表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミステリー短編集  作者: 倉木元貴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/64

放課後、死体を見つけた 第1話

 放課後の校庭は、部活の掛け声が遠くに残るだけで、ほとんど空っぽだった。

 夕陽は校舎の窓ガラスに薄く反射し、風に揺れる砂埃がその光を細かく散らしている。

 三月の風はまだ冬の名残を引きずっていて、制服の襟元に入り込むたび、体温を奪っていった。


 僕らは帰り道を急ぐつもりで、校舎裏の倉庫の横を抜けようとしていた。

 その道は普段ならただの近道でしかないのに、その日はなぜか、空気が少し重く感じられた。


「なあ、ちょっと見てみろよ」


 先に気づいたのは、いつも調子に乗りやすい山科だった。

 彼は歩きながらも周囲に目を配る癖があり、どうでもいいことにすぐ反応する。

 倉庫の扉が、ほんの少しだけ開いていた。

 指一本が入るかどうかの隙間。

 普段は鍵がかかっているはずなのに。


「誰か忘れたんじゃね?」


 山科は軽い調子で言ったが、その声の奥に、ほんのわずかな緊張が混じっていた。

 僕らは顔を見合わせ、なんとなくその隙間に吸い寄せられるように近づいた。


 倉庫の中は薄暗く、埃の匂いが鼻をついた。

 夕陽が差し込む角度が悪く、奥は影に沈んでいる。

 その影の手前に、銀色のケースがぽつんと置かれていた。


 見たこともないほど頑丈そうな金属の箱。

 表面には細かい傷がついていて、まるで何度も乱暴に扱われたようだった。


「……これ、やばいやつじゃね?」


 山科は言いながらも、興味を抑えきれず手を伸ばした。

 金属の留め具が外れる音が、倉庫の静けさに不気味に響く。

 その音が、どこか遠くの空気まで震わせたように感じた。


 ケースの中には、ぎっしりと詰まった札束。


 僕らは息を呑んだ。

 その瞬間、倉庫の空気が一段階冷えたように思えた。


 次の瞬間にはもう、山科が笑っていた。


「ちょっとだけ、持って帰ろうぜ。ネタになるし」


 馬鹿だと思った。

 でも、僕も、他の二人も止めなかった。

 “ほんの数束だけなら、誰にも気づかれない”という甘い考えが、喉の奥に広がっていく。


 札束をポケットに押し込んだ瞬間だった。


 倉庫の奥から、かすかな匂いがした。


 鉄の匂い。

 湿った土の匂い。

 そして、何かが腐りかけたような、重たい空気。


「……なに、これ」


 奥に転がっていたのは、人だった。

 影の中で、白い肌だけがぼんやりと浮かび上がっている。

 動かない。

 目を閉じたまま、冷たく沈んでいる。


 僕らは叫び声も出せず、ただ逃げた。

 倉庫の外に飛び出し、校舎の影に隠れるように走り、息が切れるまで止まらなかった。


「どうする……どうするんだよ……」


 誰かの声が震えていた。

 僕のポケットには、まだ札束の重みが残っている。

 その重さが、急に恐ろしくなった。

 まるで、ポケットの中で心臓がもう一つ脈打っているみたいだった。


「……戻らないと」


 自分でも驚くほど小さな声だった。

 でも、誰も反対しなかった。


 指紋。

 足跡。

 監視カメラ。

 そして、ポケットの中の金。


 逃げたままでは済まない。

 僕らは、もう“見つけただけの生徒”じゃない。


 倉庫へ戻る途中、校舎の角で誰かの影が動いた気がした。

 風が吹いているだけだと自分に言い聞かせたが、胸の奥がざわついた。


 振り返った時には、もう誰もいなかった。

 ただ、風の中に、誰かの視線だけが残っているような気がした。


 倉庫へ戻る道は、さっきと同じはずなのに、まるで別の場所のように感じた。

 夕暮れの光はすでに薄く、校舎の影が長く伸びている。

 僕らの足音だけが、やけに大きく響いた。


「……誰か、いたよな。さっき」


 山科が小声で言う。

 僕も、見間違いじゃないと思っていた。

 校舎の角で揺れた影。

 あれは風のせいじゃない。


 倉庫の前に立つと、扉はさっきよりもわずかに開いていた。

 誰かが触ったのか、それとも僕らが逃げる時に蹴飛ばしたのか。

 判断がつかない。


「……行くぞ」


 自分に言い聞かせるように呟いて、僕らは中へ入った。


 死体は、さっきと同じ場所にあった。

 でも、なぜか“位置が少し違う”ように見えた。

 気のせいかもしれない。

 ただ、倉庫の空気がさっきよりも冷たく感じた。


「早く……早くしよう」


 山科が震える声で言う。

 僕らは、死体の周囲に残っているかもしれない痕跡を必死に探した。

 触れた場所、踏んだ場所、落としたもの。

 何をどうすれば正しいのか分からないまま、ただ“消す”ことだけを考えた。


 その間も、僕のポケットの中で札束が重く沈んでいる。

 その重さが、まるで罪そのものみたいだった。


「……なあ」


 ふいに、後ろから声がした。


 僕らは全員、心臓が止まるほど驚いて振り返った。


 でも、誰もいない。


 倉庫の外で、風が扉を揺らしただけだった。

 そう思いたかった。


「やめろよ……脅かすなって……」


 山科が泣きそうな声で言う。

 僕も同じ気持ちだった。


 死体を隠し終えた頃には、空はすっかり暗くなっていた。

 倉庫の外に出ると、校庭は静まり返っていて、まるで世界から音が消えたみたいだった。


「……帰ろう」


 誰が言ったのか覚えていない。

 ただ、僕らは逃げるように校門へ向かった。


 その途中、職員室の灯りがまだついているのが見えた。

 窓際に立つ影が、こちらを見ている気がした。


 先生だ。

 厳しいけれど、信頼されている、あの先生。


 でも、僕らが視線を向けた瞬間、影はすっと奥へ消えた。


 気のせいかもしれない。

 でも、胸の奥に冷たいものが落ちた。


 ♢♢♢


 翌朝、学校に来ると、妙な噂が流れていた。


「倉庫の鍵、壊れてたらしいぞ」

「昨日、誰かあの辺にいたって先生が言ってた」

「警察が来てたってマジ?」


 僕らは顔を見合わせた。

 誰も何も言わなかった。


 その日の帰り、職員室の前を通った時、あの先生が僕らを見て、ふっと微笑んだ。


 優しい笑顔。

 いつもと同じはずなのに、背筋が凍るような笑顔だった。


「君たち、昨日は遅くまで残ってたみたいだね。  倉庫のあたりで、何かあった?」


 何気ない口調。

 でも、僕らの心臓は一斉に跳ね上がった。


 先生はまだ確信していない。

 ただ、疑っている。

 僕らの反応を見て、確かめようとしている。


 その目が、笑っていなかった。

おもしろかったら評価、ブックマークよろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ