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十話【願】

ふわふわとした浮遊感が私を包み込む。


今の私はいわゆる『精神体』だから実体はないわけなんだけど、何故かこういう感覚だけは"感じ取る"ことができるのだ!不思議だね。


魂結びで精神体を飛ばすと自分の意識を操作するという不思議体験を味わうことができる。幽体離脱ってこんな感じなのかもしれない。


予習はカカシ君でばっちり!対人相手は初めてだったけれど、案外問題はなさそうだ。



もちろん視界なんてものはない。

だけれど、何やら眩しさだけは感じてる。

光がどこかで光ってて、その輝きが私にまで届いてきてるんだ。



ここはいわゆる精神世界ってやつなのかな?よくわかんないけど、私はそこをふよふよと"流れ"飛んでゆく。


魂結びの効果を思うと、どちらかといえば"魂の中"ってやつなのかもしれない。



しばらく奥へ(この表現が正しいかわかんないけど)進めば、なにやら『光』があふれ出しているエリアにたどり着く。


気分的には下方向の色んな場所から溢れているその光の一つ一つから、ざわざわとなにやら『声』が漏れてきていた。


多分、これが記憶なのかな?



私はその中で、一際強い輝きを放つ光に触れてみた。



私の意識が光へ吸い込まれていく————





「————左衛門たちは私のもとへついたぞ、スズシロ。お主ら女衆もこちら側につくのだ!」

「久しぶりに遊びに来たと思ったら……何さ急に」


おぼろげだった光が徐々に形を成して、見たことのない景色をかたどっていく。


私が修行していたあの丘で、ガマ殿がなにやら大きな声で喋っていた。その見た目は今よりも明らかに若い。


そして、その会話の相手はなんとスズちゃんだった。

え、この二人って知り合いだったんだ。スズちゃんは今と全く変わってないね。



私はその光景を第三者の視点から眺めている。

これはスズちゃんの記憶を見た時と同じだ。

これって一体誰視点なんだろうか?



「私には力が必要だ。この国を治め、そしてこの世を変えてしまうだけの大いなる力が!

そのために独立している忍どもをまとめ上げ、私は"御庭番衆"を作る」

「おにわばん?なぁに?それ」

「大名直属の諜報部隊だ。守護たる私の手足となって国の為に働く影の存在……」


「野放図となっている『忍』という力を国が抱え込む。ようは、国の要職に忍の席を設けてやるということだな」

「なーんか……かたっ苦しいねー。楽しいの?それ」



大岩の上で足をプラプラとさせながら、スズちゃんはあからさまに興味のなさそうな態度だ。


私からしてみれば、むしろそれこそがシノビって感じだけどなー。

こっちのみんなって格好はともかく、やってることは何でも屋って感じなんだよね。



「お前のような数奇者には分からんだろうがな、己の力の矛先を求めているものは山ほどおるのだ。そして、それを管理してほしいと思う者や、地位や名誉と結び付けたがる者を上げればキリがないのだよ」

「ふぅーん……みんなへんなの」

「奴らもお主らも、野山に混じって細々とする生活は辛かろうて。私と来いスズシロ。我らが中心となってこの国をまとめ上げるのだ!」



「————何のために?」

「決まっておる。この国に……この世界に生きる全ての民草の為にだ」



なんか小難しい話でよくわかんないけど、スズちゃんを窓口にして、里の皆を勧誘してるってことなのかな?御庭番衆とかめっちゃ聞き覚えあるし。


あー、でもこっちの歴史とあっちの歴史は関係ないのか。頭がこんがらがってきた。



「で?具体的にはどうするつもりなわけ?」

「やらねばならぬことは山ほどある。先ずは領地の拡大だな。周辺国を取り込み、我ら良之国が矢面に立つ」

「……」

「なればこそ、お主らの力が必要なのだよ。弱み脅しに奴らが望むもの。それらを知り、我らが傘下に下らせる為の、な」

「なにそれ。そんなの結局は『戦』になるだけじゃんか!そんなことの為にみんなを使うの?!」



「そんなの……つまんないよ」

「つまるつまらぬの話ではないのだ!スズシロ!」



スズちゃんの言葉にガマ殿が声を荒げる。



「お前には!お主にだけは!……私の言わんとすることが、理解できるはずだ」

「……わかんない。わかんないよガマゲロー。ちっともね」



どうやら交渉は決裂したらしい。

こんなに語気を強めているスズちゃんは初めて見る。


でも、それは別に怒ってるわけじゃなくって……むしろ、スズちゃんはどこか寂しそうにしてた。



そんな態度に業を煮やしたのか、ガマ殿はなおも訴えかけ続ける。



「いつまでも『戦国』のままではおれぬのだ!いつまでもこの神の作りし揺り籠の中で停滞しておるわけにはッ!」


「全ての国を統一し、私たちは『近世』への扉を開かなくてはならない!このまま『向こう』との邂逅が実現してしまえば……待っているのは力の差による一方的な搾取だぞ!」

「それを事主ことぬしが許すと思う?」

「フン!どうだかな。どこまでいこうと所詮は神よ。ヒトのことなど理解はできんさ」



「事実、神の手を離れたという向こうの世界はずいぶんと発展しておるようではないか……神になぞ頼れぬ。我らの未来は、我らの手でつかみ取らねばならん!」



「それこそがあ奴の!……シノノメの、最後の願いでもあろう」

「……シノのんはそんなこと望んでなかったよ」



シノのん?それって確かスズちゃんの————

えっ!?てことはあの時の記憶にいた男の子ってガマ殿だったの!?うっそぉ!?


そ、そういえばどことなく面影があるような……まじか。



「相変わらず卑屈だねガマゲロー。わたしたちの邂逅はもっと楽しいものになるはずだよ」

「そして貴様は楽観主義者だスズシロ!シノノメの話を聞いて……


あ奴の末路をその目で見ておいて!どうしてそのようなことがのたまえる!?」



「あ奴はこんな所では生きてゆけぬと!ここで生きることに、向こうへ帰れぬことに絶望して自らその命を絶ったのだぞ!!」

「……」

「我らなんぞ、向こうの民にとってみれば『時代遅れの原始人』同然だったわけだ!……もとより、対等な友になどなれるわけがなかったのだ」



ガマ殿がうなだれる。

そんなガマ殿から目をそらすように、スズちゃんはマネキン人形ちゃんをぎゅっと抱きしめた。




ガマ殿は……ガマ殿も、こっちの世界のことを知ってたんだね。


この件に関して、私はどちらかといえばガマ殿の意見に賛成だ。

向こうの無遠慮な人たちが、こっちの世界を好き勝手に踏み荒らしていく姿が容易に想像できるから。



秘境は観光地に、不思議は解析されて、異世界はただのお隣さんになる。



もっといえば……



こっちの世界を支配したがる輩だって、きっといるはずなんだから。



……まあでも、原始人ってのは言い過ぎだよね。私はみんなのことをそんな風に思ったこと無いし。

スズちゃんとの関係だって、対等な友達だと思ってる。



「好きにすればいいよ。でもわたしたちは従わない。わたしは……一緒には行かない」

「遅かれ早かれだぞ!スズシロ!必ず貴様が矢面に立たされる日がきっと来る!」




「その時までに、誰の下につくかよく考えておくことだな————!」




ガマ殿の言葉と共に場面が変わる。

音と景色が遠のいていって、がらりと視界が転じた。



さっきまでとは打って変わって、黒々しい雲からゴロゴロと雷鳴が響いてきている。

そんな悪天候の中、ガマ殿は雨に打たれるのも気にせずに両手を上げて叫んでいた。



「おお神よ!天に召します我らが守護神よ!何故この様な仕打ちを我らに与えたもうたのかッ!」



「何故、なにゆえっ……帝は我らを見捨てたのだっ!」



その悲痛な叫びに答える人は誰もいない。

ただ、これが答えだと言わんばかりに稲光が閃く。



遠くの向こうでいかずちが轟いた。



「雨に打たれてはお身体に触ります、鎌下郎さま」

「……左衛門か」

「此度の戦の責は全て私にございます。殿の采配に間違いはございませんでした」

「よい、よいのだ左衛門。お主も男衆たちも良くやってくれた」

「しかし……」



「もはや我らの道は断たれたのだ。やはり帝は……神々は、現状維持がお望みらしい」



ガマ殿の周りにはたくさんのお墓があった。

木で丁寧に作られた、たくさんのお墓が……




「————祠を、祠をお壊し下さい、殿」

「……なに?」




こんなに雨の音がうるさいのに、その左衛門さんの声だけはやけにハッキリと聞き取れた。



低くしわがれた、強い意志のこもった声が。



「こちらとあちらはあの祠で繋がっているのだと、かつて帝より聞き及んだことがあります。そして、帝はそこより現るる『姫』の到来を待ち望んでおるのです」



「かつて逃した、月の姫の代わりを求めて……」



「祠をお壊しください殿。我らの有するものが唯一になるように。さすれば、姫はおのずと我らの手の内に訪れます」

「何を……いや、なるほどそうか!異彩喝祭の伝承かっ!」



左衛門さんの言葉を理解したガマ殿が顔を上げる。

ちなみに私には何を言ってるのかさっぱりわかんない。



でも、祠トリップをした私たちがあの城にたどり着いたのはどうやら偶然じゃなかったらしい。


転移がランダムポップだろうが、その沸き場を一つにしてしまえばどこに出るかは確定する。うーん、なかなかに力技だね。



「姫が現れれば帝も必ずや、そのお姿を今一度晒しましょう。その瞬間こそが我らに残された唯一の道なれば……」

「ハッ!……罰当たりにも事主の祠を壊して回り、神徒どもを敵に回してなお、そこまでやって最後は運任せか」

「はい。運任せでございます」




「——しかし、例え鎌下郎さまが志半ばでかれようとも、必ずやこの左衛門が貴方のオモイを次代へと引き継ぎます」



左衛門さんはそう言って、深く深く頭を垂れた。



「……それが、この永き時を得た老骨めの、最後の一仕事なれば」

「左衛門……そうか、お主はそうであったな」



ガマ殿はそんな左衛門さんの肩を叩く。



「左衛門。貴様に祠壊しの任を与える。委細任せたぞ!」

「かしこまりましてございっ!」



左衛門さんは嬉しそうにその場から飛び上がると、なおも荒れ狂う暗雲の中へと消えていった。



「……姫を手に入れ祭を起こし、なんとしてでも帝を呼び寄せる」


「再び我らと相まみえたその時は……受けてもらいますぞ。儂との————『神賭け』を!」



カッと世界が白く光り、轟音が耳を劈く。


近くに落ちた雷にも動じず、ガマ殿は白い光に照らされながら不敵にも笑っていた————



場面が変わる。

視界が変わる。

『私』はどたどたと廊下を走っている。



「ほーぉ、よもや本当に現れるとはのぉ」



私は今、ガマ殿になって、ガマ殿の視界で記憶を見ていた。


私の視線の先には、見慣れない格好をした二人の女の子が身を寄せ合っている。



この世界に似つかわしくない制服を着た——




私とヒメが、『私』の目の前に居る。




(二人ぃ!?姫が二人だとっ!?聞いてないぞ左衛門!)



ガマ殿が内心で毒づく。


いやーそうは言われても、そもそもどういう仕様が正常なのかもわかんないし……


祠を壊したら異世界トリップだなんて、姫がやって来るよりもそこらへんの不良とかが飛ばされてくる方が多そうなもんだけど……そこらへんどうなってたんだろ?



「……して、どちらが姫でありますかな?」



自分で自分を眺めるという不思議な体験。

鏡で見るのとは違う、本当の意味での客観的な私が生々しく動いてるのはなんだか妙な気分だ。


……うーん、こうやってみるとやっぱ花がないな、私は。そりゃヒメの方を『姫』だと思うわけだね。むべなるかな。




自分が姫だという女子おなごを女中たちが連れていく。



「お主は姫ではないのだな?」

「多分ね」



そして残されたのは、まるでなんの苦労もしてきていない(失礼な!)、シノノメとは似ても似つかぬ姫の片割れ……



(どうする?こやつも備えとして取り込んでおくか?……いや、不確定要素はできるかぎり排除しておくべきだろう)



『私』は冷静に、ともすれば冷酷に判断を下した。

この娘を、あの惑い林に放逐することを。



「姫でないなら、よかろうぞな」

「え?」



あ、でたでたこの発言。

まさにこの判断が私の運命を決めたんだよなぁ……


なんというか、複雑な気持ちだ。


それどころじゃなかったのもあるけど、最近じゃガマ殿に対する怒りはほとんど感じてなかった。

そして、こうやってガマ殿の記憶を見たことで、私の中の怒りは完全に消化された。



悪意があってやってたわけじゃないから、別にいいかなって思っちゃう。



……いや、そのせいで死にかけてるっていうかそもそも始末するつもりで放逐されてんだから、その結論もどうなんだって感じはするんだけども。


結果おわり良ければ、だ。


水に流せることはしっかり流しておこう。負の感情にとらわれすぎるのも良くないしね。うん。



「ささ、娘殿はこちらへ……」

「あ、はーい」



まだ何も知らない私が左衛門さんに連行されていく。

がんばれー私。その苦労の先にはバラ色の忍者生活が待ってるぞー。



「……フン。ともすれば、落武者どもに介錯される方が幸せやもしれんな」



……と、一人になったガマ殿が、やおらそんな不穏なことをつぶやいた。




私の中にガマ殿の心中が響いてくる。




(姫にはこれより、神へ捧げる『生け贄』となっていただくのだからな)






————えっ?



い……






『生け贄ぇ!?ヒメが!?』





『————ッ!?何者じゃあ!儂の心に入り込んでおるのはッッ!!』




あ、まずい。ガマ殿に感づかれたっ!?


ガマ殿の声が魂の中にごうごうと響き渡る。

というか、これって声だしたら向こうにも伝わるの!?魂結びってそんな機能もあったんだ!知らなかった!



私は逃げるように、慌てて意識を身体に引き戻す。



『曲者じゃあ!モノどもぉ!出会え出会えぃっ!」



私が目を開くと同時に、頭の中と耳との両方をガマ殿の叫びがつんざいた。


やばやばやばっ!早く逃げないと!

屋根裏ここはダメだ!袋小路が多すぎるし左衛門さんと鉢合わせたら一巻の終わり!




私は屋根裏空間から飛び降りた。




「むぅっ!そこかっ!」



うわ!?見た目に反して身軽!

私が廊下に降り立つとほぼ同時に、ガマ殿が中庭から飛び出してくる。


大丈夫大丈夫大丈夫!

今の私は女中さん!見た目ではバレないはず!




私は手に持ってたお皿のお団子を素早く投擲する。



「そいそいそいそいそいッ!」

「むぐぅ!?なんじゃっ!?うまいッ!?」



お団子たちがすぽぽぽぽと追いすがってくるガマ殿の口へと飛び込んでいく。

あの特製ニガ団子の後だ!普通のお団子はさぞかし美味かろう!



「これは先ほどのお詫びでございます、殿。それではわたくしはここらでドロンとさせていただきますので……」

「あ、これはご丁寧にどうも————ってコラァ!またんか貴様ぁ!」



お団子で場を和ませたその隙に、私は廊下を全力疾走する。


私が逃げるべき場所は————迷宮通路だっ!




すんでのところでガマ殿の手をかわし、私は迷宮通路へと滑り込む。




「へへーん!これなら捕まえられまい!」

「貴様ぁ~~!こしゃくなっ!」




私たちは二人してぐるぐると通路を回り続ける。

ガマ殿が右からくれば左に、左からくれば右に、前からくれば後ろへ逃げる!



理論上、この形に持ち込めば鬼ごっこでは無敵なのだ!



ただしっ!私の体力がもつ間はだけども!



(このまんまじゃじり貧だ!左衛門さんが合流しちゃったら挟み撃ちにされる!)

「それそれそれそれぇいっ!」



ガマ殿はこしゃくにもフェイントを織り交ぜながら私を翻弄してくる。

くっ……!なんかしんないけど動きがこなれてるっ!結構できるぞガマ殿!



(なにかっ!打開策打開策打開策っ!なにか打開策はなにか————)





「……って、あれ?」




シンと。突然の無音が私を包む。


景色が変わる。

正確には、瞬きした一瞬の間に廊下の構造が"変わって"いた。


さっきまでどたばたと聞こえていたガマ殿の足音が聞こえなくなって、廊下は静寂に包まれている。これって……



廊下の奥には、さっきまでなかった襖が現れていた。



どうやら、私はいつのまにか隠し部屋に繋がるルートをたどっていたらしい。あるかなとは思ってたけれど、まさか本当にあるとは……



「……いや安心してる場合かっ!そんなの向こうにもお見通しじゃん!」



この通路は長い一本道だ。そして、その奥にある部屋も一つだけっぽい。

私は急いでその部屋の襖を引き開く。



あれ、ここって……



「私たちが最初に来た部屋だ」



竹で組まれた祠がでかでかと祀られているだけの狭い部屋。

その様相はあの時のままで、祠の前には割れた鏡が散らばったままだった。


『こちらとあちらはあの祠で繋がっているのだと————』


ガマ殿の記憶の中で左衛門さんが語っていたことが思い出される。


これを使えば、私たちはあっちに帰れる……?



(でも……)



祠に付けられた扉を開けると、そこにも割れた鏡の破片が散らばっていた。


そういや、向こうの祠を壊した時も、なにかを割ったような感触があったんだよなぁ……



え?もしかして大事なのって祠じゃなくてこの鏡だったりする?どう考えてもご神体って感じで祀られてるし……



私は鏡の破片を突っついてみる。もちろん何の反応もない。



あれ?これ詰んだか?



「どーすんの!?だってこれが最後の祠なんだよね!?ってことはこれが最後の帰還手段だったってことじゃん!」



「……つ、繋ぎ合わせたらなんとかなりませんかね————ハッ!?」



廊下の向こうから誰かの声が聞こえてくる。それに合わせて、あの聞きなれたどたばたとした足音も!


ま、まずい!先のことよりも目先のことをどうにかしないと!


この祠は壁にくっついてるせいで裏に隠れられない!

どこだ!?どっかに身を隠さないと!



どこだどこだどこだどこだどこだ————



「ッ!」



もうここしかないっ!







「————フン。ここにもおらんか……」




部屋に入ってきたガマ殿はそう独り言ちた。



「完全にまかれたようだな。儂も衰えたものよのぉ」

「殿っ!これは一体なんの騒ぎですか!?」



『扉』の向こうからガマ殿の声が聞こえてくる。どうやら、左衛門さんまで合流しちゃったらしい。



私は今、鏡を押しのけて祠の『ご神体』となっている。



不敬かもしれないけれど、隠れられる場所がここしかなかったんです!ごめんなさい事主さま!


……でも、ぶっちゃけ結構キツイ!膝を抱えてギリ!ちょっとでも動くと開いちゃう!



くそう!こういう時だけは小柄なヒメが羨ましい!



「どうやら『ネズミ』がもぐり込んでおるらしいな」

「まさか……他国からの間者でしょうか?」

「わからん。しかし、竹帝からの使いが来たとたんにこれよ。もしかすると、帝が忍ばせた神徒の類やもしれん」

「あちらも探りをいれてきていると……」

「さもありなん。そも、儂らはもとより目をつけられておるのだからな」



動くな動くな震えるなー……

心臓の鼓動を抑えて抑えて、呼吸も最小限に……



「左衛門。紅夜叉以外の和賀忍を全員城に呼びつけよ。お主ならクレナイ婆にも顔がきこう」

「しかし殿……よろしいので?」

「かまわん。もはや我らに退路はない。さすれば、『放蕩忍』を遊ばせておくわけにはいくまいて」

「御意に……」



扉の向こうから人の気配が一人減る。


はやくガマ殿も出て行ってくれー……!

そろそろ限、界……



「賭場はもう開かれた。後は賽が降られるのを待つのみ……」



「お主らにも我が賭けにのってもらうぞ————スズシロよ」



ガマ殿がいかにもなことを言いながら、どすどすと何処かに去っていく。

そうして、祠部屋は再び静寂に包まれた。



そして、同じく限界を迎えた祠の扉が、キィとゆっくり開かれる。




どうも、祠の中からこんにちは。綾小路実秋です。





……あっっっぶなかったぁ~~~!!!




まさしく目と鼻の先!私はすんでのところで難を逃れたわけだ。

……私、諜報活動こういうのには向いてないかも。こんなの心臓が何個あっても足りないよ。


よかったぁ、私に振られる仕事がスパイとかじゃなくって————っていや良くない良くない。



そんなこと言ってる場合じゃない!



(姫が……ヒメが、生贄にされる……?)



生け贄だなんて、それこそ私の好きな『お話』の中でしか聞かないような出来事だ。

あまりに現実感がない。でも……ガマ殿の記憶を見たからわかる。



あのガマ殿なら、姫を生贄に捧げるぐらいなら本当にやりかねない。



それだけ、ガマ殿は本気だった。




(に、逃げないと……ヒメを連れて、ここから……!)



抑え込んでいた緊張感がドッと押し寄せ、今さら私の身体をぶるりと震わせる。

部屋の中にも廊下の先にも、もう誰もいない。



それでも私は、この部屋の中から出られないでいる。



祭りの終わりを告げる法螺貝が聞こえてくるまで、私はそこでじっとしていた。


鏡のかけらを、握りしめながら。




* * *




「それではごゆるりと……」



ヒメの着替えが終わって、女中さんが退出していく。



「……」

「ちょっと、サネ?もう女中さんいったわよ?降りてきても大丈夫よー」



私は極限まで耳を澄まして、つぶさに部屋の外の様子を伺う。ホントに降りて大丈夫か?伏兵とかいないよね?


……うん、大丈夫そうだ。



「ね、ねぇサネ?そこにいるのよね……?」

「あ、ごめん。ちょっと周囲を探ってた」

「なんだ、いるじゃないの……もう、びっくりさせないでよね」



「ヒメ!今すぐここから逃げるよっ!」

「へ?」


私の言葉に、ヒメは首をかしげてきょとんとした。

実に様になってる仕草だけれど、今はそれをからかってる余裕はない。



「でもどこに逃げれば……里は左衛門さんに知られちゃってるみたいだし」

「ちょ、ちょっと待ってよサネ。どうしたの?そんな藪から棒に……」



状況がつかめてないヒメに、私は今日の調査の結果を伝える。状況は思ったよりもひっ迫しているのかもしれないのだ。



「ガマ殿を調べたんだよ、魂結びで。そしたら、『姫』を生贄に捧げるって」

「い、生け贄?そんな……比喩とかそういうのじゃなくて?」

「違うよ!人身御供だよ!ガマ殿はヒメを触媒にして、神様だかなんだかを呼び寄せようとしてるんだ!」

「ご、ごくう?よくわかんないけど……このままだとやばいってことね?」

「そう!逃げるなら今夜しかない!」



明日は祭りの最終日だ。当然向こうも本腰を入れてくるはず。

私がちょっとやらかしちゃったけど、明日よりかはまだ今日のほうが手薄のはずだ。


いや、それよりも一旦、みんなが来るまで待ってから事情を話すべきか?……でも、それはリスクがあり過ぎる。



それに……



はたして、みんなは協力してくれるんだろうか?

ガマ殿と敵対してまで。よそ者の私たちに。

手を、貸してくれるんだろうか……





「そ、それじゃあどうする?!私は何したらいい?!」



私が本気なのが伝わったのか、ヒメがわたわたと慌てだす。


……ヒメの命を、そんな不安定な天秤にはかけられないな。


私がヒメを守らないと————



「ヒメ、すぐに着替えて。そんでそれをカカシ君に着せておいて。私は外の閂外してくるから」

「う、うん。わかった」



私が廊下に降り立つと、先の見えない暗い通路が、まるで私たちが来るのを待ち構えていたかのようにその真っ黒な口を大きく広げていた。



————あの時、たった一人でここに飛び込んでいったヒメはすごいな。



「サネ、準備できたけど……大丈夫?」

「……うん。大丈夫だよ」



でも私たちに立ち止まっている暇はない。覚悟を決めろ、綾小路実秋!



今から始まるのは、お遊びじゃない。

本気の、逃走劇なんだから。



「よし、いこう」

「う、うん……」



私はヒメと手を繋ぐ。


しっかりと。その手を、離してしまわないように。



ヒメの手のぬくもりだけが、私の冷えた心を勇気づけてくれる。




私たちは闇に向かって走り出した。


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