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ミステリー短編集  作者: 倉木元貴


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雪山の山荘 第2話

 悲鳴で、全員が集まった。


 相馬の部屋の前。

 廊下には、重たい空気が沈殿している。

 暖炉の熱は届かず、まるでこの一角だけ温度が数度下がったようだった。


「……嘘でしょ」


 西園寺が、呆然と呟く。


 扉の向こう――

 吊られた死体は、いまだ揺れていた。


 わずかに、ゆらゆらと。

 その揺れが、誰も動けない理由をさらに強めていた。


「下ろさないと……」


 岸本が言うが、誰も動かない。


 当然だ。

 死体に触れることへの嫌悪。

 それ以上に――“何かがおかしい”という感覚。


「……待て」


 俺は、手を伸ばしかけた岸本を止めた。


「不用意に触るな」


「は? でも――」


「警察が来るまで、そのままにするのが原則だ」


 そう言ってから、自分で苦笑する。


 警察。

 来るわけがない。


「……来ないけどな」


 黒崎が静かに言った。

 その声には、妙な確信があった。


「この吹雪だ。最低でも二日は孤立する」


「……じゃあ、このまま放置かよ?」


 岸本が苛立つ。


「それは現実的じゃない」


 藤堂が口を開いた。


「腐敗が進む。衛生的にも、精神的にもよくない」


「じゃあどうすんだよ!」


「――検分する」


 その言葉に、全員の視線が藤堂に集まる。


「状況を把握する必要がある。事故か、自殺か、それとも――」


「殺人、って言いたいのか?」


 岸本の言葉に、沈黙が落ちる。


「……それ以外に、あるか?」


 黒崎が言った。

 誰も否定しなかった。


 結局、俺と黒崎、それに藤堂の三人で室内を確認することになった。

 ロープを切り、相馬の死体を床に横たえる。


 冷たい。

 すでに体温はほとんど残っていなかった。


「死亡推定時刻は……少なくとも数時間前か」


 藤堂が呟く。


「硬直も始まってる」


「つまり」


 黒崎が言う。


「俺たちが夕食を食ってる頃には、もう死んでた可能性が高い」


「……待てよ」


 俺は顔を上げる。


「じゃあ、さっきの“ノック音”はなんだ?」


 あの音は、確かに聞いた。

 中から。


「錯覚じゃないの?」


 廊下から西園寺の声。


「……いや」


 俺は、はっきりと首を振る。


「あれは――人の意思を感じる音だった」


 室内を見回す。


 窓は閉まっている。

 鍵もかかっている。

 他に出入口はない。


「……密室、か」


 黒崎が呟いた。


 そのときだった。


「ねえ」


 御影の声。


 振り返ると、彼女は部屋の入口に立っていた。

 暖炉の光が届かず、表情が影に沈んでいる。


「その人、本当に“今来たの”?」


「……どういう意味だ」


「だって、おかしいじゃない」


 御影は、ゆっくりと部屋に入ってくる。


「相馬は、ここに来ていないはずだった」


 全員が、その言葉を理解するのに一瞬かかった。


「……は?」


「だって」


 御影は穏やかに言った。


「彼、今日来るなんて、一言も言ってなかったもの」


 空気が、凍りついた。


「……いや、ちょっと待て」


 岸本が声を上げる。


「来る予定だっただろ? この同窓会」


「ええ、招待はしているわ」


 御影は頷く。


「でも――返事はなかった」


「は?」


「連絡が取れなかったの。三日前から」


 全員の視線が、床の死体に落ちる。


「……じゃあ、なんだよこれ」


 西園寺が震える声で言う。


「“来ていないはずの人間”が、ここで死んでるってこと?」


 誰も答えない。


「車は?」


 黒崎が言った。


「外にあったか?」


「……いや」


 俺は首を振る。


「少なくとも、俺が来たときにはなかった」


「じゃあ徒歩か? こんな雪の中を?」


「不可能じゃないが……現実的じゃない」


 藤堂が言う。


「……誰かが連れてきた」


 ぽつりと、西園寺が言った。


「この中の誰かが」


 その言葉は静かだったが――確実に全員の心に刺さった。


「ふざけんな」


 岸本が即座に否定する。


「そんなわけあるかよ」


「じゃあ説明してみなさいよ」


「それは……」


 言葉に詰まる。


「密室」

「孤立した山荘」

「来ていないはずの人間の死体」

「そして――血で書かれた“メッセージ”」


 黒崎は、ゆっくりと全員を見渡した。


「これはもう、“そういう状況”だ」


「……つまり?」


「犯人は、この中にいる」


 誰かが息を呑んだ。

 暖炉の火が、強くはぜる。


「やめてよ……」


 西園寺が顔を覆う。


「そんなの、悪趣味すぎる」


「悪趣味、ね」


 御影が小さく笑った。


「でも、ぴったりじゃない?」


「なにがよ」


「私たちに」


 その言葉の意味を、誰もすぐには理解できなかった。


 だが――理解した瞬間。

 空気が、さらに重くなった。


「……どういう意味だ」


 俺は御影を見た。

 彼女は、少しだけ首を傾ける。


「忘れたの?」


「何を」


「私たちの共通点」


 沈黙。


「ああ……」


 黒崎が、低く呟いた。


「“あの事件”か」


 その瞬間。

 全員の顔色が変わった。


「ちょっと、やめてよ」


 岸本が言う。


「今それ関係あるか?」


「あるわよ」


 御影は即答した。


「むしろ、それしかない」


「……説明しろ」


 黒崎が言う。

 御影は、一度だけ深く息を吸った。


「三年前」


「私たちは、ある“事故”に関わった」


 その言葉に、誰も反論しない。


「大学の合宿で」


「一人、死んだ」


 静かに。

 しかし、確実に。

 過去が蘇る。


「名前は――」


「言わなくていい」


 俺は遮った。


 忘れていない。

 忘れるはずがない。


「……あれは事故だった」


 岸本が言う。


「仕方なかったんだ」


「本当に?」


 御影の声が、わずかに冷たくなる。


「誰一人として、“責任がない”って言い切れる?」


 誰も答えない。


「……つまり」


 西園寺が震える声で言う。


「復讐ってこと?」


「さあ?」


 御影は肩をすくめる。


「でも、順番に死んでいくとしたら――」


 彼女は、壁の血文字を見た。


「“一人目”って、そういう意味じゃない?」


 その言葉に。

 全員が、自分の“順番”を想像した。


 ――次は、誰だ。


 そのとき。


 ――バンッ!!


 突然、大きな音がした。

 全員が振り向く。


 音のした方向――リビングの方角。


「……今の音」


 誰かが呟いた。

 そして、全員が一斉に走り出した。

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