二十五話【契】
そこは最初の時通った竹筒の中だった。
私たちは今、白い光に包まれたその中をふわふわと上に向かって移動している。
今回は祠からダイレクトルートだったけど、これがあっちとこっちを繋ぐ連絡道みたいなものなのかな?
『あーあ、せっかく僕が帰してあげたってのに戻ってきちゃったよ』
そこには私とノコたろうと……事主さまがいた。おお、ホントにお手頃サイズのお月様だ。
事主さまは完全に口をへの字に曲げながら、不機嫌そうにくるくるくるくると回っている。
口だけついてて不気味かと思いきや、こうやって直に見てみると案外カワイイかも……
「事主さま。何だかんだで手伝ってくれてありがとうございます」
『べぇっつにー?僕は自分の目の前で命が散るのを是とするような悪い神さまじゃないってだけだしー』
お、なんかその言い方ヒメっぽい。素直じゃないときのコミュニケーションだね。
口ではこう言いつつも、内心は心配してくれてるんだよね。私はそういうのに詳しいのだ。
「ノコたろうも助けに来てくれてありがと」
『ぴぃ~』
ノコたろうにはお礼のスリスリ攻撃をしておく。あんまり嫌がってないあたり、これはコミュニケーションとして成立してるんだろう。
私の肌がタケノコの産毛で削られていくけど安いもんだ。
ノコたろうがいないと私は帰ってこれなかった。この子は自分が帰れないかもしれないってのに、私のために向こうまでついてきてくれたんだから。
『あんまり子どもをたぶらかすのはやめて欲しいね。はーやだやだ、幼いが故の無鉄砲さってこわいねー』
「あ、やっぱりノコたろうって子どもなんだ?」
『そりゃね。その子は事の重大さを認識してないだけだよ……竹氏にはきつく言っとかないと!ちゃんと教育しとけってさ!』
『というか、僕からしてみれば君も子どもで無鉄砲なんだけどね。この僕があんっっっ……なに口を出してあげたのにさぁ!』
「たはは……面目ない」
なんか声が声だけに、ぷりぷりって感じがしてあんまり怖くない。小っちゃい子を相手してる気分だ。
事主さまには色々と言われたけど、そのどれもが私を思っての発言だった。
……いや、一回だけ意味不明な噓つかれてからかわれたけど。まぁそれもご愛嬌ってやつだね。
『おうおう!事主さまを袖にするなんてやるじゃねぇの嬢ちゃん!』
「いやぁそれほどでも……って、え?今の声は……」
聞き覚えのない声が何処からか聞こえてくる。
気づけば、ざわざわと私たちの周りが喧噪に包まれていた。
『此処だよここ此処!こっちだ嬢ちゃん!』
そのひと際大きな声の方を見ると、いつの間にか筒の中にぼんやりとした光の玉がにじみ出している。
それは大小様々な大きさと色をしていて、ふわふわと私たちの周りを取り囲んでいた。
なんかイルミネーションみたいで賑やかだ。
『あ、お前らぁ!勝手に出てきちゃダメじゃないか!』
『何言ってるんですか事主さま!竹っこがそこにいるんですから今さらですよ!』
「こ、事主さま、この喋る光は一体……?」
『はん。こいつらはこの祀り林に住まう名も無き神々さ』
「名も無き神さま?」
『群にして群れ、総にして個たる林の神性にして、八百万の一角……』
『まっ!この僕には及ばない木っ端の集まりってことだね』
『ひでぇや事主さま!そりゃねーぜ!』
"そーだそーだー!"
"言い過ぎだぞー!"
『ふんだ!どうせ今も物見遊山しに来ただけだろ!』
おお、なんがガヤみたいなのが筒の外からも聞えてきた。
もしかして、ここを通る時に聞こえてた人の声みたいなのって、この神たちの声だったのかな?
『ぴぃ~!』
「あっ、ノコたろう?」
ノコたろうがその中の一つに向かって飛び上がると、その身体が粒子となって小さな光の玉になった。
ノコたろうの光は飛びついていった大きな緑色の光の周囲を元気に飛び交う。
『我が子がお世話になりました綾小路さま。あちらでのことも、あの林の中でのことも』
「あっ、はい。いや、助けられたのはこっちの方でして……」
私はその大きな光さんに話しかけられる。
口ぶりからすると、ノコたろうのお母さんだろうか?すっごい優しい声をしてるね。
『ぴぃ!』
『この子も楽しかったと言っています。それと、このお名前も気に入っていると』
「おお、ノコたろう……そうなんだ」
『この子に名付けをしていただいてありがとうございます。重ねて御身に大きな感謝を』
「ええ!?いや、結構ノリでつけたというかなんといいますか……私も気にいってるんですけどね!?」
そんな重々しく受け取られると思ってなかったというか、愛称をつけただけと言いますか……
『実秋。名付けってのは僕らにとって重要な行為なんだよ。その子はこれから君につけてもらったノコたろうという名を背負って生きていくのさ』
『ぴぃ!』
「そ、そうなの!?ノコたろうはそれでいいの!?」
『ぴぃ~』
ノコたろうは嬉しそうに私の周りを飛び回ると、いつもみたいにほっぺにくっついてくる。
光の玉は、なんというかふんわりと暖かかった。あっためた蒸しパンの中身みたいな……
『ま、名前なんてのは数ある側面の一つに過ぎない。重要なのは誰にどうやってつけられたかだよ』
『ノコたろうは竹氏にして、人の子綾小路実秋よりその名を授けられた……そういう肩書が一つ、この子に増えるだけさ』
「なるほど……そっか。なんかそう言われると感慨深いかも」
『ピ!』
私はノコたろうの名付け親になったというわけだ。
そういや竹氏って結局なんなんだろう?神さまになる前の精霊的な感じとか?
そうなると、私はいつかノコたろうがビッグな神さまになった時の、その逸話の一つを担う存在だということになる。
「……今からノコたろう教でもつくっといた方がいいかな?」
『そういう方向に振り切るのは君の悪い癖だよねぇ!?』
珍しく事主さまからツッコミが入る。
まぁそんなことしてたらヒメに怒られそうだからやんないけど。「私を信仰しなさいよ!」とか言いそうだし。
『ま、いいけどさー別に。……それじゃ、ここまで来たついでにお互いの後顧の憂いも解消しておこうか』
「?」
そんなことを言いながら、事主さまが私の目の前にくるりと回り込んできた。
なんだなんだ?
『君もヒメちゃんも最後は向こうに帰りたいんだろ?それじゃどの道僕んとこにくるハメになるんだから、今そのへんのことを神賭けで決めとこうじゃないか』
「おおー!ありがとうございます!」
事主さま話が早くって助かる!
せっかくご本人が目の前にいるんだもんね。当初の目的だった『帰り』のことを一足先に相談できるのはありがたいことだ。
『じゃあ順を追っていくからね?まず君が僕に帰りを保証してもらうことを懇願して、僕がそれに対価を示すから実秋はそれにハイと答えること。それで神賭けは成立だ』
「了解です!」
『答えはハイだからね?元気よく、ハッキリと答えるんだ』
「はいっ!わかりました!」
『うんうん、素直でよろしい』
『それじゃあ懇願をどうぞー』
……やば、なんて言えばいいんだろ?
ええっと、タイミングはこっちで決めれるようにするとして……まずい。先に考えとくんだった!
「え~っと……事主さま!私とヒメがあっちの世界に帰りたいときに帰れるようにしてください!」
『いいよー。それじゃあ対価として君がヒメちゃんの神婚を止められなかった時は二人まとめてウチの子になってね』
「はいっ!」
……んん?
いま、事主さまなんて言った?
なんか対価が変だったような……
『お、言ったね?』
事主さまのお口がニヤリと笑う。
あっ、まずい。これやらかしたかも————
『ここに!月葉御言主の名において綾小路実秋との神賭けの成立を宣言するッッ!!』
「え、え!?ちょっと待って!さっきの対価って……」
『だから言ったじゃんか。
——素直さは時として愚かだってさ!』
「え、えええ~~~!?」
どこからともなくドドンと太鼓が打ち鳴らされる。
そういやこの太鼓って一体なんなんだろうか……じゃなくて!
対価がどうって話を全然してなかった!色々あって安心しきってて油断したぁ!
「こ、事主さまの裏切者ぉ!信じてたのに!こんなの詐欺じゃんかっ!」
『へへーんだ!実秋はちゃんとハイって受け入れたもんねー!さっきの太鼓がその証拠だ!』
「というかその対価ってどういうことなんですか!?説明求む!」
ヒメは帝とよろしくにゃんにゃんじゃなかったの!?
いや、確かに戻ることだけ考えてて、そっから先をどうするかなんて具体的には何も考えてなかったわけだけど……
『これは君と僕との勝負さ!今、ヒメちゃんはミカとの神婚儀式の真っ最中!しかもそれは神賭けの対価だから、ただ連れ去っても意味が無い!』
『君は二人の婚儀が完了するその前に!月まで戻ってミカと神賭けをし、神婚を取りやめさせないといけない!神賭けの強制力を上書きできるのは神賭けだけだからね』
「な、なるほど……?」
『ちなみに神婚が成立しちゃうと離縁は死ぬほどめんどうだということは先に言っておくね!しかも君らが望む元の状態に戻れるとは思わないことだよ!』
やたらノリノリな事主さまは最後にそう付け加えた。
確か、神婚すると神さまになるんだっけか。その変化は不可逆ってことらしい。
というか……
「なーんか楽しんでません?事主さま」
『こんな面白いことがまたとあるかよ!神賭けってのはこういう事をする為に使うものなのサァ~』
「ち、ちなみにその婚儀ってのはいまどのくらい進んでいるんですか……?」
『んー……ちょうど半分くらいじゃないかな!』
「やばいじゃん!」
いいい、急がないとっ!
というかのんきに話してる場合じゃないじゃん!事主さまの神賭けを置いといても、ヒメの方で神婚が成立しちゃったらヒメが帰れなくなるんだから!
『じたばたしてもここの速度は変わんないよー』
私がわたわたと空を切っていると、光の中の一つが私に近づいてきた。
『主、主、我が主よ————聞こえますか』
「その声は……もしかして樹霊さん?」
『はい、お久しぶりです我が主。私は主のおかげで神々の末席に召し上げて頂いたのです』
「おお、そうなんだ……おめでとう、でいいのかな?」
私が樹霊さんを起こして、一緒に戦った功績が認められたからってことでいいのかな?樹霊の出世ルート的な。
『ずっと主に御礼を言いたかったのですが……主の戦いはまだ終わってないご様子。私は今一度、御身の下で働きたいと思いはせ参じました』
「ええ?また手伝ってもらえるならありがたい話だけど……いいの?」
『こらこら、勝手に話を進めちゃダメだよ。——お前もそれでいいのか?実秋の力になるってことは、もう一度ただの木に戻るってことだ』
『お前はそのまま意識を失って、神に戻ることは二度とできないんだよ』
「ええ!?そうなんですか!?」
せっかく出世できたのに……それを捨ててまで?
『はい事主さま。私は承知の上です。例え林の末席から降ろされようとも……今一度、主の下でご一緒したいのです』
「樹霊さん……」
でも樹霊さんの意思は固かった。
この辺の価値観は私の常識では推し量れない。
でもなんと言うか……そこまでしてもらう価値が私にはあるんだろうか。
『嬢ちゃん、受けとってやんな。そいつぁできたやつだよ。ここに召し上げられた後も、ずっとあんたのこと気にしてたのさ』
『主に使われるが樹霊の誉れ。それを全うしたいたぁ、見上げたやつよ』
「名無しさん……わかりました」
「樹霊さん!こちらこそよろしくお願いします!私に力を貸して下さい!」
『喜んで————ありがとうございます、我が主よ』
樹霊さんの光は形を変えて、一本の木のクナイとなる。それを握れば、手のひらから確かな温もりがじんわりと伝わってくる。
樹霊さんクナイはあの相棒だったクナイみたいに、やけに手になじんでくれた。
なんとなく、他にも色々できそうな予感がある。
『あーあ、殊勝な奴だねぇ。使命に殉じることを選ぶなんてさー』
『事主さま!俺らも嬢ちゃんに手を貸してやりますが構いませんよね!?』
『んなっ!?ダメだよダメダメ!それじゃ"げぇむ"にならないじゃないか!過度な肩入れは禁止だよ禁止ぃ!』
どうやら名も無き神さまたちも私に力を貸してくれるらしい。これも樹霊さんがみんなに話してくれたおかげかな?
『なーにが肩入れ禁止ですか!そもそもアンタだって贔屓のニンゲンを観察して介入したりしてるでしょうが!この子が崖から落ちた時とか宙から落ちた時とか!』
"そーだそーだー!"
"いいぞー!もっと言ってやれー!"
代表の神を応援するガヤが筒の外からたくさん聞こえてくる。
というか、やっぱりあの時助けてくれたの事主さまだったんじゃん!
『おい!そのことを言うなよお前らぁ!』
「な、なんでわざわざそんな噓を……?」
『それはだな嬢ちゃん。この御方は皮肉屋なもんで、ヒトと素直に接するのが苦手なんだよ』
『あーあーあー!もう!余計なことは言わなくていい!』
事主さまはその月を真っ赤にしながら、これまでで一番ぐるぐると回っている。そのボディってちゃんとそんな機能もあったんだ……というか照れてて可愛いなこの神さま。
なんというか……素直じゃないねぇ。あの素直うんぬんの発言も思うところがあったのかな?
『ほら!君も変な事考えてないでとっととヒメちゃんを助けに行って来い!』
「うわわわっ!?」
事主さまの照れ隠しの体当たりをくらうと、私だけ上昇するスピードが加速する。
「————ノコたろうー!他の皆さんもっ!ありがとー!私がんばります!」
『ぴぴぃ!』
『おおー!やったれ嬢ちゃん!タケと事主さまの鼻を明かしてやれー!』
"がんばれー!"
"応援してるよー!"
みんなの応援がどんどんと遠ざかっていく。
私はそのまま、スポっと筒から放り出された。
筒を通り越したその先の夜空は、相も変わらずにシンとした静謐さに包まれている。
そして私の視界を埋め尽くしているのは……大きな大きな白い月。
多分、これが事主さまの本体なんだろうな
「はぁ、全く騒がしい奴らだね。でもこれはそれだけのお祭りってことさ」
その大きな月の真ん中に、真一文字な口が開かれる。
そこから聞こえてくるのは鈴を転がしたような気だるげな声だ。
ぶっきらぼうで皮肉っぽくって、偶に噓も混じってる……
でもどこか優しい、そんな言葉だ。
「みんな君に、君たちに注目してる。ま、せいぜいがんばるこったね」
その事主さまの態度には……身に覚えがあった。
「事主さまは……どうして私を助けてくれるんですか?」
モミジさんに聞いたのと同じ言葉を、同じ意味で聞く。
どうしてだかわかんないけど……事主さまもモミジさんと同じような気がした。
私を気にかけてくれてるというか……
「……別に。僕は古い盟約に従ってるだけだよ」
「それは……それも神賭けで?」
「いやぁ、そんな大層なもんじゃないさ。こんなのいつだって裏切れるし、僕の気分でいつ反故にしたっていい……でも」
「それでも無視できないし、それでも忘れられない。そんな厄介な————ただの口約束だよ」
「……?」
誰かとの約束を大事にしてるんだろうか。
神賭けで強制されたものじゃない……ただの口約束を。
それはなんだか、素敵なことのような気がした。
「さぁもう行きな。僕としては君たちがこっちに残ってくれる方が嬉しいんだけど」
「そうはなりません。私がさせません!」
「————だから事主さまは、そこでふんぞり返りながら見ててください。私の物語の、その結末を」
それが私にできる、ささやかな恩返しだ。
期待に応える事。樹霊さんの、林の皆さんの、事主さまの。
「……ハッ!僕はヒト一人を眺めるような暇神じゃないんだけど?」
事主さまは嬉しそうに口を歪めた。
「でも、ホントはこっそり見てるんでしょ?」
「ふぅ~ん……そこまで言うなら見ててやるさ見届けてやるさ」
「————ちゃんと、君の物語の最後まで……ね」
私の人生はこれからも続く。
ヒメと一緒に……事主さまに見守られながら。
私はもう、腐ってなんかいられない。立ち止まってなんかいられない。
見ている神が楽しめるような、周りの人を楽しませれるような……私も楽しくなっちゃうような!
そんな人生を、生きるんだ。
「言っとくけど、これは神賭けじゃないからね?君と僕との……ただの口約束だ」
「それで十分です!もう私の腹づもりは決まったんで!」
「アヒャははは!……君ならそう言うと思ったよ」
「やって魅せてね綾小路実秋。最後のその瞬間まで、せいぜい僕を楽しませてよ————」
私の意識が白い光に包まれていく。
「待っててねヒメ!今行くから!」
…
…
…
————その日はまっこと、おかしな日であった。
空には暗雲が立ち込め、雷鳴とともに巨人が聳え立ち、宙から月が落ちてくる。
良之国の民草はおびえ戸惑いながら、各々が様子のおかしい空を仰ぎ見ていた。
「あっ!お母さんあれ見てー!」
「あの光は……」
「————『お星さま』だぁ!」
その日、良之国の民草は目撃した。
遥かな天より降り注いできた、まばゆい金色の輝きを。
この日のことを、人々は口をそろえてこう言った。
「あの日はね!お星様がお空から降って来たんだよ!びゅーんって!」




