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ミステリー短編集  作者: 倉木元貴


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通話は切れてない 第1話

 最初におかしいと思ったのは、音だった。


「……まだ、繋がってる?」


 尾山友孝おやまともたかはスマートフォンを耳から少し離した。

 通話は続いている。だが――相手は、何も喋らない。ただ、微かなノイズだけが流れている。


渡辺わたなべ?」


 友孝はもう一度呼びかけた。返事はない。

 代わりに、ザ……という擦れるような音。まるで、誰かが服を引きずっているような。


 友孝は眉をひそめた。

 今は夜の10時半。大学時代の友人たちと、久しぶりに通話していた。


 参加者は四人。


 尾山友孝。

 佐藤了さとうりょう

 長谷川小町はせがわこまち

 そして渡辺怜わたなべれい


 怜の提案だった。


「たまには話そうぜ」


 それだけの軽い理由で始まった通話。

 最初は普通だった。仕事の愚痴や、くだらない話。だが、途中から少し空気が変わった。

 了が言ったのだ。


「……覚えてるか? 例のアパート」


 友孝はすぐに分かった。あの話だ。

 小町が小さく言った。


「やめなよ、その話」


 怜は笑った。


「いいじゃん。今さら」


 了が続ける。


「三年前、自殺があった部屋」


 友孝の喉が少し乾いた。

 その話は有名だった。古いアパート。住人が首を吊った。それだけなら珍しくもない。

 だが――妙な噂があった。


「通話が切れない」


 小町が言った。


「やめてってば」


 了は構わず続ける。


「その人さ、死ぬ直前まで誰かと通話してたらしいんだよ」


 友孝は苦笑した。


「よくある話だろ」


「違うんだよ」


 了の声が少し低くなる。


「通話。切れてなかったんだって」


 一瞬黙る。

 そして怜が言う。


「どういう意味だよ」


 了は言った。


「相手は何度も“もしもし”って呼んでた。でも返事がない」


 友孝は言った。


「そりゃ死んでるんだから」


 了は続ける。


「でもな、音はしてたらしい」


 小町が震えた声で言う。


「……やめて」


 了は止まらなかった。


「ずっと」


「何かを引きずる音が」


 友孝の背中に、うっすら寒気が走った。

 ザ……という音。まるで――


「……なあ」


 怜が言った。


「その部屋って」


 了が答える。


「今も空き部屋」


 友孝は軽く笑った。


「じゃあ住めばいいじゃん」


 怜が言った。


「いや」


 少し間があった。そして、怜は言った。


「俺、今そこにいる」


 空気が止まった。


「は?」


 友孝が思わず言う。

 了が笑う。


「嘘だろ」


 怜は静かに言った。


「ほんと」


 小町が叫ぶ。


「やめてよ!」


 怜は続ける。


「さっき入った」


 友孝は言った。


「鍵は?」


「管理会社から借りた」


「なんでそんなこと」


 怜は言った。


「試してみたくて」


 了が言う。


「バカかお前」


 怜は笑った。


「今、例の部屋」


 その瞬間だった。


 ――ザ……


 友孝の耳に、音が入った。

 さっきから聞こえている音と同じ。


 友孝は言った。


「……今の音なに」


 怜は少し黙った。


「……何もしてない」


 小町が泣きそうな声で言う。


「やめてって!」


 了が言う。


「怜、ふざけんな」


 怜は言った。


「ほんとに何もしてない」


 そのとき。通話の中で、ガタン、と大きな音がした。

 全員が黙る。


 友孝は言った。


「怜?」


 返事はない。


 代わりに――ザ……ザ……という音。


 さっきよりもはっきりと。

 まるで、何かを床で引きずっている音。


 小町が叫ぶ。


「もう切る!」


 了も言う。


「やばいって」


 友孝は言った。


「怜、返事しろ」


 静かになった。

 そしてそのとき、通話の向こうから。小さく、声が聞こえた。


「……まだ」


 全員が凍りつく。

 それは怜の声ではなかった。もっと低く、かすれた声。

 そして、はっきりとこう言った。


「まだ、切れてない」


 ――ブツッ。

 通話が切れた。


 その十分後。

 友孝のスマートフォンが震えた。


 了からのメッセージ。


「怜、死んだ」


 思考が止まる。

 すぐに電話をかける。了が出た。


「おい」


 友孝は叫んだ。


「どういうことだよ!」


 了は震えた声で言った。


「警察来てる」


「怜」


 少し間があった。そして、了は言った。


「首吊ってた」


 友孝は、その場に座り込んだ。

 頭の中で、さっきの音が再生される。


 ザ……ザ……


 そして、あの声。


「まだ、切れてない」


 これはただの自殺じゃない。


 なぜなら――あの時間、怜は確かに通話していた。

 渡辺怜の死は、翌朝には「自殺」として処理されかけていた。


 古いアパートの一室。天井の梁から伸びたロープ。争った形跡はなし。

 遺書もない。


 だが状況は明白――そう判断された。


「……納得できるか?」


 佐藤了の声は低かった。

 ファミレスの奥の席。

 尾山友孝は、コーヒーに口をつける手を止めた。

 向かいには了と長谷川小町。

 三人とも、昨夜からほとんど眠っていない。


「正直に言うと」


 友孝は言った。


「できないな」


 小町がうつむいたまま言う。


「……あれ、自殺じゃないよ」


 了が頷く。


「俺もそう思う」


 沈黙が落ちる。

 あの“声”を聞いたのは、三人とも同じだ。


「問題は」


 了が言った。


「どうやって証明するか、だ」


 友孝はゆっくり息を吐いた。


「まず整理しよう。事実を」



 通話の記録



 警察から直接聞いたわけではない。


 だが、怜のスマートフォンの情報はある程度共有されていた。


 了が言う。


「通話開始は21時58分。切れたのが22時31分」


 友孝は頷く。


「俺たちの感覚とも一致する」


 小町が言う。


「声を聞いたのは……最後の数分だよね」


「たぶん22時30分前後」


 了が続ける。


「死亡推定時刻も同じだ」


 友孝はテーブルに指を軽く打ちつけた。


「つまり、怜は死ぬ直前まで通話していた。これは確定だな」


 現場の状況



「問題はここだ」


 了がスマートフォンを見せる。


 メモアプリに整理された内容。


 部屋は内側から施錠。

 鍵は室内にあった。

 窓は閉まっている。

 外部侵入の痕跡なし。


 小町が言う。


「……完全に密室じゃん」


「そうだな」


 友孝は言った。


「でも今回は密室じゃない」


 二人が顔を上げる。


「え?」


 友孝は静かに言う。


「問題はそこじゃない」



 アリバイ



「重要なのは、俺たち三人だ」


 空気が一変した。


 小町が顔を強張らせる。


「……どういうこと?」


 了は黙っている。

 友孝は言った。


「昨夜、22時30分前後。俺たちは何をしていた?」


 小町が即座に答える。


「通話してたじゃん!」


「そうだな」


 友孝は頷く。


「じゃあ聞く。その通話、本当に成立してたか?」


 黙り込む。

 了が口を開く。


「……どういう意味だ」


 友孝はゆっくり言う。


「俺たちは“繋がっている”と思っていた。でも実際にはどうだ? 怜は返事をしていない」


 小町が言う。


「でも声は……」


「聞こえたな」


 友孝は頷く。


「じゃああの声は誰だ?」


 再びみな黙り込む。

 空気が重く沈む。



 各自の状況



「一応確認する」


 友孝は言った。


「アリバイだ。形式的なものでもいい」


 了が頷く。


「いいだろう」



 佐藤了

「俺は自宅。仕事終わってすぐ帰ってる。通話も家から」


 友孝が聞く。


「証明は?」


「PCのログイン履歴。あと、オンライン会議の履歴がある。22時ちょうどまで仕事してた。その後すぐ通話に入った」



 長谷川小町

「私は……家」


 少し声が震える。


「ずっと部屋にいた。通話もイヤホンで」


 友孝が聞く。


「証明は?」


 小町は詰まる。


「……ない。でも、本当に家にいた」



 尾山友孝

「俺も自宅だ。スマホの位置情報もある。通話ログも一致する」


 静か空気が三人を覆う。

 了が言う。


「……全員アリバイあり、か」


 小町が小さく言う。


「じゃあ……やっぱり自殺?」


 友孝は首を振った。


「違う」


 はっきりと。


「これは他殺だ」

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