鍵のない密室 最終話
森川の手が震える。
三上が息を呑む。
太陽は言った。
「その人だけ神崎の部屋に行ける」
そして、太陽はゆっくり顔を上げた。
「つまり」
太陽の声が静かに響く。
「犯人は一人しかいない」
リビングの空気は凍りついていた。
太陽の言葉のあと、誰も口を開かなかった。
通話中、五分だけ消えた人物。それが犯人。
三上が言った。
「……誰だ」
佐伯が静かに答えた。
「ログを確認しました」
全員の視線が刑事に集まる。
佐伯は言った。
「昨日21時14分。約五分間。音声が完全に消えている人物がいます」
沈黙。
森川の指が小さく震えている。
黒田は腕を組んだまま動かない。
太陽は静かに言った。
「神崎の家はここから徒歩五分。往復は無理でも……」
太陽はゆっくり続ける。
「片道なら行ける」
三上が言う。
「つまり」
太陽は頷いた。
「犯人は、神崎の家に来て数分話して戻った」
黒田が言う。
「そのあと神崎は」
太陽が答える。
「毒を飲んだ」
森川が言う。
「なんで」
太陽は静かに言った。
「神崎は、犯人を確定させるため」
三上が言う。
「意味が分からん」
太陽は説明した。
「神崎は犯人を疑っていたでも確証がなかっただから」
太陽は机の遺書を指した。
『犯人は密室を作れない』
太陽は言った。
「この文章が重要なんだ」
佐伯が頷く。
「どういう意味ですか」
太陽は言った。
「神崎は犯人を部屋に呼んだ。そして」
太陽の声が少し低くなる。
「犯人の前で睡眠薬を飲んだ」
森川が息を止める。
三上が言う。
「……自殺?」
太陽は首を振る。
「違う。神崎は、犯人に言ったはず」
太陽は想像するように言った。
「これを警察に出す」
黒田が言う。
「証拠か」
太陽は頷く。
「大学の事故。神崎は犯人を突き止めた」
森川が震える声で言う。
「……あの事故」
太陽はゆっくり言った。
「大学三年の雨の日の交差点。車が歩行者をはねた」
三上が言う。
「犯人は逃げた」
太陽は言った。
「神崎はら、その車を見た」
佐伯が言う。
「ナンバーですか」
太陽は頷く。
「たぶん。それを神崎は三年間調べた」
黒田が低く言う。
「……執念だな」
太陽は言った。
「そして昨日、犯人が分かった」
太陽は続ける。
「神崎は犯人を呼び出して、証拠を見せた。犯人は焦る」
三上が言う。
「だから殺した?」
太陽は首を振る。
「違う。神崎は言ったはず」
『犯人は密室を作れない』
太陽は言った。
「つまり神崎は、犯人に自分を殺させない計画を立てた」
森川が言う。
「どういうこと」
太陽は言った。
「神崎は毒を飲んだ。でもすぐ死なない。犯人はそれを見て慌てて帰る」
黒田が言う。
「……確かに」
太陽は続ける。
「犯人は思う『神崎は自殺する』」
三上が言う。
「つまり」
太陽は頷く。
「殺してない」
佐伯が静かに言う。
「しかし、神崎は死ぬ」
太陽は言った。
「そのあと神崎が自分で鍵をかける」
森川が小さく言う。
「密室」
太陽は頷く。
「そう密室は神崎が作った」
三上が言う。
「でも鍵」
太陽は静かに言った。
「それが最後のトリック」
全員が太陽を見る。
太陽はゆっくり言った。
「鍵は、神崎のポケットにあった」
佐伯が首を振る。
「ありませんでした」
太陽は言った。
「いいえ。ありました」
沈黙。
太陽は言った。
「警察は、神崎の服を調べましたよね」
「はい」
「でも」
太陽は言った。
「靴は?」
佐伯の目が変わる。
太陽は続けた。
「神崎は、鍵を靴の中に入れた」
部屋の空気が止まる。
太陽は言った。
「靴のインソールの下。そこに鍵を隠した」
佐伯はすぐ立ち上がった。
「……確認します」
数分後。佐伯が戻ってくる。
その手には――小さな鍵。
三上が呟く。
「……マジか」
佐伯は静かに言った。
「確かに、靴の中にありました」
太陽は言った。
「これで分かる」
森川が言う。
「何が」
太陽は言った。
「神崎は、犯人を帰した。そして鍵をかけた。そのあと靴に鍵を隠した。そして死んだ」
黒田が言う。
「つまり」
太陽は頷いた。
「密室は完全な自殺」
三上が叫ぶ。
「じゃあ犯人なんて」
太陽は静かに言った。
「いる」
沈黙。
太陽はゆっくり言った。
「神崎は、犯人を呼び出した。つまり」
太陽は四人を見回した。
「昨日神崎の家に行った人間」
それが犯人。
森川の顔が真っ白になる。
三上の拳が震える。
黒田は動かない。
太陽は言った。
「通話ログ」
佐伯が頷く。
「確認済みです」
太陽は静かに言った。
「21時14分。五分間。音声が消えた人物」
佐伯がゆっくり口を開く。
「その人物は」
沈黙。
そして。刑事は言った。
「森川沙織さん」
森川の肩が震えた。
三上が叫ぶ。
「……嘘だろ」
黒田は目を閉じた。
森川は小さく言った。
「……違う」
太陽は静かに言った。
「神崎の家に行ったんだろ」
森川の涙が落ちる。
「……行った」
三上が叫ぶ。
「なんで!」
森川は泣きながら言った。
「だって、神崎が」
声が震える。
「あの事故のことを知ってるって」
部屋が静まり返る。
太陽は聞いた。
「……やっぱり」
森川は泣きながら言った。
「三年前の雨の日。私が」
森川は顔を覆った。
「車で人をはねた」
三上が言葉を失う。
黒田は目を伏せた。
森川は続けた。
「怖くて、逃げた」
太陽は静かに言った。
「神崎は、それを知った」
森川は頷いた。
「昨日、呼び出された」
太陽は聞く。
「神崎は何て言った」
森川は涙を拭きながら言った。
「警察に行くって」
太陽は静かに言った。
「それで」
森川は言う。
「でも。神崎」
涙を流しながら言った。
「突然、薬を飲んだの」
三上が言う。
「……は?」
森川は震えながら言う。
「私の前で、瓶ごと」
太陽は目を閉じた。
森川は泣きながら言った。
「私は怖くなって逃げた」
太陽はゆっくり言った。
「神崎は最後まで、自分で復讐した」
佐伯が静かに言った。
「ひき逃げ事件。そして、自殺教唆の可能性」
森川は崩れ落ちた。
リビングには静かな沈黙が落ちた。
太陽は窓の外を見た。
夜の雨が降っていた。三年前と同じ雨。
太陽は思った。
神崎は、最後まで真実を暴いた。
自分の命を使って。
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