八話【湯】
「ふぃ~!生き返るねぇ~」
私の身体から昨日徹夜して溜まった分のツケがゆっくりと抜けていく。うーん、この普通の入り方もいいもんだなぁ。
ちょっと熱いけれど、これがまた周囲の環境と相まって丁度いい。
この温泉は山の高い位置にあるから心地のいい風が吹いてきてて、お湯で火照った身体をいい感じに冷ましてくれるのだ。
崖の向こうに広がる景色はまさしく絶景!
温泉に浸かりながら緑と赤黄で彩られた森を見下ろせるなんて贅沢極まりないよね。
そして極めつけは空の広さ!
この解放感たるや、こんなの温泉施設の露天風呂じゃ満足できなくなっちゃうよ。
「どお?奴妻さん。この温泉面白いでしょ!」
「――――うっひょ~~~!ナニコレ!?気んもっちィィ~~!」
奴妻さんは温泉に肩までしっかりと浸かりながら歓喜に打ち震えていた。
……なんか思ってた反応と違う。もっと「あ”あ”~」とかそういうのを想像してたんだけど。
オヤジ臭いを通り越してもはやトリップしちゃってるし。
祠トリップならぬ温泉トリップだ。この場合は旅じゃないほうだけど。
「ありがとう綾小路さん!これだけで今までの全てが報われたわ!」
「軽っ!?今まで結構いろんなことあったよ?!」
「過去が軽いんじゃない。この温泉が重いのよ――」
奴妻さんは私と握手しながら、いい顔でなんか名言みたいなことを言いだした。
それでいいのか奴妻姫妃……
まあいいか。そもそもこのツアーの目的は奴妻さんの気分転換だしね。この反応を引き出せただけもツアーをやったかいがあるってもんだ。
初めて人のために何かを企画したにしては上々の結果と言えよう。
私はお湯を掬って顔をぬぐう。……む、ホントだちょっと酸っぱい。
湯気に混じった木の香りが、これまた私の温泉気分をくすぐってきた。
よくこれをヒノキだって一発で嗅ぎ分けたもんだ。私には何となくでしかわかんないや。
「こら、綾小路さんお行儀悪いわよ。マナー違反!」
「とはいえ、こっちにはシャワーとかないからねぇ。みんなもふつーに髪とか洗ってたよ?もちろんすすぐだけだけど」
「うぐぐ、なんかカルチャーショックだわ……」
「郷に入っては郷に従え、だよ。だから奴妻さんも真ん中に飛び込んできたら?」
「それは絶対『郷』じゃないわよねぇ?!どちらかと言えば『業』じゃないの!」
む、流されなかったか。
気持ちいいのはホントなんだけどなー。
「正直興味はある……んが!私の温泉好きとしてのプライドがそれを許さないのよ」
「高潔だねぇ……ま、飛び込む前に滑ったりしたら危ないしね」
「その通り。周囲の人の迷惑にもなるし、だからこそマナーってもんはあるわけよ。みんなが気持ちよくお風呂を楽しむためにね」
「――だから髪を洗いたければ崖下にいけばいいのよ!名案ね」
「それはもはや滝行じゃない!?」
髪の汚れ以外にもいろんなものが洗い流されそうだね、それ。
「でも残念ながら滝の下は温泉じゃないんだよ。落ちる過程でお湯も冷えちゃうし、効能も何故か残ってないんだって」
「なーんだ。真ん中が一番強いこととなんか関係あるのかしらね。……髪の毛も洗いたかったけどしょうがないか。つけてきたヘアオイルもまだ残ってるし、しばらくはそれで持つでしょ」
「あ、そういやシャンプーはともかくヘアオイルってこっちにはないの?昔の人は椿の油を髪に塗ってたって聞いたことがあるんだけど」
「……ヘア、オイル?」
奴妻さんは自慢のサラサラヘアーを指で梳かしながらそう言った。聞きなじみのない言葉を添えて。
「え?何その初めて聞きましたみたいな反応。つけたことないの?」
「つけたことないっていうか、そもそもその存在を認知してないんだけど。ヘアオイルってなにそれおいしいの?」
「またそんなベタなボケを……ヘアオイルはトリートメントみたいなもんよ。髪を保護したり匂いを付けたり。トリートメントは流石にわかるわよね?」
「あれでしょ?一組ずつ戦って優勝を決めるやつ」
「それはトーナメント!!ボケのオンパレードかっ!」
私の反応に奴妻さんが愕然としている。悪かったね。女子力とやらが低くて。
山の風が湯気を乗せて奴妻さんの髪をさらう。
甘い、金木犀の香りが私の嗅覚をくすぐった。
なるほど、これがヘアオイルの匂いか。
おしゃれなのはシャンプーじゃなくて奴妻さんだったんだねぇ。
「流石は元アイドル。こじゃれてるね」
「アイドルじゃなくても身だしなみには気を付けなさいよ。誰が見てるからわかんないんだから」
「それが人心掌握のコツ?」
「そうそう!ちょっと身綺麗にしとけばちょろい奴らなんてコロッと……ってこら!」
「あははは!」
「――――またみんなに聞いてみるよ。なかったらなかったで、バネさんに言えばウキウキで作ってくれるだろうしね」
「……仲いいのね。みんなと」
「みんな優しいからね」
異世界に来て一番運が良かったのはモミジさんに拾ってもらえたことだね。そのおかげで今のこの瞬間があるわけだし。
城から追放されたのも結果的にオーライだったわけだ。
「この温泉もババ様が教えてくれたんだよ?試験の疲れを癒そうってことで連れてきてくれたんだ」
「へぇ、ここって忍者ご用達温泉なんだ。まぁこの効能を思えばそうよね」
「効果テキメンだからねー。だからみんなもよく入りに来てるんだってさ」
「ふぅん」
「――いいなぁ。綾小路さんの方は楽しそうで……」
奴妻さんは掬った琥珀色のお湯をぼんやりと眺めながら、ポツリと呟いた。
「あっ!いや、違うの!やっかみとかそういうんじゃなくて――――」
「……ねぇ、私たちの関係って何なの?」
珍しくしどろもどろになりながら、奴妻さんは横目で私を見た。
その切れ長の流し目に私が写りこむ。
奴妻さんの長い逆まつげから雫が滴り、湯船に落ちていった水滴たちが穏やかな湯船に波紋を広げていた。
「どしたの急に?そんな昼ドラみたいな台詞言っちゃってさ」
「別に?ただの確認作業よ」
「なんだそりゃ」
とか言いつつ、最近は奴妻さんの癖ってのが私にもなんとなくわかってきた。
奴妻さんがこういうことを言い出したときは、気になってるけど直接聞けないことがある時だ。
奴妻さんってこういう遠まわしのコミュニケーションが多い気がする。私との勝負にも多分、奴妻さんなりの何かがあるんだろう。
秘されたオモイってやつが。
それを掘り起こす気はないけれど……相変わらず素直じゃないねぇ。
「だって私、綾小路さんに迷惑ばっかかけてるし……私のせいで綾小路さんが死にかけたようなものじゃないの。そもそも、異世界に来たのだって……」
と、思ってたら珍しくストレートが飛んできた。
というか、祠トリップのこと気にしてたんだ。別にいいのにな。
手持ち無沙汰な奴妻さんの指が水面を叩く。とぷんとぷんと湯が揺れる。
「でもそのおかげで里のみんなと会えたし、私は忍者にもなれてこうやって奴妻さんとも合流できたよ?」
「それは……結果論じゃない」
「終わり良ければ、だよ。そもそも、どれもこれも奴妻さんのせいじゃないし、私は迷惑かけられてるなんて思ってないよ」
「だって私たちは――――戦友じゃんか」
「……戦友?」
「そ!戦友!」
目を伏せていた奴妻さんが顔を上げる。
私は岩にもたれて空を仰いだ。
見上げた空には、温泉から立ち昇っていった湯気たちが大きな雲を作り出している。
その雲の一部が風に吹かれて、まるで旅立つみたいにどこか遠くへと流れていく。
小さな雲の欠片は、そのうち透き通った大空に飲み込まれて見えなくなった。
「私は忍として、奴妻さんは姫として、立場は違うけど手を取り合ってこの祠トリップを生き抜いていく……そういう関係だよ」
友達って面を向かって言うのがなんか恥ずかしかったから、ちょっとだけ濁しとく。
『サネはへたれだねぇ』
ニュアンスは一緒だからいーんだよ。
今まで数々の勝負を繰り広げてきたという点では、戦友ってのもあながち間違ってないしね。
「つまり私たちは一蓮托生ってわけ!だからそんな水臭いことは言いっこなしだよ」
「ふーん、そっか……戦友ね」
それを聞いた奴妻さんはちょっとだけ嬉しそうだ。
うんうん、グッドコミュニケーション!
これでお前なんか友達じゃないとか言われたらさすがの私も傷つくところだったよ。
ちょっと安心。
「戦友じゃなくて『心友』でもいいよ?おお!我が心の友よ!って感じの」
「ふふ、なにそれ。つまり今の綾小路さんは劇場版ってわけ?だから優しいの?」
「ところ変われば、だよ。環境が変わればその人の隠れて見えなかったところも見えてくる……『彼』は私たちにそれを教えてくれてるんだねぇ」
「絶対制作者の都合だと思うけどね。ただの演出でしょ?」
「かー!このリアリストめっ」
「そういう綾小路さんは結構ロマンチストよね。……色んな意味で」
……ふむ?それは中々に素敵な評価だ。
ロマンチスト。うん、結構しっくりくる。
確かに現実よりも浪漫を追い求めてる気がするしなー。
「ほらね?こうやって異世界に来たからそれに気づけたんだよ!そう考えると、祠トリップだって捨てたもんじゃないでしょ?」
「……ま、そうね。確かにこっちに来てから気づけたことがたくさんあるわ」
奴妻さんは遠くの景色を眺めている。
そこに写ってるのは、きっと私とは別の景色だ。
同じものを見て同じ体験をしても、同じことを感じ取れるわけじゃない。
でもそれを共有することはできる。
今日のこのツアーみたいに。
異世界に来てからというもの、なんというか私の中のいろんなことがハッキリさせられた気がする。
ぼんやりとしていた自分の輪郭とか、不透明だった人間関係とか……考えないようにしていた、私の望みとか。
祠トリップがなかったら、多分こんなこと考えもしなかっただろうなぁ。
あの雲みたいに流れに身を任せたまま……ぼんやりと生きてたかもしれない。
奴妻さんのことだって、きっと何も知らないままだった。
「というか、どっちかというと奴妻さんが言う側なんだけどね?さっきの」
「誰がガキ大将よっ!」
勝負に誘ってくれて、色んな事を一緒にやってみて、私が軽口を放り投げても、それにちゃんとリアクションしてくれる。
それが楽しかったんだって、かけがえのないことだったんだって、こっちに来てから初めて気づいた。
まさにところ変われば、だ。
――――私ってけっこう、奴妻さんのこと好きだったんだなぁ。
「……それじゃあ私は今から綾小路さんのこと『サネ』って呼ぶことにする。なんかそう呼ばれてたし」
「え!?なんで急に!?」
「……私はリアリストだからね」
「えぇ……?どゆこと?」
私が高校生活を思い出してしみじみとしてると、やおら奴妻さんがそんなことを言い出した。
「べ、別にいいでしょ!!戦友で心友なんだからっ!なんかそっちばっかでズルいし!」
「ズルいってなにが……」
「なんでもよ!」
奴妻さんは赤くなった顔をぷいと背ける。のぼせちゃったのか?それとも言ってて恥ずかしくなったのか?
たまに突拍子もないんだよなぁ……奴妻さんって。
でも、モヤモヤは晴れたみたいだからいっか。
案外気に入ってるしね、この愛称も。
「サ、サネも私の事もっと気さくに呼んでよ……やつづまってなんか仰々しいのよね」
「うーむ?それじゃあ私は『ヒメ』って呼ぼうかな」
「『姫』呼ばわりはもう十分なんですけど?」
奴妻さんは私の提案にあからさまに顔をしかめた。どんだけ嫌なんだか……完全に反化しちゃってるね。
「そっちじゃなくて愛称としてのヒメだよ。奴妻姫妃から取るならそこでしょ?
『ヒメキ』だと味気ないし、『ヤツ』だと紛れもなさそうだし『ヅマ』でギリ。そもそもそっちこそみんなからヒメちゃんって呼ばれてるじゃんか」
「ふぅーん……ならばよし!」
それなら良いんだ?ま、大事なのは呼び方そのものじゃないしね。
大事なのは、私たちの関係性なんだから。
「それじゃあ今日がサネヒメコンビの結成記念日ってことか。これからよろしくね?」
「なんかその言い方だとお笑いコンビみたいじゃない?」
「似たようなもんだよ!カラオケで90点取れる方とそうじゃない方で」
「だれが歌下手じゃないほう芸人よっ!というか 持ち歌なら90超えるしっ!」
「でてるでてる、でてるよツッコミが。やっぱツッコミ役じゃん」
「くっ、つい反射で……」
「しみついてるねぇ」
相方のツッコミが今日も光る。やっぱり私たちはこうじゃないとね。
こっちに来てからというもの、姫だの祭だのとごちゃごちゃしてたけど、私たちの関係は元からこうだった。
これが私の『非日常』で、今では大事な『日常』なんだから――
「ねぇサネ、久しぶりに私と勝負しない?」
「お、いいね!何する?」
「どっちが長いこと温泉に浸かっていられるかで勝負よ!私が勝ったら……
サネをヒメちゃんファンクラブの副会長に任命してあげるわ!」
「なんか役職までついてきた!?……でも、いいよ、それで」
「……えっ!?今いいって言った?!ホントに!?」
「うん!」
「――――私に二言はあんまりないからね」
「いやそこは確約しなさいよっ!」
いつもの口上、いつものやり取り。
変わってしまった現状で、でも変わらないものが確かにある。初めて気づいたことも、前より強くなったものもある。
それを確認できたツアーだった。
……うん、今日はいい日だ。
結局、私達は日が傾いてくるまでこの秘境温泉に居座った。
予定よりも長くなっちゃったのは、ヒメが勝負で無理しすぎてのぼせちゃったから。
もちろん勝負は私の勝ち。ヒメが私をファンクラブに入れられる日は遠そうだ。けど……
無事にあっちに帰れたら、そろそろファンクラブに入ってあげよっかな。
わざわざ役職も用意してくれるみたいだし……副会長とやらが何するかわかんないけど。
――――ヒメの側でわちゃわちゃするのは、案外楽しいから。
私は伸びてるヒメをあおいであげながら、そう思った。
* * *
遠足は帰るまでが遠足だ!
後はバレずに今日という日を完了するだけ!
ヒメを屋根裏空間に待機させつつ、私はカカシ君をつつがなく『回収』する。
「姫さまのぉぉぉぉごたいじょぉぉぉぉ~~~」
異彩喝祭も残すところあと二日かぁ。早いもんだ。
……なんか、今日が異世界に来て一番楽しかったかもしれない。
行ったことないけど、旅行ってこんな感じなのかもしれない。修学旅行とかの行事じゃない、個人的な旅行って。
散歩して、景色を見ながらご飯食べて、温泉につかってゆっくりして……
なんかいいな、こういうの。
旅行が趣味な人がいるわけだね。
「それではごゆるりと……」
「――女中さんもう行った?」
「うん。大丈夫そだよ」
「じゃあサネ、下に降ろしてくれない?」
「えー?!自分でおりなよ。ヒメも強化されてるでしょ?」
「ちょっと怖いのよ!飛び降りるのが!!誰かさんがビュンビュンと空を連れまわすせいでっ!!!」
「んもーしょうがないなあ」
私はヒメを抱きかかえて部屋に降り立つ。
こうやってヒメを抱っこするのもこなれたものだ。
……しっかし影武者作戦、全くバレる様子がなかったな。
着替えのときとかカカシ君微動だにしてなかったのに。
人って案外人のこと見てないよねー。私も含めて。
カカシ君は元のマネキン状態に戻して部屋の貢物の中に紛れ込ませておく。また使うかもしれないし、もうしばらくは借りておこう。
「あ、そうだ。私からヒメに貢物があるんだった」
「みつぎものぉ?何よ急に。これ以上物が増えても困るんですけど?」
「まぁまぁ、そう言いなさんなって!そんな大したものじゃないから。今日のツアーのおみやげみたいなもんだよ」
私は忍装束に隠していた『それ』を取り出す。
「てってれてってってー!青いコスモス~~!」
「おー!……それって今日の秋桜?」
「そだよ。そしてこれを土偶くんにぷすっと指してーー??
――――はいっ!土偶くん花瓶の完成です!」
「アッハハ!?鼻から花が生えてるっ!」
私のアイデアにヒメはツボったのか、ひーひーと笑ってる。……そんなにウケるとは思ってなかったな。ちょっと嬉しい。
「これで少しはこの部屋も華やぐでしょ?花だけに」
「はぁ~そうね。ナイスアイデアじゃないの。なんかこいつにもだんだん愛着が湧いてきたわ」
「そりゃよかった」
これで制作者のモミジさんも浮かばれるってもんだ。
良かったね土偶くん。君はヒメに認められたんだよ。
「……あー、そのサネ?……今日は色々とありがとね」
「いやいや、いいってことよ」
寝台に腰かけたヒメがなんかもじもじしてると思ったら、急にお礼を言ってきた。
よせやい。私とヒメの仲じゃんか。
「それじゃあ私は護衛にもどるからね!ヒメはゆっくり休んでて」
「あ!ちょっと待って!」
「おぶぅ!?」
「あ、ごめん……」
飛び上がった私にヒメが素早く追いすがる。
私は畳に叩きつけられる寸前に顔を捻ってダメージを軽減した。同じ手を二度は喰らわんぞ!
……というか、なーんかデジャヴが。
「なになに!?ヒメには飛び上がる私を掴む習性でもあるわけ!?」
「いやぁ、なんかつい掴んじゃうのよね。反射的に」
「別にどっか行くわけじゃないんだからさぁ。上に居ても声は届くよ?」
「わ、わかってるわよぉ……ついよつい!」
「……んで?どうしたの?」
「お詫びってわけじゃないけど……私からサネにプレゼントよっ!サネには今日からこのベッドで眠る権利が贈呈されますっ!」
「えぇ!?急にどした!?」
そういう唐突なボケは私の専売特許では!?
「しかもサネだけの特別出血大サービス!この私を好きに抱き枕にできるプランもついてきて今ならなんと無料!お買い得ぅ!!」
「わぁ!社長すごぉ~い!……じゃないよ!一体どゆことですか」
「……別に?『戦友』を屋根裏に押し込んでおくのは忍びないってだけよ」
ヒメは人差し指を突き合わせながら唇をとがらせた。
こういう一つ一つの仕草から、アイドルやってたのが滲み出てるんだよなぁ。どこまでわかってやってるんだろ?
「忍だけに?上手いこというね」
「うっさい!ボケじゃなくて真面目な話よ!いいからこっち来なさい!」
あ、冗談じゃなかったんだ……
私は言われるがままにヒメの隣に腰かける。
私の重みで寝台の木材がぎしりと鳴いた。
「私からの誕生日プレゼントよ。今の私にはこれぐらいしかあげられるものないし……」
「律儀だねえ。こんな状況なんだから別にいいのに。さすがは社会性二重丸っ!」
「サネの社会性が低すぎるだけだと思うけど?」
「良い支配者ってのは下々にキチンと報奨を与えるもんよ。精々良く働きなさいな」
「ははぁ~!ありがたき幸せ……ってやっぱ独裁者じゃんか!」
「ふふふ……もちろん冗談よ」
そっちは冗談なんだ!?
いや、そんな真顔で言われましても……まぁヒメなりに私を気遣ってくれてるんだろう。
お得意の遠まわしコミュニケーションだ。
「私は別に、そこらへんの貢物をくれるのでもいいよ?」
「それはダメ。人からもらったもん横流しにされたって嬉しくないでしょうに」
「おお!なんかしっかりとした考えだ。そういうもん?」
「ふつーはご法度でしょ。心がこもってない」
それは物によると思うけど……あのモミジさんの土偶くんとかちょっと欲しくなってきたし。
「だから有難く恩恵を享受して、サネもここでゆっくり寝なさいな」
「それはありがたいことだけど……ヒメはもっと自分を大事にした方がいいよ?すぐそうやって自分を差し出すのは良くない傾向だね」
「差し出したのはベッドの半分だけよ。抱き枕の方はただのサービス」
「自分がプレゼントのオマケ扱いでいいんだ……」
「何言ってのよ?どう考えてもそっちがメインコンテンツでしょうが」
「違った!自己肯定感が高いだけだった!」
あれは自分を抱き枕にすることに価値があると、微塵も疑ってない目だッ!
さすがは元アイドル……
「さ!私のことを存分に抱きしめて安眠しなさい!別に同性なんだから問題ないんでしょ?」
「まぁ、ヒメがいいならいいけどね。それじゃ、お言葉に甘えて有難く使わせてもらおうかな?」
正直、屋根裏空間で寝るのは寝心地悪かったしね。
「じゃ、じゃあ……どうぞ……」
ヒメはおずおずと腕を広げて、私のハグを待っている。
……なんか、そうやって恥ずかしがられると、こっちまで恥ずかしくなってくるからやめて欲しい。
「いや、そっちのサービスは別にいらないんだけど」
「なんでよ!抱きなさいよ!ご利用しなさいよ!」
「えぇ……?このベッド広いんだから、二人で別々に寝ても充分だと思うんだけれど……」
「私に二言はないのっ!」
「……あと、なんかせっかく身体張ったのにどうでもよさそうにされるのもそれはそれでムカつく」
「承認欲求わがままプリンセスめ……」
ま、これも私のために考えてくれた結果だろうし、あんまり無下にするのも可哀想か。
ヒメの為にツアーを企画した私は、そういう機微がわかる人間になったからね。やっぱ何事も経験だよ。
「なら覚悟しろぉー!どりゃ!」
「ぐわぁあ!?好きにとは言ったけどちょっとは丁重に扱いなさいよ!」
変な雰囲気を払拭すべく私はヒメの腕の中に勢いよく飛び込んだ。
そのまま流れるように背中側に回って、後ろから抱きしめる形になる。
流石に正面同士は恥ずかしい。あれは初回限定ログインボーナスなのだ、
こうしてヒメを抱きしめたまま、異世界の夜は更けていく。
お城の夜は静かだ。
この部屋が奥まってる事もあるんだろうけど、人の気配はおろか物音一つしない。
だからだろうか?心臓の音がヒメの背中越しによく聞こえるのは。
なんというか、人の鼓動の音って思いのほか落ちつく。体温の温もりもあって、抱きヒメ枕は正直かなりいい感じ。
雪山で遭難したら人肌であったまれってよく言うけど、こんなの絶対眠くなっちゃうよね。
寝たら死ぬぞとの二律背反だ。
「……ねぇ、サネまだ起きてる?」
「起きてるよー。……どったの?」
「なんか話してよ。私が寝付くまで」
「私の語りを睡眠導入剤にしようとしてる!?」
私の大事な物語たちは睡眠薬じゃないんですよ?
「話すのはやぶさかじゃないけど、ちゃんとお話の内容とは向き合ってよね。せっかく語るんだからさー」
「うん。寝落ちするまでは向き合うから……お願い」
「んもー、しょうがないなぁ」
「それじゃあ昔々あるところに――」
「え?何?童話かなんかで寝かしつけようとしてる?私は子どもかっ!」
「まぁまぁ!そう焦りなさんなって!」
「昔々あるところに、一人の女の子がいました――――」
ぼんやりとした灯りだけが揺れる暗い部屋の中で、同じベッドに転がりながら私はヒメが寝付くまでお話をしてあげた。
今宵のお話は『雪巡り』。私の一番お気に入りの話だ。
吹雪の中で遭難した女の子は、真っ白な雪の精に助けられる。それはたまたま近くを通りがかっていた小さな子どもで、その子の母親と共に主人公が幻想的な雪の世界を渡り歩いていく物語。
雪に覆われた深い山を超え、凍り付いた川を渡り、氷柱が下がった輝く森を抜けたその先で、主人公たちは見渡す限り雪化粧に包まれた平原の中にある小さな村へと辿り着く。
そこで女の子は村の男の人に見染められて、夫婦と親子はいつまでもその美しい雪の世界で幸せに暮らしたのだった――
冷たい、でも美しい雪や氷の描写が素敵な、どこまでも暖かなお話だ。
いつもの得意な語り方じゃない、ゆったりとした優しい語り口。
昔、ひいおばあちゃんが私にしてくれたような……そんな喋り方が、やっぱりこの話にはよく合う。
「すぅ……すぅ……」
その全てを語り終わるころには、ヒメはいつの間にか眠っていた。私の腕の中でヒメの胸が上下する。
結局最後までもたなかったか。どこまで真剣に聞いてくれてたのやら。
……でも、こういう風に話をするのも、案外いいかもしれない。
こういう話ができるの、倶楽部の皆しかいなかったからなぁ。
ヒメが曲がりなりにも私から物語を聞きたいって言ってくれたのは……ちょっと嬉しい。
ヒメを起こさないようにゆっくりと腕を抜いて、私は上を向く。
寝台にかけられた藍色の天幕『を見上げてみれば、今まで一度も見たことがないような夜空が広がっていた』
『星、というやつが、まるで雪のきらめきみたいに夜の藍の中で光っている』
『そんな幻想的な夜の中にあっても、お月様はいつもと変わらずにそこにあった』
『白くて大きくてまん丸で、このどこまでも真っ白な世界を写し取ったかの様な、美しいお月様が――――』
「私の将来の夢はトレジャーハンターです!」
ヒメと夢の話をしたからか、私は実に数年ぶりに『夢』をみた。
二つの意味で。




