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十一話【旅】


冷たい夜風が頬を撫でる。


落とさないようにヒメを抱っこしながら、私は塀の上を早足で駆けた。


お城の中には見張り一人いない。

ただ、穏やかな夜の静けさがあるだけだ。


こんなにも静まりかえってたんじゃ、瓦を踏むギシギシとした音でさえ騒音になる。

世にも珍しい木で出来た瓦を思いっきり蹴りつけて、私は月夜のそらへと舞いあがった。



そして、そのまま隣の林に着地する。



「ふぅ。なんとかここまではこれたか」

「あばばばば……はっ!?

……ちょっと!?下手なジェットコースターよりスリリングだったんですけど!」

「ええー?そんな、大げさだよ」


忍機動に目を回しているヒメを一旦地面に降ろしてあげて、私は周囲を警戒する。

林の中は宙から降り注ぐ月の光で白く照らされていた。


こっちの世界は毎日が満月。

その光のお陰でこんな夜でも世界は明るいけれど……ちょっと明るすぎる。


こそこそと忍ぶにはあまりにも不向きだ。


よもや、この月明かりを憎らしく思う日がこようとは。

あんなにも頼もしかった月明かりが、いまや盗っ人を暴きだすサーチライトにすら感じられる。


……嫌な気分だ。



「お城からは出られたけど、これからどうするの?」


そんな私をヒメが不安そうに見ている。

……いけないいけない。雰囲気にのまれちゃいけないよ、私。

ここは私がしっかりしなくちゃ!


なけなしの土地勘と脳内マッピングを総動員して、私はなんとか逃走ルートを構築する。



「取り敢えずは人目に付かないところを移動して里を目指すよ!急ごう!」

「あっ、ちょっとサネ!」


先を急ごうとした私の背中に、ヒメの悲鳴がすがりつく。


「……痛いんだけど」

「あ……ご、ごめん」


ヒメの手を引いて出発しようとして、強く手を引き過ぎちゃったみたいだ。

……だいぶ焦ってるな。

ここまでは順調だっていうのに、さっぱり安心できない。


こんな感覚は生まれて初めてだ。


追われる立場での、焦燥感ってやつは。

まだバレてないはずなのに、冷や汗が私の背筋を伝っていく。


部屋にはカカシ君を寝かせてあるし、そもそも夜は誰も姫の部屋まで来ることはなかった。



だから大丈夫、まだ大丈夫なはずなんだ。



「……暗いし、気を付けてゆっくり進もっか」

「うん……」



二人で歩いた林道。

それが昨日とはうって変わって、まるで違う様相に見えた。

こんなただの林が、下手なホラースポットよりもよっぽど怖い。


いつ何時、そこここの暗がりから追手が飛び出してきてもおかしくはないんだから……



体温が下がっていくのを感じる。

それに合わせるみたいに、私の心もどんどんと冷え込んでいった。



低く、低く、震えを抑え込むように、低く。


恐れを感じないように、深く————



——そんな私の手を、ヒメがぎゅっと握りなおした。

まるでそこだけ別世界のように、じんわりとした温もりが掌から伝わってくる。



……なんか手汗が不安になってきたな。



「ねぇ、里に行くってことは目的地は忍びの里ってこと?私行ってみたかったのよね」

「いや違うよ。和賀の里は左衛門さんに知られてるみたいだからね。今から行くのはこの辺じゃ一つしかない唯一の人里……」


と、そこまで言って私はようやく気がつく。

馬鹿か私はっ!そこしか里がないんじゃ潜伏になんないじゃん!



「や、やっぱ里に行くのはやめ!向こうもそんな所は真っ先に調べるだろうしね」

「えぇ?……んもう、ちゃんとエスコートしてよね?私、誰かと『駆け落ち』するのなんて初めてなんだから」



ヒメは冗談めかしてそんなことを言いながら、心配そうに私の顔を覗き込んでくる。

……多分、和ませようとしてくれてるんだな。そんなに顔に出てたんだろうか?



「ねぇ、里に行かないんならとりあえず昨日の温泉にでも浸かりに行っとく?」

「うーん……それもありかも。今後を考えれば疲労はなるべくとっておきたいもんね」

「なんかゲームみたいね!道中の温泉に浸かって体力回復みたいな!」

「それで言うと祠トリップってジャンルは何になるの?RPG?」



「姫を落とす恋愛シミュレーションゲーム」

「そっちがメインなんだ!?」



ヒメのおかげでピリピリとした気分が和らいでいくのを感じる。

どうやら、緊張や不安にはヒメが効くらしい。

まさに姫さまセラピー、効果はテキメンだ。


そんなどうでもいいことを考えながら、私もヒメに軽口を返すために口を開く。



「なんかさぁ、こうやって夜の林を歩いてると林間学校でヒメに連れ出された時を思い出すよね。私あの時、とうとう実力行使に出たか~ってヒヤヒヤしてたんだから」

「なによそれ~、私が人を校舎裏に呼び出して締め上げるような人間だって言いたいわけ?」

「やってるかやってないかで言えばやらせてそう」

「もっとたちが悪い!別にそんな指示したことないからね!?失礼なっ!」



繋いだ手をぶんぶんとしながら、ヒメは抗議の目で私をにらみつけた。


それがなんだか可笑しくって、首をすくめてその視線から目をそらせば、私たちはいつの間にか非日常に包まれていた。



いや、ずっと包まれてはいたんだ。

私がそれに気づけていなかっただけで。



祠トリップをしたあの林と同じで、私の前には幻想的な光景が広がっている。

白い月光を映しこむ林の空気はぼんやりと煌めいていて実にファンタジーだ。

街灯とかの人工的な光がないおかげかもしれないけれど、なんか向こうよりも月の光を強く感じる気がする。


目の前に広がる不思議な光景を前に、私はなんだか楽しくなってきた。

どこか強ばっていた舌もようやく回りだす。



「こんなにも明るいと夜のピクニックなんてのも乙だよねぇ。お花見ならぬお月見ピクニックみたいな?」

「それってもはやピクニックなの?でも月を見ながらってのはいいシチュエーションね。それこそ温泉に浸かりながら月見で一杯……うん、アリね」

「おおー!いいねシャレオツ!お酒が飲めるようになったらそういうのも楽しそうだよねー」

「私は別にコーヒー牛乳でいいんだけど……」

「お酒にはコーヒー牛乳みたいなのもあるらしいよ?」

「え、マジ!?」


結局、この前のツアーじゃコーヒー牛乳を飲ませてあげれなかったし、二十歳ハタチになった暁には私が用意してあげよう。

……それはきっと、楽しいだろうな。


「……ねぇ、このままどっかに腰を落ち着けたら、また私をツアーにでも連れていってよ」

「おお?我らがヒメさまは綾小路企画第二段をご所望で?」

「うん。だって私、こっちの世界のことなんもしらないもん。こんな機会もないだろうし、帰る前に色々と案内してよね」

「いや……それに関して言うなら私もヒメとほぼ変わんないよ?私の全てをこの前のツアーで出し切ったといっても過言じゃないし……」

「えぇ~?そうなの?」


ヒメよりもほんの数日だけお外で活動できただけで、この前のツアーで行ったとこ以外は全くと言っていいほどに知らないのだ。

ぶっちゃけ今もあてどもなく進んでるし……


そう考えると、私もまだまだ知らないことだらけなわけだ。


この不思議に満ち溢れている、こっちの世界のことを——



それはなんともったいないことだろうか。



「あ!じゃあさ!このまま二人で世界一周ツアーにでもいっちゃおうよ!案内ってよりは探索……いや!冒険になりそうだけどさっ」

「私の待遇が急にお客様じゃなくなったんですけど?……ま、でもそれもいいかもね。どのみち行く当てもないんだし」


「つまり!ここからが私たちの"祠トリップ"の始まりってわけね!正しい意味での!」

「おぉ~!ヒメも結構上手いこと言うねぇ」

「……そ、そんな素直に反応されるとちょっと恥ずかしいんだけど……」

「ええ?なんで?フツーにいいじゃん」



謎に恥ずかしがってるのは置いといても、新しい"祠トリップ"に関してはヒメもまんざらでもなさそうだ。嬉しそうに髪の毛をくるくるとしならが思考を回している。


私的にもけっこう思い切った提案だったけれど、ヒメも話にのってくれてちょっと嬉しい。

ぶっちゃけ、この世界を見て回りたいのは私の願望なんだけどさ。



……でも、追手から逃げ続けてるって考えるよりも、それこそ二人で異世界を旅行してるってほうがよっぽど素敵だ。


二人でこの世界のいろんな場所を旅して、二人でいろんな不思議を見つけ出し、二人でいろんな事を経験していって、それで……




それで————




……それで、私はどうやってヒメを向こうに帰してあげたらいいんだろう?


祠はもう、全部壊れちゃったっていうのに。



「もっと早くこうしとくべきだったわねー。別に、私らが律儀にお祭りに付き合う義理もなかったわけだし。

……私ももっと最初からごねとくんだったわ。そうしたら、サネのことももっと上手くいってたかもしれないってのに」

「んー?……うまくって?」

「サネがお城から追放されなくて、危ない目に合わないルートとか」

「ふむ、なるほど?」


「……でもその場合、私は忍者になれてないから戦力は半減以下だよ?そのルートだとこんな風に逃げれてなかったかもしれないし」

「そっかぁ、そうよねぇ……はぁ、人生ってままならないもんだわ」

「なんだそりゃ。今んとこけっこう順調だとは思うよ?」



今回のルートは結果として上手く事は進んでる。正直、これ以上なんてないんじゃないかな?

もちろん現実はゲームじゃないんだから、『もしも』の仮定に意味はないんだけども。


……それはそれとして、ヒメにはちゃんと伝えとかないとな。

もしかしたら、向こうに帰れないかもしれないことを。



「そういえば異彩喝祭は一体どうなるのかしらね。結局、神様が私たちを迎えに来るんじゃなくて、私を使って神様を呼び出そうとしてたってことなのよね?……てことは、帰る手段についてもまた考えないといけないのか」

「あー、えっと……あのねヒメ。実はそのことなんだけど————」




コッコッコと。



帰還手段のことを打ち明けようとした私の耳が、この場には似つかわしくない音を一つだけ拾い上げる。


それは風の音や木の葉が揺れる音に紛れながら、一定のリズムを刻んでいた。


コッコッコ。コッコッコ。


遠くの方から。でも確かにこちらに向かって。


コッコッコ。コッコッコと。


何かが、近づいてきてる?




コッコッ、コッコッ


コンコンコォン——





その瞬間、私はそれがなんの音なのかを直に感じ取った。



林が鳴いている。

いや、林の木々が、木そのものが誰かに()()()()()()



そのコンコンとした振動が、木から木へと伝わりながら林全体に響き渡っていた。

ほうぼうの木から放たれる音の振幅が私の産毛を震わせる。


まずい!これってなんか音でソナーしてるんじゃ————



「おや、まだそちらにいましたか」



聞こえるはずのない声が、木を通して確かに私の鼓膜に届けられた。



低くしわがれた、強い意志の籠ったあの声が。



「っ!ヒメ!逃げるよっ!」

「え!?あっ、ちょ!?」



見つかった、見つかっちゃった!

どうして!?逃げるところを左衛門さんに見られてた!?


大丈夫だって、そう思ってた。

なんだかんだでうまくいくって、心のどこかでそう思ってたのに。


ヒメを連れて逃げて、追っ手を退けるなんてお茶の子さいさいだって。

このみなぎるパワーで何だって出来ると……そう思ってた。



「まさか貴方が下手人だったとは。まさしく懐にネズミがもぐり込んでいたわけですな」



おかしい……!

左衛門さんに場所を補足されて、まだほんの数秒も経ってない。

だというのに、私たちの背後から左衛門さんの声が聞こえてくる。


は、速すぎる……!



「さ、左衛門さ————」



この時、私は判断を誤った。

逃げるべきだったんだ。一も二もなく。


こともあろうに、私は振り向いた。左衛門さんと話をしようとして。

それはなんとか交渉をしてやろうとか、そういう気なんて一切なくって。


ただ、私たちの現状を説明しようと。

私たちの事情を説明しようと、反射的に振り向いただけだった。



忍がどういう存在か、私たちのやっていることがどういうことなのか、左衛門さんたちの覚悟がどれほどのものなのか、本当の意味で理解しないまま————




それは紛れもない『甘え』だった。



「シッッッ!!!」

「あがっ…!?」

「サネ!?」



そんな私の甘さを断ち切るみたいに、視界から左衛門さんの姿が消える。


私が二の句を告げる暇もなく、左衛門さんの貫手が私の胸に叩き込まれた。


未だかつて受けたことがないほどの衝撃。


まるで自動車にひかれたマネキンみたいに、私は向こうの木まで吹っ飛ばされた。

それを、まるで他人事のように脳ミソが遅れて認識する。


私を受け止めた木がずしんと揺れて、赤い紅葉が散らばった。


「おや頑丈ですね。貫き通すつもりで打ったのですが。私もなまったものですなぁ」

「いやぁ!?サネっ!」

「失礼しますよ姫様」

「あっ——」


焼けつくような痛みで明滅する視界の中、私は辛うじてヒメが気絶させられたのを見た。


「全くクレナイめ。この様な忍をよこすとは全体どういうわけか。果たして、彼女も老いさらばえてしまったということなのでしょうか」

「さ、左衛門さん……話を……」

「そう心配なされずとも、貴方とは後できちんと『お話』させていただきますよ。今はゆっくりとお眠りなさい」


そう言って、左衛門さんは優しく微笑んでくれる。

まごうことなき柔和な笑みで、目元にしわを寄せながら、やんわりと。


——人間とはこんな優しい表情をしながら、人を害することができるのかと戦慄するほどに。



それ以上ここで交わす言葉など無いとでもいわんばかりに、ストンと首筋に衝撃が走って私の意識が完全に刈り取られる。



意識がブラックアウトしていくその最中、最後まで私の胸中を満たしていたのはたった一つの言葉だ。



私は間違えた。私は間違えていたんだ。



……最初から。



私に、必要だったのは————




* * *




ピチョン、ピチョンと雫が落ちる。

私の顔に、どこかから水が落ちてきていた。

……これってあれかな?有名な拷問のやつかな。



「おや、お目覚めのようですな」



暗い。ここはどこだろう?

私はどうなってる?


身じろぎしようとして、自分の身体が縛られていることにようやく気がつく。

腕、足……首もか。何故か下を向けないようにされている。

そのせいで、落ちてくる雫が容赦なく私の口元を濡らしてきた。


そして、視界も布か何かで目隠しをされてい

る。

……ダメだ。完全に詰みの状態だ。



「長い時を過ごしますとね。他人の輪郭がぼやけてくるのですよ。確認ですが、貴方は私が【惑いの林】へと放逐した姫さまの妹御ではございませんかな?」


暗闇のどこかから左衛門さんの声が響いてくる。

まだ生きてたんだ、その設定……


「そう、です……」

「なるほど、それで合点がいきました。それならばクレナイが貴方を迎え入れたことにも納得できるというもの。殿の記憶を盗み見たのも貴方ですね?」

「はい……」



隠す理由はない。

もう、私にできることはなんとか左衛門さんの情に訴えて、私たちを解放してもらうことだけなんだから。



「なるほどなるほど。いやはや恐ろしい才覚ですな。こちらに来てまだ日も浅いというのにその実力とは……殿があちらの民を危険視するのにも頷けます」



「向こうの民はみな貴方のような実力者なのでしょうか?それこそ、実は姫さまにもそれだけの才覚が?」

「ヒメはっ……違う……!私は、忍だからっ……!」

「ふぅむ。戦士とそうでないものの差はこちらと同じということですか」



ヒメにも同じくらいの『パワー』があると知られちゃだめだ!どんなことされるかわかったもんじゃない。


身体能力だけじゃどうにもならない状況に持ち込まれたらそれこそ一巻の終わりなのだ。

今の私みたいに、なけなしの自由さえ奪われるかもしれない。


それでも、丁重に扱ってもらえるならまだマシだ。最悪なのは、二度と抵抗できないように身体を————



そんな、嫌な考えばかりが思い浮かぶ。



「お願いします!私たちを見逃してください!私たちは……ヒメは!ただ元いた世界に帰りたいだけなんです!私たちはこっちに迷い込んだだけなんです!」

「ええ、ええ。そうでしょうとも。ですが、残念ながらそうもいきません」

「どうしてっ!?神様への生け贄……呼び出すための捧げものなんて、別に人間じゃなくてもいいじゃんか!」

「ふむ?生け贄?……なるほど。殿はそのようにお考えなのか……」



「しかし無理なのですよ。竹帝が欲しているのは他ならぬ『姫』の御身なのですから。他のもので代用はできぬのです」

「そんなっ……そんなの……」



そっちの都合じゃんか。



その言葉を、私はなんとか飲み込んだ。

ここで感情的に左衛門さんを罵っても状況は良くならない。


なんとか、なんとか糸口を見つけるんだ。


なんとか……



「じゃ、じゃあ私だけでも開放してください!もう異彩喝祭には一切関わりません!解放されたらどこへなりとでも行きますから!……前からあの姉にはうんざりしてたんですよ実は!生け贄に選んでくれて清々します!」

「……それも無理な話ですなぁ。あなたが神の刺客でないと、どうして言い切れるのですかな?」

「……へっ?」



何……なんのこと?

何を言ってるんだこの人は。さっぱり意味が分からない。



「あなた方はいつも祠より現れる。事主が、神が作り出した祠より。それが神の思し召しでないと、どうして言い切れるでしょうか」

「な、ん……どういうことですか!?」

「かつて、私が祠より取り上げたややこもまた素晴らしい人物でしたよ。そして、殿が幼き頃に友誼を深めたシノノメさんもそうです」

「……?」


「あなた方は突然こちらに現れては、いつだって必ず世に大きなうねりを作り出します。私は、それが神々の意思によるものだと思っておるのですよ。事主は神徒に祠を作らせ、向こうの民草を呼び寄せてはこの停滞した四方の世に流れを作ろうとしているのです」


「そして、そのうねりに抗う者を、別の流れ

を作るべくもがく我々を……疎ましく思っているのでしょう。それは神の意思に反することに等しいのですから」

「そんな、そんなのっ……私たちとは何の関係もない!事主なんてしらない!会ったこともない!」

「そして、それを確かめる術もまた、無い」

「……っ!」



「ともすれば、知らず知らずのうちに神の使いとなっている可能性もあるということですよ。故に、貴方を手放しで解放するわけにはいかないのです。今は我らが悲願の為の大事な時期。場を荒らされてはたまったものではございませんからな」



まずい。まずい話の流れだ。

このままじゃダメだ。話が終わっちゃう。

何か考えろ、考えろ考えろ考えろ……



「ス、スズちゃんならっ!私の記憶を見てる!見ることができる!私たちの潔白を証明できます!」

「ふむ、なるほど『魂由来たまゆら』……確かに彼女ならそのようなことができてもおかしくはありませんな」

「スズちゃんをここに呼んでください!それで全部ハッキリします!」



「——ですが、殿とは違い私は彼女を信用していない」

「えっ……?」



「彼女こそ、数多にはびこる神徒たちの大元……『始元七草しげんのななくさ』の一角でございましょう?そんな彼女の言を、どうして信頼できましょうか」

「は……え?な、なにそれ……」

「おや?ご存じなかったのですか?……ふむ」



「神々がこの四方よもかたを作りたもうた時に、もっとも最初に作られた七種の眷属。我ら民草を導くための大いなる叢生そうせいにして、四方の地に生やされた最初の人々の一人。それが彼女なのです」


「彼女は胡乱で奔放で、そして享楽に殉じる人物です。あなたを助けるためならば、平然と噓もつきましょう。もとより、その性格を差し置いても私が神側の彼女を信用することはないのです。故に、貴方の身の潔白を証明する手段はここには存在しない」

「そ、そんなっ!そんなの!左衛門さん次第じゃんか!」



思わず私は叫んでしまった。

こんなの理不尽だ。そんなのは不合理だ。

こんなの、そんなの……


私には、どうしようもないじゃんかっ……!



「然り。故に貴方の命は私の手の内にあるのです。努々それを勘違いなされぬように」

「うっ……」



左衛門さんから圧が発せられる。

そんなの、言われなくても分かってるよ……

今の私は、まさにまな板の上の鯛なんだから……



「おっと失礼。必要以上に脅かすつもりはないのです。……こうなってしまった以上、私はあなたの命を奪おうとまでは思っておりませんので」

「……えっ?なんで……私を林に放りだしたくせに……」

「まがりなりにも、貴方はクレナイが認めた忍ですからね。これ以上、彼女から同胞はらからを奪うのは忍びないのです」


「それに、貴方の知識と才覚は処分するには実に惜しい。貴方の力は我らが作りだす新しき世にもきっと必要となりましょう」


「ですので、我らの神賭けが成就するまではこちらで大人しくしておいていただけると有り難い。

……それこそ、子どもを手にかけるのは忍びないのですから」



それだけを好き勝手に言い残して、左衛門さんの気配がフッと消える。



私は、再びこの水音だけが響く暗闇に取り残された。



……ほんっと、好き勝手に言ってくれちゃってさぁ。

私は、そんな左衛門さんの意見を押しのける立場にない。



ないけど……



私だけ助かっても意味がない。

私だけ助かっても、意味がないんだ!

ヒメと一緒に!ヒメを無事に向こうへ還してあげなくちゃ……



私は、もう二度と……



不思議くうそうを、楽しめなくなるから。



「……私が間違ってた」



私は間違ってたんだ。

この世は戦国、争いの時代。

戦わなければ……奪われ続けるだけ。 



「シズネユラユラ、フルミタマ……」



お願い。繋がって。誰でもいい。何でもいい。

このどん詰まりを打ち破れるなら、悪魔とだって契約してもいい。



「シズネユラユラフルミタマ!シズネユラユラフルミタマっ!」



繋がれ、繋がれ繋がれ繋がれ……


お願い……!誰か……



「シズネユラユラフルミタマぁっ!!」



スズちゃん!師範!みんな!誰でもいい!

誰か、ヒメを……



「助けてよ……」





「——ねぇ!?聞こえてる!?いるんでしょ!?神様ってのが!この世界には!!」



暗闇は何も答えない。



「お願いします!助けてください!神様仏様!事主さまっ!」



祈りは届かない。

ただ、真っ暗な空洞に虚しく響くだけだ。



「誰か……誰かぁーーーーー!!」



誰もいない。誰も来ない。

誰も私たちを助けてなんかくれないのだ。



「ヒメが、死んじゃう……死んじゃうよぉ……」



ヒメが死ぬ。

生贄にされて死ぬ。私のせいで死ぬ。

私が選択肢を間違ったせいで死ぬ。私がうまくやれなかったせいで死ぬ。



そんなの耐えられない。耐えられるわけがない。



ヒメを見殺しにしておいて、ヒメが居なくなった世界で、私はどうやってそれからを楽しく生きていくっていうんだ?

そんなこともあったなぁって、不思議を現実で追いやったみたいに、それすらも抱えたままぼんやりと生きていくのか?



新しい非日常で、ヒメとの思い出を塗り潰すの?



——そんなの納得できない。受け入れられない!

飲み込めるはずがない!


私は無くしてた宝物を、もう一回見つけてしまった。

しまっていた奥底から、引っ張り出してきてしまった。


私がぼんやりと求めていた非日常が自分の側にあったことに、それをずっと与えてもらっていたことに気づいてしまった。



私はもう知っちゃったんだ。ヒメのことも!

この世界のことも、不思議は確かに存在するってことも!

何も知らなかったあの頃には、もう二度と戻れない。戻れないんだ。





それらを亡くしたまま生きていくなんて————もう出来ないんだ。



神も仏も、誰も助けてくれないってんなら……


私がやるしかない。



この祠トリップを生き抜く為に必要だったのは戦う意思だ。

立ち向かう勇気だ。

敵を打ち砕く力だ。



私がヒメを奪い返す。

どんな手を、使ってでも……!




————私が、やるんだ。





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