↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミステリー短編集  作者: 倉木元貴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
108/111

電話が鳴る 第14話

 待合室の中にいる男から、目を離せなかった。

 俺と同じ顔。同じ髪型で同じ服を着ている。


 違うのは──目だった。


 あの男は、俺を見ている。

 初めて見る相手を見る目ではない。ずっと昔から知っている人間を見る目だ。


「……あれが、本物?」


 俺が呟くと、記憶管理課を名乗る女は頷いた。


「はい」


 三枝は何も言わない。


「じゃあ、俺は何なんだ?」


「あなたは、榊原透の記憶を持った人間です」


「名前は?」


 女は答えなかった。

 それが答えだった。

 俺はガラスの扉を開けた。待合室の男は逃げない。


「久しぶり」


 第一声が、それだった。


「……俺を知ってるのか?」


「もちろん」


 男は笑う。


「だって、僕が君を作ったんだから」


「作った?」


「正確には、君の記憶を作った」


 男は立ち上がった。


「君は僕の人生を引き継ぐために作られた」


「じゃあ、俺はコピーなのか?」


「違う」


 即答だった。


「コピーなら、僕と同じ記憶を持つ」


 男は自分の頭を指差す。


「君には僕が捨てた記憶だけが入っている」


「捨てた記憶……」


「だから君は、僕が忘れた人たちを覚えている」


 三枝が口を開いた。


「澪も?」


 男は頷く。


「澪も」


「どの澪だ?」


 男は少しだけ笑った。


「そこが問題なんだ」


 俺の背後で、女が言った。


「榊原さん。あなたには三つの記憶があります」


「三つ?」


「あなた自身の記憶。もう一つの榊原透の記憶。そして──水城澪の記憶です」


 俺は振り返った。


「俺が、澪の記憶を?」


「はい」


 その瞬間、頭の中で何かが繋がった。

 雨の日の図書館。白いカウンターで澪が笑う姿。


『私は、あなたが忘れたものを覚えています』


 あれは──澪の記憶だった。

 俺が持っていたものではない。


「じゃあ、俺が澪を知っていたのは……」


「あなたが彼女だったからです」


「……何?」


 女は静かに言った。


「あなたは十一月六日以前、水城澪の記憶を持っていました」


「でも、俺は男だ」


「身体はそうです」


 言葉が出なかった。


「記憶を移した結果、人格が混ざったんです」


 待合室の男が口を挟む。


「だから僕は、君を榊原透とは呼ばない」


「じゃあ、何と呼ぶ?」


 男は少し考えて。


「澪」


 そう呼んだ。


 その瞬間、胸騒ぎがした

 俺は思い出した。十一月六日。19時23分。

 駅も地下。血のついた白いシャツ。

 そして──倒れていたのは三枝ではなかった。


 “倒れていたのは、俺自身だった。”


 その傍らで泣いていた女がいた。

 それが──水城澪。


 俺は彼女に言った。


『僕を忘れて』


 澪は泣きながら首を振った。


『無理です』


『じゃあ、僕の記憶を持って逃げて』


『どうして?』


 俺は答えた。


『僕が死んでも、僕を生かすために』


 そして俺は──自分の記憶を、澪に渡した。


 目の前の世界が歪む。本物の榊原透が、俺に向かって手を伸ばした。


「だから返して」


 その瞬間、俺は理解した。返すべきなのは記憶ではない。


 “この身体そのものだった。”


「この身体を……返す?」


 俺が呟くと、本物の榊原透は頷いた。


「そう」


「どうやって?」


「簡単だよ」


 彼は待合室の時計を見た。


「十九時三十二分までに、君が僕の記憶を全部思い出せばいい」


「全部?」


「そうすれば、君は消える」


 あまりにも簡単に言われて、逆に笑いが出た。


「消えるって……死ぬのか?」


「たぶん」


「たぶん?」


「僕にも分からない」


 本物の透は、少し困ったように笑った。


「僕がこれを始めたときも、成功すると思っていなかったから」


「じゃあ、なぜ俺を作った?」


「僕が死ぬと思ったから」


「……実際には?」


「死んだよ」


 その答えは、妙に静かだった。


「十一月六日、十九時二十三分。僕は一度死んだ」


「でも、ここにいる」


「これは僕の身体じゃない」


 彼は自分の胸を叩いた。


「僕の記憶を保存していた器だ」


 俺は息を呑んだ。


「つまり、お前も……」


「そう。僕も本物じゃない」


 その瞬間、後ろから声がした。


「だから言ったでしょう」


 振り返ると記憶管理課の女が立っていた。


「この事件には、犯人がいない」


 彼女は静かに言った。


「死んだ人間を、別の記憶で生かそうとしただけです」


「じゃあ三枝は?」


「三枝さんも同じです」


「澪は?」


 女は答えなかった。

 代わりに、待合室のガラスを指差す。


 そこに、いつの間にか女が立っていた。


 ──水城澪。


 俺が何度も会った、あの澪だった。


「姉……?」


 そう呟いた瞬間、澪が首を振った。


「私は妹でも姉でもありません」


「じゃあ、誰なんだ?」


「あなたです」


 頭の中がごちゃごちゃになった。

 澪はゆっくり近づいてくる。


「榊原さん。あなたは私の記憶を持っていたんじゃない。私が、あなたの記憶を持っていたんです」


「何を言ってる?」


「あなたが私に渡したのは、記憶だけじゃありません」


 彼女は自分の胸に手を当てた。


「あなたの人格です」


 俺は動けなかった。


「十一月六日、あなたは死んだ」


「でも──」


「だから私は、あなたになる必要があった」


 澪の目から涙が落ちる。


「あなたを生かすために」


 俺は本物の透を見る。

 彼もまた、泣いていた。


「……じゃあ、俺は誰なんだ?」


 澪は答えた。


「あなたは、榊原透です」


「でも、俺は……」


「ただし」


 彼女は続けた。


「あなたが覚えている人生は、榊原透のものではありません」


「じゃあ誰の?」


「私のです」

 駅の時計が、十九時三十一分を指した。


 残り一分。


 その瞬間、地下通路の照明が赤く染まった。スピーカーから、機械的な声が流れる。


『記憶統合を開始します』

『対象者──榊原透』

『人格所有権を確定します』


 俺は息を呑んだ。

 そして、最後の質問が流れた。


『あなたは、自分を誰だと思いますか?』


 答えなければならない。

 だが、ここで答えを間違えたら──誰か一人が、本当に消える。

おもしろかったら評価、ブックマークよろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。