二十七話【愛】
「我が愛しの花君よ。長旅に引き続き、参進の大披露目もご苦労であった。皆も其方の美しさをしかとその目に焼き付けた事だろう」
「なに?その仰々しい言い方。大分上から目線だし」
「ふっ、慣例の口上だよ……次はこっちだ」
長ったらしい参道を歩き抜けて、次に私が案内されたのは奇妙な部屋だった。
建物の中に滝がある。というか、何故か青空も広がってるし、部屋というよりは別空間だった。
その高さに反して静かに注がれている滝の下には、明らかに質量保存の法則を無視した浅い水たまりがある。
それはどこまでも透き通っていて、青空の色を反射して水色に煌めいていた。まるで鏡でも置いてあるみたいだ。
その四隅には竹が生えていて、その水たまりを囲むようにしめ縄が貼られている。
まぁ、いかにも祭祀場ですって感じの趣ね。
「よし姫妃、服を脱ぐんだ」
「は?」
今なんて言った?このエロガッパは。
「そう睨むな。ここでは修祓の儀を行う。俗世の全てを聖水で清め落とし、神の領分にその身を置くための前準備だ」
「わざわざめかしこんできたお姫様を裸に引ん剝くなんて、神さまってのは随分といい趣味してるのね」
「それは神に召し上げられるヒト側の礼儀だ。ヒトとしての晴れ舞台は先ほどの参進で済ませてある」
「へぇ……参列者誰もいなかったけど?」
「何分急な婚儀だったのでな。なに、お前の晴れ姿は私だけが知っていればいい」
ちっ、嫌味もサラリと返された。随分と余裕があるじゃないの。
まぁグダグダ言ってもしょうがない。とっととやろう。
「……で?あんたがそこで見てる意味はあるわけ?」
「もちろんある。そもそもこの儀式は、神の面前でやましいところなど無いと示す意味もあるのでな」
「あっそ」
ぱさりと布が床に落ちる音だけが青空に飲まれていく。
……ったく、一人じゃ脱ぎにくいったらないわ。普通こういうのって介添人がいるもんなんじゃないの?
「おぉ!なんと美しき肢体なことか!それはまるで生命力に溢れた一輪の百合!あるいは薄紅に染まる桜の花びらか……その肌の滑らかなるところは、一個の職人が削りだした一本造の彫像のようであるっ!」
「……そのバカみたいな美辞麗句が必要ないってことぐらいはわかるけど?ぶん殴るわよ」
「くはは!なに、お前のその強がりが癖になってきてな。つい可愛がりたくなってしまうんだ」
何を言ってるんだこいつは……いや、本気で取り合う必要はない。
「私は別に強がってなんか……」
「ないと?おお!そうこの私を侮ってくれるな姫妃よ。お前は友を救うためにその身を神に捧げようとしているんだぞ?それも、たった独りで、だ」
「そんなお前が、今も己の全てを取り払われて私の前で震えているお前が!どうして神の御許に召し上げられることを畏れずにいられようか!」
「……うっさいわね。ぺちゃくちゃ喋ってないでとっとと次の指示を頂戴」
「くはははは!仰せのままに我が姫よ。それなら次はそこの聖水で身を清めるんだ」
こいつのペースに付き合ってなんかいられない。こいつはこうやってイニシアチブを稼いでいるだけだ。『今後』の私たちの関係で、優位を取れるように。
あるいは、私をからかって楽しんでいるだけか……どちらにせよこんな口撃に負けるわけにはいかない。私の肩には、サネの命がかかっているんだから。
透き通るようなその水色に反して、水の中は不思議と冷たくはなかった。
「全身で浸かるんだぞ?頭までな」
その水たまりはちょうど人1人分の深さがあった。水たまりというよりは風呂ね。青空の下にあるし、露天風呂みたいなもんか。
……露天風呂、か。サネと入った滝上のお風呂は綺麗だったな。
無駄にだだっ広いその風呂に寝そべって、私は仰向けで水につかる。
温度のないその水は私の体温と混じり合って、まるで水と一体化したみたいだった。
……大丈夫、他に変わったところはとくにない。私は依然として、私のままだ。
まだ、私は奴妻姫妃なんだ。人間の……
「よしいいぞ、もうあがっても」
私が身体を起こすと、周囲の竹からしゅるしゅると枝が伸びてくる。
その葉っぱが私の身体に巻き付いていって……それは光とともに衣服に変わった。
真っ白な、純白の白無垢だ。
「よく似合っているじゃないか姫妃」
「あんたに褒められてもうれしくないわね」
タケミカヅキが私の目の前で指をふる。
それに合わせて、私の身体を濡らしていた水が弾けて、どこからともなく鈴の音がした。
「さぁ、次はいよいよ式場だ。覚悟はいいか?」
「覚悟もなにもないわ。とっとと行くわよ」
「ハッハッハ!良い威勢だ」
そうだ。何と言われようと私のやることは変わらない。
サネを取り戻す。その為にはこんな所で足をすくませている暇はないのだ。
……早く、サネに会いたいな。
また、あの能天気な声が聞きたい。
それが聞ければ私のこのもやもやも————
きっと全部吹き飛ばしてくれるって、そう思うから。
…
…
…
「アナ、オンバサバサラノワカタケルノミコ————」
(式を挙げるならお母さんの式場でって決めてたのに……)
私は今、どこの馬の骨ともわからない神さまと、和風の式を上げている。
誰にも祝われないままに。
ヴァージンロードだって、お母さんにも来てもらって三人で歩こうと思ってたのに……この調子じゃそんな演目はなさそうだった。
「————カミノミカシコミ、オンソワカ」
一ミリも理解できない祝詞奏上がようやく終わる。
神父も来賓もいない二人だけの式で、この広い式場の中で一人、タケミカヅキが長ったらしい祝詞を読み上げてるのはシュールだ。
「姫妃、この盃に四度、口をつけろ。きちんと中の酒も都度口に含めるんだぞ」
「……私、未成年だからお酒飲めないんだけど」
「?何を言ってる。下戸なら少量でもいいぞ」
「はいはい……」
私に拒否権はない。木で作られた大きな盃に口をつける。
初めて口にするお酒は、なんというか甘い香りがした。……ちょっとはしたないけど、飲まずにそのまま戻しとこう。
酔っぱらって前後不覚になっちゃったらどうなるかわかんないし。
「はい、飲んだわよ」
「よし。じゃあ次は私だ」
タケミカヅキは私から盃を受け取ると……それをぐいっと一気に煽りきった。
わ、私の唾液ごと……こんなんならちゃんと飲んどくんだった!
「よし、じゃあ次は共に誓言を読み上げるぞ。私に続いて同じ言葉を紡ぐんだ」
「ちょ、ちょっと待って!読み上げ原稿とかないの!?」
「む?ううん……しまらないがしょうがないか。ほら、これを読むといい」
しゅるしゅると虚空から広げられた巻物には、びっしりと文字が書かれている。
なっが……全部ひらがなだし。
しかも、なーんか物騒なことも書いてあるな。『我が身我が心我が魂の永久の結び付きを誓う』……ねぇ。
「それではいくぞ?オンバサバサ————」
「オンバサバサノ————」
こういうのって、普通は神さまに向かって誓うんだけど、その神様は私の隣にいる。今、私たちは一体誰に何を誓ってるんだろうか?
「————オンソワカ」
「オンソワカ」
「よしよし!ここまでは順調だぞ。それじゃあ次はいよいよ勾玉分割を行う!」
どうやら神婚は順調に進んでいるらしい。そりゃそうだ。これで順調じゃないと私も困る。こっちはそのために大人しく従ってんだから。
……と、ここに来て私の聞きなれない演目が飛び出してきた。勾玉なんて言葉を久しぶりに聞いた気がする。
「なにそれ?私はどうすればいいの?」
「まぁそこで見ていろ。ここが神婚の一番の見どころだぞ」
「————我が琥珀をここに!」
タケミカヅキが大きく宣言すると、巨大なオレンジ色の結晶が中心に聳え立った。
あれは……アンバー?
「これは私が用意した最大級の琥珀だ。ここまでの規模の物は移世はおろか、この四方でもそうはお目にかかれまい。そして————」
タケミカヅキはこれまた虚空から取り出した小さな木槌で、それをこつんと叩く。
「オンソワカ!」
じわじわとその叩かれた部分から緑色の光が広がって、琥珀が光に包まれていく。それはみるみるうちにその輪郭ごと小さくなって……
光は手のひらサイズの球になった。それは二つの勾玉が互い違いに向き合ってできている。琥珀で勾玉を作ったってことか。てことはこの後は……
「この大きさの琥珀をこの速さで、ここまで圧縮できる者は私を除いてはいない!これは何者にも奪われず、何物も砕くことはできぬ神の装身具なのだ!」
「故に、これを分割し分け与えることができるのもこの世で私しかいないということになる。——我が神具を花君に!」
ぱきりと勾玉が二つに分かれて、その片割れが私の手元にやって来た。
よく見る緑色に染められたその勾玉の深奥には、琥珀のオレンジがまだその輝きを保っていた。
つまりは指輪交換的なことか?
「耳に付けろ。それで勾玉分割は完了だ」
「こんなデカい奴を!?どうやって!?」
「大丈夫だ。そう念じるだけでいい」
「それじゃあ……左耳につけ!」
言われた通りに念じてみると、勾玉はさらにその大きさを変えて私の左耳に装着された。
なにこれ。耳たぶをはさんでくるのかと思ったら、勾玉はぷかぷかと浮いていた。不思議パワーだ。
……これ、ピアス穴あけなくて良いから便利だな。
「それではここで一旦休憩とする!皆の者はぞんぶんにこの宴を楽しんでくれ!」
「それ誰に向かって言ってんの?誰もいないのに宴で一休みする理由って?」
「む、そう思うのも無理はないが、儀式には全て意味がある。この手順によって先ほど述べた誓言や勾玉に力を込めてるんだ」
「ふぅん……」
だからって人形みたいなのを出してわざわざフリをするのはどうなんだ?これでちゃんと力が溜まると思えないんだけど……
「力が溜まるまで今しばらくかかる。その間は私の話にでも付き合え」
「和気藹々と話す気分じゃないんですけど?」
「まぁそうつれないことを言うな……姫妃、お前も年頃だろう。誰かと年ごろになったりしたことはないのか?」
「なに?急に……恋バナするって雰囲気でもないでしょ」
結婚式で花嫁の男性関係を掘り起こすなんてタブーだぞ。どう考えても荒らしに来てるとしか思えないムーブだ。
「なに、今から嫁にもらう娘の遍歴を確認しておくのは大事だろう?どのような経験をしてきたのかをな」
「……同性という事を差し引いても絶妙にキモイわね、その確認作業」
「もちろん性別を問わずだぞ?そのような些事など恋の前には無意味だからな」
「恋……ねぇ」
そういえば、私は恋をしたことが無い。
それこそ色んな恋愛事情には通じてたし、当然のように世の恋愛漫画やらドラマやらは履修済みだけれど、自分が誰かに恋を感じたことは一度だってなかった。
ぶっちゃけ、その過程にはあんまり興味がなかったから。
むしろ私は、二人がくっついた後にどうなっていくのかという、結果の『その先』の方に関心があった。
愛し合う二人が結ばれた、その先の物語に。
まぁ、大抵は話を転がすためにアクシデントが挿入されるんだけど。
現実の方でもファンクラブの子の恋愛相談にも乗ってあげたし、実際何組もカップルを作ってきた。
でも、恋に恋する乙女の気持ちってやつは、ついぞ私には湧いてこなかった。
「おあいにく様、私はぴちぴちの純潔よ。男とも女とも浮名を流したことは一度たりともないわ。良かったわね」
「私としてはそこに拘りは無いんだが……年頃の娘としてはどうなんだ?それは」
「な、なによ!普通は貞淑で評価点が高いところでしょ!?」
「いやぁ、もっとこうなんというか……将来的に大丈夫かなと。何事も経験だぞ?」
「ガチのトーンで心配するのやめてくれない!?」
なんでこれで私がおかしい感じになってんだ!
「別に私は誰彼と寝るような尻軽じゃないってだけ!あっちじゃこれが普通なの!」
「枯れているなぁ、お前は。それだって愛の一つではあろうに」
「フン!そんな欲にまみれた愛に何の価値があるってんのよ!そもそも、私を燃え上がらせてくれるような奴がいなかっただけよ」
「まぁそれはそうなんだろうが……お前はどこか冷めてるな。若い身空からそれでいてどうする」
「草の子の生は神と違って短いんだから……恋慕も情愛も劣情も、それこそ、あのもう一人の姫に向けたようなあの感情こそが生きる上で重要なんだ」
なんか……タケミカヅキのありがたい説法が始まった。なんで私が諭されてるんだ?
「ねぇ、いつからここは恋愛相談所になったわけ?」
「迷える者を導くのもまた神の務めだろう?それが己の伴侶であるならばなおさらだ」
「だーれが迷ってるって?」
……でも、こいつの言うことも一理ある。
もしかすると、私は本来の目的を見失っていたばかりか、根本の考え方すら間違ってたのかもしれない。
愛が生まれるのは……なにも運命の出会いに電撃が走るからでも、白馬の王子様がやって来るからでもない。
恋を、情を、オモイを、関係を、育んでいったその先に。
自分で育てたその先にこそ、誰かに対する『愛』があるのかもしれない。
思い当たるフシはいくつかあった。私はそれを、ずっと近くで見てきたはずなのに……
もしかすると、あのままヤマト君と関係を続けていたら私も……
……いやないな。流石にあの時はどっちもガキすぎた。
まぁ、中にはそういう時期から育んでいる人もいるんだろうけど……
「なにか、好いたことがある奴の特徴とかはないのか?どういう奴がいいとか、こういう奴を抱きたいとか」
「そんなの、わき目も降らずに私を一生愛してくれる人ね」
「ふむ、なるほど重要だ。……他には?見た目とか性格とか、地位や名誉とかでもいい」
「その辺はどうだっていいわね。でも家はちゃんとした一軒家に住みたいし、子どもは男の子と女の子の最低一人ずつは欲しいし、犬も飼いたいし定期的にデートにも連れていってほしいわ。つまり我が家のみんなが幸せに暮らせるだけの経済力は最低限必要ってことね」
「お、おう……」
これは私が昔から考えていた理想の家族プランだ。
この条件だけみると、タケミカヅキは全部満たせそうで困る。なんとか否定しとかないと……
「だが、それは結ばれた後の話じゃないか?」
「むしろそこを想定していない、想像もしてない奴は願い下げってことよ。こっちは遊びでやってんじゃないんだから」
「むしろこんなに『遊び』のない奴ははじめてだぞ……」
「あ、そうだ。当然『遊んで』るやつは論外ね。そういや帝さまは随分と男女間に一家言があるみたいだけど、そりゃあさぞかし経験豊富なんでしょうねぇ」
「……まぁな。だが今はキチンと独り身だぞ?」
よし、これは効いたみたいだ。
というかこいつ、神さまのくせにやけに人間臭いというか俗っぽいっていうか……
遊んできた過去があるから相手に後ろめたいだなんて、そんなまともな感情があること自体が驚きだわ。
まぁ、でも人間なんてのは簡単に変わるもんだ。いつだって手のひらを返せる柔軟性こそが人間の多様性を生んでいるんだから。
ヤマト君だって、今は色々と経験していい男になってるかもしれないし、今まさにこう言ってる私自身も、案外タケミカヅキともうまくやっていけるのかもしれない。
大事なのは、これからどういう関係を築いていくかなんだから。
————だから、サネも、サネだって……
異世界じゃなくて。忍じゃなくて。あっちに帰るんじゃなくて。
もしかしたらもしかすると……私を、選んでくれるかもしれないんだから。
別に、打算がなかったわけじゃない。
サネならきっと、神さまになった私を置いていかないだろうって。こっちに残ってくれるだろうって。
そのまま私を見捨てないだろうって、そう思わなかったわけじゃない。
だから、私はこの身を捧げたんだから。
これはかなり分の良い勝負だった。タケミカヅキが私の神賭けを受けた時点で、私の勝ちは確定した。
だから、後は流れ作業だ。この婚儀を粛々とこなして、サネを取り戻して、それからこれからのことを考えるだけ。
……それだけの、はずなのに。
(白馬の王子様が助けに来てくれるのを待ってる自分がいる)
私の王子様は、もういないってのに……
いつから私はこんな乙女チックになったんだ?……そんなの決まってる。
サネが。
私が困ってるときは、いつだってサネが助けてくれたから。
サネが。
私が抱えていた色んな問題に、サネが気づかせてくれたから。
サネサネサネサネ。私の頭はサネばっか。
「……不安か?これからのことが」
「別に。あとどれくらいこの儀式に付き合わなきゃいけないのかを考えてうんざりしてただけよ」
「そう案ずるな。儀式はあと少しだ。それが終われば、あいつをきっとお前の下に取り戻してやろう」
「そうしてあいつも私の嫁に迎えるんだ……そのほうが、お前も嬉しいだろう?」
「……」
サネのことを思うなら。そんなのを受け入れるわけにはいかない。
でも、心の中の冷静な私がそれを否定する。
サネを蘇らせる前に、タケミカヅキと口裏を合わせようなんてことまで考えている。
サネが、どうすれば私の所から離れていかないのかを。
そんなことばかり考えている。
どうして?
————あ、そっか。
「私、好きなんだ……」
それは自然と口からこぼれた言葉だった。
『好き』
私は、奴妻姫妃は。
サネが、綾小路実秋のことが……好きだ。
————恋愛的に。
「ふ、ふふふ、あはははっ!」
「お、おいどうした?大丈夫か……?」
あまりにも腑に落ちすぎて笑えてくる。さっきまでぐだぐだ考えてたこと全部、自分のことじゃんか!
私はずっと、愛を知らず知らずのうちに育ててたんだ。
サネはずっと、私の愛に水をくれていた。
それがどんどんと大きくなっていって……花開いていたことに、今ようやく気が付いた。
「あーあ、私は普通の女の子だったのに。サネのせいでおかしくなっちゃったみたい」
「……ふっ、どうやら答えは得たようだな」
「私は迷いを抱えた花を抱くほど落ちぶれちゃいない。お前のオモイを知ったそのうえで……二人とも手籠めにしてやろうじゃないか」
ああ、好き、好き、大好き。
私は女の子を好きになった。
でも不思議と嫌な気はしなかった。
それよりもこんなに——
こんなにも、胸が締め付けられるものなんだ。愛ってのは。
子どもを作れなくたっていい。ペットも大きな家も、お金だっていらない。
ただ、いつもみたいに一緒にいてくれれば、それだけで……
私の隣で笑っていてくれれば、それだけでいいんだ。
「……笑ったり泣いたりと、忙しない奴だな」
「しっ、知らないの……?女の子は情緒不安定なものなのよ……」
「……ああ。よーく知っているとも」
「————さぁ、それじゃあ婚儀を再開しようじゃないか!」
ああ、サネも神さまになってくれないかなぁ。そしたらずっと、一緒にいられるのに。
貴女の人生を、全部私にください————なーんて。
そんなの、サネに言えるわけがないのに。
知られたくない。この気持ちを。
壊したくない。私たちの関係を。
例え、人と神とで永遠に別たれようとも————
サネに嫌われたくない。拒絶されたくない。
そんなの、絶対耐えられないから。
サネとケンカした時の反応なんてまさにそれじゃんか。
サネに嫌われたくなくて、離れてほしくなくて、好かれたくて、サネにすり寄って。
別のところばっか見ているあの人の気を、なんとか自分に引きたいだけの、ただの乙女だった。
……やば。こうやって自己分析するとはっずいな私。独占欲丸出しじゃん。
あんなに自分は『束縛しすぎるのはよくないよ。時には引くことも大事だよ』なんてご高説を垂れてたくせに。
ああ……これが人を好きになるってことなんだ。合理も理論も常識も、全部振り切ったその先にある熱いオモイなんだ。
だからみんな……あんなに必死だったのかな。
「玉串奉奠をする前にここまで仕上がるとは……やはりお前は神側に似ているな」
「それ褒めてんの?」
「神に成りうる人間というのは限られている。お前にはその資質がある。これならこの次の儀式も問題はないだろう」
タケミカヅキは部屋奥の祭壇に安置されていた、葉っぱのついた枝を恭しく取り上げた。その枝には白い紙がついている。神社とかでよく見る奴だ。
「ほら、この玉串をこう……回して祈るのだ」
「祈るって……何を?」
「お前の、奴妻姫妃の根幹を」
「この世に生まれ落ち、そして死ぬまでの人生の中で、燦然と輝くたった一つの大切なもの。お前という存在を現す、唯一無二たる絶対の概念」
「それこそがお前だけの輝き。神とは何かを司るモノ。ヒトと神との違いは、それが何かをわかっているかどうかだけの話なのだ」
私はその玉串を受け取る。言われた通りに向きを変えて……その枝を握りしめた。
このオモイを自覚してからというものの……ずっと胸が苦しい。ドキドキする。
もう冷静に判断してたころの私には戻れない。
だって火がついちゃったから。
この火を絶やすつもりなんてないんだから。
私はサネを取り戻す。
私がサネを取り返すんだ。
私の元に————私のものに。
したいと想うだけなら……許してくれるよね。
「なるほど……こうなったか」
玉串は燃え上がった。その葉も紙も何もかもが、炎に変換される。
赤くて黒い……私の炎。
これは情を焚べて恋を燃え上がらせる……『愛』の炎だ。
————なぜだか私は、そう思った。
「……玉串、全部燃えちゃったけど?」
「いいさ。重要なのはこの結果だ。その枝をひっくり返して祭壇に置いておけ」
私は玉串の枝を祭壇に置く。炎は依然として燃えたままだ。
祭壇に置いたそれはふわりと光の粒子となって、どこかへと消えていった。
「……よし。これでようやく最後だ」
「やっとね。最後は何するの?とっととこの茶番を終わらせて『次』に行きましょ?」
「神婚の最後を飾るのは……神族配の儀だ。やることは単純」
「私とお前とで口づけを交わす。少し長くなるが我慢しろ」
「……は?今まで和風でやって来たのに急にウエディング?宗教観どうなってんのよ」
ようは誓いのキスってこと?それって別の宗教の概念なんじゃ……
「む、何を言っているかわからんが、口づけというのは古来より儀式として重要な行為なんだぞ?」
「口とは言葉を紡ぐ場所。それはすなわち他者と自己とが交わる場所であり、内と外とを繋ぐ門の役割も果たしている」
「口づけによってお互いの門と門とが繋がることで神は人の魂に触れる。そうして互いの魂を交わらせることこそが神族配の儀だ」
「お前が受け入れ私が入る。そうして魂に誓言を刻み込み、人は神へと生まれ変わる」
「……」
「さぁいよいよだ。これをもって、奴妻姫妃は神となるのだ!」
そっか、いよいよか……
もうこれで後戻りはできない。するつもりもないけど。
私はそのままタケミカヅキに腰を抱き寄せられる。まるで劇のワンシーンのように、のけぞる私と覗き込むタケミカヅキの視線が交わる。
「受け入れろ奴妻姫妃。私の口づけを————」
良かった。人工呼吸でもなんでも、サネが私のハジメテを奪ってくれていて。
その思い出だけで……私はこれからの神さま生活を頑張れるから。
女は上書き保存だなんて噓ばっかりだ。このオモイはこのキモチは……やっぱり簡単には捨てられそうにもない。
こんなの忘れられない。いや、忘れてなんかやるもんですか。例え何年、何百年たっても、ずっと……
ずっとずっと、私はサネを想おう。
その想いを焚べて、この星一つない夜空に炎を灯すんだ。
サネがいつだって見上げて……私を思い出せるように。
私のことを、思い出してくれるように——
「その結婚待ったぁああああああ!」
「「!?」」
天井が吹き飛ぶ。見上げた宙を何かが飛んでいる。
私の心臓がドキンと飛び跳ねた。それはずっと、ずっとずっと聞きたかった声。
「なんだ!?何奴っ——グワァー!?」
「あーー!ごめんっ!減速が……」
私の目の前からタケミカヅキが消える。この社をぶっ壊して入ってきた何かに吹っ飛ばされて。
それは物凄いスピードで突っ込んできた。だから、遅れてやってきた暴風に私の全身は掬い上げられる。
「きゃっ!?」
「あっ!まずい!」
空を舞う私を、その誰かが抱きとめた。
それが誰かなんて、言うまでもなかった。
その声を聞いた時に。
その姿を見た時に。
その腕に、優しく抱かれたその時に。
私は確かに聞いたんだから。
「——ヒメ!迎えにきたよ!」
「……もう、遅いわよバカっ……!」
————私の心が、恋に落ちる音を。




