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七話【花】


「飛ぶなら飛ぶって言ってよ!」

「えー?いくよーって言ったじゃんか」

「ノータイムすぎんのよ!もっとこう、心の準備とかがあるでしょうに!」


二人で歩く林道はやしみち


目的地まで一気に運んであげてもよかったけれど、こういうのは雰囲気を高めていくもんだ。


ゆっくりと歩いて行きながら、まずは奴妻さんに外の新鮮な空気を味わっていただこう。



「ここが綾小路さんが追放されたっていう林?けっこう整えられてるのね」

「ちがうよ?それだとせっかく外出たのに林から抜け出せなくなるじゃん!ここは別の林だよ」


「多分、里と城を繋いでる道なんじゃないかな?」

「ふーん。となると……この後は里に行くの?」

「ふっふっふ!それはついてからのお楽しみ!」



心地のいい風がさわさわと木の葉を揺らしている。


林の木々は秋らしく赤や黄色に色付いていて、落ち葉の茶色と相まって実にオータムだ。

林冠の隙間から垣間見える空は雲一つない快晴だし、今日は絶好のピクニック日和!


深く息を吸い込んでみると、色んな匂いで彩られた冷たい空気が私の肺を満たしてくれる。


うーん実にネイチャー。


向こうの世界よりも空気が澄んでいる気がするのは多分気のせいじゃないね。



「びっくりしたんだけどさ。こっちってずっと秋らしいよ」

「え?そうなの?」

「うん。だから桜とかセミとか雪とか知らないんだってさ」

「……夏の代表者はセミなわけ?」

「夏と言えば蝉時雨でしょ!」



それでスズちゃんとは謎にセミトークで盛り上がったのだ。

そういや、こっちに来てからというもの一匹も虫を見てない気がする。虫もいないのかな?


なんか機械メカの話よりテンション上がってたし……



「ずっとこの気温なら過ごしやすそうでいいけど、風情はないわね」

「だよねー。やっぱ四季があってこそ秋の良さが引き立つってもの!奴妻さんはどの季節が一番好き?」

「んー?あんま気にしたことないかも」



「じゃあ誕生日はいつ?」

「え?3月3日だけど……なんで?」



なるほど春生まれか。なんとなくそれっぽい。



「なぜなら私は秋が一番好きだから!なんたって9月生まれなもんで!」

「あー、そゆこと……単純ね」

「なにおう」


自分にまつわるものに愛着を持つのだって立派な理由じゃんか。

そもそも秋は和菓子も美味しいし色んなイベントもあるし、お昼寝も気持ちいいと至れり尽くせりな季節なんだぞ!



「……ん?ちょっと待って。ってことはもう少しで誕生日だったりする?」

「そうだよ?というか、こっち来てもう"過ぎた"」

「へぁ?」


奴妻さんの口から気の抜けた声が出る。

ふふふ、今の私は年上だぞー?……多分。



「こっちとあっちの時間の流れがどうなってるかわかんないけど、『明日』が誕生日だったんだよねー」

「ってことは……14日か。言いなさいよ。せっかく林間学校と被ってるんだからなんか企画してあげたのに」

「いやー私、そういうのはあんまりなもんで……」



そういや奴妻さんと勝負しだしたのも去年の誕生日辺りだったか。誕生日には何か起こるみたいなジンクスが私の人生にはあるのかもしれない。



「ホントに陰キャね。一年の時のクラス会にも顔出さなかったし」

「うぐっ、否定できない……まだ根に持ってるの?」

「それと、この前やった二年全体の親睦会に来なかったのもね。なんなの?ファンクラブといい、綾小路さんには私主催のイベントを断りたがる習性があるわけ?」

「いやー習性というか生態というか……」



みんなでワイワイって柄じゃないんだよね……その点、そういうのを率先して運営する奴妻さんはすごいや。私には絶対できないもん。



案外、『忍』ってのは私の性に合ってるのかもしれない。



「お、結構進んできたね」


雑談に花を咲かせていると、私たちの目の前に石造りの階段が現れた。


左右から降り注ぐイチョウの葉っぱが、古めかしい階段に黄色い絨毯を敷き詰めている。

そこに足を踏み入れてみれば、まだ柔らかな落ち葉のふかふかとした感触が足の裏から伝わってきた。



「紅葉狩りなんて一体、何が楽しいのかと思ってたけれど……」

「言うねえ」

「――うん、これはこれでいいもんね」



奴妻さんは綺麗なイチョウ並木を眺めながらそうつぶやいた。


よしよし。ツアーの序章はとりあえず成功したようだ。この調子なら次の『スポット』も気に入ってもらえそうだね。




階段を登り切れば、まるで私たちを迎え入れるように空が開けた場所に出る。




お天道様もまだ昇りきっていない穏やかな午前。

そんな青い空を飛んでゆく落武者の兜――――風情だねぇ。



「ほら見て奴妻さん。あれが落武者だよ」

「へぇ~、ホントにただの甲冑なのね。こうやってみると全然怖くないかも」

「あはは!そもそもお化けって夜に出会うから怖いんであって、こんないい天気の中で出てきても怖くなんて……」




「――ってなんで落武者がここにっ!?」




ガシャンと人魂を取られた落武者が地面に崩れ落ちる。



「あれ?サネじゃないか!お疲れ様!」



じゃらじゃらと擦れて軽快な音を立てる落武者の兜たち。

それを束ねて鮮やかに現れたのはモミジさんだった。



なーんかデジャヴのある登場の仕方だな……っていやそんなことより!



「し、師範!いやー奇遇ですねこんなところで!」

(ちょ、ちょっと?)(しー!)



私は咄嗟に奴妻さんを後ろ手に庇った。

しまった、そういえば外は師範の担当だった!どうするどうする……どうやって言い訳する!?



「どうしたんだい?こんな所で。連絡なら笛を鳴らしてくれればすぐ駆けつけるのに」

「いやぁ~、えっとぉ~、そのですね……」

「……なるほど!考えたねサネ」



私がしどろもどろになってる間に、モミジさんは何かに納得したように一つ頷いた。



「流石はわが娣子でし!カカシ君を姫さまの影武者にしようって作戦だね?」

「えっ」




「……そっ、そうなんですよ~!いや〜我ながら妙案だと思いませんか!」


私は全力で話を合わせた。奴妻さんの腕をお人形さんみたいにグイグイと動かしながら。



「うんうん!こういう余裕がある忍務でいろいろと試しておくのはアリだね!いい姿勢だと思うよ!」

「でもバネさんにカカシ君を借りたのはいいものの、ちょっと練習が必要そうで……それでコソ練しにきたんです!」



奴妻さんも私の意図を察してか、なすがままにカカシ君のフリをしてくれてる。流石は子役上がり、素早い演技だね。



「十八號は操作性が上がったといってもまだまだ扱いが難しいからねぇ。存分に修練するといいよ!護衛の方はボクがちゃんと目を光らせておくからさ!」

「あ、ありがとうございます」


うぅ、二つの意味で罪悪感が……


というか、あんまり目を光らせないでほしい。

完璧に模倣してるとはいえ、瞬きも身じろぎもせずに正面を見続けてる姫ってのはやっぱり奇妙だし。



「あ!そうだサネ。姫様は貢物を喜んでくれていたかい?」

「えっ?」



私が真面目に働いてくれてる師範に胸を痛めていると、モミジさんはふと思い出したようにそう言った。



「あー……まぁ、喜んでたと思います。はい」

「そうかい!それは良かった!」



すげなくこき下ろしてましたとは言わない。言えない。


例えあれが賢しいガマ殿の策略であっても、対外的には歓待が上手くいってるように見せないとだし。



「ボクも左衛門さんに頼まれてお手製の土偶を送ったんだけど……そうか、気に入っていただけたか!」

「へっ?」


「いやー!サネのお友達は結構分かるクチだね!今度ボクも土偶作りについて語り合ってみたいなぁ」

「あ、あははー、盛り上がると思いますよー……多分」



あっぶな!正直に言わなくてよかったぁーー!!


あの不出来な土偶くんってモミジさんのやつだったんだ……知らぬが仏だね。



こうやっていざ生産者の顔を見ると、あのガラクタたちにも愛着がわいてくるってもんだ。

生産者にもその制作物にも罪はない。


実際、初対面の時はともかく今は土偶くんもちゃんと飾ってもらえてるしね!うん!



このモミジさんの言葉に流石の奴妻さんもちょっとは反応した。

こき下ろしてた手前、少し気まずそうにしてる――けど、余計なこと言うなって足を踏むのはやめなさい。バレちゃうから。



「ここら一帯の落武者どもはこれで一掃できたと思うけど、一応は気をつけるんだよ?まぁ、サネなら落武者に後れを取ることもないだろうけどね!」

「ハイ!ありがとうございます!それじゃあ失礼しまっす!」

「うん!頑張ってね!」



モミジさんがぽんぽんと叩く籠には、ぶちこまれた人魂たちがみっちりと詰まっていた。あれ狭そうだな……




モミジさんが華麗に秋の空へと飛び駆けていって、林は元の静寂さを取り戻す。




「……っはぁ~~!バレるかと思った~~!セーフ!」

「今の人がモミジさん?別にあの人なら事情を話したらわかってくれたんじゃないの?」

「いやぁーそれが色々と後ろめたいことがありまして……それに、異彩喝祭サボってるのは流石にまずいでしょ!」

「まぁ、それもそっか」



ここに至るまでにけっこう裏道を使っちゃったしなぁ……

スズちゃんとかスズちゃんとか、あとはスズちゃんとか。『呼んだー?』呼んでないよー。



つまりはスズちゃんのせいなのだ。うん。『共犯だよー共犯!』



まぁ、これもツアーのいいアクセントかもしれない。リラックスに重要なのは緊張と緩和だ。

私の脳内スズちゃんも『その"すりる"がイイんだよねぇ』だなんて言ってるし。悪い奴め。



「……というか、いつまで私をおもちゃにするつもり?」

「え?……おっと!」



私が一人で強引に納得してると、奴妻さんが不機嫌そうに呟いた。私の腕の中で。


考え事をしてたせいか、奴妻さんの腕をわちゃわちゃともてあそんでたらしい。

……うーん、この感じだとカカシ君二人羽織案はどのみち無理だったな。そもそもどうやって歩かせるんだって話だし。



「ほら、ちゃんとエスコートしてよね」

「あいあい!仰せのままに~」



私たちは再び開けた林道を進み始めた。

目的地はもうすぐそこだ。



* * *



お昼時。私たちのツアーは次のステージに到着する。


「――――それで?私はいつまでこの目隠しをしとけばいいわけ?」

「もうちょい!今アングルの調整してるから!」

「一体なんのアングルよ……大丈夫なんでしょうね」


ファーストインプレッションは大事だからね。

一番見栄えのいいポジションを探して、奴妻さんをずらして……よし!ここだ!



「それではご覧ください!」

「んんー?――わぁ!綺麗っ!」



目隠しを撮った奴妻さんが感嘆の声を上げる。


その眼前に広がるは花!花!花!一面の花!

私たちの視界を埋め尽くすのは淡い色彩のキャンパスだ。



まるでここだけ森をくりぬいたみたいな広大な土地に、見渡す限りのコスモスが咲き誇っている。



これこそが私のとっておきスポット!『異世界コスモス畑』である!



「うわ、ひっろいわね~ここ」

「なかなかに壮観でしょー?こんなの向こうじゃ見たことないでしょ!」

「うん。流石にこの規模のはないかな〜」



私たちは坂を下ってコスモス畑に降り立った。


右を見ても左を見ても、空との境界までお花が広がっているなんて光景はそうそうお目にかかれない。


私もここを見つけた時は感動したもんだ。



「ささ!こちらへどうぞ~」

「あら、用意がいいのね」

「そりゃあここからがメインイベントだからね!」

「一体何個あるんでしょうね?そのメインイベントとやらは」

「それはお楽しみだよ!」



コスモスの咲いていない少し小高い丘に風呂敷を敷いて、奴妻さんを座らせてあげる。


それではここでクイズです。



「こんな今日の良き日に、こんな場所でやる事と言えばー?」

「そりゃあ……ピクニック?」



「イエス!!お花見だよっ!」

「それイエスなのっ!?」



ピクニックとお花見はニアリーイコールでしょ!



「そしてお花見と言えばー?」

「んー、イメージとしては酒盛りしてワイワイって感じだけど……」

「そう!お団子だよっ!花見と言えば花より団子!!」

「もはや私の答え関係ないわよね?それ」



「……つまり、今からご飯タイムってこと?」

「そゆこと!」


これまた私の懐から取り出したる風呂敷包みより現れたのは、コンさんからもらっておいた新しいお団子たちだ。

周りのコスモスに負けず劣らず、お団子たちも実に色とりどりな見た目で私たちの食欲をそそってきてる。


奴妻さんはその中の一つをつまみ上げた。



「あ、これ美味しい!」

「でっしょー?コンさんのお団子は最高なんだから!」

「これは……イチゴ味?珍しいわね」

「うちは色んな味があるからねーお客さん。よりどりみどりだよー」

「あんたが作ったんじゃないでしょうに」



私のお気に入りは草もち味の手のひらサイズのやつ。

もはやお団子なのかと疑わしいぐらいの大きさだけど、かぶりつけばもっちりとした食感と素朴な甘みが口の中を埋め尽くして私の舌を喜ばせてくれる。


奴妻さんはフルーツ系のお団子が気に入ったみたいだ。それっぽいやつばっか狙って食べてる――が、甘いね。


『それ』はフルーツじゃないぞ。



「んぐぅ!?何これ苦っ!」

「お、アタリを引いたね奴妻さん」



奴妻さんが食べた紫色のお団子は残念ながらブルーベリー味じゃあない。



「それはここでしか味わえない『スズカグラ』味だよ。異世界フレーバーだね」

「いや何!?スズカグラなに!?私なに食べたの!?」

「そんな悪いもんじゃないよー。こっちでふつーに食べられてる山菜の一種だってさ」

「さ、山菜……?」


スズカグラは真っ白な茎とこれまた純白の葉っぱを持つ綺麗な植物だ。

地上部分はゼンマイに似ていて、くるりとなった先端以外にも丸まった葉っぱが鈴のようにたくさんついていることからこの名前が付けられたんだとか。


引っこ抜けば真っ直ぐに伸びた立派な紫色の根っこが現れる。スズカグラは頭の先からこの根っこまでの全部が可食部位な、庶民の味方なのだ。


……味以外は。



「うわ、そういや出された料理の中にもあった気がするわ……私これ苦手かも」

「でも滋養強壮にはいいらしいよ?特にこのお団子に使われてる根っこの部分には栄養がたっぷりなんだってさ」


「……じゃあこれは綾小路さんが食べてよ。これって忍者の兵糧丸みたいなもんでしょ?」

「いや、私はいいよ。奴妻さんがお食べ?絢爛なご飯ばっかり食べて栄養が偏ってるかもしれないし」

「……」



私は奴妻さんから差し出されたお団子を固辞しながら自分の団子にかぶりついた。

……横からの視線が痛い。



「綾小路さんもこれ苦手なんでしょ」

「天ぷらはおいしかったよ?天ぷらはね」

「そりゃ山菜だからそうでしょうねぇ!」



天ぷらだとこの爽やかな苦みがいい塩梅なのだ。


因みにこのスズカグラ団子はコンさんの大好物。曰く、「この苦みがクセになるんですよ」とのこと。

そのせいか、普通に根っこを食べるよりもコンさん謹製団子の方が遥かに苦い。わざわざ苦みを引き出す調理を加えているらしい。



奴妻さんはスズカグラ団子をもそもそと食べながら、恨めしそうにじっとりと睨んできた。

そんな目をしても食べてあげないよ。良薬は口に苦しなのだ。

身体にいいのは本当だし……





ご飯を食べた後は腹ごなし。

私たちはコスモス畑を散歩することにした。



この花園にはそれはそれは色んな種類のコスモスが集まっているから、案外なんかのパワースポットだったりするのかもしれない。



「赤は愛情、黄色は自然美、ピンクは乙女の純潔だよ」

「へぇ~、じゃあこの白いやつは?」

「白のコスモスは優美とか美麗。そっちの黒いコスモス、俗にいうチョコレートコスモスって奴は恋の終わりだよ」

「やっぱり恋愛系のやつが多いんだ」


同じ花でも色によって花言葉が違うのが面白いよね。

なんかそういうのってワクワクする。同じタイプだけど別系統の能力者みたいな?



「でもなんかめっちゃ意外。綾小路さんってお花好きだったんだ」

「いやー?別に普通だよ?」

「え?ならなんでそんなに詳しいのよ」

「ふっふっふ!なんでだと思う?――何故なら私は花屋の娘だからっ!」

「ええ!?そうなの!?」



今明かされる衝撃の真実!……ってほどでもないか、別に。



「まぁ花屋だからといってみんながみんな、花言葉に詳しいわけじゃないと思うよ?うちのお母さんとか全然知らなかったし……私はそういうの調べるのが好きだっただけだよ」

「あぁ~なるほど……確かにそういうの好きそうだもんね」

「なんか含みあるね!?」



なーんか私のことが見透かされてる気がする。事実だけどさ!


図星をつかれて目をそらすと、私の目線の先にあるものが映った。

あ、これ奴妻さんに見せたかったんだよね。



「ほら、これとかは『異世界限定』コスモスなんだよ」

「なにそれ?……青いコスモス?」


私が指さした先には、薄い青色に色づいた綺麗なコスモスが咲いている一角があった。



幻想的だねぇ……二つの意味で。



「向こうのコスモスに青色はないんだよ!いやぁ~これを見つけたときは驚きましたね!」

「あ!知ってる!奇跡の青いバラってやつでしょ?青は自然界に存在しないとかなんとか」

「そうそう、そんな感じ。まぁ青い花自体は別にあるけどね。花の種類によっては青い品種が無いって話」



別にコスモスに限らず、遺伝子改良とかなんやらで人工的に作ろうと思えば作れるんだろうけども。


でもそうやってわざわざ創り出すよりも、幻は幻のままにしておいた方がなんか『ロマン』がある気がする。

ま、完全に個人の好みだけどね。



「じゃあこの青いコスモスにはまだ花言葉は無いわけね。……私たちで作っちゃう?」

「いやあるよ?花言葉。青春の幻とか秘めた想いとか」

「いやなんであるのよっ!存在しないのに!!」



「ふふふ、実在はしてなくとも確かに『存在』はしてるんだよ!

だからその幻想に思いを馳せて花言葉もつけれちゃうってわけ!粋だよねぇ」

「え~?節操ないわね……なんでもありじゃないの」

「なんでもありなのがいいんだよ!」



それこそ、私の好きな数々の『お話』のように。


実在していなくたって、そこにオモイは重ねられる。

目の前になくたって、私たちのオモイは揺さぶられるのだ。



それって素敵なことだよね。



「だから好きなんだよねー。こういう空想上の花の花言葉とかさ。私が花言葉調べだしたのもそっち方向からだし」

「ふーん……それじゃあ綾小路さんは将来はお花屋さんになるの?」

「ええ~?その気はないかなぁ。花屋って感じでもないし、私」



お母さんには悪いけど、今んところ実家の花屋を継ぐ気はない。

じゃあ私は将来、一体何になりたいんだって話なんだけどね……



「なんでよ、いいじゃないのお花屋さん。女の子の夢ね」

「お花は嫌いじゃないけど、それで生計を立てたいとは思わないかなぁ」



「――奴妻さんは将来の夢ってなにかある?」



私は話の主体を奴妻さんにずらした。

あんまり将来のこととか考えたくないし。


今は、まだ。



「……言っても笑わない?」

「内容による」

「もう!……『お嫁さん』よ」

「へぇ!意外!」



これはまた思いもよらない角度の答えが飛び出してきた。

花屋よりよっぽど女の子の夢じゃん。



「意外って何よ!別に普通でしょ!」

「いやぁ~、私はてっきりお姫様とかトップスターだとか、そういうのかと思ってたから」

「姫扱いはもううんざりよ。別に、有名人になりたい訳でもないしね。

……綾小路さんは私のことなんだと思ってるわけ?」

「え~?じゃあヒメちゃんファンクラブのことはどうなのさ。奴妻さんって『そういう』願望があるんだと思ってたんだけど」

「そういう願望って何よ」



「群衆の上に立つこと」

「私は独裁者かっ!」



なんというか、地位とか名誉とか、そういうポジションが好きなのかと思ってた。

じゃないとわざわざ自分でファンクラブとか作らないだろうし。


「……まぁ?ちょっとはそうだけど?」

「やっぱりその気はあるんじゃん!」

「そりゃそうでしょうに。そんな欲求でもないとあんな面倒なことなんてやってらんないわよ」

「これまた意外。面倒だとは思ってるんだ」



「――でも、それは私が勝ち取るものであって、夢ってのとはちょっと違うのよ。将来の夢って、自分がどうなりたいかでしょ?」

「ふむ?」

「綾小路さんのお花屋さんと一緒。好きなもの、欲しいものとなりたいものってのは別だと思う。

……最近は、それをより感じるようになったかな」

「ほへーなるほどねぇ」



名声が欲しくないわけじゃないけど、別にそこを目指してるわけじゃないってことかな?

奴妻さんにとっては、あったらいいなぁぐらいのものなんだ。


……それであそこまで上り詰めてるのはフツーに凄いけどな。



「イイね、なんか。奴妻さんの夢こそ女の子って感じじゃん。それを恥ずかしがる必要はないと思うよ?」

「……それ、バカにしてない?」

「してないよー!率直な意見!」



だって、奴妻さんが可愛いエプロンを着て、お玉片手にプリプリと子どもたちを叱りつけてるのが容易に想像できるもん。



「奴妻さんはいい奥さんになりそうだねぇ……玉子焼きは下手だけど」

「そっ、それは今後の練習次第でしょーがっ!」

「あはは!じゃあがんばって花嫁修業しとかないとね!」

「必要になったらするわよ。必要になったらね!」



どうやら奴妻さんにはまだ『良い人』はいないらしい。春の訪れは遠そうだね。



……やっぱり、奴妻さんはしっかりしてるなぁ。

曲がりなりにも社会に揉まれた経験があるからだろうか?考えが地に足ついてる気がする。



私の方は、あいも変わらずに葉っぱみたいにふらふらしてるってのに。



「将来の夢、かぁ……」

「……ま!未来に想いを馳せるのはあっちに帰ってからだけどね。今は帰るのが優先。――そうでしょ?」


「……うん、そうだね!」



奴妻さんは髪をくるくると指で弄びながらそう言った。気を使わせちゃったかな?やっぱり私のことを見透かされてる気がする。




――私は将来、何になりたいんだろうか。

昔はあったんだけどなぁ。なりたいもの。




コスモス畑にひとすじの風が吹き抜けて、花びらたちを乗せて空へと飛び立った。

存在しない青色をたたえたコスモスが、右に左にゆらゆらと風に揺られている。



まるで、私みたいに。




* * *




日が傾きだした昼下がり。

蒸し蒸しと肌を撫でる暖かな蒸気……



「こちら!本日のメインイベントその二!

『崖上秘境温泉ツアー!大地に源泉掛け流し!?しっぽり浸かって疲れも一緒に流し出せ!』――でっす!」

「なにその、うちの教師陣が考えたみたいなバカみたいなタイトルは……」



コスモス畑を歩き抜け、森に踏み入り山を登ったその先で。

私たちがたどり着いたのは崖際に沸いた温泉地だ。


角の取られた丸い岩々でそれっぽく囲われた温泉は、そのお湯を惜しげもなく崖から流れ落として自然の滝を作り出している。


遠目から見るとホントにただの滝。さりとてその正体はこの山から湧き出した源泉なのだ。


よもや滝の上が温泉になっているとは誰も思うまい。だから秘境温泉。



「ねぇ、これ入って大丈夫なやつ?そのまま流されて崖から放り出されたりしない?」

「そこんトコロはモーマンタイだよ。端っこにちゃんとロープが張ってあるし、流れも全然だからね。それに手前の方はただの温泉だよ!」



この秘境温泉はちょっとした大浴場くらいのでかさがあるのだ。

滝ができるぐらいなんだから温泉は常に湧きまくってるんだろうけど、お湯の中は不思議と穏やか。


前にモミジさんと一緒に端まで行ってみたけれど、ダバダバと流れ落ちてる見た目に反して全然流れに引っ張られる気配がなかった。



これも何かの術で落ちないようにしてくれてるのかもしれない。術って便利だなー、概念的で。



「中心部分はけっこう深いけど、そこもプールぐらいだから大丈夫!勾配も緩やかだから急に沈む心配もないよ」

「まあこれだけ広かったらねぇ。……ここって誰かが管理してるの?」

「ううん。温泉として整える時に手を加えた意外は自然のままらしいよ?だからここは里の皆しか知らない、知る人ぞ知る秘境温泉なのだ!」

「ふぅん、なるほどね」



奴妻さんは温泉にちゃぷちゃぷと手を浸けながらその安全性を確かめてる。


ババ様曰く、かなりの昔からこの温泉を使ってるらしいし、まさに老舗旅館だ。温泉しかないけど。



「匂いは硫黄系じゃない……檜?深い木の香りがするわねこのお湯。木造でもないのに」

「んん?……あー、言われてみれば確かに」



やおら、温泉に顔を近づけた奴妻さんの目つきが更に鋭くなった。



「不思議な色。まるで透き通った紅茶みたい。温度は……42度くらいか。やや熱めね。それとこのわずかな渋みと酸味。味を見るに弱酸性かしら。ここは異世界だから向こうの常識で考えてもしょうがないけど、湧いてる場所を見るに火山性温泉。それもこんな高い位置に沸いてるんだから、その過程で色んな成分が溶け込んできてるはず……」

「や、奴妻さん?」

「それで?綾小路さん。この温泉の効能は何なの?――――それが一番重要な情報よ」



おおう……ここまで饒舌な奴妻さんは初めて見たかもしれない。

顔をあげた奴妻さんの目が光ってる。キラキラと、まるで子供みたいに。



「奴妻さんって……温泉マニア?」

「何言ってんのよ。温泉を120%楽しむ上で必要なことを確認してるだけじゃない。もちろんコーヒー牛乳は用意してあるわよね?お湯に入って温まるだけが湯浴みじゃないのよ?お風呂に入る前、入りながら、そして入った後の工程のその全てが温泉という体験を至高のものへと引き上げるんだから」

「あっ、ハイ」



そのげんがまさにマニアの証左なんだけど……まあいいか。喜んでるみたいだし。


でも残念ながらコーヒー牛乳はない。

なんか飲み物でも用意しとくんだったかー。


そういや牛乳ってあるんだろうか?

こっちの世界の家畜事情ってどうなってるんだろう。鶏肉やらよくわからん肉やらはお料理に入ってたけど……



「この温泉の効能は疲労回復だよ」

「温泉なんだからそりゃそうでしょうね。他にはなんかないの?」

「いやいや!これがマジなんだよ!どんな不思議な力が働いてるのかわかんないけど、浸かった部分の疲労感がみるみるうちに無くなってくんだよ!」

「ええ……?何よそれ」



それこそまるでお湯に溶けていくかのように、疲労が『吸われて』いく感覚だ。



「これはこの異世界温泉でしか味わえない経験だよーお客さんっ!ひとっ風呂どうだい?」

「ふーん。ま、確かになかなか面白そうな温泉ね。楽しみだわ」

「それでは早速お入りくださいませ!お召し物は私めがお預かりいたしますので!」

「はいはい、よきにはからいなさいな――ってちょっと待って?」



奴妻さんが着物を肩まで下ろしたところではたと止まる。



「え?何?私今から綾小路さんに見られながらお風呂に入るわけ?」

「そうだけど?」



温泉まで連れて来ておいて見るだけだなんてもったいない。


ツアーの残りの予定としては、この温泉で今までの疲れを滝に流してもらって、後は帰ってゆっくり寝るだけなのだから。



「入ってるところ見られたくないならむこう向いてよっか?」

「いやいやいや……そこじゃないのよ問題は。一人で裸になって?私が温泉に入ってるその間、綾小路さんはどうしてるの?」

「そりゃ護衛でしょ。恥ずかしいなら服を脱がずに入っても怒られないとは思うよ?文字通り『掛け流し』天然温泉だし」

「いやいやいやいや……」



「お風呂入ってる横に服着た人がいるのってなんか変じゃない!?」

「ええー!?」



そこなんだ!?気になるの。


奴妻さんは吠える。よくわからない理屈を。



「どう考えてもゆっくりできないのよ!そのシチュエーションじゃっ!!考えてみて?自分が服を脱ぎ捨ててるその横で、対照的に服に身を包んだ人が同時にいるっていう状況を!お風呂場に服着た人がいるってなんかだとは思わない?思うわよね?私はそう思うのよ!」

「うーん、いやどうだろ……あんま気にならない気もするけど……」

「お風呂ってのは聖域なの汚れなきサンクチュアリなの。そこには一点の曇りもあっちゃいけないわけ。それじゃあ私の魂はそそがれないのよ。おわかり?」

「あっ、ハイ……」



まさにお湯が沸騰するぐらいの熱弁だ……さすがはマニア。温泉という体験に対する妥協が一切ない。



「だから綾小路さんも脱ぎなさい。そしてどうせなら一緒に入りなさいよ。それが裸の付き合いってもんよ」

「んーまぁ、奴妻さんがいいならご同伴に預かろうかな?それじゃ遠慮なく――」

「え、ちょ、早っ!?」



私はこの一瞬の間に忍装束を脱ぎ捨てた。


ふふふ。忍者ともなると服を一瞬で脱ぎ去ることなんて造作もないことなのだ。……あんまり使い道のなさそうな技術だけど。



「脱げって言った私がいうのもなんだけど躊躇なさすぎない?もっと恥じらいとかないわけ?」

「えー?他に人もいないし恥ずかしがる要素ないじゃんか」

「人に裸を見せることに対して言ってんだけどね、私は」

「それこそ同性なんだから問題ないでしょ。そんなんで奴妻さん、林間学校のお風呂どうするつもりだったの?」



「もちろん貸切よ。権力とコネに物を言わせてね」

「やっぱ独裁者じゃん!!」



私につられて奴妻さんもこそこそと服を脱ぎだした。こういうのって逆にもたついてる方が変な雰囲気になる気がするんだけどなー。


とりあえず先に入って温泉の安全性を身体で示してあげるとしますかね。



いわば私は温泉ファーストペンギンだ――

なんてどうでもいいことを考えていた私の脳内に、ふと、とある好奇心が湧き上がった。



いやでも『アレ』をこの奴妻さん(温泉マニア)の前でするのは流石にまずいか?しかし……



『せっかくなんだからやっちゃいなよー』

って頭の中の悪魔スズちゃんがささやいてくる。



……ええい!衝動のままに!



「それじゃお先にっ!」

「えっ?」

「あいきゃんフラーーイっ!!!」



私は岩を蹴り上げて飛び上がった。温泉のど真ん中を目掛けて!



どぷんと私の全身がお湯に包まれて、世界の音が遠のいた。

こぽこぽと空気がお湯を上っていく音がする。




そして次に押し寄せて来たのは全身の解放感!




私の身体に溜まっていた負のエネルギーが濁流の様に温泉に流れ出ていく!



「――ぷはぁ!こりゃいいや!」



スズちゃんから聞いてて一回やってみたかったんだよねー!これ!


温泉が湧きだしている中心部は効能が強いらしい。

そこに飛び込んで全身を一気にお湯で包み込むと、温泉の効能がドドっと押し寄せてくるのだ。


しかも、頭のてっぺんからつま先までの全部に!


これがスズちゃん直伝『ジャンピング秘境温泉入浴法』なのだ。これ、へとへとになった後にやったらもっとヤバいかも……



「ほら!奴妻さんもおいでよ!気持ちいいよ!」





「……お」 

「お?」






「お風呂に飛び込むなァーーー!!」





奴妻さんの絶叫が山並みにこだました。

やっぱ怒られたかー。けっこうガチ目に。



『でも楽しかったでしょー?』

……まあね。



ちょっとばつが悪くてお湯に沈んでたら、ケタケタとスズちゃんに笑われたような、そんな気がした。





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