灰色の残響 第8話
監視部屋を出た僕たちは、廊下に描かれた赤い矢印を見つめていた。
まるで、誰かが急いで残した“逃走経路”のように、床に続いている。
澪が小さく呟いた。
「……これ、本当に“味方”が描いたのかな……?」
「敵なら、わざわざ道を示す必要はない」
三枝は矢印の先を見据えた。
「だが、罠の可能性もある。慎重に行くぞ」
僕たちは矢印を辿り、薄暗い廊下を進んだ。
館の奥へ進むほど、空気は冷たく、湿り気を帯びていく。
──この先に、何がある。
そんな予感が胸を締めつけた。
しばらく進むと、矢印は階段の前で止まっていた。
階段は下へ続いている。
地下へ。
澪が震える声で言った。
「……この館、地下なんてあった……?」
「表向きにはな」
三枝は階段を照らしながら言った。
「だが、監視通路がある時点で、隠し階層があってもおかしくない」
僕たちは階段を降りた。
湿った空気が肌にまとわりつく。
足音が石壁に反響し、妙に大きく聞こえた。
階段を降り切ると、そこには細い廊下が続いていた。
壁には古いランプが等間隔で並び、弱々しい光を放っている。
その光に照らされて、床に“何か”が落ちているのが見えた。
「……紙……?」
澪が拾い上げる。
白い紙。
だが、今までのような数字カードではない。
端が破れ、急いで書かれたような文字が並んでいる。
『下へ来るな。儀式が始まる。止められない。』
澪が息を呑む。
「……止められないって……どういうこと……?」
「“儀式を進めたい側”の主が書いたんだろう」
三枝は紙を受け取り、裏側を確認した。
「筆跡が観察記録と同じだ」
つまり──犯人の一人は、僕たちを“地下へ来させたくない”。
だが、矢印はさらに奥へ続いている。
「……行くしかないな」
僕は言った。
三枝が頷き、先頭に立つ。
廊下を進むと、やがて大きな扉が現れた。
重厚な木製の扉。
表面には古い紋章が刻まれている。
澪が扉に触れた瞬間──扉の向こうから“音”がした。
コツ……コツ……
誰かが歩く音。
僕たちは息を呑んだ。
音はゆっくりと近づき、扉の前で止まった。
そして──扉の隙間から、白い紙が滑り出てきた。
三枝が拾い上げる。そこには、黒いインクでこう書かれていた。
『開けるな。ここは“主”の部屋だ。』
澪が震える声で言う。
「……主の部屋……?」
「つまり──」
三枝は扉を見据えた。
「この向こうに、“儀式を進めたい側”の主がいる」
僕は喉が乾くのを感じた。
──犯人の一人が、この扉の向こうにいる。
そのとき、廊下の奥で“カサッ”と音がした。
僕たちは振り返った。
薄暗い廊下の先に、白い影が立っていた。
澪が息を呑む。
「……誰……?」
影はゆっくりと手を上げ、“扉とは反対方向”を指さした。
まるで、「そっちへ行け」と言っているように。
三枝が低く言った。
「……あれが“止めたい側”の主だ」
影はすぐに消えた。
だが、床には新しい矢印が描かれていた。
赤い線が、廊下の奥へ続いている。
澪が僕の腕を掴む。
「……どうするの……? 扉の向こうには“主”がいる……でも、影は“行くな”って……」
三枝は短く答えた。
「決まってる。影の示す道を行く。あいつは俺たちを助けようとしている」
僕は頷いた。
──犯人は二人。
──そのうち一人は、僕たちを導いている。
赤い矢印は、さらに深い闇へ続いていた。
僕たちはその先へ進む。
そして、角を曲がった瞬間──壁一面に貼られた“新しい写真”が目に飛び込んできた。
澪が叫ぶ。
「これ……さっきの監視部屋にはなかった……!」
写真には、僕たちが監視部屋に閉じ込められていた“今さっき”の姿が写っていた。
つまり──犯人は、つい数分前までこの場所にいた。
そして、写真の中央には赤い文字が書かれていた。
『三人目は、もうすぐ決まる』
僕は拳を握った。
──儀式は動き出している。
──だが、まだ間に合う。
ここから物語は、“主の部屋”と“影の導き”の二つの道が交差する局面へ突入する。
壁一面に貼られた“新しい写真”。
そこには、つい数分前の僕たち──監視部屋に閉じ込められていた姿が写っていた。
澪は震える声で言った。
「……これ……犯人、すぐ近くにいたってことだよね……?」
「そうだ」
三枝は写真を一枚ずつ確認しながら言った。
「この写真は“止めたい側”じゃない。“儀式を進めたい側”の主が撮ったものだ」
僕は喉が乾くのを感じた。
──犯人の一人は、僕たちのすぐ背後にいた。
そのとき、写真の中央に赤い文字が浮かび上がった。
『三人目は、もうすぐ決まる』
澪が僕の腕を掴む。
「……もうすぐって……どういう意味……?」
「儀式の条件が揃いつつあるってことだ」
三枝は写真を壁から剥がし、裏側を確認した。
「“三人目”は、行動で選ばれる。つまり──俺たちの誰かが、知らないうちに“条件”を満たしつつある。」
僕は息を呑んだ。
──誰が?
──どんな条件で?
その答えは、まだ分からない。
だが、赤い矢印はさらに奥へ続いている。
「行くぞ」
三枝が言った。
「影が示した道だ。“止めたい側”の主が導いている」
僕たちは矢印を辿り、薄暗い廊下を進んだ。
やがて、廊下は急に開け、広い空間に出た。
そこは──地下の礼拝堂のような部屋だった。
石造りの壁。
高い天井。
中央には古い祭壇が置かれている。
澪が息を呑む。
「……ここ……儀式の場所……?」
「間違いない」
三枝は祭壇に近づき、表面を調べた。
「この部屋は、館の設計図には載っていない。“主”が後から作った空間だ」
僕は祭壇の上に置かれた古い本に気づいた。
「……これ……?」
三枝が本を開いた。
そこには、赤いインクでびっしりと文字が書かれていた。
〈儀式の条件〉
・三人の“罪”を選定する
・一人目は“暴き”
・二人目は“奪い”
・三人目は“裁く”
澪が震える声で言った。
「……裁く……? 三人目は……“裁く側”……?」
「いや」
三枝はページをめくった。
「“裁かれる側”だ」
次のページには、こう書かれていた。
『三人目は、最も罪深き者。その者を捧げ、儀式は完結する。』
僕は息を呑んだ。
──三人目は、ただの犠牲者ではない。
──“儀式の完成に必要な存在”。
そのとき、祭壇の裏から“カサッ”と音がした。
僕たちは一斉に振り返った。
薄暗い影が、祭壇の裏に立っていた。
澪が叫ぶ。
「誰かいる!!」
影はゆっくりとこちらを見た。
だが、その姿は“影の主”とは違う。
小柄で、肩を震わせている。
「……玲奈さん……?」
僕は呟いた。
影が一歩、光の中へ出た。
そこにいたのは──水沢玲奈だった。
澪が駆け寄る。
「玲奈さん! 無事だったんだ……!」
だが、玲奈は怯えた目で僕たちを見つめ、首を振った。
「……来ちゃダメ……ここは……“主”の部屋に繋がってる……私、閉じ込められて……」
「落ち着け」
三枝が言った。
「“主”は二人いるんだな?」
玲奈は震える声で答えた。
「……うん……一人は……私たちを“選ぶ”側……もう一人は……“止めたい”側……でも……どっちも……危ない……」
僕は息を呑んだ。
「玲奈さん……“儀式”って何なんだ?」
玲奈は涙をこぼしながら言った。
「……“罪”を……“主”が決めるの……でも……本当は……三人目は……最初から決まってる……」
澪が震える声で言う。
「え……? でも、観察記録には“まだ決まってない”って……」
「違うの……」
玲奈は首を振った。
「“止めたい側”の主が……あなたたちを守るために……記録を書き換えたの……」
僕は息を呑んだ。
──観察記録は、改ざんされていた。
「じゃあ……本当の“三人目”は……誰なんだ……?」
玲奈は震える唇で言った。
「……三人目は……あなた……じゃない……」
僕は息を呑んだ。
「じゃあ……誰なんだ……?」
玲奈はゆっくりと、澪のほうを見た。
澪が青ざめる。
「……え……?」
その瞬間、礼拝堂の奥で扉が開いた。
ギィ……と軋む音。
そして、低い声が響いた。
「──儀式を始めよう」
僕たちは一斉に振り返った。
そこに立っていたのは──“儀式を進めたい側”の主。
黒いローブをまとい、フードの奥で、赤い光が揺れていた。
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