九話【夢】
小学校低学年、自分の将来の夢を発表する場で、私はそんなことを宣った。
私はトレジャーハンターになりたかった。それが一番、私のやりたいことに近かったから。
『はい!綾小路さんありがとうございました!それじゃあ次は——』
そんな私を拍手が包み込む。こんな夢でも、バカにしてくるような奴は居なかった。
この頃は、まだ。
この頃の私はまさに夢見る乙女だったと言える。
世の中の事を何も知らないままで、輝かしい未来にオモイを馳せるだけの、ただの子どもだった。
でも、この時の私が一番キラキラしていたかもしれない。
昔は信じてた。
いや、信じるまでもなくただ、確信していた。
この世界にはまだ、見つかっていないだけの『不思議』な事がたくさんあるんだって——
「幸ちゃん!またなんかお話してよ!」
「あらあら。実ちゃんは本当に私のお話が好きだねぇ」
「うん!だってワクワクするもん!」
「それじゃあ今日は河童さんのお話をしてあげようか。これは私のお母さんから聞いた話なんだけどね——」
私はひいおばあちゃんが話してくれる不思議なお話が大好きだった。
そうだ……私が『不思議』を好きになったのも、"白幸"おばあちゃんの影響だった。
可笑しな生き物、変な風習、とんでもない風景に常識では考えられないような超常現象の数々……
それらが紡ぎあげる、不思議で不思議な物語。
それは幸ちゃんのお母さん、私のひいひいおばあちゃんから語り継がれたお話だったり、地域のちょっとした伝承や逸話、時には聞いたことも無いような神話の話まであった。
私は学校が終わるとすぐに幸ちゃん家に行って、一緒におやつを食べながら二人でいろんなことを語り合った。
白幸おばあちゃんが84歳で大往生するまで、それが私の日課だったんだ。
「なんで河童は相撲を挑んでくるの?」
「さぁてさて。実ちゃんはどう思う?」
「えぇー?えーっとねぇ……」
「……わかった!どさくさに紛れて尻子玉を抜こうとしてるんだ!」
「うふふ、面白い考えねぇ。でもこの河童さんは尻子玉を抜かない、優しい河童さんなのよ?」
「ええー?!そんな河童がいるのぉ!?」
幸ちゃんのお話たちはどこか幻想的で、だけれど私たちの世界のどこかで本当に起きているような、そんな確かな存在感があった。
幼い私にとってはゲームや外で遊ぶことよりも、その雰囲気を味わいながら空想に耽る方がよっぽど楽しかった。
私はそんな、不思議のロマンに夢中になってたんだ。
聞いたお話に対していろんな想像を膨らませたり、時には自分がその世界に入り込んだり……
そういうことを考えるのが、私の楽しみだった。
「ねぇねぇ!綾小路さんはシール集めてる?」
「え、ううん……なぁに?それ」
「あ、そっか、じゃあいいや。ごめんね!……おーいヒメちゃーん!」
「ヒメちゃんはシール集めてる?」
「もっちろん!私のとトレードしよーよ!」
「ねぇ、昨日のドラマみたー?」
「見た見た!ウメカンまじかっこよくなかった!?」
「え!?お前WEE買ったの!?」
「うん、めっちゃおもろいよ!なんなら今日やりにくる?」
「えぇー!行く行く!絶対行く————」
(……河童はきっと、人とくっつきたいのかもしれない。相撲しか人と触れ合う手段を知らない、悲しき生き物なんだ)
思考の海に飛び込むと、ざわざわとした喧騒が遠のいていく。
私は窓の外を眺めながら、そんなことを考えてた。
授業中も、ずっと。
それは休み時間に友達とTVの話をしたり、シールを交換し合ったり交換日記を回すことなんかよりもずっと————
ずっと楽しい、私だけの世界だった。
別に、私はおばあちゃんの話が本当だと信じていたわけじゃない。
でもどこか、心のどこかでは……
もしかしたら、そういう『不思議』な存在が、この世界のどこかに隠れているのかもしれないと、ぼんやりと思っていた。
それはあの頃の私にとってのサンタクロースと同じだった。いるかもしれないし、いないかもしれない。
でももし、サンタクロースがいるんだとしたら……
そこにはどんな物語があるんだろう。そこにはどんな不思議が関わっているんだろう。
そういうことを考えるのが、好きだったんだ。
だから私は、そんな『不思議』を探し出すトレジャーハンターになりたかったんだから。
————でも、サンタクロースはいなかった。
大きくなるにつれて世界はどんどん狭くなって、私の知識が広がっていくにつれて『不思議』は頭の片隅へ追い立てられていった。
そしてその果てに、不思議は現実に塗りつぶされて見えなくなった。
空想は、どこまでいっても幻想だった。
ネットでいろんな創作を読み漁ったのも、不思議俱楽部に入ってみんなと語り合ったのも。
不思議な話が大好きで、『不思議』にオモイを馳せていたあの頃の……
キラキラとしたファンタジーに包まれて、毎日が充実していたあの頃の自分の、ただの名残だ。
何か考えがあってそうしてたわけじゃない。
それはまるで、光に群がる蛾みたいに、ただ不思議が放つ魅力に引き寄せられていただけだ。
今やただの"趣味"にまで成り下がった夢の残滓を、捨てきれなかっただけなんだろう。
「ねぇヨッシーさん。ヨッシーさんは将来の夢ってなにかある?」
『お?なになに?どしたの藪から棒に~』
不思議倶楽部の仲間にそんな事を聞いてみたことがあった。
何で私はヨッシーさんにこんなこと聞いたんだっけ?
それは多分、彼女が一番『何か』に向かって邁進していたから。
未開の道を切り開いて先に進み続けるような、そんなエネルギーが彼女にはあった気がする。
なんとなく、本当になんとなくだけど。
後について行きたくなるような、そう思わせる『不思議』な魅力がヨッシーさんにはあった。
『アヤコロさんも将来を考えるお年頃なんだねぇ。よし!それじゃあこの私が人生相談にのってあげようじゃんか!』
「聞いた私が言うのもなんだけど、ヨッシーさんってホントに年下?」
『ふっふっふ!年齢は非公開だよ!何故ならそのほうがミステリアスだから!』
『年齢不詳の謎のサイト管理人……うんうん!良きだねイイ響きだね!』
明らかに私より年下そうな、そんな人工謎の少女はかく語りき。
『私ねー、探してる不思議があるんだよ。それを見つけだして、調べあげるのが私の当面の目標!』
『私の夢は……それを見つけた先にあるんだよ』
『実はね!私がこの不思議倶楽部を作ったのもその為なんだよ?』
「え?そうなの?」
『うん。私ってちょ~っと運が悪いみたいだからさ!自分で探すより他の人から情報を集めた方がいいと思ってさ!』
「へぇ~、だからオカルト話収集サイトなんだ。けっこうちゃんと考えてるんだね。ヨッシーさん若いのにすごいや」
『アヤコロさんだって別に若いじゃんか!こんなの誤差だよ誤差!』
「あっはは~それもそっか!」
『……ねぇ、アヤコロさん。不思議なことはいつだって突然私たちの目の前に現れるんだよ?』
「え?」
『だから――――』
だから、私たちは覚悟しておかないといけないんだよ。
私たちが空想だと思い込んでいるモノ、有り得ないと一笑に付すものが、この世界には確かに存在しているんだから――――
『ヤツらは私たちと出会うその瞬間を、今か今かと待ち侘びている』
『この世界の裏側から、その暗がりの奥から。
私たちがまだ覗いていない深淵の縁から、じっとね』
私より明らかに幼い彼女のやけに大人びたその言葉が印象に残った。
その時だけは、普段飄々としてる彼女からは考えられないほどに真に迫る語り口だったんだ。
ヨッシーさんはどこか確信していた。
『不思議』なことはこの世に実在するのだと。
私にはそれが……眩しく思えた。
だから私はあそこに入り浸っているのかもしれない。
その強い光に、縋りつくように。
——でも不思議は確かに現れた。
私の目の前に。思いもよらない角度から。
ヨッシーさんは知ってたんだろうか?この世界のことを。彼女が探してたのはこれだったんだろうか?
それとも……
祠トリップとは別の『不思議』が、あっちにはまだ隠されているのかもしれない。
そうだといいな。その方がいいな。
だってそれなら、"帰ってしまって"からも……
私は、不思議にオモイを馳せて生きていけるから。
「ねぇ知ってる?奴妻のやつアイドルやめたんだって!辞退者欄に名前載ってた」
「マジ?ざまぁないね。あいつランキングも全然だったもんなー」
「地元の代表面されんのむかついてたからめっちゃ清々した!」
中学校時代、私の周りは下世話な噂でいっぱいだった。
「昔っからあなた達とは違うんですー、って面してたもんな。おおかた辞めたのも枕営業断ったからなんじゃねーのー?」
「ありえる〜!あいつプライド高そうだもんねー!」
惚れた腫れたに男女のゴシップ。
みんながみんな、ありもしない『現実』を創り出すことに精を出していた。
そんなことに想像力を使うぐらいなら、もっと不思議な事を考えてたらいいのに。
その方が、絶対楽しいのに……
……まぁ、何も考えていなかったのは私もおんなじだけど。
その頃の私は部活もそこそこに、家に帰ってはパソコンを開いてネットの海を泳ぐようになっていた。
そしてその果てに、私は不思議倶楽部を発見する。
そこは夢を無くした私にとっての、最後のオアシスだった。
でも、それだけだった。
結局、特筆することもなく私の中学校生活はぼんやりとしたまま終わった。
そして私は高校生になった。
高校生になったからといって、私の人生は何にも変わらない。
家に帰ってはネットを漁る。そしてたまにみんなとオカルトを語り合う。ただそれだけの日々。
そんな生活を楽しんではいたのは間違いない。
でも、充実はしてなかった。
……なにか、面白いことないかな。
私の人生を変えてしまうような、何かが起こらないかな。
私が夢中になれるような、新しいナニカが————
『ねぇ、それなら私と勝負しない?』
「……勝負?」
『そう!私が勝ったら綾小路さんにはヒメちゃんファンクラブに入ってもらうわよ!』
「えぇ!?強制加入!?断ったのに?!」
それだと私が勝負を受けるメリットが全くないじゃんか。
でも……
「……いいよ。何で勝負するの?」
『お?言ったわね?乗ったわね!撤回はできないわよ?』
「うん、別にいいよ?だって——」
「私に二言はあんまりないからね」
『いやそこは確約しなさいよっ!』
面白そうだなって、そう思ったから。
なんとなく、本当になんとなくだけど。
何か、物語が始まった時のような、そんなワクワクを感じたから。
だから……だからね、ヒメ。
私は……多分。
本当はここでずっと……
二人で————
「————おっきろー!このねぼすけ!もう朝よ!」
「んがっ……?」
頭の上からの聞きなじみのある高い声がキンキンと降り注ぐ。
そのままヒメに布団を引きはがされて、私は夢から目を覚ました。
……ずいぶんと久しぶりに幸ちゃんの声を思い出したかもしれない。
昨日、雪巡りをヒメに話したからかな?
幸ちゃんもあの話、好きだったもんね。
また、帰ったらお墓参りにでも行ってあげないとなぁ……
「おはよ、サネ。……その感じだと半起半寝の習得はまだまだ遠そうね?」
ヒメが寝ぼけてしょぼしょぼの私を見ながら、
何が可笑しいのかくすくすと笑っている。
そんな反応されるとちょっと恥ずかしいんだけど……
「ほら、女中さんが来る前に支度しないと!」
寝起きの洗顔がわりに、ヒメが湿った濡れ布巾を手渡してくれる。
……明日は絶対にヒメより先に起きてやろう。
私は顔を拭いながら、密かにそう決意するのだった。
…
…
…
「じゃ、そっちはそっちでしっかりね」
「あいあい。なんかあったらその笛吹いてね。師範がすぐに駆けつけるから!」
「サネも来なさいよ!真っ先に!」
ヒメは祭りへお勤めに。流石に連続サボりは怪しまれるとのことで。
異彩喝祭も残すところあと二日。
私の今日の任務は、ヒメの護衛じゃなくてまさにこの異彩喝祭のことだ。
今後の身の振り方を考えるためにも、お祭りが終わってしまう前に私たちはガマ殿が何を企んでいるのかを知らなきゃならない。
もっと言えば、異彩喝祭を完了することで『何』が起きるかも知っておきたいところ。
もちろん策はある。『魂結び』による記憶の相互通信だ。
スズちゃんは私に選んだ記憶を見せながら、私の記憶を勝手に見てた。なら、こっちの記憶を見せずに相手の記憶だけ盗み見ることも理論上は可能なはず……
これをうまく使って必要な情報を盗み出す!
いいねいいね!実に諜報員だね!
そして、そんな私のターゲットにされた哀れな獲物……
「やや、これは和賀の人。ささ、お先にどうぞどうぞ……」
「あ、これはご丁寧にどうもどうも……」
ターゲットワン、左衛門さんである。
屋根裏空間を這っていると、こんなふうにたまに別のニンジャにエンカウントすることがある。まぁ、今の所左衛門さんにしか出会ったことはないんだけども。
入り組んだ屋根裏空間は人がすれ違える程は広くないから、時たまこういう事も起きるわけだ。
こんな時はお互いに道を譲り合うのがニンジャのマナー。多少ルートを変えても目的地にはたどり着けるようになってるしね。
ちなみに左衛門さんは姫の護衛が私だとは気が付いていない。この顔隠し用ニンジャマスクには認識阻害の術が編み込まれているのだ!(バネさん談)
よもや、この私が自らの手で追放した小娘だとは思うまい。
そして、そんな小娘に情報を狙われているなんて露ほども思うまい!
「……あなた、見かけない方ですね。もしかして新人さんですか?」
「え"っ!?」
私が内心でほくそ笑んでいると、別ルートに進んでいた左衛門さんが唐突に振り向いた。今まで一回もそんなことなかったのに!
なんだなんだ!?なんか怪しまれてる!?
「は、はい!そうなんですよ~!実はつい最近、ようやっと忍定試験に合格しまして……」
「おお!やはり左様でございましたか!いやはや……先の大戦で多くの忍が失われて久しい。貴女のような新たな輩が増えることは実に喜ばしいことですね」
私のでっちあげに、左衛門さんはぽやぽやとしながらなんか喜んでくれた。
ふぅ、なんだただの世間話か。
というか、里にみんな以外の忍者が全然いなかったのって、もしかして外に出てたんじゃなくて……
「まだ忍になりたがるあなたのような方がいて、クレナイもさぞ喜んでいることでしょうなぁ」
こうやって左衛門さんと話していると、なんか優しいご老人と喋ってるとき特有のぽわぽわとしたあったかい気分になる。
……お年寄りと話してると、どうしても幸ちゃんのことを思い出しちゃうんだよなぁ。
そんな左衛門さんから情報を抜き出すなんて、なんだか悪い気がしてくる。
——でも私は知っている。
左衛門さんはこのトーンで平然と噓を吐ける老獪なニンジャなのだと!
「姫様の護衛、頑張ってくださいね」
「はい!お任せください!」
私も負けじと、元気いっぱいに新人ニンジャのふりをする。
……なんか、最近噓ついたのを元気でごまかしてばっかりな気がするな。
私も悪い人間になったもんだ。
でもこれもスパイ活動に必要なこと……!
なんたって、今の私はヒメ直属の忍なのだから!
私はニコニコしながら左衛門さんと別れて……
そしてすぐさま反転!左衛門さんの後を追いかける!
さぁ、初めての忍者らしい任務……
スニーキングミッション、スタートだっ!
* * *
(——って全然隙が無いんですけど!?)
私のスニーキングミッションは早くも頓挫した。……いや、スニーキング自体は問題ない。
問題は、左衛門さんに魂結びを発動するタイミングが全く無いことだ。
演目の準備中とかを狙おうと思ってたのに、ぜんっぜん準備とかしないじゃん!
「みなさん、次のお料理は仕上がっていますか?」
「はいはいはい〜!こちらでございますぅ〜!」
「よろしい。それでは次は————」
というか左衛門さんはめちゃくちゃ移動しまくってて、一切立ち止まらない。
そして、その移動した先々で色んな仕事を物凄いスピードでこなしてるのだ。
お料理の指示や配膳、他の演目者のサポートに果てはステージの片付けなどなど……左衛門さんは異彩喝祭の屋台骨と言っていいぐらいには働きっぱなしだ。
これ、ほぼ左衛門さんで回してるようなもんじゃん。ワンオペだワンオペ。ニンジャの労働体制はどうなってんだ!
「ソイヤッソイヤッ!アッソイヤ!」
あぁー、林模も始まっちゃったし……こりゃ無理だね。
てか林模に左衛門さんも参加してたとは知らなんだ。
左衛門さんはよくわかんない仮面をつけて、前後に身体をしならせて激しく祈りまくってる。
こうも動かれると魂結びどころじゃないね。紛れ込むのも無理か……
もっとタッチする機会があると思ってたんだけど、しょうがない。
左衛門さんは諦めて、次なる獲物を探しにいこう。もちろん、なにか触る作戦を考えてから。
さて、お次のターゲットは一体どこにいるのかな?
覚悟しておけよ————ガマ殿め!
…
…
…
「いやぁ〜〜、このような下々の場にまでご足労いただくとは、全くもって感謝千万でございますぞ!」
ガマ殿は案外あっさり見つかった。
一体、祭りに参加しないでどこにいるんだろうと思ってたけど、呑気に中庭でお茶会を開いていた。
問題は……
『……御想我』
あれ……何?
ガマ殿の前には、いかにもな黒づくめの大きな人?が立っていた。
その数五人。
竹で編まれた笠のせいで、その表情は全く見えない。
あれ、多分私のマスクと同じ仕組みっぽい。認識阻害衣装にも色んなタイプがあるんだね。
「このように竹帝が使いをよこされたということは……我々はきちんと伝承に則れておるということですな?となれば、祭の"後"についても期待してよろしいと」
『……』
「ほっほっほ。別に明言なされなくともよろしい。どうあれ、我々は祭りをつつがなく完了します故……」
「竹帝からのお迎えが来たと知れば、きっと姫様もお喜びになりましょうぞ」
『……遠総別』
ガマ殿は死ぬほど胡散臭い笑顔を貼り付けながら、謎の人たち相手に手を揉んでいる。
ぜったい余所行きの顔だね、あれは。
でも、ガマ殿がへりくだらないといけない相手って一体……?
それに"たけみかど"ってなんだ?なんか聞き覚えあるけど。
字面だけみる限り、多分お偉方なんだろうけど……いや、そんなことよりも今は任務が優先だ。
このシチュエーションは悪く無い。
ガマ殿の注意がお客人に向いている今がチャンス!
タッチする為の作戦は考えてきた。そしてこの環境は実に私の作戦におあつらえ向き!
「ささ!旅の疲れもありましょう。今日はこちらで存分にごゆるりなされるがよろしい。特にこの団子なぞはわが国の名産品でしてな。ぜひともご賞味あれ」
ガマ殿がにっこりとしながらお皿を差し出す。お皿の上にはオレンジ色のお団子が所狭しと乗せられていた。
黒い人たちは差し出されたそれを手に取っておずおずと食べ始める。……なんかシュールな絵だなぁ。
大の大人がひしめき合いながら一皿のお団子を食べ合ってるのって。
それを見たガマ殿も満足そうに頷きながら、自分も団子を一つ摘み上げた。
ガマ殿がその大きな口をガバリと開く————いまだ!
いけっ!スズカグラ団子発射ッ!!
私が投擲した毒々しい深い紫色のお団子は、真っ直ぐにガマ殿の口へと飛び込んで行った。
「この団子に使われている柿は我が国原産の……んぐぅ!?なんじゃいこれはッッッ!?」
一個だけもらっておいたコンさん用の特製激ニガ団子だ!さぞや苦かろう!
……ヒメが食べた『標準』味でさえかなり苦いのに、それ以上の『特製』っていったい……考えるだけでおそろしや。
「〜〜ッ!女中!女中はおらんか!水を持って来い!」
「はいはいはい〜〜!ただいま〜〜!」
そしてここで私の登場だ。
詰所からかっぱらった女中さんの格好を忍装束の上から重ね着て、さらに認識阻害マスクの上から布巾を被してカモフラージュ!
今の私はどこからどう見てもただの女中さん。しかも認識阻害も効いてるから身バレの心配もない。
変装は諜報活動の醍醐味だよね!
「殿!お水でございます!」
「おお、悪いのぉ……ってうわっちゃっちゃ!?熱いではないかッ!!」
「申し訳ございません!そちらは粗茶でした!」
「バカタレ!どうせ間違えるなら煎茶にせんか!」
煎茶ならいいんだ?
私が差し出した湯呑みを豪快に啜ったガマ殿がコントみたいに飛び跳ねた。なんか意外とノリいいなガマ殿。
そんな私たちのやり取りをお客人たちは冷ややかな目で見ている。あの服のせいで表情とかは全くわかんないけど、多分笑ってなさそう。
「全く!なんじゃいこれは!」
「すみません。どうやらスズカグラの団子が紛れてしまっていたようで……」
「あんなもんを団子にして食う物好きが彼奴以外にもおるとはの……これはもうよい。新しい皿を持って参れ!」
「はい!」
ガマ殿が団子のお皿を私に差し出す。
私はそれをわざと恭しく受け取った。
ガマ殿と私の手が触れる。
(シズネユラユラフルミタマ!)
そのどさくさに紛れて、私は手早く魂結びを発動させた。
ガマ殿と私の間に魂の結びつき、スズちゃん風に言うなら『縁』が繋がる。よしよし、成功したみたいだ。
「いやはや、お騒がせして申し訳ない。品は他にも御座います。どうかそちらも楽しんでいただければ——」
ガマ殿は全く気が付いていない。
私はお皿持ったまま下がって……そして素早く屋根裏空間に隠れた。
あんまり離れすぎると接続が切れちゃう。ここからならギリ届くはずだ。
私は景気付けに貰ったお団子を一つパクリ。む、この柿味のお団子は悪くないじゃん。名産品言うだけのことはあるね。
(さてさて、それじゃあ覗かせてもらいますよっと)
私は目を瞑って意識を集中させる。
私とガマ殿の間にある、目には見えない縁へと。
縁をたどって、意識を流して、深く深く、記憶の底へと————
私は、ガマ殿の記憶へ入り込んだ。




