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十七話【茸】


温泉洞窟の中は入り組んではいたけど、拍子抜けするぐらいには普通の洞窟だった。

いや、洞窟探検なんて初めてだから詳しくはわかんないけど。


起伏はあれど進めないほどでもないし、分かれ道も今のところない。見たところ、何の変哲もないただの洞窟だ。温泉の湯気が籠ってるせいか大分じめじめしてるけど。


探索は順調。一つだけ懸念点があるとすれば……


「『お宝』どころか何にもなさそうなんですがそれは……」


今のところ収穫もゼロだということ。

どうしよう。戻って別の案を考えるべきか?


……いや、大丈夫。

まだ大丈夫だ。大丈夫なはず。


仮に何かあっても今の私は超人なんだ。自分でなんとかできるはずだし、なんとかして見せないといけない。

サネはそうやって、私の為に色々とやってきてくれたんだから。私にだってこれぐらい……!


ォォォォォ————


「きゃっ!?……って、なんだただの風か」


でも、奥から風が吹いてくるってことは、空気の流れが生まれてるってことだ。

つまり、やっぱりどこかには繋がってるってこと?


奥に進むにつれて、その風はどんどん強くなっているみたいだった。むせ返るような湿った風に、松明の火が大きく揺れている。


「しっかしなんでこう……風までムシムシしてるわけ?!」


生温いを通り越してもはや水!

湿度が!湿度が高すぎる!


サウナにでも入ってんのかってぐらい汗が滲む。貢ぎ物からかっぱらった服は全然水を吸わないもんだから、服の下で汗が滝のように流れ落ちていってる。


ホントに大丈夫かな……いきなりマグマとか流れてこないよね……


————ぐにゅり


「うわっ!?なになに!?」


粗末な草履の裏から、洞窟には似つかわしくない柔らかな感触が伝わってくる。

慌てて地面を照らして見ると、ごつごつとしていた洞窟の様相が明らかに変わっていた。


「……なにこれ?」


灰色の岩肌から一転して、洞窟の壁やら床やらが白く染め上げられている。

よくよく見てみると、その境の部分から先の質感が明らかに変わっていた。


指で触ってみる。

ぐにぐにと弾力があって柔らかいけれど、どこまでも沈み込むって感じでもない。柔らかい奥の方に、ところどころ硬い部分があった。


(地面の表面を何かが覆ってる……?)


異世界の苔みたいな感じなのかな……

その白い床壁は明らかにナマモノの感触だった。スクイーズというかなんというか、なーんかどっかで触ったことがあるような感触なんだけど……


「虎穴に入らずんば、か」


私は意を決してその白い洞窟に足を踏み出した。


ぐにゅりと、まるで低反発マットのような感触の表層とは裏腹に、その奥には確かな大地の硬さを感じる。


どう考えても尋常の洞窟じゃない。けど、それならそれでむしろいい。

これなら、サネに何かオタカラを持って帰れそうだし。


何が起こってもいいように、私は一歩一歩慎重に白い洞窟を進んでいく。

ごうごうと風の音が大きくなってきた。


しばらく進んでいくと、白を照らしていた松明のオレンジが黒に飲まれた。そこから先は壁が途切れていて、奥がどうなっているのかは暗くてよく見えない。


どうやら、開けた場所にでたみたいだ。


(さて、鬼が出るか蛇が出るか……)


片手で壁を掴み首だけ覗きこんで、私は松明を高く掲げる。


もぉぉぉんんん……


まるで誰かの唸り声のような、低くてくぐもった音が洞窟に反響していた。


「うっ!……あ!松明が……」


それに合わせて吹き付けてきた一際大きな生温い風に、松明の炎がかき消されてしまう。

風に煽られて取り落した松明が、じゅうと音を立てて地面に転がった。


そして私の視界は暗闇に包まれた————


「……えっ」


暗転から一転。

緑、黄緑、そして白。


暗がりにまだ慣れていない私の目に飛び込んできたのは、ぼんやりとした蛍光緑の空間だった。


「なにここ……腐海?」


白く塗りつぶされた壁のいたるところから。その間を結ぶ、白い『道』の節々から。


大小様々なキノコが生えていて、そのキノコたちが黄緑色にぼんやりと光っている。


そこは、縦に長い大きな空洞だった。上にも下にもどこまで続いているのかさっぱりわからない。

そして、その白い壁と壁とを結ぶように何本もの太い道のような物が張り巡らされていて、穴の底からゆっくりと風が吹いてきていた。


その白い道はさっきまでの地面と打って変わってふかふかとしている。

まるでクモの巣だ。もしくは————


「もしかして、この白いのって菌糸ってこと!?」


キノコの光がまるで脈打つみたいに白い道を通って、壁から真下へと流れている。ここだけ見るとSFの工場みたいだけど、絵面は完全に○ウシカ。


菌糸の道はヒト一人分はある。試しに体重を乗せてみても、ちょっと揺れるだけでしっかりとしていた。とんでもない強度だなこれ。


「強度だけでみたらクモの糸はすごいらしいけど……この菌糸もそんな感じってことね」


まるで雲の上を歩いているみたいな不思議な感覚。

真ん中どころで上を見上げてみれば、壁のあちらこちらでエリンギみたいなキノコがめいめいに傘を広げていて、薄ぼんやりとした光が降り注いでくる。


洞窟の中にいるのに、私は木漏れ日溢れる森の中に居るみたいだった。


それはなんともいえない、幻想的な光景だ。落武者の人魂なんかとは全然違う、柔らかで暖かな黄緑色の光。


幻想的で……『ファンタジー』な風景。


(……こういうの、サネが見たら喜ぶんだろうな)


私は壁から光るキノコを一本、むしり取った。

菌糸の壁から切り離されても、キノコの輝きは保たれたままだ。


……別に、『こういう』のを見つけても私には何の感慨も沸いてこない。

きっとサネなら、このキノコや風景に対してあーだこーだと考えるんだろうけど、私にしてみればただの光景と物体で、松明がわりに使えるかなーとか、綺麗だなーってぐらいの感想しかでてこない。


私のこういうところが、サネにしてみればつまらないんだろうか?

だから私は、サネに拒絶されたんだろうか?


私には、このワクワクが分からないから。


……。


「よし。これ以上は危ないし、このキノコを今回の成果としよう。うん。そうしよう」


収穫としてはまずまずだ。これらの収穫をお土産にして、サネに謝ろう。

よし!そうと決まればさっさと退散して————



もぉぉぉんん……



「またこの音……」


くぐもった音が、私の真下から響いてくる。

それは、誰かが遠くで叫んでいるみたいだった。


————フッと、突然私の目の前が暗くなる。


「え、なになに!?」


まるでそれが合図だったかのように、光キノコの灯りが一斉に消えていく。


「なんで急に!?」


ポツリポツリと、街の明かりが消えていくみたいに。

柔らかな光に包まれていた洞窟が一瞬にして闇に包まれる。唯一、私の手の中にあるキノコだけが弱々しくその光を保っていた。


や、やばい!これじゃ何にも見えないじゃん!こいつサイリウムぐらいの光量しかないし!


灯りにするにはあまりにも頼りない。

こ、こんな状況で、あの一歩踏み外せば真っ逆さまなこの道を戻る……?

絶対ムリだ!


(お、落ち着け私!こういう時はその場で待機!パニックになって下手に動き回るのは悪手!)


私はとりあえずしゃがんで、姿勢を低くしながらこの闇の中で唯一確かな足元に手をついた。


「ひっ……!」


私が動いたせいか、はたまた絶えず吹いている風のせいかわかんないけれど、人一人分しかない菌糸の道がゆらゆらと揺れる。

真っ暗な中に響くごぉぉという洞窟の音が、まるでケダモノの唸り声の様に聞こえてきて……


そんなことをしても意味がないのに、私は思わず目をつぶった。


こわい……こわいよ。

サネ、助けて、サネ————!


(……ああ、まただ)


私はまた、サネを『使おう』としてる。


ここでじっとしていたら誰かが助けてくれるのか?いつもみたいに、私の好感度を稼ごうとして。


でもこの異世界には誰もいない。そもそも、私の為に命を懸けてくれるかどうかすらわからない。


じゃあサネなら助けに来てくれる?

今まさにケンカをしてるのに?

こんな薄情な私のために?こんな危ない洞窟まで?わざわざ、自分の夢をほっぽり出してまで。


助けてもらってばっかりで、一つもなんにも返せてない、こんな私の為に。


……多分、サネならそれでも助けに来てくれるんだろう。でも————


「————それでぇ!いいわけないでしょうがぁ~~っ!!」


私は!おんぶにだっこのお姫様になりたかったわけじゃない!

有像無象を侍らせて、薄っぺらい甘い蜜だけ吸い上げて!

何もかもを他人に押しつけてふんぞり返っているような、そんな人間になりたかったわけじゃ!


友達の為に行動したんですなんて言い訳で許しを乞うな。

勝手な行動をした尻ぬぐいは、自分でしなくっちゃならない。


私はちゃんと無事にこのお宝も持って帰って、サネと仲直りするんだ!


————それがきっと、私の望んだ関係なんだから。


(地面……そう、地面だ!)


なんにも見えなくても、地面は消えてなくなったわけじゃない!


(こうやって、手さぐりで進んでいけば……!)


前に進める。地べたに這いつくばってでも、私はなんでもない顔をして帰らないといけない。

じゃないと、サネに合わせる顔がないから。


ちょっとずつ、確実に。


道にしがみ付いているせいで、揺れがダイレクトに伝わってくる。奇妙な浮遊感がお腹の中を揺らして気持ちが悪い。

うぅ、ちょっと酔ってきたかも……でもあと少し!


光キノコの淡い光が私のゴールを明かり照らす。

もうちょっと!洞窟に戻りさえすれば、あとは一本道だ————!


————しゅうしゅうと、微かな音がした。


小さくても、確実に。それはまるで空気が抜けているような……

あるいは、口の中に入れたわたあめが溶けていく時のような、そんな音が。


道の真ん中に松明が落ちている。その先端部分の周りが黒くへこんでいた。

甘い、カラメルのような匂いが鼻をつく。


(これ、焼けっ、溶けて——!?)


しゅわりと。

異世界キノコの防衛本能なのか、はたまたアポトーシスなのか。

私の目と鼻の先で、菌糸の道が明らかな意思を持ってほどけていく。


がくんと重力を感じて。

でも、私は残った部分にしがみ付けなかったから————


私は、ぶら下がる白い道に振り落とされた。


「やっ————ッ!」


ばい!やばいやばいやばいやばい!


(つかむ!つかむつかむつかめつかめつかめつかめ————!!)


道を!下の道に!掴んで————


菌糸の道はぐにゅんと大きくたわんで、私の手から滑り抜けてゆく。


(つかめない!つかめないつかめないつかめないじゃんっ!)


落ちながら道に引っかかって、トランポリンみたいに弾き飛ばされる。

そのまま洞窟の壁にあたって、また弾かれる。まるでピンボールみたいに。


もう、どっちが上で下なのかわからなくなった。


真っ暗な世界がぐるぐる回る。身体の芯から冷たくなって、涙がにじむ。



(私、このまま落ちて死ぬの!?)


死にたくない。


死にたくない、死にたくない死にたくない死にたくない……

死にたくないよ————


「————サネ、ごめんね」


走馬灯なんてものは流れなかった。

ただ、あの時の辛そうなサネの顔だけが————


(ああ、なんか私……)


こっちに来てから、ずっと。

サネのことばっか、考えてるな————




もっもっもっも もっもっも




風切り音に紛れて。


もっもっもっも もっもっも


奇妙な音が、近づいてくる。


もっもっもっも もっもっも


まるで、なにかが跳ねまわっているような……


『————んもぉぉぉぉぉん!』


低く、くぐもった音が響き渡った。


ぐんにょりと、いままでとは明らかに異なる柔らかい何かに、私の身体が沈み込む。


浮遊感が無くなる。

背中に確かな感触を感じる。

手をついて、上体を起こせる。


真っ暗でなにがなにやらわかんないけど……私、助かった、の?


『んもう!んもうんもう!』

「わ、え!?なになになに!?」

『んも、んも……んもぉぉぉうっ!』


地面がグラグラと揺れたかと思うと、突然私の視界が真っ白になった。

無意識に閉じていた瞼を開くと、洞窟に明かりが戻っている。

————正確には、私の下にいるでかいキノコが、神々しく光り輝いていた。


私は今、キノコの傘の上にいる。


それは傘まで真っ白なエリンギだった。

私の二倍はある青白いまずそうなエリンギに、奇妙な足が二本だけついている。

リアル質感のエリンギに変な足だけ生えててちょっとキモイ。


『んもー、んも?』


そのエリンギが、んもんもという何とも形容しがたい気の抜けるような音で、私の下で鳴いていた。


「あ、あのー……」

『んも!んも!んも!』


やば!なんかめっちゃ怒ってる!?

妖怪エリンギは左右に身体を揺らしながら、もっもっもっと地団太を踏んでいる。

お、落ちる落ちる!


『んもう!』

「な、なんかよくわかんないけど……助けてくれたのよね?……ありがとう」


おててを合わせて可愛く首をかしげる。アイドル時代に作り上げた最上級のありがとうポーズだ。

こいつに人間様の可愛さがどれだけ通用するかわかんないけど……とりあえず。


今のところ敵意はなさそうだけど……というか私のこと見えてるのか?これ。


『んももも……』


御礼のかいあってか、荒ぶるエリンギは落ち着いたみたいだった。


「ここが……竪穴の最下層?」


見渡す限りのキノコキノコキノコ……

私の足元の動くエリンギも相当でかいほうだけど、それよりもはるかに巨大なエリンギタワーとかもあった。

しかも、光が届いてる範囲だけでこれだ。光の届いてない部分にも、キノコがひしめいていそうだ。

この空間、一体どんだけ広いんだ……?


『……もっ!』


ぶるりと一つエリンギが震えて、下からしゅるしゅると菌糸の触手が伸びてきた。

その先端はピカピカと点滅している。


……なにこれ?イー◯ィー?オトモダチってこと?それとも意思疎通しようとしてる?

私は恐る恐る、その光る先端に指をつき合わせてみる。


『んももももぉぉぉぉぉ……


————ふむ。これでどうだろうか』

「うわぁ!?キノコが喋った!?」


私の頭の中に、やたらといい声が入り込んできた。


『私は今、其方(そなた)の言の葉を借りて喋っている。久しく草の者と対峙をしていなかった故、対応が遅れたことを謝罪しよう』

「しかもめっちゃ流暢だし丁寧!なになに!?なんなのこれぇ!」


『我はクサビラガミが一角、名を白嶺君(はくれいくん)という。ここは私の神域であるが、其方は何故(なにゆえ)、このような場所に落ちて参ったのか。ここに私が住まうことを知るのはただ一草(ひとくさ)を除いておらぬはずなのだが……』


クサビラ……なんだって?

というか神域!?そんな重要そうな場所だったのここ!?


「ええっと、そのぉ……私、この洞窟を探索してたんです。それで、突然道がほどけて無くなっちゃって……」

『ふむなるほど。しばし待たれよ。網(もう)を確認する』


デカエリンギがそう言うと、周囲のキノコがポツリポツリと灯りだした。

そして、その光が地面を伝ってデカエリンギまで流れてくる。

……あの光、やっぱり何らかの情報をやり取りしてる?


『……みたり。この場に火を持ち込んだのは其方であったか』

「火?えっと……あっ!」


もしかしてここ、火気厳禁だった!?


「そ、その、えーっと、はい……」

『網の一部が突然焼き付いたので何事かと思ったが合点がいった。ここではあまり火を使ってくれるな。我が茸たちは乾燥を嫌う』

「あの、ご、ごめんなさい!」


やばいやばいやばい!

これからどうなるの私!?

罰当たりで、また生贄にされちゃうの!?せっかく逃げて来たのに……!


——でも、私の戦々恐々とは裏腹に、デカエリンギの声は冷静だった。


『よい。そして、そこまで畏まる必要もない。そも、私が其方の火を消し、そして網の一部を操ったが為に其方が落ちてしまったようだ。むしろ謝るべきはこちらであろう』


デカエリンギはそう言うと、何故か屈伸をしだした。……これが謝罪ってこと?ボディーランゲージだ。


でも、悪いのは私もそうだ。


「いやあの……勝手に入ってきたのは私ですし……」

『それに関してもこちらに非があろう。この場に人なぞこないと、神域を示すことを怠ったが故に』


な、なんというか……めちゃくちゃまともだなこのエリンギ!

物腰もすっごい柔らかいし……やば、神様ってみんなこうなの?


『状況は委細承知した。案ずるな。私がきちんと其方が入ってきた六番通気口まで送り届けようぞ』


もっもっもっも もっもっも


エリンギ様がふみふみと足踏みをすると、その部分の菌糸がもこもこと膨れ上がった。

そして、それがまるでエレベーターみたいにしゅるしゅると浮かび上がっていく。


すご……これも術ってこと?それとも神様パワー?

……あれ?でもここって確か……


「あの、因みにここが術封じの洞窟ってやつなんですか?」

『ふむ、違う。ここは私が作り上げたボンレイタケの栽培所である。封じの洞穴は別に広がっている』

「あ、そうなんですね」


キノコエレベーターがゆっくりと昇っていく道すがら、沈黙が気まずいからそんなことを聞いてみた。

神様って言うぐらいなんだ。きっと色々知っているはず。情報は聞き出せるだけ聞き出しておこう。


……と、思ってたらエリンギ様の方から話を振ってきた。


『其方は何故(なにゆえ)ここに?ここを取り囲む霊場の術は強力なものであったと網に刻まれておるが』

「いやー、私、異彩喝祭っていう儀式の姫に選ばれちゃってて。それで、城から逃げ出してこの林に隠れてたんです」

『おお、なんと。其方は移世(うつりよ)のものであったか』

「……ウツリヨ?」


ウツリヨってなんだっけ?此岸とか彼岸とかそういう……それは現世か。


『四方(よもかた)の向こう、照原(しょうげん)の裾野に広がる叢(くさむら)の世界だと聞き及んでいる。私は四方産まれ故、仔細を知っているわけではないが』


こ、これは……結構重要な情報なんじゃないのか?

このエリンギ様ならもしかして……!


「あ、あのっ!エリンギの神様!」

『白嶺君だ』

「ハクレイクン……様は、向こうの世界に帰る方法を知ってますか!?私たち、そのウツリヨに帰りたいんです!」

『うむむ。残念だが、私は知らぬ』

「あ……そ、そうですか……」


そんな……

神様も知らないんじゃ、もうどうしようも……


『————ミコトヌシ様ならば、あるいは』

「ミコトヌシ様?」

『月葉御言主(つきばみことぬし)。天高くで聳え立つ大幹樹(おおみきき)の妹君にして、この四方を治めておられる御方だ』

「あ、あれ?この世界の偉い神様って、確か竹帝?……っていう神様なんじゃないんですか?」

『ふむ。管轄が異なる。タケミカヅキは民草を統べる立場であるが、ミコトヌシ様はこの四方の全てを治めておられる御方。然らば、世と世の境を超える術を知るは、ミコトヌシ様以外にはおるまい』

「そうなんだ……」


ミコトヌシ、タケミカヅキにヨモカタ……新情報が盛り沢山だ。

全部、ちゃんと覚えとかないと。


『————しかし、なるほど異彩喝祭とは。これまた懐かしい響きだ』

「……?そうなんですか?」


んー、まぁ殿さまとか左衛門さんの反応を見るに、随分と久しぶりなんだろうけど。

そもそも『姫』がホントに来るとは思ってなかったぽいし。


『タケミカヅキもこりぬものだ。よほど月の姫君に袖にされたのがこたえたらしい』

「月の……姫?」

『さよう。そも、異彩喝祭は彼女をもてなす為に催されたものだ。それを逆手にとって神賭けを挑んだ彼女の痛烈さは、今でも我が網にしかと焼き付いている』


えーっとまてまて?ちょっと整理しよう。

七日七晩の異彩喝祭は異世界の姫をもてなすためのもので、そのあと姫は神さまと結婚させられる。それはイコール神さまになるということで、人間的には死に等しい。

祭りの主催者のお殿さまと左衛門さんはそれを逆手にとって神さまを呼び寄せて……カミカケだっけ?ってやつをしたいと。


で、そんな目の敵にされてる当の神様は昔振られた女の代わりの姫をずっと欲しがってたってこと!?登場人物にろくな奴がいないじゃん!

袖にされてるぐらいなんだから、ろくな神様じゃないんだろうな……そのタケミカヅキってやつは。


『其方がここに居るをみるに、彼奴はまた花嫁に振られたようだ。草花をみだりに召し上げようとするからそうなる』

「というか、いきなり神様の嫁になれって言われて喜ぶ人なんてあんまりいないと思うんですけど……私、タケミカヅキさんに直接会ったわけじゃないですけど」

『然り。それもまたむべなることよ……おお、ここだ。到着である』


色々と話し込んでいるうちに、どうやら上についたらしい。

なんか、あっという間だった気もするし、何十年もここに居たような気もする。死にかけたせいかな?


……竜宮城よろしく、外に出たら何十年もたってましたとかないよね!?そうなるとガチで泣くけど!


「……あの、色々とありがとうございました」

『よい。私も久方ぶりの邂逅を楽しんだ。このような機会、隠匿暮らしには望外の喜びよ』

「……なにか、私にできることってありますか?その、恩返し的な」


なんというか、この神様になら礼を尽くしてもいい。尽くしたいっていう気持ちにさせられる。

そんな人徳……神徳?がハクレイクン様にあった。

神々しいというかなんというか……畏敬の念ってホントにあるんだって感じ。


『————』


しゅるりと伸びた触手が私の頭に乗せられる。

そこから頭の中へ、ハクレイクン様の可笑しな気持ちが流れ込んできた。笑い声は聞えないけど……笑ってる?


『なにも。そも、私はその様な祀事(まつりごと)から離れるためにここで隠居をしているのだ』

「そうなんですか?」

『世の勢力争いに嫌気がさしてな。やれ格だの位だのと愚かなことよ』


『ただ、ほんの少しの神域と、そこで栄える我が茸たちが健在で在れば、私はそれでよいのだ』

「……なんか、いろんな奴に聞かせたい言葉ですね」

『其方もそう思うか。……場を奪い合わずとも、共に生(は)えればよい。共に生えられぬのなら、分けあえばよい』


『故に私はここに居る。ここは我らにとっては極楽でも、草木には適さぬ場であるが故に』



『————それが神仰(しんこう)と叢々(むらむら)の在り方であると、私はそう思う』



……気高いな、ハクレイクン様は。

人の。生命(いのち)の上に立つっていうのは、もしかするとこういう事なのかもしれない。

そう考えると、やっぱり私は上じゃなくって……


————『隣』がいいって、そう思った。


『せっかくの訪問。土産にこれを持ち帰るとよい』


ハクレイクン様の触手がほどけた中にあったのは、私がむしっていたキノコだった。これも拾っててくれたんだ……

その光キノコは私が持ってた時よりも強く、綺麗に光輝いている。


『ボンレイタケは直接食すには不適ゆえ、光が失われた後(のち)は日の元で三日三晩干し、その干し茸(たけ)の出汁のみを味わうのが良いだろう』

「あ、ありがとうございます……」


お土産だけじゃなくて食べ方まで……なんか、親戚のおじいちゃんみたいだな。

キモイとか思っちゃってごめんなさい。


『然らば息災でな。叢(くさむら)の姫君よ』

「はい。ハクレイクン様もお元気で」


私はしっかりと最敬礼をした。今の私に出来るのは、ちゃんとした礼儀を返すことだけだ。


ゆっくりと、ハクレイクン様の輝きが収まっていく。

そして、洞窟の中を照らすのは私の光キノコだけになった。


ハクレイクン様も最後に一つ屈伸をすると、もっもっもっとそのまま洞窟の奥へと帰っていった。


『……おおそうだ、叢の姫よ。最後に一つ、其方と話して網に浮かんだことがある』

「……?」


暗がりの向こう側から声が届く。


『先ほどの、月の姫の話だ。

彼女はタケミカヅキと結ばれるはずだったのだが、その婚儀を蹴り、彼奴に対して神賭けを挑んだ。そして、あまた多くの竹兵(ちくへい)と五人の貴公子の追及を退け、天高くにて眩い輝きに包まれたあと……』


『————忽然と消え失せたのだ。この四方の、いずこからもな』

「え、そ、それって……」


世界を、超えたってこと……?

……希望はある。現実に、私たちは実際にこうやって異世界にきてて、月の姫とやらはあっちの世界に帰っていったんだから。


……んん?月の姫?

なーんか聞き覚えがあるような……


『月の姫の事が知りたければ和賀の里を訪ねるといい。そこなクレナイというくノ一ならば、彼女の事を知っていよう』

「あ、はい!重ね重ねありがとうございました!」



『其方の望みが叶うことを、この穴倉の底から想わせてもらおう。————では、さらば』



もっもっもっも、もっもっも


ハクレイクン様の足音は、すぐに聞こえなくなった。なんか、すごい体験だったな。


……私も帰らないと。

サネのところに。


私はキノコを掲げて洞窟を戻っていく。

ハクレイクン様のお土産のおかげで、帰りの道は行きよりも明るかった。


そんな私の元に近づいてくる、足音が一つ。


「あ゙ーー!ヒメいたっ!」


洞窟の入口方面から、慌てたサネが走ってきた。

私がこの異世界に来てから、一番よく見てきた光景。


サネはいつだって、私のところまで来てくれる。

ずっと、こうやってオモイを向けてくれてたんだなぁ……


「私、ヒメが居なくなってて、それで……

もう!心配したんだよ!」


心配、してくれたんだ……

その事実に私は、ちょっとした後ろめたい嬉しさを感じる。

……っていかんいかん。そのルートの一寸先は闇だぞ、私。


サネのこの反応は至極まっとうだ。連れが居なくなったら心配するのは当たり前。

でも、そんな当たり前のキモチをちゃんと向けられてるってのが、今は嬉しい。


(……私は何を勘違いしてたんだろう)


成果だのなんだのと。

そんなものを探す前に、まずやるべきことがあったんじゃないか。


私がすべきだったのは、オタカラを探すことなんかじゃなくって……


「————ってそれなに!?その光ってるやつ!どこでそんな面白そうなものを見つけて、きたの……」


光キノコを見て想像通りにテンションの上がったサネは、今まさに私とケンカしてたことを思い出したらしい。

ちょっと気まずそうに、サネはキノコから目をそらした。


私は、なんでかそんなサネの反応に。

ケンカをしてても変わらないサネに、自分でもびっくりするぐらい————安心したんだ。


(言わないと……謝らないと)


でも、唇が震えて、声にならなかった。

言葉にならない。言いたいことが、胸にいっぱい溢れてきて。


「……なんで、こんなことしたの?洞窟の奥に行かないって決めたのはヒメじゃんか」


そうやって問いかけてきたサネの声色は、どこまでも優しかった。


「サネ……えっと、あのね」

「うん」

「私……だって、サネとケンカして、私も何かしなくちゃって思ったから……それでっ」


「——これ、お土産」

「お、おみやげ?……このキノコ?私に?」

「だ、だってサネ、トレジャーハンターになりたいって言ってたから!」

「あ、あー……あっ!そゆこと!?だから洞窟に……?」

「うん。だから、その……えっと」


あ゙ぁ~~もうっ!何をもじもじしてるんだ私はっ!

スパッと!頭を下げて謝るだけでしょこんなん!

それで!仲直りしてくださいこれからも友達でいてくださいって手を差し出すだけでいいのにっ!


……それだけで、いいのに。


「~~ッ!言っとくけど私っ!サネ以外に友達なんていないんだからねっ!」

「えっ?ええ!?急にどした!?」


結局、私の口から飛び出して行ったのはそんな言葉だった。


ああああ……なんでこうなるんだっ!

染みついたキャラが!習慣がっ!口癖がぁ!

それはアイドル時代のムーブでしょうがぁ~~!


顔が熱い。

恥ずかしい。恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい……

————こんなにも、不器用な自分が。


「う、噓(うっそ)だぁ!そんなことないじゃん!だってヒメっていっつも誰かと一緒にいたし、ファンクラブの子たちだっていっぱい……」

「私はぁ!あっちを友達だって思ったことは一度もない!」

「えっ、ええぇ~?……ヒメ、大分ひどいこと言ってるよ?」

「だってそうなんだもん!事実は事実よ!」


「私はっ!……私は、ちゃんと向き合ってこなかったの。上っ面だけの関係を広げるだけ広げて、満足した気になってただけなの……それはサネに対してもそう」


「皮肉なもんね。広くて浅いコミュニケーションばっかしてたら、ちゃんとできなくなっちゃった。確かに私の周りにはたくさん人はいたし、それで私も満たされてたつもりだったけど……でも、それは本当にほしいものじゃなかった」


「私は、だって私は……百人のファンよりも、一人の友達が欲しかったんだから————」


ああ、結局のところはそういう事なんだろう。

今までの私は、迷走してたんだ。トップアイドル様に自分と同じことができるだなんて言われちゃったもんだから、ちょっと欲目が出て、それで……


ああはならないと。その道を蹴ったのは自分なのに。


何やってんだろ私……


「だから……ごめん」

「ちょっ!?な、なんでヒメが謝るのさ!別に、今回のことだってケンカっていうよりかは……」

「だって私!サネに対してちゃんとできてなかった!友達って、言ってくれたのに……」


「大事に、してなかった。自分のことばっかりで、サネのこと何にも考えてない。サネに何にもしてあげれてない!」


「私は!友達って言ってくれて嬉しかったの!だから、だからっ……」


頭の中が色んな感情でいっぱいになって上手く言えない。喋れない。

ここに来て、私の今までの経験は一切役に立たないみたいだった。


何が言いたいんだっけ?どうしたかったんだっけ?何を伝えなきゃいけないんだろう?


分かんない。わかんないけど……

お高くとまってたらダメだから。

上っ面だけじゃ、ダメなんだ!


「サネごめ゙ん゙ね゙ぇ~~!!だから嫌わないでぇ!捨てないでぇ!」

「ヒ、ヒメ!?情緒情緒!感情が乱高下しちゃってるよ!?」

「んなもんとっくにぶっ壊れてるわよぉ~~!!うわぁーーん!」

「わ、わかった!ヒメの気持ちは良くわかったから……ね?一旦洞窟から出よ?そんで、お風呂にでも入りながらゆっくり話そうよ」

「ゔうぅ~~、また気遣ってくれてるぅ~~……ありがとねサネぇ~~」


サネはどうしてそんなに優しいんだろうか。普通、愛想をつかしてもいいようなもんなのに。


「ちょっともう……調子狂うなぁ。ホントにどうしちゃったのさ。……はっ!まさかこのキノコ!?これのせいなの!?」

「ぢがゔぅ~~!!」


想定と全然違ったけれど。思ったほど上手く謝れなかったけど。

ぐっちゃぐちゃのめっちゃくちゃで、しっちゃかめっちゃかになっちゃったけれど!


それでも、ちゃんと謝れた。

ちゃんと口に出せたんだ。

自分の、本当のオモイを。


「ほら……行こ?」


ぐずる私をサネが引っ張ってくれる。


ホントは、サネにあんまり寄りかかりすぎたらダメなんだろうけど……


(でも、もうちょっとだけ、このままで————)


私は長くて暗い洞窟から、ようやく抜け出したのだった。


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