二十話【言】
「ええ!?異彩喝祭を完遂するぅ!?」
ババ様から提示されたのは、思ってもみない手段だった。
「そうさね。アンタらが向こうへ帰るには事主さまに頼むしかない」
「確か、月葉御言主って神様ですよね?」
「おや?事主さまの御名は月食事主さまじゃありませんでしたっけ?」
「どっちも正しいさね。古き神はいくつもの側面と名前を持っているからねぇ」
「そして、その事主さまとまみえるには竹帝に取次ぎをしてもらわなくちゃなんない。だが、帝はカグヤとの神賭けで異彩喝祭が終わらないと四方に降臨できないんだよ」
「そうだったんだ……」
だからヒメを攫いに来るとか、そういう直接的な手段をとってこなかったんだね。
「つまり、ボクらは残すところ後一日となった異彩喝祭を遂行しなければならないというわけだ!」
「————それと、ガマゲローと左衛門の説得もね」
スズちゃんがやれやれと首を振る。
「ま、ガマゲローの方は私に任せてよ。だから左衛門はクレナイの担当ね」
「はぁ、まあそうなるだろうねぇ」
「どっちにしろ、あっちも姫妃ちゃんをダシに神賭けしようとしてたんだから、合わせて吹っ掛ければいいだけの話さ」
「あのー、因みに師範。その神賭けってどんな感じなんですか?」
「字面だけだと賭け事っぽいけど……」
異世界組の私たちが疑問を呈する。
ちょこちょこワードとしては聞いたことあったけど、具体的にどんなものかは知らないんだよね、神賭け。
「神賭けってのは通称でね。古事記に記された神と人との決まり事が前提にあって、それを流用してお互いの望むものを賭けて勝負するようになったんだよ。ほら、これがその写しだよ」
「ふむふむなるほど?」
モミジさんが見せてくれたのは古めかしい一枚の紙だ。
________________________
古事記第九条『叢樹必遂の言』
生命は栄えて祈りを捧ぐ。
神は生命の声を聞かなければならない。
神は生命の懇願を受けとめなければならない。
しかし神は、生命の懇願に対して対価を求めることができる。
しかし神は、対価を求めた際にはその懇願を必ず果たしてやらねばならない。
生命は神の対価を不服とした場合は、その懇願を取り下げることができる。
しかし生命は、神の対価を是とした際にはそれらを必ず捧げなければならない。
しかし生命は、その対価を差し出せない場合は神の命に従わなければならない。
神はしかし、対価を求めた生命の懇願を叶えられなかった場合は神避する。
これ即ち叢樹必遂の理なりや。
_________________________
「……え、これって神側めっちゃ不利じゃない?吹っ掛けられ放題じゃないの」
「そっ!だから神たちは対価として到底受け入れられない事を要求したり、無理難題を吹っ掛けたりして拒否するんだよー」
「ほえー、なんかゲームの読み合いみたい」
そんな私の印象とは裏腹に、ヒメは顔をしかめて難しい顔をしている。
「読み合いもなにも……これ、私との結婚を対価にとられたらどうしようもなくない?」
「あっ、確かに!」
事主さまに顔を繋いでもらっても、その対価にヒメが結婚しちゃうんじゃ意味がない。そして、それが嫌で懇願を取り下げたらループしちゃうと。
「はぁ、そこばっかりはどうしても交渉次第なんだよねぇ」
「カグヤさんの時はどうだったんですか?」
「あたしも内容までは知らなくてねぇ。でも、二つだけ確かなことがある」
「カグヤが最後に身にまとっていたのは神道術、しかも事主さまのものだってこと。そして、竹帝も事主さまも、カグヤとの神賭けに乗ってきたってことだ」
「なるほど。つまり選択肢は他になくって、でも交渉の余地はあると」
「そういうことだねぇ。最小限の願いで対価を調整して、後は賭けに勝つしかない。上手いこと向こうをノせてやってね」
「つまり、最終的には私の口プ次第ってことか……」
口プっていうか言いくるめというか……うーん、この辺に関しては私じゃ役に立てそうもないや。
「ま、その前にまずはガマゲローたちだよ。……バネー?どれ使うか決めれたー?」
「おーぅ!調整もばっちりだぜ!スズ!ほんとに"こいつら"を出しちまってもいいんだな!?」
「こういう時ぐらいじゃないと使い道ないでしょ?……それじゃ、明日の作戦についてなんだけど————」
* * *
「いっけぇー!アタシの図画玩具
四號!ぶちかませぇ!!」
『まず陽動はバネとわたしね。これで向こうの兵力を分散させるから』
ってことだったけど……なにあれ!?戦車!?
バネさんが引っ張り出してきたのは変な形の戦車だった。キャタピラと砲台はもちろん、左右に機関銃っぽいのまで付いてる。そんで木製。
縦に長いせいで、家がそのまま動いてるみたいだ。なんかシュールだね。
「スズちゃん!バネさんはあれ何撃ちまくってるの!?人死にとかでないよね!?」
「んー、たしか花火だったかな?その辺はダイジョブだよ」
「————んで、こっから絡繰ちゃんたちの登場ってわけ。シズネユラユラフルミタマー!」
スズちゃんのマネキン人形がかっと目を見開くと、独りでに浮かび上がる!
裏から見てみると、このマネキン人形ちゃんから色んな方向へと光の線が伸びていた。すごい!この子が司令塔なんだ。
「というか多!?一体何体操ってるの!?」
「百体くらいならわけないよー!簡単な動きだけだけどねっ」
「ひゃっ!?……き、規格外すぎる」
私はカカシ君一人動かすのにひーひーいってたっていうのに。
『陽動が始まったら次は突撃部隊!門をコンちゃんがぶち破って、クレナイたちは真っ直ぐ突入だよ!』
…
…
…
「まずい!絡繰りどもが塀に!侵入されるぞ!」
「どうして【魂由良】が突然————」
『はーい、皆さん危ないですよー』
「「へ?」」
どこかから吞気な声が聞こえてきたかと思うと、ドガンと木製の門が破壊される。
————幾重にもかけられた閂ごと。
門を破壊したその下手人は、悠然と広場を闊歩した。
それは、大の男の二倍のサイズを誇る巨大な妖狐である。
「紺色の大ギツネ……【白面】だ!」
「殿にっ!左衛門さんに伝えろぉ!相手は和賀忍だぞ!」
(さてさて、この後の仕事はここらで『遊んで』おくことなんですけど……)
「全員目をつぶれぇ!妖狐は惑わしの術を使ってくるぞ!」
『失礼ですねぇ。そんなの使うのは一部の悪ギツネだけですよ。そもそも……』
『————そんなの、使う必要もありませんしね』
コンシロゥの姿が一瞬にして描き消える。
それは幻でも術を使ったのでもない。
化物としての圧倒的な膂力による、純然たる跳躍にすぎなかった。
塀から塀に、ある時は踏まないように人の傍に降りては兵たちを驚かせてゆく。
『演出で火もだしておきましょうか』
コンシロゥの周りに紫焔が灯る。
それに温度はなく、こけおどしなだけの怪しき光に過ぎない。
されど、多くの化物が"林の隙間"に身を隠し、強大なそれらと相対した経験のない兵たちにとってのそれは、戦意を喪失するには十分なほどの『脅し』であった。
目にもとまらぬ速さで妖狐か翔け、兵たちは畏れにかられて逃げ惑う。
そんな城内を絡繰たちが我が物顔で行進し、撃ち込まれた花火があちらこちらで弾けまくる。
和賀忍が突入してほんの数刻。
良之城は混沌に包まれた。
…
…
…
『後はクレナイたちが左衛門を、わたしたちがガマゲローをとっ捕まえたら"みっしょんこんぷりーと"だよ!』
「……ってことだったけど、私たちはここに待機してていいの?」
私とヒメはスズちゃんと一緒にガマ殿説得係だ。なんとかガマ殿を説得して協力を取り付けないといけないんだけど……
私たちはまだ、林の中で待機していた。
バネさんたちが頑張ってる音が遠くの方から聞こえて来てちょっとそわそわする。
「うん。だいじょぶだいじょぶ。こうやってればそのうち————」
突然、私たちの周囲を炎が取り囲んだ。
「うわ!なになに!?」
「炎の術!?」
「ほーら、『蛙』が釣れたよ!」
「————突然何が始まったのかと思えば、貴様らであったか」
炎の中からゆっくりと現れたのは、なんとガマ殿だった。
本家本丸が前線に!?いいのそれ!?
「絡繰をちらつかせたら確認しにくると思ったよ。やっほーガマゲロー、久しぶりだね」
「儂の名前は鎌下郎じゃ!……と、このやり取りをするのもいつぶりであろうな」
「さあねー?シノのんのお葬式ぶりじゃないかな」
「っ!……して、この騒ぎはなんじゃ?そこな者にでもそそのかされたのか?儂らへ報復をするために」
そう言ってガマ殿が凄むと、それに合わせて炎が燃え盛った。
ごうごうとしたその火勢に反して、炎は燃え広がる様子がない。その代わり、じりじりと周囲の気温が上がっていく。
やばい!このままだと蒸し焼きにされる!?これってもしかして結構まずい状況!?
「相変わらず考え方が物騒だねー。私たちはちょっとお話に来ただけだよ」
「話?話だと?一体なんの————」
「シノのんの遺言を、伝えに来たよ」
「は……な、ん……」
「え、えっ!?」「……」
スズちゃんはそう言って————炎の中で、寂しそうに微笑んだ。
* * *
「遺言だと!?何を今更!」
鎌下郎が声を荒げる。その明確な反応に反して、周囲の火の勢いが少しだけ凪いだ。
「あの者が何を言い残そうが、儂には関係のない話だ!」
「そうかもね。それでもわたしはこれを鎌下郎に伝えなきゃいけないし、鎌下郎はこれを受け止めないといけない」
「シノのんの、『最後』の言葉をね」
「っ……そもそも、何故今なのだ!貴様はずっとそれを抱えておったのだろう!?伝える気がなかったのであろう!?ならば何故いまさら!」
「サネたちを見てて気が変わったんだよ。……この言葉は、わたしが夜見にまで持っていくつもりだった。これを伝えちゃったら、鎌下郎が苦しむと思ったから」
「苦しむだと!?フン!やはりあ奴は最後に恨み言を残して逝ったのではないか!」
「この世界に流れ着いた己の不幸を呪いながら————!」
鎌下郎の怒りに炎が震える。
だが、それに相対するスズシロはただ、静かに彼を見ていた。
スズシロは首を振る。
「まず、それが間違ってるんだよ。シノのんはこの世界で生きていくことに絶望したから死んだんじゃない」
「何をっ!ではなぜ急にあ奴は命を絶ったのだ!」
「シノノメは言っておったぞ!最後にあ奴に会った時に、儂は、儂は————!」
…
…
『ごめんね鎌下郎。私、歌とかはよくわからないや』
『え?うーん……あっちだとね、手紙をやり取りするの。送って送られて、また送る』
『そうやってこっそりと、ひっそりとオモイを確かめ合うの』
『でも、直接伝えないところとか、ほんの数日返事が来ないだけでそわそわするところとかは……似てるのかもね。向こうもこっちも』
『……ねぇ、ゲロちゃん』
『私に歌を送ってくれて、ありがとね————』
…
…
(儂にそう言ったのは、お前ではないかシノノメ……!)
「————あ奴の最後の『手紙』に!儂らに対する記述はなかった。それが全てであろう!?」
「……百聞は一見に如かず、だよ。今から見せてあげる」
「シノのんの言葉も……わたしの『罪』も、ね」
「罪?罪だと?一体何を——」
「シノのんが死んだのはわたしのせいなんだ。今日は、その罪を精算しにきたんだよ」
「「!?」」「……」
スズシロの告白に鎌下郎とサネの二人が驚愕する。
ヒメは、そんなこの場を冷静に観察していた。
「巻き込んじゃってごめんね?二人とも。でも、二人にも見てほしかったんだ。わたしたちのことを」
「ば……馬鹿な!何を血迷い事を!シノノメは自らを落武者に————」
「『見』たら分かるよ鎌下郎……全部ね」
いまや鎌下郎の炎はすっかり意気消沈し、焦げた地面の匂いだけがこの場に取り残された。
それは、奇しくも線香の匂いに似ていた。
「————シズネユラユラフルミタマ」
この場の全員に魂結びが結ばれる。
皆の視界が、記憶の光に包まれていった————
…
……
………
「————ねぇスズちゃん。地獄ってあると思う?」
「地獄ぅ?なにさ急に」
いつもみたいに絡繰を弄っていたら、シノのんがやおらそんなことを聞いてきた。
突然どうしたんだろう?急に死後の事でも気になりだしたのかな?
まだまだ人生はこれからだっていうのに……
「天国でもいいよ。そういう考え方ってこっちの人たちにもあるのかなって」
「考え方もなにも、どっちもあるじゃんか。天国は照原のことだし、地獄なんてそのまんまだよ?」
「そっかぁ、やっぱりあったんだね……じゃあ、私は地獄行きだ」
「それこそ何で!?地獄は罪深き魂が送られる場所だよ?」
「ほら知らない?親より早く死んだ子どもは地獄の河原で延々と石を積まされるとか、そういう与太話」
「……シノのん別に生きてるし、子どもって歳でもないじゃん」
「あー言ったなー?女の子に歳の話するのは禁句なんだぞー」
「キャハハ!?うそうそ!ごめんごめん!」
冗談だと思ってた。だから気がつかなかった。
私をくすぐるシノのんの目が、あの地の底のように昏く、あの海のように黒く、濁っていたことに。
「ねぇスズちゃん……『ユウちゃん』は見つかった?」
河原で倒れてたシノのんを私が拾ってから、シノのんはずっとユウちゃんなる人物を探していた。
曰く、一緒にこっちに来た大切な人らしい。
「今のところまだ何の報告もきてないけど……大丈夫!わたしたちに任せてよ!ガマゲローの伝手と忍の力があればすぐに見つかるよ」
だから、わたしたちは里の皆にも協力してもらってユウちゃんを探してた。
こういうときに忍の諜報能力は便利だ。裏も表も霊場の中ですら、草の根をかき分けてでも探し出せるんだから。
そして、半年もすれば四方全域の調査が完了した。
その結果は『どこにもいない』。
ユウちゃんという人物は、四方のどこにも存在していなかった。居たという痕跡さえ、どこにも……
「そう……そっか。やっぱりそうなんだ」
それを聞いたシノのんは、一見すると落ち着いているように見えた。
でも……
「探すところが間違ってるのかも。シノのんはユウちゃんと一緒にこっちに来たんだよね?」
「それが……わからないの」
「へ?」
「わからない……わからないわからないわからないの!あの時、あの時私はユウちゃんを抱きしめてたはずなのに!ちゃんと!離れていかないように————」
「離れないように!離さないように!もう二度と!誰にも離されないように……なのにどうして?!どうしてユウちゃんはここにいないの!?」
「し、シノのん!?落ち着いて……」
「どうして?私だけ?私だけ救われたっていうの?!助かってしまったの!?私だけがッ……!」
「ここなら……ここなら私たちの人生を、やり直せるのに……どうしてっ!どうしてどうしてどうしてぇぇぇぇ!あ゙あ゙あぁぁ……」
シノのんは取り乱して、泣き崩れた。
わたしにはシノのんの考えが、キモチが分かんなかった。
だけど、目の前で苦しんでるシノのんをほっとけなくって……
「シノのん!どうしたの!?何があったの!?————全部、教えて」
だからわたしは踏み込んだ。そんなシノのんに対する、答えを持たないまま……
「————」
シノのんは全部話してくれた。向こうでそのユウちゃんと一緒に、川に飛び込んだことを。
お互いがお互いを想い合った結果、全てを捨てて————誰にもお互いを奪われないように、永遠となることを選んだことを。
そこで、飛び込んだ深い河の底で……シノのんは何かに写りこむ自分の姿を見た。
そして光に包まれて目が覚めると……私がいた。こっちの世界の河原に、流れ着いていたんだ。
『これって祠トリップ……?』
『多分ね。川の底に、壊れた祠があったんだと思う』
「私……ほんとは気づいてたの!あの時鏡に写ってたのは私だけだったって!あの時にユウちゃんはもう……私だけ助かってしまったって!あの子を置いて、私だけがぁぁ……」
「ごめんなさいみんな、ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい————ユウちゃん」
それを聞いて、わたしはすぐにピンときた。
シノのんが求めていることを。それを得るために、必要なことを。
肉体を失った魂の行く末は二つしかない。
「それだと、ユウちゃんはもう天に昇って輪廻に還ったか……もしくは夜見に落ちたかだね」
「ヨミ……?」
「ほら、前に話してた地獄とかがあるところだよ。たまに輪廻からはぐれた魂が迷い込んでくることがあるんだ」
「そう、そうなんだ……」
それを聞いたシノのんの瞳に、光が戻ったような、そんな気がした。
夜が明けた時のような……暁の光が。
わたしはそれを、希望だと勘違いした。
これが、わたしの罪。
「そこには……どうやって行くの?」
「んー、経路はいっぱいあるんだけど、生者のまま行く方法は探してみないとなんとも……」
「でもだいじょうぶ!何たってわたしはその夜見からやって来たんだから!シノのんの代わりにわたしが探してきてあげるよ!」
『なにっ!?スズシロ、お前は死人だったのか!?』
『そ、その死人ってのは……?』
『生命の反転、生者の対偶、死生表裏の裏の側。底津根に死する夜見の住人だよ』
『わたしは、この姿で生き返るまえは夜見でずっと落武者を倒してたんだよ。来る日も来る日も毎日毎日……』
『それに飽きて、お勤めから抜け出して、生命を与えてもらって、それで————』
『わたしは何も分かってなかった。シノのんのオモイの深さを、選択の重みを、その覚悟を』
『生者は、自分で死を選ぶことができるんだっていう、当たり前のことを————』
「ねぇスズちゃん。もっと教えて?天国のこと。その夜見ってところのことも」
「もちろん!例えば夜見の行き方の一つとして、落武者に連れ去られるとその魂は輪廻から外れて夜見に落ちちゃうんだよ。他にも————」
わたしは知ってることを全部、シノのんに教えてあげた。
————数日後、和賀の里で管理してた落武者が一体、居なくなった。
がらんどうになった鎧のそばには、一つの亡骸が転がっていた。
それはシノのんだった。
そこに争った形跡はなく、別に保管していた刀を持ち出して、それが心臓に突き刺さってシノのんは絶命していた。
物言わぬシノのんの手には、里の皆に宛てた手紙が握りしめられていた。
『それは知っておる……その中身もな』
『この前日に、わたしはシノのんに呼び出されてたんだよ』
「スズちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど」
「んー?どしたどしたー?」
最近元気がなかったシノのんが、その日は妙に元気に見えて……
今思えば、覚悟が決まったからだったんだろうね。
「あのね、今から言う歌を、ゲロちゃんに伝えて欲しいの」
「えぇー!?いつのまに二人は歌を送り合うような仲になったのぉ!?」
「ふふ、あんまりからかっちゃダメだからね?」
「正直イタズラ心を自制できる自信はないね!それでそれで?どんな歌なの?聞かせて聞かせてっ」
「それじゃあ言うよ?
————『暮れども続く、林の共鳴り』」
「……ん?下の句だけ?上の句は?」
「上の句はもう貰ったから……お願いね?スズちゃん」
「まかされた!ついでにガマゲローがどんな歌を送ったのかも根掘り葉掘りしてくるよ!」
「もう、スズちゃんったら……」
シノのんが久しぶりに笑ってくれて、わたしは安心したんだ。
この時の笑顔は……噓じゃなかったって、今でもそう思ってる。
「ねぇ……スズちゃん、ありがとね」
「えー、良いよこのぐらい。なんてことないよ?」
「ううん、それだけじゃなくって……」
「?」
「私ね。スズちゃんに二回も救われたの。一回目はあの河原で。二回目は……多分、スズちゃんも覚えてないぐらいの、何気ない一言で」
「えー!なになに?わたし何て言ったんだっけ?そんなイイこと言ってたっけなぁ」
「ふふ、だから良いんだよ。そんな何の気ない素直な言葉だったから……私は救われたの」
「————だからありがとう。私を救ってくれて……ありがとう」
シノのんはわたしを抱きしめた。
頭の上から身体の中から、シノのんの言葉がわたしに響いてくる。
「この先どんなことがあっても、それだけは本当のことだから……ね?」
「んー、よくわかんないけど……シノのんがそう言うならありがたく受け取っておくよ!」
————それが、私とシノのんの最後の会話だった。
………
……
…
「————後は、知っての通りだよ」
「そうか……儂は振られたのだな」
ガマ殿の方を見ると……彼は泣いていた。
こんな、一部分しか見ていない私にでも、その心中がよくわかる。
前にガマ殿の記憶を見て感じた以上に……せつない物語だった。
シノノメさんもスズちゃんもガマ殿も、誰も悪くない。
ただ、一緒に歩けなかっただけだ。前に、進めなかっただけなんだろう。
「あ、あれ?あの歌って『私が死んでもその想いを忘れないで下さい』って意味なんじゃないの……?」
「フン。上の句を知らぬお主がそう思うのも無理はない。この歌の全容はこうだ」
『東雲の 赤を言祝ぐ スズカグラ
暮れども続く 林の共鳴り』
「夜明けと共に花開くスズカグラと祝いの席で鳴らされる鈴神楽の祭囃子とをかけ、それをさらに『友也り』ともかけておる。そして、下の句に儂を表す鎌にかかる言葉もないとくれば、この句の意味はこうじゃ」
『スズちゃんと出会ってから始まったこの関係は、朝から晩まで催される祝言の宴のようで、それがこれからも続いていくことを私は嬉しく思います。一迅の風が林を揺らしていくように、この友情は私の中で鳴り響き続けることでしょう』
(……だが、それだけではないな)
(東雲とスズカグラの紅白、言祝ぐと祝言の囃し、鈴神楽の音色と共鳴りのざわめき……そして、シノノメの事情を踏まえた上で少し唐突な『暮れ』の意味を考えれば————)
『私の愛は、夜が太陽を奪おうと私の中で今も響き続けております。例え死に別れようとも、この林でできた友たちには私の門出を祝ってほしい』
(別れの歌……か。ともすれば『暮れ』と『枯れ』をかけておるのやもしれん。落つる日と死する己を重ねて……)
「————儂への返答を踏まえつつ、句全体としては我らの関係を歌っておるわけだ……全く、なにが歌はわからんじゃ。こんな句を返されてはぐぅの音もでんわい」
「……素敵な歌だね」
なんかいいな、そういう関係。
こうやって歌にキモチを込めて、秘めたるオモイをやり取りする。それは直接オモイを言い合うよりも……なんというか、素敵だと思う。
「じゃあ、ガマゲローの勘違いも解けたところで次はわたしの断罪の時間だね」
「む」
「……あの頃のわたしにこの術があれば、シノのんの本当の考えが、そのキモチが分かったのかもしれない」
「でももうあの頃には戻れない。わたしはもう、わたしの何がシノのんを救ったのかを確かめようがないんだ」
「どれだけ自分の記憶をさかのぼっても……答えは、でないままなの」
スズちゃんは寂しそうだった。
シノノメさんはスズちゃんにも言葉を残していったけど、それは結果だけ。
過程がどうだったのかは、もうわからない。そして、それがスズちゃんに傷として残ってるんだろう。
思い出を抱きしめようにもそれがわからないっていうのは……辛いことなのかもしれない。
「わたしは生き返ってからずっと、『楽しイイ』人生を謳歌するために生きてきた。あの昏い地の底で、わたしはそれに憧れてたんだから」
「だから、そんな『生』を捨ててまで死を選ぶってことが……生者から死人になるなんてことが、わたしには理解できなかったんだよ」
「もっとあの時、わたしにはできたことがあったはずなのに。言ってあげれたことがあったはずなのに……わたしが、シノのんを『死』に導いちゃった。シノのんが『死』を選んだのはわたしのせいなんだよ」
「それは違うぞスズシロ!自ら死を選んだのはどこまで行ってもシノノメの選択だ!」
「そうだよスズちゃん!そりゃ結果としてはそうなっちゃったけど、それはもうしょうがないっていうか……」
「————あのー、ちょっといいかしら?」
「あ、ヒメ」
ここで、これまで一言も発していなかったヒメが手を挙げた。
「盛り上がってるところ悪いんだけど、話を戻させてもらうわね。私たちは今から異彩喝祭を完了させて竹帝を呼び出す。鎌下郎さんたちにはそれを手伝ってもらいたいの」
「む、なるほどこの騒ぎはその為のものか」
「はい。この通り鎌下郎さんたちのわだかまりも解決したことだし、これでもう神賭けする理由もなくなったわけですよね?ここは一旦過去のことは水に流して、私たちに協力してくれませんか」
「まっ、まてまてまて!それとこれとは話が別だ!」
それにガマ殿が待ったをかける。
確かにシノノメさんの為っていう大義名分はなくなった……のか?
「どうして?シノノメさんが亡くなったのには明確な理由があった。そのための神賭けだったんだから、懇願する理由はもうないですよね?」
「それもある!それもあるが……儂が神賭けにより時代を変えようとしたのは、悔しかったからだ!」
「シノノメに前を向かせられなかった己が!この時代が、こんな世界が!……不甲斐ないと、思ったからだ」
ガマ殿は絞り出すようにそう言った。そして、ゆっくりと開いた手のひらを眺めた。
「儂もスズシロも、シノノメから多くのものを貰った。だがこちらはどうだ?シノノメに楽しイイを返せたと、胸を張ってそう言えるか?スズシロよ」
「……」
「さすれば、もっと他に選択肢を示せたのかもしれんのだ。シノノメが、死を選ばなくてもいい選択肢が————」
それを聞いたヒメは少し目をつむると……両手で肘を抱えた。
あれは!?ヒメが本気で話すときのポーズ!
「私も、最近似たようなことに頭を悩ませてるんだけど……それは違うと思う」
「それが本当に大事なものなら、かけがえのないものなら。失ってしまった悲しみを、欠けてしまった欠落を、別の何かで埋めなおすことなんてできない」
「「!!」」「ヒメ……」
ヒメははっきりと、そう言い切った。
「そういや、ヒメちゃんはどう思った?わたしたちの話を聞いてさ」
「正直、事情なんてなにも知らないから、私はさっきの一幕でしか判断できない。その上で言わせてもらうんだけど……シノノメさんの答えは、何をしても変わらなかった思う」
「え……」
「だって、ユウちゃんが彼女にとっての唯一無二だったんだとしたら、それの代わりなんて存在しないもの」
「もちろん、それは三人に友情がなかったとかそういう話じゃない。事実、スズちゃんの話を聞いても彼女はすぐには死を選ばなかった。彼女の行動は突発的なものではなかった。違う?」
「……そうだね。シノのんはよく、何かを考え込んでたみたいだった」
「そうでしょうね。きっと、彼女はよくよく考えたはずよ。そのオモイを捨てて前に進むのかどうかを。今を捨てて、たった一つの宝物を取り戻しに行くのかどうかを」
ヒメにはどこか、確信があるみたいだった。
もしかしたら、シノノメさんに共感しているのかもしれない。
「でもヒメ、捨てるだなんてそんな……」
「極端に言えばそうなるってこと。過去を抱えたまま生きるだの喪失を乗り超えて前を向いただのと聞こえはいいけど、それは実のところ過去を捨て去ったからこそできることよ」
「そして、本当の意味で唯一無二ならそれは捨てられない。捨てられるわけがない。例え自分が死ぬことになろうとも……取り戻せる可能性があるなら、それに賭けるわ」
「私にもそのキモチはよくわかる。彼女にとってのユウちゃんは、そういう存在だったのよ。そして、二人との関係はそれと天秤にかけるぐらいには大切で……シノノメさんはその上で友情じゃなくて愛を選んだ。これは、それだけの話なの」
「……」
「手紙じゃなくてわざわざ言葉、それも『歌』を返してくれたのがその証拠なんじゃないの?なにも返せてなかったわけじゃない。何も残せてなかったわけじゃない」
「っ!」
「スズちゃんに救われて、鎌下郎さんたちに想われたこの世界でのことは……彼女とって、決して無価値ではなかったはずよ」
「……そうか、そうだとも。……儂は一体何を勘違いしていたのか。儂は一体、シノノメの何を見ていたのか……」
「ま、その点で言えば悪いのはスズちゃんだけどね。スズちゃんの罪っていうなら鎌下郎さんにちゃんと遺言を伝えなかったことよ」
「ううっ!はい、ごめんなさい……」
「でも今日でそれも精算できたでしょ?だからこの話はそこで終わり!ここから先は『未来』の話をしましょう」
「シノノメさんもきっとそう思ってる。だって、そういう歌でもあるでしょ?さっきのは」
「ヒメ……」
ヒメの視点は、私にはないものだった。
私はこの『物語』に感じ入ったけど、ヒメはちゃんと『現実』として受け止めてたんだ。
その上で、二人の抱えていた問題を言葉だけで解決しちゃった。
……すごいなぁ、ヒメは。
「それに、不甲斐ないだのこんなだのなんて言わないでほしい。ここは、この世界は……私の友達が、夢にまで見た憧れなんだから」
「……!うん!そうだよ!」
「こっちの世界にはあっちにはない魅力が、たっくさんあるんだから!」
「お主は……そうか、そうだな」
「やっぱり二人を連れてきてよかったよ……ありがとね?サネ、ヒメちゃん」
二人の顔が柔らかになる。
今、本当の意味で……シノノメさんのオモイが、二人の中で腑に落ちたんだ。
それに、なんかヒメがああやって言ってくれたのが私も嬉しい。
きっと、お互いを想い合うってのは、こういうことなんだ。
「ま、所詮こんなのは第三者の戯言よ。でも、神様じゃないけど鎌下郎さんは私の、私たちの言葉を受け止める義務がある。私たちを巻き込んだのは、他ならないアンタたちなんだから」
「むぅ……まこと、その通りだな」
「ついては、私たちは竹帝に神賭けを吹っ掛ける。『月葉御言主に対する神賭けへの助力と、私たち二人が帰還する為に協力すること』を条件としてね」
「おお~!もうそこまで盛り込んじゃうんだ?」
「どうせ神賭けするならそこまで確約させて帝をこっち側に引き込む!タケミカヅキはともかく、事主がどう出てくるかわかんないからね」
「それで……一応聞いとくけど、そっちは何を懇願するつもりだったの?余裕がありそうなら一部だけでも盛り込んであげるけど?」
「おお、それはありがたいな」
お、ヒメ優しい。
けっこうズバズバ言うけど、なんだかんだで義理人情には厚いんだよなー、ヒメは!
ヒメのこういうところが、私は好きなのだ。
「儂らは『時代を先に進め、新たな文明を開花させる』ことを懇願するつもりであった。四方を統一することは阻まれたのでな。直接神の手で時代を次に進めさせようとしたのだ」
「……は?そんだけ?」
懇願の内容を聞いたヒメのトーンが一段下がる。
あ、あれ?さっきまで和やかな雰囲気だったのに、ちょっと雲行きが怪しく……
「な、なんじゃい。他にどんな要求があるというのだ?これでもかなり条件を限定したほうじゃぞ」
「……ふざけんな」
「ひ、ヒメ?」
ヒメが震えている。握りこぶしを固く握りしめながら。
「私を生贄にして……サネを!殺そうとしておいて!それで要求することが神任せぇ!?ふざけんじゃないわよ!」
「お、おおぅ!?」
「だとしたらもっとクリティカルな要求が他にあったでしょーが!一部だけ行き来できるようにするとか文明レベルをあっちと同等にしろとか!」
「なによ『時代を進めろ』ってアッバウトな要求は!そんなん進歩が一でも十でも進めたことになっちゃうじゃないのよ!しかも向こうに委ねてるからその内容を精査することもできないし!!」
「ぐぅ……そ、そうだな」
「そんな泥船を作るため私たちの命を消費しようとしてたの!?ざけんな!そんなもん自分で勝手にやってなさいよ!私たちを巻き込むな!!」
ヒ、ヒメが怒ってる!結構ガチめに!
「サネを追放するぐらいだからさぞかし自信のある大望が出てくるのかとおもえば!サネの命を!ぞんざいに放り投げた結果が!?その程度!?ふざけんな!そんなの私が許せない許さない」
「そんなもん神に頼ってないで自分たちの手で時計を針を進めろ!それが人類の進歩ってもんでしょ!?人の営みのその歩みをなめんな!」
「お、おぉお……」
私とケンカした時とは打って変わって、冷たく理論的に、でも熱く、強く。
……私の時って、もしかして結構手加減してくれてた?
「そもそもそれでアンタ、シノノメさんに胸を張って報告するつもりだったの!?女子高生二人を犠牲にして、神様に文明開花してもらいましたって!?なっさけな!どう考えてもそっちのほうが不甲斐ないじゃないの!」
「し、しかしだな……」
「は!?なに!?そんな情けない体たらくで異論があるの!?だったら人二人ぐらい生贄にしてもしょうがないなって納得できる理由が出てくるんでしょうね!?」
「い、いえ!おっしゃる通りでございます!」
「……ヒメちゃんって結構キツイ性格してたんだね」
「うん……私も今知った」
スズちゃんが珍しく慄いてる。あの何事にも動じないスズちゃんが!
うーん、これは新たな発見だね。ヒメは義理人情に厚い。けれど、不義理には容赦ない。
「おぉ、なんとキツイ性格の女子じゃわい……ここまで詰められたのは産まれて初めてだぞ」
「そりゃまたあっさい女性関係だこと!」
「ひ、ヒメ~!どうどうどう……」
「フン!サネはよくこんなやつ許せたわね。サネが許してなかったら二三発ぶん殴ってたところよ」
「おぉお……」
「まぁまぁ、ガマ殿がさっきから呻き声しかあげれてないから、その辺にしとこ?」
「はぁ~……サネがこう言ってるからどっちもチャラにしてあげるわ。その代わり、その懇願は神賭けには組み込まないから。いいわね?」
「は、ははぁ~!ありがたき幸せ!」
「フン!……それじゃあクレナイさんたちの方に合流しましょうか」
「「ハイ!了解です」」
「?なんで敬語なのよ」
とりあえず……『本気』でヒメを怒らせることはしちゃだめだって、そう思った。
「ほらガマゲロー行くよ!左衛門さんの説得手伝ってよね」
「なんというか、先の一撃が一番応えたわい。儂も老いたな……」
「じゃ、私たちも行きましょうか」
「あ、はーい」
ヒメが差し出した手を、私は自然と握った。
でも、シノノメさんのことは私も人ごとじゃない。私も、選ばないといけないから。
「私は心配だわ。サネはちょっと優しすぎよ」
「えーそうかなぁ?そんなことないと思うけど。ヒメも優しいよ?」
「……もう、変な人にコロッと騙されないでよ?」
それはある意味では究極の選択だ。
夢を、願いを、オモイを捨てて『前』に進むのか。
それとも憧れに邁進して……家族と友達と、別れるのかを。
「……ねぇ、ヒメならどうする?シノノメさんと同じ状況になったら」
「んー……ちょっとね。さっきは自分と重ねて感情的になっちゃった」
「え?」
「私も多分————おんなじことすると思うから」
ヒメは照れくさそうにそう言った。
……やっぱり、ヒメはすごいや。
私は、そんな確固たる意思でちゃんと選べるんだろうか?
私は結局、向こうで燻ったまま何も選んでこなかったんだから————
「みんなすごいなぁ。しっかりしてて……ヒメにそこまで思ってもらえる将来の旦那さんは幸せ者だね」
「なにポケポケしてんのよ。現状、私のそのオモイを向けられてるのはサネなんですけど?」
「ええ!?私!?」
「あったりまえじゃない。ここまで私が誰と一緒にやってきたと思ってんのよ。そんな相方を、道半ばで見捨てるような薄情なやつに見える?」
「ううん……思わない」
「————んじゃ、よくよく自覚しておくことね。私は中途半端で終わるつもりはないわ。サネも私もちゃんと納得した上で、この祠トリップをハッピーエンドで終わらせてやるんだから!」
そう言って歯を見せて笑うヒメを……私は、初めてカッコイイって思った。
(色々考えなきゃいけないことはいっぱいあるけど……)
今はただ、そうやってヒメが思ってくれていることが、素直に嬉しかった。




