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ミステリー短編集  作者: 倉木元貴


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雪山の山荘 第1話

 雪は、音を奪う。


 比喩ではない。本当に世界から“何か”を削ぎ落としていく。

 耳に届くはずの微かな物音――風のざわめき、木々の軋み、遠くの鳥の声。

 それらがすべて、厚い雪に吸い込まれて消えていく。


 世界が、ゆっくりと白い膜に覆われていくようだった。


 だからだろうか。


 山荘に着いた瞬間、俺――榊原 恒一は、妙な違和感に襲われた。


 エンジンを切った途端、車内の暖気がすっと引き、外の静寂が流れ込んでくる。

 まるで、世界そのものが息を潜めているような静けさだった。


「……ここか」


 カーナビは沈黙し、画面は暗い。圏外。

 フロントガラスの向こうには、深い森が黒い影となって広がっている。

 その奥に、ぽつんと木造の山荘が佇んでいた。


 屋根には分厚い雪。

 軒先からは氷柱が垂れ、月明かりを受けて鈍く光っている。

 まるで、長い眠りについている古い獣のようだった。


 ここが――『白樺荘』。


 大学時代のゼミ仲間で集まる、同窓会の会場だ。

 とはいえ、ただの同窓会ではない。


 呼びかけたのは、かつてのゼミリーダー・御影 透子。

 参加者は、俺を含めて七人。


 少なすぎる。

 それに、場所も妙だ。

 わざわざ、こんな山奥で。


「……まあ、今さらか」


 車を降りる。

 冷気が肌を刺し、吐く息が白く散る。

 ドアを閉めると、その音さえ雪に吸われていった。


 玄関前の木製デッキには、すでに数人の足跡が刻まれている。

 雪が降り続いているのに、まだ消えていないということは――俺が最後らしい。


 ドアノブに触れると、金属が凍りついたように冷たかった。

 ゆっくりと扉を開ける。


「……あ、来た」


 中は意外なほど暖かかった。

 暖炉の火が赤々と燃え、薪がはぜる音が静かな空間に小さく響く。

 木の壁には炎の揺らぎが映り、影がゆっくりと揺れていた。


 その前に立っていたのは、御影透子。


「遅かったね、恒一」


「雪でな。道がほとんど見えなかった」


「でしょうね」


 微笑む。

 昔と変わらない落ち着いた笑み。

 だが――その目だけが、どこか冷たかった。


「久しぶり」


 ソファに座っていた西園寺 真琴が、黒髪を指で払ってこちらを見る。

 暖炉の光が彼女の髪に反射し、艶やかに揺れた。


「元気そうね」


「まあな」


 彼女は同期だが、あまり関わりたくないタイプだった。


 ほかにも見知った顔が揃っている。


 無口な理系男子・藤堂 恒一郎は、暖炉の火をじっと見つめている。

 営業マンの岸本 悠人は、相変わらず軽薄そうな笑みを浮かべていた。

 そして――


「やあ、榊原」


 黒崎 恒一が低い声で話しかけてくる。

 暖炉の光に照らされた彼の横顔は、どこか影が濃かった。


「久しぶりだな」


「ああ」


 握手を交わす。

 その手は、外気よりも冷たかった。


 残る一人は――


「……まだ来てないのか?」


 俺が尋ねると、御影は一瞬だけ視線を逸らした。


「ええ。相馬だけ、まだ」


「珍しいな」


 相馬は時間に正確な男だ。遅刻などまずしない。


「まあ、そのうち来るでしょう」


 御影はそう言って話を切った。

 暖炉の火がぱちりと弾ける。


 妙だ。

 何かを隠している。



 夕食は驚くほど豪華だった。

 テーブルには湯気を立てる料理が並び、ワインの瓶が赤い光を反射している。


 山荘の質素な内装と、料理の豪華さが妙に噛み合っていなかった。


「これ、全部あんたが?」


 西園寺が尋ねる。


「ええ。準備は万全にしておきたかったから」


「へえ……」


 感心したように言うが、その目は探るようだった。


 会話は続くが、どこかぎこちない。

 笑い声はすぐに途切れ、沈黙が戻ってくる。

 外では風が雪を叩きつけているはずなのに、その音すら聞こえない。


 世界が、ここだけ切り離されたようだった。



「そういえば」


 岸本が口を開いた。


「なんで急に集まろうなんて話になったんだ?」


 空気が、一瞬で冷えた。


 御影はグラスを置く。

 その仕草が妙に静かだった。


「……理由が必要?」


「いや、そういうわけじゃ――」


「ただ、会いたくなっただけよ」


 微笑む。

 だが、やはり目は笑っていない。


 そのとき――


 ――ガタン!


 玄関の方から大きな音。


「相馬か?」


 俺は立ち上がり、玄関へ向かう。

 扉を開けると――吹雪だった。


 白い壁のような雪。

 風が顔に叩きつけ、肌が痛む。

 視界はほぼゼロ。


「……なんだ、これ」


 さっきまでの穏やかな雪とは別物だ。

 まるで、誰かが意図的に天候を切り替えたかのような急変だった。


 そして――


「……道が」


 完全に埋まっていた。

 車も、轍も、何もかも。


 戻ることはできない。


「どうしたの?」


 御影が後ろから来る。


「見てみろ」


 彼女は外を見て――小さく笑った。


「これで、完全に“閉じた”わね」


「は?」


「この山荘は、今から数日間、外界と遮断される」


 ざわつく空気。

 暖炉の火が揺れ、影が壁を走る。


「おい、冗談だろ?」


「冗談じゃないわ」


 御影はゆっくりと言った。


「これは――クローズドサークルよ」


 その言葉に、誰も笑わなかった。



 異変が起きたのは深夜だった。

 時計は午前二時を回っている。


 廊下は冷え、木の床が足音にわずかに軋む。

 窓の外では吹雪が渦巻き、白い影が流れていく。

 だが、その音はほとんど聞こえない。


 静寂だけが、つきまとっていた。


 眠れずに歩いていた。

 理由は単純だ。


 あの空気。

 あの違和感。

そして――御影の言葉。


 まるで、最初からこうなることを知っていたかのような。


「……まさかな」


 そのとき――


 ――コン、コン。


 ノックのような音。


 廊下の静寂に、不自然なほど鮮明に響いた。


 足を止める。

 音は奥の部屋から。

 あそこは――相馬の部屋。


 まだ来ていないはずの男の、割り当てられた部屋だ。


 ゆっくり近づく。

 ドアの前に立つ。

 空気が冷たい。

 背筋に、雪のような冷たさが走る。


 ――コン、コン。


 やはり中から。


「……誰だ?」


 返事はない。


 ドアノブを回す。

 金属がきしむ。

 扉が開く。


 そして――


「……っ!?」


 息が止まった。


 そこにいたのは、相馬だった。

 だが、生きてはいない。


 首に深く食い込んだロープ。

 天井から吊られ、ゆらりと揺れている。

 窓から差し込む吹雪の白い光が、彼の顔を青白く照らしていた。


 その顔は、恐怖に歪んでいた。


 そして壁には、血で書かれていた。


 ――「一人目」


 その瞬間、背後で誰かが悲鳴を上げた。

 ゲームが、始まった。

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