表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミステリー短編集  作者: 倉木元貴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
85/95

灰色の残響 第7話

 鉄格子に閉じ込められた監視部屋は、息苦しいほど静かだった。

 壁に貼られた僕たちの写真が、まるで無数の目のようにこちらを見ている。


 澪は肩を抱きしめ、震える声で言った。


「……ここ、本当に“犯人の部屋”なんだよね……こんなに近くにいたなんて……」


「近くどころか、ずっと俺たちの“隣”にいたんだ」


 三枝が壁の覗き穴を指した。


「この穴はホールに繋がっている。つまり──“偽の主”は、俺たちの会話を全部聞いていた」


 僕は喉が乾くのを感じた。


 ──僕たちは、最初から“舞台の上”だった。


 そのとき、机の上のノートが風もないのにひらりとめくれた。

 ページには、赤いインクでこう書かれていた。


〈第四段階〉

三人目の選定は、行動観察に基づく。

条件が揃い次第、儀式を開始する。


 澪が息を呑む。


「……儀式……? 何をするつもりなの……?」


「まだ分からん」


 三枝はページをめくりながら言った。


「だが、“三人目”はまだ決まっていない。つまり──俺たちの行動次第で、誰でも“選ばれうる”」


 僕は写真の壁を見つめた。


 そこには、僕たちの“表情”が細かく記録されていた。

 笑った瞬間、怯えた瞬間、怒った瞬間──まるで、感情そのものを測られているようだった。


「……これ……」


 澪が一枚の写真を指さした。


「佐伯さんが倒れる前……誰かと話してる……?」


 僕は写真を手に取った。


 佐伯が廊下で誰かと向き合っている。

 だが、相手の顔は影になって見えない。


「この影……」


 三枝が写真を覗き込む。


「“偽の主”じゃない。もっと背が低い。肩幅も狭い」


「じゃあ……誰?」


 澪が震える声で言う。


 僕は写真の端に書かれた小さな文字に気づいた。


〈三日目・午後〉

“対象B”と接触。


「対象B……?」


 僕は呟いた。

 三枝がノートをめくり、対応するページを探す。


「……あった。“対象A=佐伯悠斗”“対象B=水沢玲奈”」


 澪が息を呑む。


「玲奈さん……? 佐伯さんと……何を話してたの……?」


 僕は写真を見つめた。

 玲奈の姿は写っていない。

 だが、影の輪郭は確かに“女性”のものだった。


 そのとき、鉄格子の向こうで足音がした。


 コツ……コツ……


 澪が僕の腕を掴む。


「……誰か来る……!」


 三枝が鉄格子の前に立つ。


「隠れろ。声を出すな」


 僕たちは机の下に身を潜めた。

 足音はゆっくりと近づき、鉄格子の前で止まった。


 しばらく沈黙が続いたあと──“何か”が鉄格子に触れる音がした。


 カチ……カチ……


 鍵をいじるような音。

 澪が小さく息を呑む。


「……開けようとしてる……?」


 だが、次の瞬間──鍵の音は止まり、足音は遠ざかっていった。


 コツ……コツ……

 やがて完全に消える。


 三枝が鉄格子に近づき、鍵穴を調べた。


「……開けようとした形跡がある。だが、途中でやめた。“偽の主”じゃない。あいつなら迷わず閉じ込め続ける」


「じゃあ……誰が……?」


 澪が言う。

 三枝は短く答えた。


「──“味方”だ」


 僕は息を呑んだ。

 味方。この館に、まだ誰かがいる。

 そのとき、机の上の録音機が突然動いた。


 ガチッ。


 再生ボタンが押され、声が流れた。


「……聞こえる……? これを見つけた人へ……私は……閉じ込められている……助けて……」


 澪が震える声で言った。


「……この声……玲奈さん……?」


 録音は続く。


「“主”は……二人いる……気をつけて……一人じゃない……」


 そこで録音は途切れた。


 三枝が息を呑む。


「……二人……?」


 僕は録音機を握りしめた。


 ──犯人は一人ではない。

 ──“主”は二人。


 その瞬間、鉄格子の向こうの壁に、赤い文字が浮かび上がった。

 まるで、誰かが今書いたように。


『三人目は、まだ“選ばれていない”』


 澪が震える声で言った。


「……じゃあ……本当に……これから“選ばれる”……?」


 三枝が短く頷いた。


「だからこそ──ここから反撃する。犯人を“観察する側”に回るんだ」


 僕は拳を握った。


 ──逃げるのではなく、追う。

 ──選ばれる前に、選ぶ。


 録音機の声が途切れたあと、監視部屋には重い沈黙が落ちた。

 “主は二人いる”──その言葉が、部屋の空気を一変させていた。


 澪は僕の袖を掴んだまま、小さく震えていた。


「……二人って……じゃあ、影の“主”と……もう一人……?」


「そうだ」


 三枝は録音機を机に置き、鉄格子を見つめた。

「影の衣装を着て動き回る“実行役”と、ここで観察記録を書いていた“指示役”。役割が分かれている」


 僕は壁に貼られた写真を見渡した。


 ──視線の高さが違う。

 ──撮影位置もバラバラ。

 ──複数の視点。


「……写真も、二人で撮ってた……?」


 僕が言うと、三枝は短く頷いた。


「一人じゃ、これだけの量は無理だ。“主”は二人。そのうちの一人が、今ここに来て鍵を触った」


 澪が息を呑む。


「じゃあ……私たちを助けようとしたのは……“もう一人の主”……?」


「可能性はある」


 三枝は鉄格子の鍵穴を覗き込んだ。


「だが、まだ判断はできん。敵か味方かも分からない」


 そのとき、部屋の照明が一瞬だけ揺れた。

 薄暗くなり、すぐに戻る。


 だが、その一瞬の暗闇の中で、鉄格子の向こうに“誰か”が立っていた気配がした。


 澪が小さく叫ぶ。


「い、今……誰かいた……!」


「落ち着け」


 三枝は鉄格子の前に立ち、周囲を見渡した。


「姿は見えなかった。だが、気配は確かにあった」


 僕は胸の奥がざわつくのを感じた。

 ──犯人の一人が、すぐ近くにいる。


 そのとき、机の下で“カサッ”と音がした。


「……何か落ちてる」


 僕は手を伸ばし、小さな紙片を拾い上げた。


 白い紙。だが、今までの数字カードとは違う。角が焦げ、端に黒いインクが滲んでいる。


 三枝が紙を受け取り、目を細めた。


「……これは……」


 紙には、たった一行だけ書かれていた。


『三人目は、あなたたちが決める』


 澪が息を呑む。


「……え……? 私たちが……決める……?」


「つまり──」


 三枝は紙を握りしめた。


「“主”の一人は、俺たちに協力しようとしている」


 僕は混乱した。


「協力……? どうして犯人が……?」


「理由は分からん」


 三枝は短く言った。


「だが、二人の“主”の間に、何か対立がある。片方は儀式を進めたい。もう片方は、それを止めたい」


 澪が震える声で言う。


「じゃあ……さっき鍵を触ったのは……“止めたい側”……?」


「だろうな」


 三枝は鉄格子を押した。

「そして──その人物は、俺たちに“選ばせよう”としている」


「選ぶって……何を……?」


 三枝は壁の写真を指した。


「“三人目”だ」


 澪が青ざめる。


「そんな……誰かを犠牲にしろってこと……?」


「違う」


 三枝は首を振った。


「“三人目”を選ぶことで、儀式を“破壊できる”可能性がある。儀式は“主”が選ぶ前提で組まれている。なら、俺たちが先に選べば──計画は崩れる」


 僕は息を呑んだ。


「……つまり、“偽の主”の計画を壊せる……?」


「そうだ」


 その瞬間、鉄格子の鍵が“カチッ”と音を立てた。

 澪が叫ぶ。


「開いた!!」


 鉄格子がゆっくりと上がっていく。


 誰もいない廊下。

 ただ、冷たい風だけが吹き抜けていく。


 三枝が言った。


「行くぞ。“主”の一人が、道を開けた。今が唯一のチャンスだ」


 僕たちは監視部屋を出た。


 廊下の奥には、赤い矢印が床に描かれていた。


 まるで、誰かが急いで残したように。


 澪が呟く。


「……これ……“こっちへ来い”って……?」


「案内だ」


 三枝は矢印を見つめた。


「“止めたい側”の主が、俺たちを導いている」


 僕は拳を握った。


 ──犯人は二人。

 ──そのうち一人は、味方になりうる。


 そして、“三人目”を選ぶことで儀式を壊せる。

おもしろかったら評価、ブックマークよろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ