十八話【遊】
疲れた足を温泉につけながら、私は事情をサネに説明した。かくかくしかじかと。
「そ、そんなことが!すごい!すごいよヒメ!世紀の大冒険じゃん!」
私の話を聞いている時のサネは、やっぱり楽しそうだった。
そのサネの態度が、そのキラキラとした瞳が、その嬉しそうな声が、それを如実に現わしている。
こんな、なんでもないどころかなんの成果もないエピソードなのに。
サネはかつてないほどに興味津々だ。やっぱり、『こういう』のがイイんだろうか……
結局、私がやったことって勝手に洞窟に入って落ちて助けてもらっただけなのよね。おむすびころりんかっての。
「白い洞窟脈打つ光!謎の竪穴の底に広がったキノコの腐海に潜むのは古の神性だった!」
「ここはお化けキノコの洞窟……いや!巣窟だったんだね!そうだなぁ、名付けて『恐怖!洞窟キノコの怪』だよ!」
「いや、なんでそんなホラーテイストなのよ」
勝手にお化け呼ばわりしてるし……ハクレイクン様は気のいいキノコ、略して『気ノコ』なんだが?私の恩神なんだぞ。
「——っていや!そんなことよりも!」
「ん?」
「……サネは、オタカラが欲しかったんじゃないの?私の今回の成果って、ぶっちゃけハクレイクン様から聞いた情報だけなんだけど」
それと、この光るキノコだけ。しかも消費期限のオマケ付き。
こいつは光らなくなった暁には、私に干されて出涸らしにされる運命にある哀れなキノコだ。
「いやいやいや……ヒメが冒険して持ち帰ってくれた情報は素晴らしい価値を持ってるんだよ!?まさしく異世界でしか味わえない経験!月の姫の話とかも大収穫じゃんか」
「冒険ってかただの無謀だったけどね……そういう考え方がトレジャーハンターに大事ってことなの?どんな話でも貴重な情報と見なすみたいな?」
「うっ!……あ、あーうん、それね……それなんだけど……」
そういや、サネがたまに語りだす話とかってなーんかジジ臭いというか……
ファンタジーって言う割にはお伽話とか昔ばなしみたいな感じなのよね。
それこそおむすびころりんじゃないけど、私の今回の冒険もなんか昔ばなしっぽさがあるし。
私がそれについて尋ねると、サネにしては珍しく顔を赤らめながら、バツが悪そうに頬をかいている。
サネにも恥なんて感情あったんだ。意外。
「まずもってトレジャーハンターってなに?サネの夢ってなんなの?」
「あのですね……あの発言は売り言葉に買い言葉といいますか、とっさに出ちゃっただけといいますか……」
「でも、今でもなりたいんでしょ?だから私、サネは少年漫画みたいにお宝を探す冒険とかをしたいのかなって」
「いや、まぁ、それもあるっちゃあるんだけど————」
サネはぱちゃぱちゃと水面を蹴りながら、ゆっくりと語りだした。
……良かった。どうやら今回は拒絶されなかったらしい。
喋りだしたサネの横顔は、いつものサネの顔だった。
「私ね。小っちゃい頃からおばあちゃんっ子で、ひいおばあちゃんとよく遊んでたんだよ。遊ぶって言ってもゲームとかじゃなくって、色んなお話を聞かせてもらってたんだ」
「お話?……あ!じゃあ前に話してくれたやつも?」
「そうそう、あれも幸ちゃんから教えてもらった不思議なお話の一つだよ」
雪巡りだっけ?
確かに、ああいう話をしてる時のサネの語り口は素人って感じじゃなかった。
妙にこなれてるというか……それはそういうことだったんだ。
……というか、やっぱ出所は昔ばなしなんじゃないの!ローカル昔ばなしとかそんな感じか?
「童話とか言い伝え的な、語り聞かせってことね」
「うん、俗に言う民俗学の領分だよ!……まぁ、これは受け売りなんだけどさ」
「私も幸ちゃん————ひいおばあちゃんの名前ね————も、そんなかたっ苦しいことなんて全然考えて無くって、ただ、そのお話お話が持つ不思議な雰囲気が好きだったんだよ」
「私は幸ちゃんから色んなお話を聞くのが好きだったし、聞いたお話について一緒に語り合うのが好きだった」
サネが開けた天上を仰ぐ。
多分、その瞳にはおばあちゃんとの思い出が映し出されてるんだろう。
サネのルーツは、そこにあるんだ。
「……でも、今のところトレジャーハンターのトの字も出てこないんだけど?」
「まぁまぁ、こっからこっから!……つまり、私はそんな感じの子どもだったもんで、暇さえあれば空想に耽ってばっかりだったんだよ」
「お母さんにもよくぼーっとすんなって怒られたりしてたんだけど……昔は『空想』じゃなかったんだよ。私にとって、その不思議なお話の数々は、現実と地続きだった」
「……」
これは……確かに私にはわからなかったかもしれない。サネのこの、『世界観』については。
私にとって、世界はどこまで行っても自分とその周りの人だちだ。そこに生じる様々な対人関係が、私の現実を象っていく。
でも、サネの世界にはファンタジーが広がっていたんだろう。
……『現実』という、世界の限界を知るまでは。
「だから、トレジャーハンターになりたかったんだよね。私も、この世界に隠されてる不思議な『ナニカ』を見つけだして、経験して味わって……みんなに、教えてあげるんだって」
「私の冒険譚を、見つけたファンタジーを、私が物語として語るんだって————」
「私が幸ちゃんに教えてもらったみたいに、私もみんなに『不思議』の魅力を教えてげたかったんだよ。みんなと一緒に、不思議な物事について語り合いたかった」
「なるほどね。つまり、サネは現物が欲しかったわけじゃなくって、それについてのオモイを共有したいとかそっち方面だったんだ」
「っ!そうそう!」
んー、なんだろう?
化石を掘って自分の物にしたいんじゃなくて、掘り出した化石について議論がしたいとかそんな感じなのかな。
とどのつまりは、おばあちゃんとやってたみたいなことを主体的にやろうとしてたってわけだ。
あっちにいた頃のサネからは考えられないほどアクティブな夢じゃん。
「改めて言われてみると、そっか……あぁ、だから私は————」
サネが何かにハッとして私の方を見る。
その、深い藍色の瞳が私を射貫く。私はそれから、目を離さなかった。
目と目で通じ合うなんて眉唾だけど……サネの中で何かが腑に落ちたような、そんな気がした。
一体、何に気が付いたんだろうか。
それを知りたい。知っておきたい。私にもそれを、教えてほしい。
サネのことを……もっと。
「つまり私はトレジャーハンターじゃなくって……なんだろ?ファンタジーハンター?不思議ハンターになりたかったわけだね」
「ハンターってかメッセンジャーだけどね、どっちかと言えば。不思議の伝道者?」
「おお!それカッコイイ!今度からそうやって言おっかな」
サネの雰囲気がいつもの感じに戻る。
とりあえず、サネの夢についてはわかった。
分かったけど……
「でも、じゃあどうして……」
どうして私は拒絶されたんだ?
サネに聞くべきだろうか?やめとくべきかな……いや。
ここの部分をなぁなぁにして、表面上だけめでたしめでたしだなんていう風に私はしたくない。
私は、サネとちゃんと向き合うって決めたんだから。
「ねぇサネ。サネはなんであの時怒ったの?何が嫌だったの?」
「えっ」
「————サネのこと、全部私に教えて」
ちゃんと知りたいって、初めて思ったから。
「それ!さん、ハイ!セイホーォ?」
「セイホーォ!……じゃない!ちょっと待ってよヒメ!なんかその感じめっちゃ恥ずかしんだけど!?」
「恥ずかしいぃ!?そうね!私もそう思うわ!でももう行きつくとこまでイっちゃってるから!だから全部出しちゃってよ!私も全部さらけ出すからぁ!」
「なにこれ私曝し上げられてる!?」
ハラ出しハラ割り話し切る!じゃないと私たちは、この先に進めない!
「ほら教えて!どうしてサネはあの私の心無い発言で傷ついたの!?」
「あーっと……私、昔にも似たようなことがあって————」
「……ヒメがね。楽しくないって、わかんないって言った時に、その昔のヤな記憶を思い出しちゃったんだよ」
「嫌な記憶?」
「うん。小学生の時、お気に入りのお話をみんなに語ったことがあったんだ」
「それで、ちょっと馬鹿にされたんだよね。つまんないとか面白くないって。それで私、結構傷ついちゃってさ」
「あー……」
それは、その感じはわかる。
わかるというか……私はそんなサネを見たことがある。
頭の中に、どこかつまんなそうに窓の外を眺めているサネが思い出される。
もしかして……その経験のせいでサネはあんな風だったのか?
「確か、ヒメが転校したあとぐらいだったかな……幸ちゃんが大往生してね」
「あっ……」
「私はさっき語った通りの子どもだったからさ。皆にも幸ちゃんのお話を教えてあげようって……多分、幸ちゃんみたいな友達が欲しかったんだと思う」
「でも、私の話はみんなにはあんまり刺さんなくって……正直ショックだった。今ならまぁ、そんなの人の好き好きでしかないって分かるけど、まだ子どもだったから……」
「なるほど。それで不思議の伝道師を志したってことね。実体験で皆のイニシアチブを得ようとしたと」
「そんな感じかな……イニシアチブってのはよくわかんないけど」
「それで、さらに現実に打ちのめされて、スれたサネの完成ってわけか。これでようやく合点がいったわ。サネが他人と一線引いて、窓の外ばっか眺めてた理由がね」
「えっ、な、なんかそうやって客観視されると恥ずかしいっていうか……私、そんなスカしてる感じに見えてた?」
「ううん大丈夫。サネはスカしてるっていうかヘンって感じだったから」
「なんも安心できないよねそれぇ!変人扱いじゃん!」
「変人じゃなくて珍獣ね、どっちかと言えば。変わった生態をしてるタイプの」
「おお!そう言われるとなんかイイ感じに思えてきた……」
いやそれでいいんかい!
私はそういうとこだぞと思ったけど……サネに対しては今更か。
本人もズレてる自覚はしてたみたいだし。
「……ま、私調べだとサネのことを悪し様に言ってるやつはいなかったわよ。代わりに好かれてる感じもなかったけど」
「そりゃそうだよねぇ。社交的なことなんて一切してなかったし」
「クラス会にも来なかったしね」
「まだ根に持ってる!?」
私にとってはこうやって軽口を言い合えるのはサネだけだったけど、サネも多分そうだったんだろう。
「冗談よ……そこで私の登場ってわけね。そんな乾ききったサネが唯一、友情を向けていた女!それが私!」
「それ、自分で言っちゃうんだ?……まぁでもそうだね」
「だから……ヒメとはその、結構仲良くなれたと思ってたから。あの時否定されたのが余計にショックで、反射的に……」
「あー……なるほど」
私にそんなつもりはなかったんだけど……いや、結果として否定はしてたか。
つまり、事の発端はやっぱり私にあったわけだ。私の自分よがりの言葉が、サネの傷をえぐったんだ。
……やっぱり、聞いてよかったな。
「でも聞くに、その感じだったらトレジャーハンターじゃなくって漫画家とか小説家でもとかったんじゃないの?空想のワクワクを広めるっていう方向性なら」
「いや、うーん……なんていうんだろうね。語り継がれてきたことに意味があるというか、それを語り継ぐことに意味があるというか……」
「……つまり、脈々と継承されてきた話が良くって、全くのゼロから創作されたやつは違うってこと?」
「そうそう!そゆこと!そこが『物語』のロマンなんだよねー!いやもちろん世の中の創作物はそれはそれで面白いんだけど種類が違うっていうかさー」
サネは自分の気持ちが伝わって嬉しそうだけど……
「めんどくさっ!変わんないでしょそれ」
「ちょ!?バッサリ言うね!?」
「あー、いや、それそのものを否定してるわけじゃないんだからね?」
「悪しからず」
「それ私のセリフ」
でも、なんかこうやってサネを掘り下げていくのって結構楽しいかもしれない。
知らない一面がどんどん見えてくるというか……
サネが誰かと語り合いたいって思うのは、それと同じキモチなのかもしれない。
「それじゃ、過去じゃなくて未来、SFとかはどうなの?」
「あー好き好き!文明がどう進んでいった結果なのか、その道のりについて考えるとワクワクするよねぇ!」
「私的には————あっ」
「……その、ごめんね。私だけ盛り上がっちゃって……」
テンションが上がりすぎて脱線しそうになったのに気づいたサネは、指を突き合わせながらしゅんとなった。
でも、こういうところがサネらしい。おやつを前にした犬というか……
「大丈夫よ。続けて頂戴な」
「な、なんかそう言われると逆に喋りにくいっていうか……あっ!というか私もヒメに見せたいものがあったんだった!————ちょっとまってて」
何かを思い出したらしいサネは、徐に棚の裏へと消えていった。
なんだなんだ?貯水桶でも完成したんだろうか?
……そういや、桶で思い出したけど、私たちってちゃんと仲直りできたんだろうか?
私が一方的に喚き散らして、謝罪に対する返答を貰ってないような……
と、そんなことを考えていると————
「——ヒメ」
声をかけられ顔を上げる。
そこには、花を持ったサネが立っていた。
「あの……私もごめんね。あんなこと言っちゃって」
「自分も否定されたくないって思ってるのに、私もヒメのこと、拒絶しちゃって……」
「どうやって謝ろうか考えてて……それで、こんなことしか思いつかなかったけど」
それはコスモスだった。赤い、目が覚めるような色の綺麗なコスモス。
あの、二人で眺めたコスモス畑が思い出されるような……そんな一輪の花。
「赤いコスモスの花言葉は『調和』と『平和』!……だから、これでヒメと仲直りしたくって」
「そっ……そこはっ、友情とかそういう花を持ってくるところなんじゃないの……?」
「いやー、それがコスモスしか見付からなかったんだよねぇ。……でも、これも思い出の花だからさ」
サネは照れくさそうに笑った。
なんでかそれだけのことで、胸がつまる。
……やばい。また色んな感情がどっと押し寄せてきた。ま、まずい、涙が……
「わたしも怒ってごめ゙ぇぇぇん!」
「わっとと……もー、いつからヒメはそんな泣き虫になったの?」
「私の感情をここまで揺さぶるのは今のtころサネだけよっ」
私は感情のままサネに抱き着いた。
ずっと、支えられてきた。サネは私を守ってくれて、それで……
私を、楽しませようとしてくれてた。私にも、楽しんで欲しかったんだ。
この異世界を。
この……祠『トリップ』を。
それが愛でなくでなんだと言うのか。そんなサネからの愛を拒絶していたのは、他ならない自分だ。
サネだけじゃない。
私の周りにいたみんなからの愛に、気づいていなかったのは私だ、私なんだ。
そんな体たらくで、唯一絶対の愛が欲しいだなんてちゃんちゃらおかしな話だ。
私に向けられた色んな愛と向き合わずに、それを知ろうとも育もうともせず、ただ表面上の承認欲求だけ舐めとっていただけだなんて……
「これからもよろしくね、ヒメ」
「うん……こちらこそ」
私はサネからコスモスを受け取った。
花瓶に……いや、髪に挿しておこう。うん、そうしよう。
それで、しおれてきたら押し花にして、大事にしたいと、そう思った。
「私は……私も、ヒメが色々とぶつけてくれて嬉しかった。ヒメがごまかさずにちゃんと言ってくれたから……私も、自分の事をちゃんと話さなきゃって思ったんだ」
「あら奇遇ね。私もサネがはっきりと拒絶してくれたから色々と気づけたの。そうじゃなかったら、大事なものを色々と取りこぼしたまま、明後日の方向に行っちゃってたかもしれない」
「じゃあ……お互い様ってことだね!」
サネはそう言って笑った。
いつもみたいに。
「そうね。お互いさまさまね」
私たちはどちらともなく手をさし出して握手をした。
こういうのを大真面目にやるのって、なんだかこっぱずかしい。でも、これでいいし、これがいい。
意地やら見栄やら恥なんてのは、アイスの上のカラースプレー程度で十分なんだから。
「……ねぇ。最終的に帰るかどうかはサネが決めてよ」
「えっ!?……その、いいの?」
「いいのってか、サネが帰るか帰らないかの決定権はサネのもんだし……」
「あ、ああ……うん。それはそうだよね」
私には、サネの本気でやりたい事を止める権利はない。でも……
「————でも、私はサネがいないと寂しいから……一緒に帰ってほしい」
「ヒメ……」
サネは、せっかくできた親友なんだから。
私はそれを、また作ればいいやと思うような人間にはなりたくない。
サネとの関係を、これからも大事にしたい。
きっと、そのキモチの先に私の求めるものがあるはずなのだから。
ようやく歩みだせた私の人生ロードに……サネの姿がないのは、やっぱり寂しいから。
「————あと、私との日常より異世界暮らしを選ぶってのもなんかムカつくし」
「えぇ!?さっきの可愛げにちょっと感動してたのに!情緒どうなってんのさ!?」
「ふふん!残念ながらこれがありのままの私よ!悪かったわね!」
「い、いや、悪くはないけどさ……うん。むしろいいよ、その感じの方がさ」
「————まぁ、ヒメの化けの皮は異世界に来て早々にはがれてたけど」
「うっさい!……中身も、よ」
一方通行のオモイに意味はない。
私はそれを、異世界に来て、サネのおかげでようやく思い出した。
愛されるだけじゃだめなのだ。人を、隣人を、友人を。
こっちからも愛さなくっちゃ、私の本当に欲しいものは得られないのだ。
————愛し愛される、そんな関係は。
「はぁー!なんか安心したよ。ヒメも私も下手くそだね、対人関係」
「私の場合は対人じゃなくて友人関係だけど……そうね」
二人で顔を見合わせて笑い合う。
前みたいに。前よりも深く相手を知ったうえで。
そこに不安は、もうどこにもなかった。
これからもサネが私の隣にいてくれる。
サネが私の隣にいてくれるのなら。どんな問題だってなんとかなっちゃうような、そんな気がするから。
友達と一緒に。親友と肩を並べて。私たちのコンビなら、きっと。
7————なんだってできるんだって、そう思えたから。
* * *
「別に、ご両親と仲が悪いとかじゃないのよね?」
それから私たちは色んなことを話し合った。
些細なことからどうでもいいことまで、今ままでしてこなかった、色んな話を。
「うん、フツーだよ?お父さんはそもそ、もあんま喋んないけど、お母さんとは漫画の感想交換とかよくしてるし」
「か、感想交換?それはまた……ちょっと変わってるわね」
「え?そうなの?!これってみんなやってるんだと思ってたんだけど……漫画読み合って内容を分析してお互いに語り合うやつ」
「いやそれ、結構珍しいんじゃない?……サネのお母さまって漫画好きなの?」
「かなりねー。古今東西、色んな漫画にやたらと詳しいし。……そういや、漫画のことになるとやたら早口になるんだよね。やれ『おしかぷ』がどうだのこうだの」
「へ、へぇ~……そうなんだ」
サネのお母さまって意外とオタクか?一般人から推しカプなんて言葉が出てくるとは思えないし……
というか、好きなもののことになると早口になるところなんてサネにそっくりじゃんか。案外似た者親子なのかもしれない。
うちは性格部分は全然似ていないし、サネのところがちょっと羨ましいかも。
「ヒメは結構漫画読むの?」
「有名どころは一通りなめてるわよ。漫画は話題作りに便利だったしね」
「おおー、それならうちのお母さんのトークについてけそうだね」
「ドンとこいよ!ありとあらゆる漫画トークにさり気なく合わせてきた私を舐めないでもらいたいわね!」
「昔取った杵柄だねぇ」
「……友達を家に呼んだことなんてないから、多分お母さんも喜ぶよ」
「そんな、さらっと悲しくなることを……ねぇ、サネってほんとに誰もいなかったの?友達っていうか、サネ的にイイ人って」
私みたいに、サネがそう思ってないだけで、実は親しい間柄の人がいるかもしれない。
それこそ近すぎて友達と思ってない家族枠の幼なじみとか!
「んー、いるには居たよ?」
「え゙っ」
「不思議俱楽部ってサイトのメンバーなんだけどさ。私みたいな不思議話が好きな人と夜な夜な語り合ってたんだよねー」
「なんだ、ネットの知り合いじゃないの……ねぇ、それってなんか危ないサイトじゃないわよね?アングラ的な……」
「違うよぉ!結構年齢層も若かったし、管理人さんなんて多分私たちより年下だよ?」
それとアングラかどうかはさっぱり関係ないと思うんだけど?
「あそこはただの不思議愛好家たちのたまり場。……だから、あそこにいた時は空想に浸れて、そんな時間が好きだったんだ」
んー、……ちょっとジェラシーかも。
や、別に私以外と付き合うなとかそんな重たいことを言うつもりはないんだけど……
それはそれとしてサネに私以外に大事な人がいるってのも面白くないということに今気が付いた。
「へぇー、サネは私と違ってネット上ではよろしくやってたんだぁ」
私がジト目で睨んでると、私の意図を察したらしいサネが苦笑いする。
「でもあれだよ?やっぱネットって環境だからか、あそこに集まってたのってオカルト系とかそっち方面でさ。ちょっと私が求めてたものとはズレてたんだよね」
「ふぅん……ねぇ、私とそこの人どっちが上?」
「うわっ、めんどくさっ」
「あ゙ー!めんどくさっていったぁ!」
「ヒドイ!私とは遊びだったのね!私よりあっちの人の方が大事なんだ!」
「またそんな、激重彼女みたいな台詞いっちゃってぇ……」
「————で、それってどのくらい本気?」
「んー?半分くらい?」
「結構あるねぇ!」
「てへ!でも気になるじゃないの」
恋愛ドラマとかでなんでそんなこと聞くのかわかんなかったけど……そういうことを聞きたくなっちゃうキモチもわかってきた。
そんなの状況に寄りけりなんてのは分かってるんだけど、やっぱり優劣は気になるし自分を上に置いておいてほしい。
きっと、これは普遍的な乙女心なんだろう。多分。
「……今はヒメの方が上かな」
「ふん、当然ね。そんな顔も知らない誰かさんに負けるわけがないもの」
「すっごい強気!?さっきまでわめいてた人とは思えない!」
自負してても言葉にしてほしい事もある。というか、基本的にキモチはきちんと言葉にしないとね。
ぶつかることを恐れておためごかすよりも、ぶつかってでも対話すべきなのだ。
「ねぇ、そういうヒメはどうなのさ。イイ人いなかったの?あんまそういう噂は聞いたことなかったけど」
「もちろんいないわ!……小二の頃、告白されたからクラスの男子と付き合ってみたけど、なんか思ってたのと違うかったっていうか……」
「端的に言えば真剣みが感じられなくってすぐに別れたわ」
「わぁーお……おませさんだねぇ」
「そ。所詮はマセガキのおままごとよ。それ以来付き合いたいって思える人には出会ってないわ。そもそも友達だって今んとこサネだけだし」
「それはまた、大変に光栄だねぇ。……いや、ほんとにそう思ってるからね?」
「わかってるわかってる。サネがそうやってヘラヘラしてても、ちゃんと真面目に考えてくれてるってことはね」
「んひひ、そっか」
サネが照れくさそうに笑う。
うんうん、いい感じにはっちゃけてきたわね。
「その調子でこれからはなんでも私に話すこと!」
「い、いいの?それじゃあ発想ぶっ飛びトークとかかましちゃっても受け止めてくれる?」
「それは内容による」
「ぶふっ!?もう!それ私の持ちネタじゃん!」
「サネが言い出したんでしょ?サネヒメコンビって。だからこれはコンビの共有財産よ!」
「……へへ、私ヒメのそういうところ結構好きなんだよねー」
とかなんとか言ってたら強烈なカウンターを返されてしまった。
くっ!裏がないだけに火力の高さがやばいわね……
「……あ、そうだ。ねぇサネ?午後からちょっと遊ばない?」
「おお?どったの急に」
「いや、私も狩りとかやってみたいし、野草採取のやり方とかも教えてほしくって」
別に担当を分けてもいいんだけど、できるに越したことはない。
普通にサネがどんな風にやってるのかも気になるし……
「おーいいねぇ。……あ、そんなら川にも行こうよ!私魚取ったり川遊びしたい!」
「それと私に術を教えてくれるって約束だったじゃない。それもそれも!」
「いいねいいね!ぃよーし!それじゃ今からぜんぶやっちゃおっか!」
「うん!」
私たちはお昼ご飯もそこそこに、林へ飛び出した。
仲直りして食べた焼きウサギは、昨日と似たような味付けだったけどやけに美味しく感じた。
私は早速サネお手製のクナイと護衛用の刀を握りしめて山狩りならぬ林狩りに挑戦してみたものの……結果は散々。
どれだけ身体能力が上がろうが、投擲センスとかは別なのだ。むしろなんでサネはあんなに上手いんだ……?
そんなサネは私と違って、刀でイノシシまで仕留めちゃってるし。
「うぐぐぐ……」
「まぁまぁ、この辺は慣れだよ慣れ!血抜きを仕込んだら特訓しよっか」
「あいるびーばっく……!ウサギどもめ!覚えてなさい!」
……というか、なんでサネはイノシシさばけるんだろう?実は山籠もりしたことがあるとか言われても驚かないぞ。
「うーん……ここか!?……違うか」
頑張って解体してくれてるサネを眺めてて気が付いた。別に、サネも狩りや精肉を完璧にできているわけじゃない。
でも、手探りでなんとかかんとかとやっている。
……なんか、昔を思い出すな。
子役の演技も、アイドルのパフォーマンスも、私にとっては全部が全部ゼロからだった。
それで曲りなりにも鎬を削ってこれたのは、偏に私のがむしゃらさが故だと自負している。
サネのたくましさってのは、案外そういうところなのかもしれない。方向は限定的だけど。
「ちょっと親近感沸いてきたかも……」
「え゙っ!?こ、この皮を剝がれたイノシシさんに……?」
「バカ。んなわけないでしょ」
私にだって覚えがある。
『ヒメちゃんなら絶対、私に成れるよ?』
完璧なる偶像の頂点にそう囁かれて。
差し伸べられた手を、私は取らなかった。
ああはなりたくないと、そう思ってしまったから。
子役を辞めたのだって、あの魑魅魍魎が住まう領域に居続けられないと。
ここには居たくないって、そう悟ったからだ。
結局、そうやって小賢しく立ち回った結果、私は本当のオモイから遠ざかった。
(サネも……そうだったんじゃないの?)
学校、体裁、家族、諸々……
リスクなんてとれない。リスクなんて負えない。オモイのままに、願いのままに遮二無二に進むことなんて……
その為に、全てをかなぐり捨てることなんて。
————できやしなかったんだから。
「————なによ!裏の領域なんて全然見えないじゃないの!」
「あっれー?おっかしいな……」
イノシシを血抜きしている間に、私はサネから術の使い方を教えてもらった。
……けれど、これも結果は芳しくない。なんだ魂を知覚するって!まるで意味がわかんない!
「はぁ~……やめやめ!とりあえず継続はしとくから、次にいきましょ?」
「次、となると————」
「————川遊びだぁー!とーう!」
サネはアクロバティックに、服を着たまま盛大に飛び込んだ。
どぷんと大きなしぶきが登る。うわ、結構深そうだなこの川。
川底まで見える透き通った清流には、残念ながら魚はいなさそうだった。
「……ぷは、冷たーい!ほら、ヒメもおいでよ!」
「あのねぇ。私、着替えがないんですけど?というかサネもそのびしゃびしゃでどうすんのよ」
「え?でも多分、ヒメのその服にも私のと同じ術がかかってると思うよ?汚れとか弾いて水に濡れてもすぐ乾くやつ」
「へぇ……ん。じゃ私も入ろうかな」
「ウェルカムウェルカム!そのままぐいっとダイビーン!」
「いや、危ないから飛び込みはしないからね」
「えー、もったいない!」
ざぶざぶとゆっくり川に足を踏み入れると、服の隙間から入ってきた川の水が身体を包み込んできて実に不思議な感覚だ。
そういや、川遊びとかもやった事なかったよなぁ。
案外、プールとかよりも自然を感じれていいかもしれない。
「はい!」
サネなんか頭から潜ってシンクロの真似事してるし……それはどうなんだ?風情が全部吹っ飛んだぞ。
「ここには私たちしかいないとはいえ、サネはもうちょっと恥じらいを覚えるべきね。スカートがめくれておみ足が丸出しじゃないの」
「それヒメが言う?一緒に寝ろだの一緒に風呂だのを言ってきたお人だとは思えない発言だね」
「それは私なりの拙い愛情表現よ。いじらしいでしょ?」
「温泉の件は絶対違うと思うけどね。あれは風呂奉行……いや、風呂将軍の顔だったよ!」
そんなくだらないことを言ってくるサネの顔に、私は水鉄砲をお見舞いした。
「わぶ!……やったなぁ?」
そこからは子供みたいに水のかけ合いだ。
既にびしょびしょなのに濡らし合うという不毛な争いの果てに、私たちは大きな岩に登って寝ころんだ。
サネの言う通り、水の外にでると服は一瞬にして乾いた。
というか、そもそも水もはじいてたっぽい。川の中でも動きやすかったし。便利だなこれ。
「はー、なんかいいね、こういうのもさ」
「うん、そうね。なんか子どもの頃に戻った気分。……別に、子ども時代もこんなことやった経験ないけど」
「ヒメはさー、なんか老熟してるよね。もっと童心を大事にしようよ」
「それサネが言う?サネの嗜好のほうが老熟してる気がするけど」
「精神性の話だよー!なんかスレてるっていうかさー」
「残念ながら、童の頃からこんな感じですけど?……というか、低学年の時は同じクラスだったんだから知ってるでしょうに」
一、二年の時は一緒だったし、三年生の時も私が転校するまでは一緒だった。
そう考えると……私も幼なじみ枠と言えなくもないのか?広義の意味では。……いや、無理あるか。
「うーん……ぶっちゃけ、あんま絡みなかったから印象ないんだよね。あの頃のヒメは今みたいなスーパーガールって感じじゃなかったし」
「まぁ、スターダムに導かれる前の若かりし頃だしね」
「ほらー、やっぱ老成してるじゃん。……もしかしたら、私たちがあそこで仲良くなる道もあったのかな」
サネは澄み切った空を眺めながら、ぼんやりと呟いた。
それは……つまり、もっと早くに仲良くなれてたら、違った未来になってたのかもしれないと。
もっと早くに今の関係になれてたらよかったって……そう思ってくれてるんだろうか?
私は子役やアイドルなんていう横道にそれなくって、サネは向こうの日常に満足できたような……
————そんな未来が。
「うーん……ま、百パーないわね」
「えぇ!?ひゃくぱーなの!?なんでぇ!?」
「だって、絶対ここまで仲良くなってないでしょ。主に私の方が原因だけど。今の私たちは今までの私たちあっての結果よ」
そもそも、そんなことを考えてもしょうがないのだ。
私たちの先にはこれからも、まだまだ道が続いているんだから。
それがこの瞬間に交差して……そのまま、この関係が続いていけばいいなって、
私はそう思うから。
「まぁ、だからこの祠トリップにもいい部分はあったわね。少なくとも私は、こうやってサネと仲良くなれて良かったって、そう思ってるから————」
そうやって堂々と言い切ったことに、不思議と恥ずかしさはなかった。
寝転んで仰ぎ見た異世界の空は、私の心の中みたいにすっきりと晴れ渡っている。
濡れた肌からとめどなく立ち昇るじっとりとした湿度を、秋の爽やかな風がどこかにさらって行った。
嫌な事もあった。解決してない問題も、まだまだ山ほどある。それでも……
「私も、ヒメと一緒に来れて良かったよ」
「————ヒメと友達になれて……よかった」
————それだけは、確かなことだから。
* * *
「————さ!帰ってイノシシ鍋……いやさ!牡丹鍋を食べようか!」
「それ言い直す必要あった?同じ意味じゃないの」
「お花で表現したらなんかオシャレじゃない?」
ヒメとたっぷりと遊んだ帰り道。
私の手には今日の獲物が。私の隣にはヒメがいる。
ケンカしちゃったときはどうなることかと思ったけれど……仲直り出来て良かったよ。
雨降って地固まる。ヒメとは前よりも打ち解けられたし、結果オーライだ。
「こうなってくるとさー、岩塩だけじゃなくてお醬油とかも欲しくなってくるよね」
「それと味噌ね!……どうする?明日とか近くにあるって言ってた里にでも行ってみる?」
「うーん、それもありだねぇ。お弁当と水筒でも作って、物々交換用の貢ぎ物を用意して——」
『——ああ、ようやく見つけましたよサネさん』
どこかから声が聞こえる。
方向を無視した、頭の中に直接響く不思議な声が。
私たちの拠点の前に転がっている、大きな丸太の数々。
洞窟の入口の前に無造作に転がされた、そのうちの一つに。
真っ黒な狐が一匹、ちょこんと座って佇んでいた。
————まるで、私たちを待ち構えていたみたいに。




