通話は切れてない 第4話
そのとき。友孝が、ぽつりと言った。
「一つだけ……」
二人が顔を上げる。
「前提が間違っている可能性がある」
了が言う。
「……どの前提だ」
友孝はゆっくり答えた。
「怜が“あの時間に死んだ”という前提だ」
空気が凍る。
小町がかすれた声で言う。
「……え?」
第三の視点。
友孝は続ける。
「俺たちはこう思っている。通話中に怜が死んだ。だから不可能が生まれている」
友孝は短く深呼吸をし、一泊置く。
「でも、もし違うとしたら?」
了の目が見開かれる。
小町の呼吸が止まる。
「……怜が、あの時間に死んでいない?」
了の声は、ほとんど呟きだった。
小町は言葉を失っている。
友孝は静かに頷いた。
「そうだ。そこがズレている」
前提の崩壊。
「俺たちはこう考えていた」
友孝は言った。
通話中に怜が死亡した。
だからその時間に犯行が必要。
しかし全員アリバイがある。
「この三つが揃うと。犯行は不可能になる」
了が低く言う。
「……だから詰まった」
「そう」
友孝は頷いた。
ではなぜそう思ったか。
「理由は単純だ。通話していたからだ」
小町が顔を上げる。
「だって……実際に話してたじゃん……」
「“話していたように見えた”だけだ」
友孝ははっきり言った。
通話の正体。
「整理する。通話前半、これは正常だ」
了が頷く。
「普通に会話していた」
「問題は後半」
友孝は続ける。
怜は返事をしなくなる。
だが通話は切れない。
音だけが聞こえる。
最後に“声”が入る。
「この状態は何か。“一方通行”だ」
小町がかすれた声で言う。
「……聞かされてただけ?」
「その可能性が高い」
友孝はゆっくり言った。
「怜は、その時点で“すでに通話できる状態ではなかった”」
了の目が鋭くなる。
「……つまり」
「死んでいた、か」
小町が息を呑む。
「そんな……」
「ここで逆に考える」
友孝は言った。
「怜が死んだのは“通話中”ではない。“通話前”だ」
理解が、遅れて追いつく。
了がゆっくり言った。
「……最初から。死んでいたのか?」
友孝は頷いた。
「その可能性がある」
小町が震える。
「じゃあ私たち……死体と通話してたの?」
小町の手は震えていた。
「正確には違う」
友孝は言った。
「死体の“スマホ”と通話していた」
ここで、すべてが繋がる。
怜は事前に殺されていた。
スマホは生きている。
通話は発信された。
録音や音が流された。
了が低く言う。
「……だから、通話中に犯行は必要なかった」
「そうだ」
友孝は頷く。
「これでどうなる?」
友孝は二人を見た。
「アリバイは」
了が答える。
「意味を失う……」
「その通り。俺たちは、“偽の時間”を見せられていた」
小町が呟く。
「……じゃあ犯人は、いつでも殺せたってこと?」
「そうだ」
友孝は言った。
「通話が始まる前なら、誰でも」
みな言葉を失った。
だが、了がすぐに言う。
「いや、待て。それでも条件がある」
「何だ?」
「“通話を発信する”必要がある」
友孝は頷いた。
「そう、犯人は」
怜を殺した。
その後スマホを操作した。
通話を発信した。
音を仕込んだ。
了が目を細める。
「……かなり限定されるな」
小町が震える声で言う。
「そんなことできるの……?」
友孝は、静かに言った。
「できる人間は一人しかいない」
空気が張り詰める。
ファミレスの空気は、張り詰めたまま動かない。
友孝の言葉が、静かに沈んでいく。
了が低く言う。
「……誰だ」
長小町は息を止めている。
友孝は、ゆっくりと視線を上げた。
そして。
「渡辺怜だ」
数秒遅れて、小町が絶句した。
「……は?」
了も眉をひそめる。
「何言ってる?」
友孝は落ち着いたまま言った。
「順番に説明する」
不可能だった理由。
「俺たちはずっと引っかかっていた“誰が通話を発信したか”だ」
了が言う。
「死んでるなら無理だ」
「そう」
友孝は頷く。
「“死んでから”ならな」
空気が揺れる。
「怜は、通話前に死んだわけじゃない」
「じゃあ……」
小町が震える。
「“通話を発信した後に死んだ”」
了の目が鋭くなる。
「……どういうことだ」
友孝は静かに語り始めた。
① 怜は事前に“音”を用意した
(引きずる音・衝撃音・声)
② スマホで通話を発信する
③ 通話を繋いだまま
録音を再生する状態にする
④ その後、自ら首を吊る
「これでどうなる?」
友孝は言った。
通話は繋がったまま。
音だけが流れる。
まるで“その場で起きている”ように聞こえる。
小町が呟く。
「……そんな……」
了が低く言う。
「……できるのか?」
「できる」
友孝は即答した。
「スマホの操作を固定すればいい。そして一番重要なのはこれだ」
友孝は言った。
「“まだ、切れてない”という声」
小町が震える。
「あれ……」
「録音だ」
友孝は言った。
「しかも“タイミングを計算した録音”だ」
「俺たちは、たまたまそのタイミングで話しかけた。だから“反応している”ように錯覚した」
了が息を吐く。
「……偶然か」
「いや」
友孝は首を振った。
「ある程度、計算されていた」
小町が顔を上げる。
「……じゃあ全部、怜がやったの?」
友孝は静かに頷いた。
「そうだ。これは他殺じゃない。完全な“自殺”だ」
すべてが反転する。
だが、それだけじゃない
了が低く言う。
「……目的は何だ。こんなことして」
友孝は答えた。
「見せるためだ」
小町が震える。
「何を……?」
「“あの噂”を」
三年前の事件。
「あの部屋の噂。通話が切れない音がする。返事はない」
了が目を見開く。
「……まさか」
「怜は再現したんだ」
友孝は言った。
「三年前の“通話が切れなかった自殺”を」
小町が口を押さえる。
「そして、それを“本物だ”と思わせた」
沈黙の中、友孝がぽつりと言った。
「通話は切れてないんじゃない」
二人が顔を上げる。
「繋がっていたのは」
友孝は深呼吸をする。
「時間だ」
その後、警察の判断は変わらなかった。
渡辺怜の死は「自殺」。事件性なし。
だが、三人だけは知っている。
あの通話の意味を。
帰り道。小町が小さく言った。
「……ねえ、もしさ、本当に三年前も同じだったら?」
了は何も言わない。
友孝も、答えなかった。
ただ一つだけ。頭の中に残っている。
あの声。
「まだ、切れてない」
それが録音だったのか。
それとも――
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