っ……!」


 照明が戻った。

 そこには──玲奈が床に倒れていた。


 澪が叫ぶ。


「玲奈さん!!!」


 玲奈は胸を押さえ、苦しそうに息をしていた。

 その手には、紙片が握られている。僕は駆け寄り、紙を受け取った。そこには、黒いインクでこう書かれていた。


『三人目は“澪”ではない』


 澪が息を呑む。


「……じゃあ……私じゃ……ない……?」


 玲奈は震える声で言った。


「……違う……澪さんは……“囮”……本当の三人目は……“もっと別の人”……」


「誰なんだ……?」


 僕は問う。

 玲奈は苦しげに息を吐き、言葉を絞り出した。


「……“主”が……ずっと観察してたのは……あなた……じゃなくて……」


 そのとき、ローブの人物が祭壇の裏から現れた。

 ゆっくりと、こちらへ歩いてくる。


「──三人目は、すでに選ばれている」


 澪が震える。


「誰なの……? 誰が……選ばれたの……?」


 ローブの人物は、僕のほうをまっすぐ指さした。


「──お前だ」


 澪が叫ぶ。


「違う!!! だって……観察記録には……!」


「記録は改ざんされた」


 ローブの人物は淡々と言った。


「“止めたい側”の主が、お前たちを守るためにな」


 僕は息を呑んだ。


「じゃあ……最初から……俺が……?」


「そうだ」


 ローブの人物は一歩近づく。


「お前の“罪”は、最も深い。だから──三人目は、お前だ」


 澪が僕の前に立ちはだかった。


「やめて!!! 彼は……何もしてない!!!」


 ローブの人物は澪を見下ろし、静かに言った。


「罪は、本人が自覚していないこともある」


 その瞬間、礼拝堂の奥で扉が開いた。


 ギィ……と軋む音。


 そして、もう一人の影が現れた。


 黒いローブ。

 だが、こちらはフードを深くかぶり、顔を隠している。


 三枝が息を呑む。


「……もう一人の“主”……!」


 影はゆっくりと手を上げ、

 僕たちのほうを指さした。


 そして、低い声で言った。


「──三人目は、彼ではない」


 礼拝堂の空気が凍りついた。

 二人の“主”が、真っ向から対立した。


 礼拝堂の中央で、二人の“主”が向かい合った。

 一人は赤い光を宿したローブの主──儀式を進めたい側。

 もう一人は影のように静かに立つローブの主──儀式を止めたい側。


 澪は僕の腕を掴み、震える声で言った。


「……二人とも……“主”……?」


 三枝が短く答えた。


「そうだ。だが、目的が違う。一人は儀式を完成させたい。もう一人は、それを止めたい」


 赤い光の主が、低い声で言った。


「──三人目は、彼だ」


 その指先は、まっすぐ僕を指していた。


 澪が叫ぶ。


「違う!!! 彼は何もしてない!!!」


 影の主が一歩前に出た。

 その動きは静かだが、確かな意志があった。


「──三人目は、彼ではない」


 赤い光の主が嘲るように言う。


「お前は“罪”を理解していない。観察記録を改ざんし、儀式を妨害した裏切り者が」


 影の主は沈黙したまま、僕たちのほうを向いた。

 その沈黙が、逆に“真実”を語っているようだった。


 玲奈が苦しげに言った。


「……本当の三人目は……“罪を隠している人”……でも……その罪は……本人も気づいてない……」


 僕は息を呑んだ。


「……それって……誰なんだ……?」


 玲奈は震える唇で言った。


「……あなたじゃない……澪さんでもない……でも……“主”は……あなたを三人目にしたがってる……理由は……“儀式を完成させるため”……」


 赤い光の主が言った。


「三人目は“最も罪深き者”。その者を捧げることで、儀式は完結する」


 澪が震える声で言う。


「罪って……何……? 私たち、何も……」


「罪は、行動だけではない」


 赤い光の主は言った。


「心の奥にある“後悔”や“隠した真実”もまた、罪となる」


 その言葉に、澪の肩が震えた。

 ──澪は、何かを隠している?

 だが、今は問いただす時間ではない。


 三枝が前に出た。


「儀式の目的は何だ。なぜ三人を選ぶ必要がある」


 赤い光の主は祭壇に手を置いた。


「この館は“罪を浄化する場所”だ。選ばれた三人の罪を捧げることで、“主”は新たな力を得る」


 澪が息を呑む。


「……力……?」


「そうだ」


 赤い光の主は続けた。


「この館は“主”のために作られた。罪を集め、浄化し、力へ変えるために」


 影の主が静かに言った。


「──それは間違っている」


 赤い光の主が振り返る。


「お前は弱い。罪を恐れ、力を拒んだ。だから裏切った」


 影の主は一歩前に出た。


「罪を利用するのではなく、罪を“終わらせる”べきだ」


 その瞬間、赤い光の主が腕を振り上げた。

 礼拝堂の照明が一斉に落ち、闇が押し寄せる。


 澪が叫ぶ。


「いやっ……!!」


 闇の中で、二つの影が激しくぶつかり合う音がした。


 布が裂ける音。

 石床を蹴る音。

 低い唸り声。


 三枝が叫ぶ。


「伏せろ!!」


 僕たちは祭壇の陰に身を隠した。


 闇の中で、赤い光が揺れた。

 影の主が押されている。


 玲奈が震える声で言った。


「……止めたい側の主……力が弱い……!」


 赤い光の主が叫ぶ。


「儀式は完成する!!! 三人目は──彼だ!!」


 その瞬間、影の主が僕たちのほうへ手を伸ばした。


「逃げろ……! “儀式の間”へ行け……!!! そこに……真実がある……!」


 照明が戻った。

 影の主は床に倒れ、赤い光の主が立っていた。


 澪が叫ぶ。


「逃げよう! 早く!」


 三枝が僕の腕を掴む。


「行くぞ! 影の主が命を懸けて道を示したんだ!」


 僕たちは礼拝堂を飛び出した。


 廊下の奥──赤い矢印が、まだ続いている。


 その先にあるのは、“儀式の間”──物語の核心。


 そして、本当の三人目の真実。

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