二十一話【神】
「おぉ左衛門よ。お主もこっぴどくやられたようじゃのう」
「か、鎌下郎さま……」
「はぁ、なあに。聞き分けのない男にちょいとお灸をすえただけさね」
「ぶっちゃけボクの出番はほぼなかったよ……あんなばあちゃん初めてみた」
城攻め組と合流すると、ボロボロになって縛り上げられた左衛門さんが地面に転がされていた。おお、おいたわしや……
どうやら、こっちはこっちで大立ち回りがあったみたいだ。
「では鎌下郎さま、よろしいので?」
「よい。儂の憂いも驕りも、そこな者が全て切り伏せてくれたわい」
「姫さま……」
「……ま、言いたいことはガマ殿の方に言ったから、左衛門さんには勘弁してあげるわ」
「——重要なのはこっからなんだから!私たちの為にキビキビ働きなさい!」
「ははっ!この左衛門、命に代えましても!」
「命はかけんでいい!そんなもん私たちに背負わせんな!」
左衛門さんも思うところがあるんだろう。ヒメを見て涙ぐんでいる。
なんか仲のいい孫とおじいちゃんって感じで微笑ましいね。
「……なーによサネ。ニヤニヤしちゃって」
「いやー?ヒメは流石だなーって。リーダー向きというか人のまとめ方を分かってるっていうかさ」
「こんなのこっちが有利だからゴリ押しできてるだけよ。二人ともちゃんと負い目を感じてくれる"良い人"たちで助かったわ。交渉が簡単で」
「うわぁ」
ヒメは今までで一番のにっこり笑顔で笑った。でも目が笑ってない!怖い!
「こ、これが暗黒微笑ってやつ……?」
「もう、バカなこと言ってないで私たちも準備するわよ」
「さぁさ!それじゃ『余興』の片付けが終わったら本番だよっ!」
「皆の者ぉ!中止となっていた異彩喝祭を完遂するぞ!」
モミジさんとガマ殿が音頭をとる。
その勢いに負けてか、それともいの一番に動き出した左衛門さんにつられてか、お城のみんなも困惑しながら動き出した。
——ここに、最後の異彩喝祭が開催されたのだった。
* * *
ドンドコと太鼓が打ち鳴らされる。
吹っ切れた左衛門さんが舞う林模は、見事という他ない出来栄えだった。
他の演目も急ごしらえとは思えないほどだし、実のところ異彩喝祭を一番楽しんでたのは左衛門さんなのかもしれない。
一つ一つの気の入りようが違うね。
「——フン。まさか貴様とこうやって祭りを見ることになろうとはの」
「あ、ガマゲローじゃん」
「鎌下郎じゃ!お前まで変なあだ名で呼ばんでいい!」
私が増設された特等席でヒメを眺めていると、隣にしゅたりとガマ殿が降り立った。
術を使ったりこの身のこなし、ただ者じゃないとは思ってたけど、まさかガマ殿が忍者免許持ちだったとは。
そりゃスズちゃんたちと知り合いなわけだね。
「ほぉ、これはなかなか。さすがは左衛門じゃわい」
「あ!やっぱ一回も見てなかったんだ!左衛門さんに全部押しつけてさ!裏方大変そうだったよ?」
「儂は儂で根回しだの接待だのに忙しかったんじゃい!」
おー、そういや記憶見た時もなんか変な人とお茶会してたっけ。
「あの変な黒づくめの人達はどうなったの?帝の使いっていう」
「貴公子たちか。今も姫を探しておるのか、それとも帝の下に帰ったのか……あ奴らの動きはよめんわい」
あ、あの人たちが例の貴公子だったんだ。確かに五人いたもんね。
……私とヒメが逃げる時にこっちを見ていたあの貴公子は一体何を考えてたんだろう?
あの時、捕まえようと思えばできたはずなのに。
「それで思い出したが、あの時儂の記憶を盗み見たのはやはりお前だったのだな?サネ」
「あ、その節はどうもどうも……」
「全く!スズシロも恐ろしい術を作りおってからに!くれぐれもそれを口外するでないぞ!?そのような力を欲しがるやつはごまんとおるのだ」
スズちゃんはなんかサラッと教えてくれたけど……もしかしなくてもヤバい代物だったらしい、魂結びって。
「そんなのしないよー。……てか、ガマ殿もかっこいいところあんじゃん。惚れた女の為に世界を変えようとするなんてなかなかできることじゃないよ?」
「フン!お主に褒められてもうれしくもなんともないわい!」
とかなんとか言いながらもちょっと照れてるあたり、案外ヒメとガマ殿って似てるかも。
みんな素直じゃないねぇ。
……逆か。私が率直すぎるのかもしれない。
「……悪かったな」
「え?」
「お前を林に放逐した……いや違うな。お主を殺そうとしたことだ」
ガマ殿はお祭りから目を離して、私の目を真っ直ぐ見てくる。
その真剣さに、私はちょっとだけびっくりした。
「悪いと思ってたんだ……記憶を見た時はそんな感じはしなかったけど」
「ああ、選択に後悔はない。何一つな。……だが、その過程と結果については思うところもある」
「お主はこうやって儂の前に生きて立っておる。ならば、己の不義理の償いはせねばならん」
「これは許せと言っているわけではないぞ。ただ儂の心中と態度を言葉にし、後は行動で示すという宣言だ。……オモイとは伝わらなければ意味がないからな」
「……大人だね」
「フン。所詮はこれも処世術に過ぎぬ。敵を作らん為の、敵とすら手を結ぶための懐柔策よ」
そうやってガマ殿は悪ぶるけど、それは大人のちゃんとした対応だ。きちんとした態度だ。はっきりとした割り切りだ。
ガマ殿は大人として私に謝罪した。それに比べて……私は子どもっぽいなぁ。
ヒメもガマ殿も、なんだったらあのスズちゃんでさえ。私より遥かに高いところに立っている。
なにがというか、精神が。
最近は、それをまざまざと感じさせられることが多い。
「はぁ~……なんかみんなすごいよね。私なんてただこの世界ではしゃいでるだけで、なんにも出来てないってのにさ」
「……だが、大人なことがいつも正しいとは限らんぞ。幼き頃の、失ってはならなかった輝きというものは確かにある」
「え……?」
「スズシロではないが、あ奴の掲げる『楽しイイ』生き方というのはその最たる例よ。……儂は、あ奴らと絡繰を弄っている時が一番楽しかった」
「向こうのモノをこちらで再現してやろうと試行錯誤している時が、一番な」
「あの頃の儂ならば……時代を進める手段に神の手ではなく己の手を用いたはずだ。あるいは負けじとこちらの世界をより良くしてやろうと奮起したはずだ」
それは、そのオモイには私も覚えがあった。
憧れが、夢が、熱意が、輝きが。
濁ってくすんで消えてしまう、その瞬間が。
「……ガマ殿も現実に打ちのめされたんだね」
「そして結果にこだわってしまった。本当に大切なものは、その手前にあったというのに、だ」
「お主ら二人を見ているとな。昔の儂らを思い出す……お前はスズシロにそっくりだからな」
「それは見た目が?」
「性格がじゃ!……ほれ、そういう茶々を入れてくるところなんかもな」
「へへへ、つい」
「……お前はあ奴の傍にいてやれよ。儂らのような人間は時としてあらぬ方向に進んでしまう。それに後悔はせずとも……思わぬ日はないのだから」
あるいは、もしも、こうだったら……
そういう空想は楽しい。でも、そんなことを考える間もなく楽しい現実が目の前にあれば。
それに、越したことはないんだ。
「そばにかぁ……ずっといて欲しいんだけどね」
「?」
私も……私だって、そう思ってる。
「ね、ガマ殿も連れて行ってあげよっか?あっちの世界見てみたくない?」
「お主……今ろくでもないことを考えておるスズシロとそっくりの顔をしておるぞ?」
「それは性格が?」
「顔っていっとろうが!このいたずら娘め!」
うーん、こういう良いツッコミをサラっとしてくれるからスズちゃんも嬉々としてからかってるんだろうなぁ。
「あはは、半分冗談だよ!」
「半分は本気ではないか!……全く、何を考えておる?」
「んー、ただあっちとこっちで行き来できたらいいなって思ってさ」
「なに?」
「門戸を完全に開放するってわけじゃないよ?ただ、一部でも行き来ができる道を作れれば……」
「この『お祭り』が終わった後も、みんなと交流できるのになって、そう思って」
なんて。それは高望みすぎか。
「はぁー……やっぱだめだよねぇ。そこまで要求しちゃうと対価が重たくなっちゃうし」
「……フン。別れが惜しいのか」
「それと、この世界がね」
「お前も酔狂な奴よのぉ」
「————だが、それでいい。惜しくもない別れなど、なんの意味もないのだから」
「皆様方!七日間にわたるご観覧、誠にありがとうございましたッ!」
「姫さまのぉおお!ごたいじょぉ~~!!」
左衛門さんの全霊のフィナーレが終わり、盛大な演奏と共にヒメが退場していく。
こうして、私たちの異彩喝祭は幕を閉じた。
…
…
…
「ふー……久しぶりの姫役だったけど、やっぱだっるいわねこれ」
「あ、ヒメおつかれ~」
「姫様には申し訳ありませんが、もうしばらくその格好でいていただきますね。帝との対面でめかしこまないわけにもいきませんので」
あんなに祭りに出ずっぱりだったのに、左衛門さんは涼しい顔でもう次の準備をしている。この人ちょっと優秀過ぎない?
「えーマジかぁ……もう!とっとこ来なさいよ帝ぉ!」
「あはは、それだと帝がハムスターになっちゃわない?」
ヒメがプンプンと拳を振り上げようとしてるけど、幾重にも重なった着物がそれを許さない。十二単ってホントに重いんだねぇ。
そんなヒメの為にも、この後の交渉を手早く終わらせてあげたいんだけど……
「んー、今のところなんの変化もないね。もっとこう、祭りが終わったとたんに神降臨!みたいな感じでやってくるんだと思ってたんだけど」
「ねー……まさか気づいてないとか?」
「お主らは帝をなんだと思っておるんだ」
私たちの会話を聞いていたガマ殿が微妙な顔をする。
なんだかんだと聞かれても、神様ならそのぐらいやってもおかしくないと思ってるんだけども。
「————あ!みんなっ!あれを見るんだっ!」
「……雲?」
そんな益体もないことを考えていると、何かに気づいたモミジさんが向こうを指さした。
そっちを見れば、城向こうに広がる林の頭上をゴロゴロと雷鳴を轟かせながら、大きな黒雲がこちらに迫ってきていた。
「ほうれお出ましだぞ。————『雷神』タケミカヅキのご登場じゃわい」
イヨォォォォォォ~~~!
ハッ!ハッ!ハッ!ハッ!
「こ、この声はっ!?」
聞き覚えのあり過ぎる掛け声とともに林の中からぞろぞろと現れたのは、例の竹モドキたちだった。もちろんその足元にはタケノコたちもいる。
……ノコたろうもあの中にいるのかな?
「オイオイ、竹氏がこんなに……」
「壮観だねぇ」
「そら、始まりますよ!」
カカン!
ソイヤッソイヤッ!ソイヤッソイヤッ!
どこからともなく太鼓が打ち鳴らされ、楽し気な掛け声が響き渡る。
それに合わせて並んだ竹モドキたちが、一斉にその体をしならせて踊りだした!
「おお!これこそまさに林模の元となった神々の踊りでございます!」
さ、左衛門さんは感動してるけど……
周りのみんなは微妙な面持ちでそれを眺めている。
これを見たのは人生で二回目だ。けど、圧倒されるっていう意味では左衛門さんの林模の方がすごかったけどなぁ。
(……でもタケノコたちがわちゃわちゃしてるのはカワイイね)
「いや、言うてる場合か!」
私がヒメにこっそり耳打ちしていると、竹モドキたちは踊り終わったのかピンとその背筋を伸ばして整列した。
楽し気なお祭り騒ぎから一転、場は一瞬にして静寂に包まれる。
『ひがぁ~~しぃ~のやまぁ~~~!
タケぇーミカぁーヅキぃぃぃぃ!』
カン!
カンカン、カンカンカンカン
カカカカカカカカ————
カカン!
カッと厚い雲の隙間から金色の光が差し込んでくる。
神々しき光に照らされた地面の中から、メキメキと何本もの竹が独りでに生えてきた。
その竹はまるで生きているみたいに曲がりくねって絡まり合いながら、どんどんと伸びて伸びて伸びていき————
『良国鎌下郎。そして良之国の民草よ。異彩喝祭の執り行いご苦労であった』
『そして我が待望の花君たちよ、お初にお目にかかる』
『我こそ四方の天に座されし御言主よりこの地を統べることを許されし大帝————竹箕下月である』
お城と同じくらい大きな竹の巨人が、私たちの目の前に聳え立った。
* * *
『古き盟約に従い、私はここに降臨した』
遥かな頭上から竹帝の声が降り注いでくる。それは男にも女にも聞こえる芯のある響き。
竹帝が宿ったのは、幾重もの竹がお互いに組み合って象られた巨大なる神の化身である。
それは通常の竹であれば有り得ない角度で一本一本がまるで繊維のように絡まり合っており、しかしそれらは割れずに一つの人型を成していた。
雷伸、武神、あるいは具神。
打ち鍛え組み立てる技の神は、果たして良之国に降臨した。
『さぁ、姫たちよこちらに。その宙船に乗って私の下に参るのだ』
竹の化身がゆっくりとその手を開けば、そこには金色の竹で作りこまれた豪奢な船が一隻、まばゆい輝きを放っていた。
「タケミカヅキ様!その前に一つ!我らが帝に姫様から懇願したいことがございます!」
『なんだ。申してみよ』
「あの!……えっと、私たちの結婚のことなんですけど」
「私も帝さまのことをよく知りませんし、そちらもそうだと思います!ですので、一度お互いのことをよく知るために、懇親の場を設けていただけないかと!」
ヒメは相手の出方を伺うことにした。その選択は間違いではない。
いきなりの本命懇願は神に対する不敬にあたり、徐々にお互いの本願へ近づけてゆくのが正式な神賭けにおける暗黙の了解である。
だが————それは常道ならばの話。
『そうか。ではまず姫たちを私の元へ送り神婚を完了させるのだ。そして、良之国を解体し周辺国に吸収させよ』
「なっ!?」「なんじゃと!?」
対等な神賭けが成立するのは、その交渉が成り立つのは、お互いに神賭けを『する』という意思があってのことである。
それは裏を返せば、互いにその手段しか選べないからこそ、神賭けは成立しうる。
『無用を避けるために予め言っておくが、私はお前たちの神賭けに付き合うつもりは毛頭ない。賭けにはもう懲りているのでな』
(くそ、最悪の展開……!)
帝の態度にヒメが奥歯をかむ。
「そ、それでは姫をお渡しすることはできませぬぞ帝よ!」
『もとより素直に渡すつもりもなかろう……そんなことはわかり切っている』
『ならばこそ、こちらもそれなりの手段を用意したのだからな』
パキパキと化身の全身が弾け割れていく。
そこからこぼれた竹の破片が、寄り集まって人型となった。
竹で作られた竹人形。その手には鋭く尖った竹槍が握られている。
『ゆけ、破竹兵どもよ。我の鍛えし五人の貴公子よ!姫を私の下へ連れてまいるのだ』
暗雲立ち込める天の空から、再び月の光が差し込んでくる。
そこからゆっくりと降臨してきたのは、黒き外套に身を包んだ五人の貴公子だ。
『むん……』『ぐわら!』『ルラァ~』『キー!!』『……ぢゅ』
五人の貴公子が認識阻害の黒笠を脱ぎすてその真の姿を露にする。
箕鉢、龍殊、宝枝、貝燕、火鼠。
大きな鉢を抱えた四本腕の仏像ゴーレム。
四つ足それぞれに宝玉を握る東洋のドラゴン。
真珠で飾られた金属性のトレント。
羽が貝殻になっている大きな燕に、一目見ただけではなんの変哲もない巨大な黒色鼠。
それは、タケミカヅキがカグヤの為に作り出した五種類の眷属たちである。
『ぐわらっ』
「まずい!みんな避けるんだっ!!」
龍殊の玉から熱光線が照射される。
一点集中からの一線。
ただ熱線を横薙いだそれだけで、サネたちの居た高台はなすすべもなく焼き切られた。
「この世界でビーム!?そんなのぶっ壊れじゃん!」
「いやぁー!?」
「サネっ!姫妃ちゃんっ!危ない!」
『キー!!』
「えっ————」
皆が空中で体勢を整えている、その一瞬の隙に。
「さ、サネ————」
「ヒメーっ!」
伸ばしあった二人の手が結ばれることはなく。
貝燕が、その両の翼でヒメをはさみ込んだ。
『キぃぃぃぃ————』
貝燕はそのままトップスピードで化身の下へ戻っていく。
「くっ!姫妃ちゃんが連れ去られた!」
「だけどどんどん兵隊が送られてきてるよ!?あいつら手当たり次第に制圧する気だっ!」
「っ……!」
スズシロの叫びの通り、城は空から侵入してくる破竹兵によって攻めたてられていた。
混乱、混沌、そして逡巡。
「サネ!ここはみんなにまかせてボクらで姫妃ちゃんを取り戻すんだっ!」
「……っ!ハイ師範っ!」
そんなサネをモミジが導く。
モミジの判断は早かった。それは信頼の証でもある。
物量に頼るこの程度の相手なら、皆は問題ないという経験則だ。
だが——
『……ぢゅ』
貝燕に追いすがるそんな二人の姿を、残りの貴公子たちは見逃さなかった。




