雨の止まない部屋 第2話
その夜、僕は館に泊まることにした。
事件性がある以上、警察に連絡すべきだが、鷹宮はそれを強く拒んだ。
「もう少しだけ、あなたに任せたい」
理由は語らなかったが、その目には覚悟のようなものがあった。
彼は何かを恐れている。だが同時に、何かを終わらせたいと願っているようにも見えた。
僕は了承した。
深夜、例の部屋に一人で入る。
懐中電灯の光の中、雨は相変わらず降り続いている。
ぽつ。ぽつ。
その音を数えていると、不思議なことに気づいた。
間隔が一定ではない。
ごくわずかだが、早くなったり、遅くなったりしている。
まるで——呼吸のように。
僕は背筋が冷たくなるのを感じた。
この部屋は、ただ濡れているだけじゃない。“生きている”。
「……誰か、いるのか?」
当然、返事はない。
だがそのとき、床下から——コツン、と音がした。
僕は息を止めた。
再び、コツン。
まるで、内側から叩いているような音。
その音は、助けを求めるようでもあり、怒りを伝えるようでもあった。
僕はゆっくりと床板を外した。
中には、昼間見つけた腕しかない。
……いや。違う。
腕の“位置”が、変わっている。
確かに、昼間はもっと奥にあったはずだ。
今は、こちらに近づいている。
まるで——這い出そうとしているかのように。
その瞬間、頭の中で何かが繋がった。
僕は立ち上がり、部屋を見渡す。
「そういうことか……」
雨は、ただの現象じゃない。
これは“結果”だ。原因は別にある。
そしてその原因は——
「この館の中にいる」
♢♢♢
翌朝、僕は全員を集めた。
鷹宮、そして三人の使用人。
「結論から言います。この事件は“事故”ではありません。誰かが人を殺し、その一部をこの部屋に隠した」
空気が凍る。
湿気が一気に冷気へ変わったようだった。
「ですが、奇妙なのはその後です。死体は完全には見つかっていない。腕だけがここにある」
「……何が言いたい」
鷹宮が低く言う。
その声には、恐れと覚悟が入り混じっていた。
「残りの“本体”が、別にあるということです。そして——」
僕は例の部屋を指差した。
「この雨は、その本体と腕を“繋ごうとしている”」
「馬鹿なことを」
「いいえ。理屈は単純です。血痕が見つかった翌日から雨が降り始めた。つまり、この現象は“死”に反応している」
僕はゆっくりと言葉を選んだ。
「この館には、死体がある。しかも、完全に処理されていない状態で」
やがて、一人の使用人が崩れるように座り込んだ。
「……見つかるはずがないと思ったのに」
全員の視線が彼に集まる。
「私がやりました」
静かな告白だった。
その声は、罪を吐き出すというより、ようやく重荷を降ろした人間の声だった。
「庭師の……佐伯を。口論になって、衝動的に……。その後、バラバラにして……腕だけ、ここに」
「残りは?」
「……地下室です」
僕は目を閉じた。
やはり、そうか。
「なぜ、この部屋に腕を?」
「一番、使われていない場所だったから……」
浅はかな判断だった。
だが、それがすべての引き金になった。
「この館には、古い仕掛けがあります」
僕は鷹宮に視線を向けた。
「そうですよね?」
彼は観念したように頷いた。
「……この館は、もともと“遺体を隠すため”に作られた屋敷だ。地下と各部屋が微妙に繋がっている」
「ええ。そして、その構造が“水の通り道”にもなっている」
僕は天井を指した。
「この雨の正体は、地下室から吸い上げられた水分です。微細な通路を通って、最も“欠けている部分”へ集まる」
「欠けている部分……」
「つまり、腕です。死体が完全でないため、館の構造がそれを“補おう”としている」
奇妙な話に聞こえるだろう。
だが、現実に雨は降っている。
「水は動きます。重力だけじゃない。圧力、温度、そして——」
僕は一拍置いた。
「“情報”によっても」
誰も言葉を発しない。
「この館は、長年の使用で“死体を隠す構造”を学習している。だから、不完全な死体を検知すると、それを繋げようとする」
「そんな……」
「結果が、この雨です。腕を濡らし続け、やがて腐敗を促し、地下の本体と同質化させる」
僕は静かに結論を告げた。
「時間が経てば、この腕は完全に崩れ、水となって地下へ戻る。そうすれば、死体は“完全な一体”として処理される」
長い沈黙のあと、鷹宮が言った。
「……止める方法は?」
「簡単です」
僕は答えた。
「すべてを表に出すことです」
その日のうちに警察が呼ばれた。
地下室からは、残りの遺体が発見された。
事件は解決した。
そして——雨は、止んだ。
あの部屋に戻ると、天井はただの天井に戻っていた。
床の染みだけが、そこに何があったかを示している。
鷹宮は最後にこう言った。
「この館は、もう壊すことにします」
それがいいと思った。
すべてを隠そうとする場所は、いずれ何かを“滲み出させる”。
雨のように。
ぽつ、ぽつ、と。
決して止まない形で。
♢♢♢
帰り道、僕はふと考えた。
あの雨は、本当にただの“仕組み”だったのだろうか。
それとも——見つけてほしかったのか。
あの腕を。
あの死を。
誰にも語られないまま、消えていくはずだった“何か”を。
もしそうだとしたら、あの部屋は、少しだけ優しかったのかもしれない。
雨が止んだ空を見上げながら、僕はそんなことを思った。
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