↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
16/32

十五話【将】

拠点に近づくにつれて、私はその異様な雰囲気を感じ取った。

地響き?地震……いや違う!何か大きなものが動いてる……?


『オオオオオオオオオオ!!!!』


地獄の底から響いてきたような低いうなり声が空気を震わせる。

文字通り、ビリビリと。

木々の隙間の向こう側。私の眼前にそびえ立つ、林の葉っぱを突き抜けるほどの大きな影。


巨大な落武者が、私たちの洞窟の前に陣取っていた。


(なにあれ!?)


でかすぎる!

謎のビッグ落武者は木の背丈を優に二倍は超えていた。それがずしんずしんと地面を震わせながら、私たちの拠点の周囲をウロウロと練り歩いている。まるで、何かを探しているみたいに。


正直気になりすぎるし、多分あれが事態の元凶っぽいけど……って


「〜っ!」

(ヒメ!?)


ビッグ落武者の兜の角。そこに、引っかかる様にくっついている見覚えのあるヒト。

我らがヒメが、兜に必死の形相でしがみ付いていた。なんで?


(崩れた洞窟(きょてん)、突如現れた巨大落武者、そこに物理的に囚われたヒメ……)


ここから導かれる答えは……いや、そんなことはどうでもいい!

とりあえず早くヒメを助けてあげないと!


幸い落武者は私に気づいていない。

アドバンテージはまだこっちに————


『オン』


ぐりんと。兜がこっちを向く。

目元の隙間から漏れ出る人魂の青い光が、まるで獲物を見つけたケモノのように煌めいた。


人魂のサイズも明らかにデカい!


「っ〜〜!」


兜に振り回されたヒメが、声にならない悲鳴をあげた。やばい!ヒメが落ちちゃう!


『オオオオオ!!!』


一体何で察知されたのかはわかんないけど、デカ武者はそのまま雄叫びを上げながら私目掛けて猛然と突進してきた。

……けど、遅い!


フツウ武者の鋭い一撃と比べるべくもなし。巨体を手に入れた代償に、その精細さと速度を失ってるみたいだ。

私は闘牛士のようにその猛追を躱しながら、

頭上のヒメに呼びかける。


「ヒメー!大丈夫ー!?」

「さっ……サネぇ!ごめーん!笛吹いちゃった!」

「その為の笛だからー!それよりもうちょっとだけ待てるー!?」

「な、なんとかー!」


よし。ヒメの限界がくる前に手早く済まそう。


「……って、ちょ、ヤバ!?」

『オォォォォ!』


ちょこまか逃げる私に痺れを切らしたらしいデカ武者は、側にあった木をまるで雑草でも抜くみたいに引っこぬくと、それをそのままブン投げてきた。


回転する本当の意味での丸太が、メキメキと音を立てて他の木々を薙ぎ倒していく。

巨体に見合ったパワープレイ……落武者の時とは違った厄介さだ。


『ォォォォ!」

「うわっと!」


とんでもない森林破壊だよ全く。

でも、正直左衛門さんの方が遥かに恐ろしかった。

なんというか一個一個は派手だけど、動きは緩慢だし目で見て避けれるしであんまり脅威に感じない。飛んでくる木の投擲も、どれも私のスピードに追いついてないし。


これは私の感覚が麻痺ってるのか、はたまたこれまでの戦闘経験の賜物なのか……


投擲した瞬間の隙をついて脇を通り過ぎ、私はデカ武者の背後を取った。

そのまま鎧を駆け上がろうとして……


『オオオオオオオオオオ!』


デカ武者がとうとう刀を抜いた。いや、ずっと抜き身ではあったけども。

さっき私を見つけた時みたいにぐりんと鎧が回転して、その勢いのまま左手に持ってた大刀を横薙ぎにしてくる。


「ほいっ!」


私はその大振りをしゃがんでかわす。

ぶおんと頭の上を剣風が通り過ぎていく。

よし!見てからでも避けれる。なんだったらただの落武者の時よりやり易いかも……


「これなら全然よゆー……へっ?」


ずずん、と。

私の背後で何かが倒れた。


振り向けば、私の後ろに生えてた木がすっぱりと伐採されていた。

それも、何本も。


ひ、一振りで林が丸ハゲに……?


前言撤回!危険度は落武者より絶対上!

あんなもん喰らったら私もこの木みたいに真っ二つにされる!当たり前か!


『オオオオオオオ!!!』


とにかく裏を取らないと……だめだ!ぐりんぐりん回って埒が開かない!

デカ武者はもはやヤジロベーみたいに回りまくってる。技もクソもないゴリ押しだ。

もう拠点周りに木は一本も残ってない。


しょうがない!裏取りに対応してくるならば選択肢は一つ!


「正面突破だっ!」

『オオオオオ!』


回転を乗せたデカ武者の二の太刀。地面を削りながら迫り来る斬り上げを躱して、私は腰部分に取り付いた。


『ォォォ……オ?』

(このまま一気に上まで……)

『オ オ オ オォォン!!』

「どわぁ!?」


まるで身震いするみたいに、デカ武者の腰部分が回転しだした!?

おおおお!?メリーゴーランドみたいで目がまわる!


私はたまらず腕に飛び移った。


『オ オ オ オ オォ~~!』

「う わ あ あ あぁ〜〜!?」


今度は籠手も回りだした!?

やばいやばい!腕がぁ!遠心力!

弾き飛ばされるるるるっ!


「さっ、サネぇ!」

「ヒメぇ~~!お願い!タイミング取って!!」

「えっ!?わ、わかった!」


私は目を回さないように瞼を閉じた。

しがみ付く掌と耳とに全神経を集中させるんだ!


「……ハイ!ハイ!ハイ!ハイッ!」


流石はヒメだ。あれだけで私の意図を汲んでくれたらしい。

ヒメの掛け声でタイミングを測る。この腕から飛び立つ、その瞬間を!


いち、にの、さん——


「「ハイッッ!」」


私たちの声が重なる。そのタイミングに合わせて手を離す!

相手が生み出した回転の慣性をそのままに、私は真上に飛びあがった。

ジャストタイミング!完璧だ!


私は華麗にデカ武者の肩に着地した。


「とう!助けに来たよ!ヒメ!」

「サネ〜!今の普通にすごくない!?」


間に兜を挟んだ向こう側から、ヒメが嬉しそうに手を伸ばしてくる。

よし、このままヒメを回収して兜を——


『オ!オ!オ!オ!オォォ!!!」

「え——?」

「ヒメっ!」


デカ武者が雄たけびを上げる。あと少しで届くはずだったヒメの手が遠く離れていく。

とうとう兜まで回転し始めた!?なんでもありじゃん!


「まずい!ツノに掴まって——」

「あっ————」


一瞬の油断。私達の気が緩んだ瞬間の出来事。

デカ武者はそれを知ってか知らずか、最悪のタイミングで。

片手を離してたのも良くなかった。その突然の遠心力に耐えきれなかったヒメが——


私の目の前で、空へと放り出された。


「ヒメーーっ!」


ダメだ、間に合わない、跳ぶ、回収、ルート、最短————


————私は勢いよく回り出した兜の角を無理やり掴み取った。


「い゙っ……たぁ!?」


ツノが掌を打ち付ける。その鈍い衝撃が芯にまで響いてくる……けど!離さないっ!

この回転の勢いを利用して————!!


「ヒメぇ!掴まって!」

「ーーっ!」


左手で角を!右手をヒメに!

私はヒメに目いっぱい手を伸ばした。チャンスはこの一度きり!


遠心力に引っ張られた腕が悲鳴をあげる。

世界から音がなくなって、目の前の光景がスローモーションになった。


すごい、こんなの初めて——


——パシンと。

私はその音を聞き逃さなかった。


手と手が重なり合う。私はそれを逃さないように、全力で握りしめた。

ごめんヒメ!加減する余裕ない!


「ふぁいとおおおお!」


私は力に任せて、ヒメを引き寄せた。

ふわりと、かすかな甘い香りが鼻をつく。


「サネェ!」


いつか見たサーカスの一幕みたいに。ヒメが私の腕に飛び込んできた。


「ヒメ!このままやるよ!」

「えっ!?なにを!?!」


説明してる暇はない!

兜は尚も回り続けている。

一周、二周、タイミングを見計らって〜……!


「パワぁあああああ!」


ガツンと肩部分に足を引っ掛けて!

全ての力(パゥワ)をこの左手に!


「どぉぉぉおおおりゃぁあああああ!」

『オォ!?』


落武者の兜は物理的に繋がってるわけじゃない!

てこの原理、背負い投げの要領で!私はデカ武者の兜をぶん投げた。


一本っ!!


兜はそのまま、ぐりんぐりんと空を舞う。


「ぜぇ、ぜぇ……ふぃ〜!なんとかなったね」

「さ、サネぇ~~~!死ぬかと思ったぁ~~!!」

「おぶっ」


感極まったらしいヒメが普段の体裁もどこへやら、勢い良く抱き着いてきた。

あ、やばい!ちょっと今ふらついてるから!落ちちゃう落ちちゃう!


「ヒメ、どうどうどう。落ち着かないと落ちちゃうよ。……それで?一体全体なにがあったの?」

「それは————」


ヒメが口を開こうとしたその時。


『オ オ オ オ……オン』


ぐるぐると回りながら飛んでいくはずだったデカ武者の兜が、ピタリとその回転を止めた。

————空中で。


『……オン』

「えっ」


がちんと兜の歯が鳴り響く。

私の様子がおかしいことに気がついたヒメが後ろを振り向く。

兜は、明らかに私たちをロックオンしていた。


デカ武者の眼光が怪しく光る!


「かっ……」「兜が……」


「「飛んだぁああああ!?」」

『オオオオンソワガァアアアアーー!』


口を上下に大きく開いて、私たちめがけて兜が飛びかかってきた!

なにこれ!?第二形態に突入した!?


「わわわわわ!サネぇ!あいつ生きてる!」

「一時撤退するよヒメ!」

「撤退ったって……きゃぁあああああ!?」


すんでの所で噛みつきをかわして、私はヒメを抱えて鎧から飛び降りた。

とりあえず林に逃げ込んで——


「ちょ!サネ!なんか飛んできてる!」

「えっ——うわったったぁ!?」


背後から飛んできたその何かを、私はほぼ反射でかわした。

そのままどすりと木に突き刺さったのは、銀色をした見事な業物だ。

か、刀を飛ばしてきてる!?落武者にそんな能力が!?


「ホントにあれって人間の魂なのぉ!?殺意高すぎ!どう考えてもバケモンじゃないのっ!」

「それには同意するっ、けど!」

『ォォォォォ!』


私の腕の中でヒメが叫ぶ。

ああもう!胴体があったときよりもめんどくさい!

速さはもちろん、刀が危なすぎる!


それに加えて、木の障害なんてお構いなしにメキメキと林を削りながら兜が私たちを食い殺さんと迫ってきている。


どうするどうするどうする————ここだ!


「ヒメ!隠れるよっ!」

「ええ!?ここに!?」


直角に曲がって刀の斜線を切る!

私たちはそのまま大きめの木の後ろに身をひそめた。


「大丈夫!私の思った通りなら……」

『オオオォォォ……』


がちんがちんと歯を鳴らしながら、デカ武者は私たちの側を通り過ぎていった。

……ふぅ、とりあえずは巻いたか。


「う、上手くいったの……?」

「うん……それでアレなに!?なにがなにやらでこんな状況になったの?」

「あー、えっとぉ……」


珍しく、ヒメがバツが悪そうに頬を掻いた。


「……私、拠点の兜を整理してたのよね。邪魔くさかったから。そしたら、急に人魂がくっついていってデカ人魂に……」

「ふむ。それであのデカ武者が爆誕した、と」

「最初は兜だけだったのよ。さっきみたいな感じで。それで、私思わず兜を引っぺがさなきゃって……んで、角にしがみ付いたら、気づけばお空の上に……」

「なるほど。それでにっちもさっちもいかなくなったわけだ」


拠点も崩れてたし、あの巨体だ。洞窟が耐えられなかったのも無理はない。

とりあえずヒメにケガがなさそうでよかったよ。ともすれば、生き埋めになってたかもしれないと思うとゾッとする。


「なんか私の事を見失ってるっぽかったから、下手に降りるよりはいいかなって……」

「うんうん、ナイス判断だよヒメ。こっちとしても目標が固まっててやりやすかったしね」

「……まぁ、結果としてはより悪くなっちゃったけど」

「そこは結果論だよ」

「……拠点も壊れちゃった。私のせいで」


ヒメが目に見えてしょんぼりとしてる。

責任を感じているのかな?でもあんなのを想定しろってのもおかしな話だよ、


ここは異世界。私たちの常識じゃ測れない非日常のオンパレードなのだ。……ワクワクしてきたね。


デカ武者は人魂が集まってデカくなった分、術が使えるようになったんだろう。

おかげで弱点も克服されちゃってるし、新しい攻撃手段まで増えてるしで順当にパワーアップしてる。

落武者の上位種とかそんな感じなのかもしれない。


「しっかし、落武者にあんな集まって合体するスライムみたいな生態があったとは思いもしなかったね」

「つまりあいつはキング落武者ってわけ?シャレになんないわよ」

「いやいや、落武者のヌシなんだからキングじゃなくて将軍なんじゃ————あっ!?」

「えっ!?なになに!?どうしたの?」


その瞬間、私の脳裏をよぎったのはスズちゃんと何気なくした世間話。

それがまさに劇的な閃きによって、この一瞬の間に急激に思い起こされた。

アニメだったら謎の効果音が出ていたに違いない。


『ねぇスズちゃん。落武者の魂を月に還してあげないとどうなるの?』

『んー?輪廻の環に帰れないってのはもちろんだけど、一番はほっとくと【落将軍(らくしょうぐん)】が生まれちゃうんだよね。そうなると倒すのがめんどいったらないわけ』

『へえー!その、らくしょうぐん?ってのはどんなやつなの?』

『落将軍はねー、落武者のでっかいやつだよー』


でっかいやつだよー、でっかいやつだよー、だよーだよーだよー……


「ら、落将軍だっ!あれが落将軍なんだよヒメ!」

「アレが何か知ってるの!?」

「アイツはね……落武者が集まって生まれるでっかいやつなんだよ!」


私が自信満々にそう言うと、ヒメの目線がじっとりと細くなった。


「……いや、今判明してる情報と寸分も違わないんですけど?!」

「むっ?……確かに!」


言われてみれば。状況は何も好転してないね。


「まぁ、だからヒメのせいじゃないよってこと!どっちかというと今思い出した私のせいだね。知ってたわけだし」

「……そういうことにしといてあげるわ。それで?あいつの名前が分かったところでこれからどうするの?」

「うーん……放置して逃げるか、後顧の憂いを絶つために攻めるか……」

「というか、何でアイツはどっかに行かないわけ?さっきから出待ち野郎みたいにウロウロウロウロと……!」


デカ武者、もとい落将軍は、まだこの辺をぐるぐる徘徊してるみたいだった。どこかから唸り声とあの歯を嚙合わせる音が聞こえてきている。


「落武者は人の気配に引き寄せられるって話だったけど……多分、アイツらって魂の輝きを感知してるっぽいんだよね」

「それってサネみたいにってこと?」

「うん、多分ね。だから——ってやば!?」

「えっ?あっ、ちょ!?」


のんきに話してたら、将軍がこっちのルートにインして来た。

急いでヒメを木に押しつけて、その上から覆いかぶさるように身を寄せる。


落将軍はそんなトカゲみたいに木にへばりついている私たちを華麗にスルーした。うん、やっぱりね。


(裏の世界じゃ木も光ってるからね。こうやって木の一部にに見せかければ、アイツには判別できないんだよ)

(な、なるほどね。……ちなみにそれじゃあ、ひそつく必要は……?)

「うん。無い」

「いや無いんかいっ!」


やっぱり音でも視覚でもなく、裏の領域でしか認知してないらしい。作戦会議がしやすいのはありがたいけど……ずっとこのままってわけにもいけない。


「木と魂を判別できるだけの賢さはないけど、でも魂の気配みたいなのは感知されてるっぽい」

「だからこの辺から離れないと。つまり、下手に動くと感知される?」

「木から離れたらやばいかも」

「どーすんのよ。こっから動けないじゃないの」


魂感知もやめといた方がいいかも。あれはエネルギーを飛ばしてマッピングしてるわけだし、確実に感づかれちゃう。


「どうにかしてアイツの動きを止められればいいんだけど……このままじゃ惑いの林がホラーゲームのステージになっちゃうよ」


木々の隙間からあんなのがこんにちわしてきたら普通の人はびっくりするだろうなぁ。徘徊エネミーが強力なのはゲームのお約束だ。


「元からだと思うけどね、それは……どうする?じゃああの兜でもぶっ壊す?」

「うーん……落武者の時にできなかった飛行術を披露してるあたり、兜を壊しても再生されそうだよねぇ。生成術って奴かな」


落武者がどんな風に生まれてくるのかはわかんないけど、少なくとも落将軍は虚空から鎧や刀を出しきてる。


「確かに……そんな不死身の化け物をどうやって倒せっていうのよ」

「倒すんじゃなくて封印するとかなのかな?それか、一気に成仏させる特別な術があるとか」

「そうなるといよいよお手上げね。……もういっそ、あいつを城まで誘導してガマ殿たちをぶっ倒してもらう?」

「倒されるのそっち側なんだ?」


たぶん、あの光る熊と一緒で惑いの術は効果ないんだろうし……離れた場所に誘導して一気に巻くしかないかな?

でも、ここに居を構えた私たちの元に落武者がぞろぞろと集まって来た事を考えると、対処療法にしかならない気もする。


そのせいで人魂がいっぱい集まっちゃったわけだし。


「噛みつきだけなら誘導からの逃走はありなんだけど……こっち追っかけてきて、アンブッシュからの刀飛ばしが一番最悪だよね。向こうは惑いの術を無視して移動できるし」

「あーもう!あっちもこっちも術術術術……ファンタジーってめんどくさいわね!なんかないの?術を封印するアイテムとか!なにやらかにやらとか!」

「探せばありそうだけど……ん?いや待てよ」


術を、封印?

術を封じて、兜が飛ばないように、落将軍を封印できる、不思議な……場所っ!


あれだ!あそこがあるじゃんか!


「ナイスだよヒメ~!それだっ!」

「えっ?ど、どれ?」

「術封じの封牢!もとい、術封じの洞穴がこの林の地下にはあるんだよ!」

「そうなの?それってサネが捕まってたやつ?」

「そうそうそれそれ!」


樹霊さんが私を助けてくれた時、地上に出た私たちを出迎えたのがこの惑いの林だった。


樹霊さん曰く、あの封牢は『封じの洞穴(どうけつ)』という霊場の一部で、それはここら一帯の地下に張りめぐらされているらしい。


私には樹霊さんがいたからなんとかなったけど、牢からやっとこさ抜け出たのに外は惑いの林だなんてなかなかえげつないコンボだ。絶対こんなところには足を踏み入れたくないね。


けれど、今回はそれを活用させてもらう!

封じの洞穴にあいつを誘導してぶち込む!これだっ!


「それって私たちが拠点にしてた洞窟もそうなの?」

「いや、もしかしたら奥で繋がってるかもしれないけど、確認できる範囲では普通の洞窟だったよ」

「……つまり、今から私たちはあいつと追いかけっこしながら、まだ見ぬ洞穴を探すってことね」

「そゆこと!最悪の場合は、そのまま巻いて逃げるのがプランBね!」

「……」


私の下でヒメが少し俯く。

ヒメは……少し震えていた。

もしかすると、怖いのかもしれない。


でも、次に顔を上げて私を見上げたヒメの眼には、強い意志が込められていた。

こんなヒメの表情は、多分、向こうじゃ見ることもなかっただろう。


初めて見るヒメの表情に、私は少しだけ見惚れた。

ヒメの拳が私の胸を叩く。


「先が思いやられるけど……やったろうじゃないの」

「……へへ!そうこなくっちゃ!」


『ォォォォォ……』


私たちの決意に応えるみたいに、落将軍がどこかで雄たけびを上げた。

さぁ——


「いざ!将軍封印作戦だっ!」



***



「それじゃあ作戦開始といきますか!」

「いや、それはいいんだけど……」


「——なんで『お姫様だっこ(このスタイル)』なわけ?」

「え?」


木に身体を擦り付けながらタイミングを見計っていた私に、腕の中のヒメが恥ずかしそうに聞いてきた。今さらそんなことで恥ずかしがらないでも……


お姫様だっこもこなれたもの。もはや、このスタイルが一番落ち着くまである。


「これならはぐれることもないし、ヒメには後ろを見てて欲しいんだよね。目はたくさんあった方がいいでしょ?私も魂感知で避けるけど」

「それって私の比重軽くない?」

「あとは惑いの術センサーだよ!今いる場所がどっちなのかは知っておきたいから、私が見えなくなったら教えてほしいかな」

「……ま、いいわ。これが無事に終わったら、私にも術の使い方とか教えてよね」


「————いつまでもお荷物は嫌だし」

「私、ヒメを重いだなんて思ったことないよ?」

「体重の話はしてないっ!」


お荷物なんて、邪魔だなんて思ってないんだけどなぁ。

でも術を教えるのはいいね。

二人でくノ一……うん、悪くない。


こっちで生きていくなら、術は必須技能なまであるしね。


『ォォォォ……』


そんなことを考えてたら、落将軍が近づいてきた。

私はヒメに目配せする。


「それじゃあいくよ?さん、にぃ、いち……」


「————ゴー!!」

『……!オオオオッ!』


木陰から駆けだした私たちを、落将軍が速攻で補足してくる。やっぱり普通に逃げ切るのは無理そうか。


「サネ!左っ!右!ジャンプジャンプジャンプっ!」

「あいよー!」


惑わされないように目をつぶって、私はヒメの声を頼りに刀の攻撃を避ける。

魂感知はもちろん全力全開!封じの洞穴は魂のエネルギーを抑え込む。それは逆に、私のエネルギーが届かない空白部分こそが霊場なのだ。


実際、足元の遥か下方に、不自然にエネルギーが届かない真っ黒な部分がうねるように存在していた……けど、私たちが探してるのはそれが地上に露出してる『入口』部分だ。


「サネ五本!アイツ偏差撃ち出来てないわ!生成!第二陣は右三、左二!」

「了解!」


時に躱し、時に跳び、時にクナイで弾きながらの鬼ごっこ。

飛んでくる刀はだいたい四、五本。だけど、刀を撃つ前に生成する隙がある。

弾数はいまのところ無尽蔵だけど、雨のように飛ばしてこれないぽいのは救いだ。

この程度なら十分に対応できる!


「ッ!」


順調に林を進む中で、びくりとヒメが身をこわばらせた。


「サネ!見えなくなったからね!」


ヒメはそう言うと、私の移動を邪魔しないようにぎゅっと縮こまった。


ヒメの視界には今、私も落将軍も映ってない。閑静な林の中で一人、立ち尽くしているように見えてるはずだ。

後ろから将軍に追われている状況をわかった上で、それでも私に身を預けてくれてる。

何もわからなくなった状況で怖いだろうに、それでも自分の全てを私に預けてくれてるんだ。


私はその信頼に、答えなきゃいけない!


『オオオオオオオ!』


ヒメのサポートがなくなったここからは一人で避けきらなきゃいけない。

一手のミスも許されない。私の腕の中には今、二人分の命が乗っかってるんだから!


私は地面から飛び上がって、木から木を蹴って移動する。

眼を開けないこの状況で、木々の輝きと飛んでくる刀。そして、私の腕の中にあるヒメの魂の光だけが確かなことだ。


それだけに集中する。

できるできる、わたしなら!

ヒメとならっ!


状況はシンプルだ。照準を合わせられないほどに動き続ければ、理論上は当たらないっ!


「っ!サネ!安全地帯に入ったわ!」

「おっけーヒメ!こっちも見つけたよ!」


ヒメの緊張が緩んだのとほぼ同時に、私は光の林の中でぽっかりと開いた暗い闇の塊を見つけた。


それはまるでブラックホールみたいに、深く深くその口を広げている。


「サネ!右から……ってどわぁああ!?」

「ヒメ!飛ばすよっ!しっかり捕まっててねっ!」

「いいい言われなくとも―!!!」


背中に回された腕の力が強くなる。

今の私たちは地面とほぼ水平になりながら、木から木へと跳び駆ける。

ラストスパートだ!


「っ!見えたっ!」

『グオオオオン!』

「サネぇ!追いついてきたっ!」


洞窟を正面に見据えた私たちの後ろで落将軍が吠える。

刀じゃダメだとようやく悟ったらしい将軍は、その自慢の歯で嚙みつくことに決めたらしい。


刀を飛ばすのに使ってた力を回した兜のスピードが一段階上がる。がちんがちんとした金属音が背後から追いすがってくる————でもっ!


「追いつかせてあげないよ!」


一手遅い!

私は目をかっ開いて、感知に使ってた全てのエネルギーを脚に集中させる。

力強く大地を踏みしめて、全身を撫でつけてくる風と一体になる。


このスピードを制御できなかったあのころとは違う!さっきまで裏から見ていた周囲の全てが頭の中に入っている!


景色がものすごい勢いで後ろに流れていく。

そんな世界の中で、私とヒメだけが確かな輪郭を保っていた。


洞穴(ゴール)まで、あとちょっと!


『オオオオオオ!!!』


三、二、あと一っ……歩!


今だっ!


「あいきゃんフラーイ!」


ぐっと両脚を折り曲げて、全ての勢いを真上に変換!


『ォォォォ……オ”!?』


減速なんてもちろん考えてない落将軍は、そのままガツンと洞窟に突っ込んだ。


「サネ!まだ!詰まってる!」

「おっけー!」


将軍は角の部分が引っかかって奥まで入ってない。けれど、前半分が封じられたせいか、動きは緩慢になっていた。


反転しようとブルブルしてるけど、上手く兜を操作できていない。


よし!あと一押しだ!


「ヒメ!一緒にっ!」

「えっ、あっ、うん!」


「「せーのっ!」」


「おらぁ!!」

「シュゥーッ!」

『オオ!?』


ぽっきりと。

私たちの蹴りを一身に受けて、兜の角は綺麗に折れた。

そのままの勢いで兜がごろりと洞窟に押し込まれる。


ひっくり返った兜の中で、物言わぬデカ人魂が所在なく鎮座していた。


兜は、もう動かない。


「……うら若き乙女が『オラぁ』はどうかと思うよ?」

「な、何よ!別にいいでしょ!気合よ気合!オラぁの方が気合がはいんのよ!」

「それはそうだろうけどさぁ……ま!何はともあれ作戦成功!これにて一件落着だね!」


私は拳をヒメに突き出した。

それを見て……ヒメはちょっと照れくさそうに、拳を合わせてくれる。

うんうん、やれんじゃん私たち!


これって結構すごいことなのでは?

案外クノイチコンビも夢じゃないかもしれない。


「はぁー死ぬかと思った……いや、マジで。サネはいっつもこんなのを味わってたのね……」

「ふふん!見直した?」

「もとより侮ったことはないんだけど……うん、そうね。見直した」


お、おお?思ったより高評価だ。

珍しく素直に褒められて……ちょっと嬉しいかも。


一時はどうなることかと思ったけど、万事おっけー、結果オーライだ。


私の全身を確かな充足感が駆け巡る。こっちに来てから、私の人生における素敵な経験の思い出がどんどこと塗り替えられてる。

異世界って……ファンタジーって、最高だね。


「いやー、楽しかったね!ヒメ!」

「えっ……楽しかった?」

「うん!今日の私たちちょーかっこよかったんじゃない?今回の一幕はサネヒメコンビの伝説の一ページに刻まれた!」


「タイトルはそうだなぁ……『実姫物語~惑いの林の落将軍退治の巻~』っ的な感じでさ!」

「……そう、そうね、うん。ちょっとタイトルダサいけど」

「え?そうかな?」

「うん。丸々の巻だなんて、今日び聞かないでしょ」


む?なーんか浮かない顔だなぁ……あ、そっか。

そういや今日の本懐を忘れてたよ!


私は腰に巻き付けてた袋から『獲物』を取り出す。


「ほら!安心してよヒメ!ちゃーんと狩の成果も持って帰ってきてるから!」


「————今日はお肉で祝杯だよ!」


私がそう言うと、ヒメにしては珍しく視線をさまよわせて……


「……じゃ、腕によりをかけないとね」


そう言って、曖昧に笑った。


…

…

…


(————楽しかった?)


拠点まで先導してくれるサネの揺れるポニーテールを眺めながら、頭の中でさっきの発言がリフレインする。


そう、異世界(こっち)に来てからというもの、サネはずっと楽しそうだった。

こんなに生き生きしてるサネを見るのは、それこそ勝負の時以来だった。


向こうにいた頃からじゃ考えられないほどに……


最初は、異世界にはしゃいでるんだと思った。それか、雰囲気が悪くならないように気を使ってくれてるのかと。


でも違う。


なにかが致命的にズレているような、見落としているような、そんな気がする。


このまま私を置いて、どこかに行ってしまいそうな。


どこまでも吹き抜けてしまいそうな————


そんな、言いようのない危うさを、今日のサネからは感じた。


「見た感じ奥の方は無事みたいだったし、とりあえずは瓦礫を片付けてから——おぶ!?」

「あっ」


考え事をしてたら、思わずサネのポニテを掴んでしまった。……結構絵面がやばいな、これ。


「……もしかしてヒメって、ホントにそういうクセがあったりする?」


つんのめったサネが振り返って、困ったような顔をしながら軽口を叩いてくる。

……そういや、サネが怒ったところって見たことないかも。


「それは一体どういう癖よ」

「うーん、目の前の動くものを掴むクセ?」

「私は赤ちゃんかっ!」

「とかいいつつ、全然離してくれないじゃん。……そんなに私の尻尾が気に入ったの?」


ニヤリと笑いながら、サネはこれ見よがしに頭を振ってきた。その度に、最近じゃすっかり嗅ぎなれたサネの香りが漂ってくる。

……別に、いつも通りのサネだ。

私といる時だけ楽しそうな……『いつも通り』の。


もしかしてサネは、こっちが素なのかもしれない。

あの、窓の外をつまらなさそうに眺めていた、綾小路実秋じゃなくて……


異世界で忍者やってる、サネの方が————


「……別に?ちょっと気になっただけ。向こうに帰ったらヘアオイルでも貸してあげようかなって」

「えっ!?……そ、そんなにキューティクル死んでる!?」

「んーまぁ、流石にね」

「うぐぐぐぐ、ヒメの髪の毛はまだサラサラつやつやだってのに……!」

「普段のお手入れの差ね」


そんなどうでもいいことを喋りながら、私はふと、サネに手を伸ばしてみた。

手と手が触れ合う。

私がサネの手を掴むのを、サネは別に拒まなかった。


右手と左手が結ばれて、腕を降るリズムが同じになる。二人の歩幅が等しくなる。


それがなんだか……どうしようもなく、安心するんだって。


私はそこで、初めて気が付いた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。