十四話【狩】
『オオオオォ……!』
「どりゃっ」
『オッ!?』
私は木陰から現れた落武者の兜を軽快に蹴っ飛ばす。
正午前の気持ちのいい青い空の中を、人魂を乗せた兜がくるくると舞い上がった。
うーん、風情だね。
「よしっ!討伐数20!」
「正確には19だけどね。……しっかし、最初はびっくりしたもんだけど、今や落武者になんとも思わなくなってきたわ。慣れって怖い」
「ヒトは適応する生き物だからねぇ」
ちょこちょこ出会う落武者の処理にもこなれたものだ。
惑いの林には文字通り迷い込んでしまった落武者がたくさんいるらしい。
というか、実際にいた。
そういう落武者の処理はどうしても後回し。私と初めて出会った時にモミジさんがこの林にいたのも、そんな落武者たちの魂を月へと還してあげるためだったのだ。
そのモミジさんの優しさのおかげで私は事なきを得たとも言える。ほんと、巡り合わせに助けられてるなぁ、私って。
「それではここで一句!——落武者や、空を飛び交う、兜かな」
「捻りなさすぎない?季語もないし」
「えー?落武者は秋の季語だよ!」
「まぁ、季語になってもおかしくはないぐらいには湧いて出てるけども……」
惑いの林に潜伏して早数日。
今のところ追っ手の反応もないし、私たちは案外なんとかやれている。
潜伏初日に歩き回ってやっとこさ見つけたこの洞窟は惑いの林における安全地帯だ。
しかも、なんと温泉付き!毎日お風呂に入れるのはありがたいことだね。
私はキャッチした兜を洞窟の岩に飾り付ける。人魂のぼんやりとした青い光が温泉を照らしてイイ感じだ。
「ちょっと、兜散らかさないでよね。ただでさえ山ほどあって邪魔なんだから」
「えー?でもこの人魂を灯り代わりにするのって結構良いアイデアだと思わない?青い光が薄暗い洞窟に満ちてオシャレムードだよ?」
「ぜんっぜん良くない!ここをお化け屋敷にでもするつもり?……というか、人魂の光って浴びてていいやつ?なんか身体に害があったりしないわよね?」
「多分ね!」
私が親指を立てると、ヒメはこれでもかってくらいじっとりとこちらをにらんできた。
「……後で洞窟の奥に放りこんどくからね」
「そんなご無体なっ!」
あの籠が無いから、落武者の魂を天に還せないままなんだよねぇ。
籠無しで言霊を唱えてみたけど意味なかったし、いつかまとめて里に持っていこう。
……こっそりと。
冷静に考えると、今の私は任務をほっぽり出して姫を連れ去った言わば『抜け忍』だ。大手を振って凱旋とはいかないだろうな。……里の皆は私のことをどう思ってるんだろうか?
恩を仇で返したって怒ってるんだろうか?
それとも————
……いや、それは今考えてもしょうがないことだ。目下の目的を見誤っちゃいけない。
「とりあえず使えるものはなんでも有効活用しないとね!私たちのクオリティオブライフの為に!」
「全く、サネはたくましいわね。こんな状況でもなんか楽しそうだし……」
「それを言うならヒメの方じゃない?「誰のボディが逞しいって!?」……いや、肉体のことじゃなくって……」
「飲み水のこととか火の起こし方とか、潜伏生活のインフラを整えられたのもヒメのサバイバル知識のおかげじゃん?そういうたくましさのことだよ」
「ふふん!そうでしょうとも。この原始的な生活において私という指導者の存在は大きいはずよ!もっと私を崇め奉りなさいな」
「ははぁ~!ヒメ様お大臣さまぁ~!流石でございます!無人島に持っていくならヒメ一択だね!」
「……いや、流石にそこまで過大評価されると困るっていうか、ぶっちゃけ有名どころしか知らないっていうか……」
「サバイバルガチ勢だとは思わないでよね!?」
「いやいや、それでも十分だよ?」
私は木を削り出して作ったコップに貯まったお水をぐびりとあおる。これもヒメの功績の一つだ。
水場を見つけられなかった私たちにとって、ここの温泉は貴重な水分源。
「これは……冷鉱泉ねっ!冷鉱泉ってのは温度が25度以下で————」
ここを見つけた時にヒメがなにやら色々と薀蓄を語ってくれてたけれど、残念ながら半分以上はもう頭に残ってない。馬に念仏だ。
重要なのは、そのままじゃ飲むのに適してない温泉を飲み水にできたのは他ならないヒメの知恵のおかげってこと。
温泉を蒸発させてその蒸気を冷やして水滴にして……ってしてたら温泉成分が『飛ぶ』らしい。サイエンスだね。
「ヒメがいなかったら一体どうなってたことやら……あやうく野草丸かじり温泉がぶ飲み生活になるところだったよ。マジでヒメ様様だね!」
「別にがぶ飲みでも死にはしないけどね……というか、サネの知識が役に立たなすぎなのよ。なに?『松ぼっくり占い』のやり方とか『温泉に纏わる神様』の逸話とか……むしろそんな無駄知識をどこから仕入れてきたのかを知りたいぐらいね」
「無駄って言い切った!?そういう話の方がおもしろいじゃんか」
「ちなみに仕入先はインターネッツとか人づてに聞いたりだとか、あとはおばあちゃんの知恵とかだよ!」
「普通、おばあちゃんの知恵袋ってもっと役に立つもんなんじゃないの?サネの知識って実用性がないのよね」
「うぐぅ……ぐぅの音も出ない」
「いや、出てる出てる」
私の興味は全部『不思議』に注がれてたからなぁ。
不思議とは常識じゃ考えられないようなワクワクする物事のこと!それすなわちファンタジー!
豊かな空想の種は得てして、雑多な雑学や一見無駄に思えるような所に潜んでいるものなのだ。
……とどのつまり、私にサバイバル知識だとか科学知識だとかの実学方向の知識はあんまりない。というか、ほぼない。
そういう現実的じゃない世界にオモイを馳せていたもので……
「何故なら私はファンタジー派だからっ!」
「はいはい。それじゃそんな魔法使いさんには火を起こしてもらおうかしらね」
「了解だよっ!ちちんぷいぷい!」
私はヒメが作り方を教えてくれた手作りの火起こし器をこすりだす。
火を起こすのに必要なのはなんだと思う?
空気?ノンノン。火種?ノンノン!
「必要なのは力ぁ!すなわちパワー!うぉぉぉぉぉっ!!!!灰になれぇ!」
「行き過ぎ行き過ぎ、灰にしてどうすんのよ」
「ふぅー……!」
「はやっ!もうついてるし……いつ見てもインテリジェンスを感じない絵面ね。魔法どこいったし」
「高度に発達した力は魔法と見分けがつかないんだよ?」
「それを人は力技っていうのよ」
私の力技によって集めた松の枯葉に熱が移って、小さな小さな火が起こる。
後はこれを松ぼっくりに移してー、大きめの枝にもつけちゃってー。
どんどんと炎を大きくしていけば焚火の完成だ。
「はいよぉ!いっちょ上がりっ」
「ありがと。それじゃあお昼にしましょうか」
「いえーい!今日の献立は?」
「スズカグラサラダと焼きスズカグラとスズカグラ汁よ」
「お、おおう……」
食卓が紫で染まっている……
やっぱ、野草とか山菜だけじゃレパートリーに限界があるよねぇ。
ぶっちゃけ、川を見つけれなかったのは致命的だ。水場があればお魚とか取れたんだけどなぁ。
それでも、今のところこの潜伏生活に不満はない。
たまに出没する落武者の処理も大したことないし、近場で野生の野菜も取り放題!
お風呂にも毎日入れるし、むしろ城にいた時よりも生き生きとしてるまである。————私は。
林に隠れ潜むことを選んだのは私だ。
だから、ヒメにはできるかぎりこの潜伏生活を楽しんでほしいし、そのために私はヒメに良い環境を提供してあげなくてはならない。
そして、そう考えていくと現状の問題点が自ずと浮かび上がってくる。私たちのワクワク潜伏生活の懸念点は今のところ一つだけだ。
「うーむ、由々しき問題だよこれは」
「んー?何が?」
「ご飯だよご飯!ヒメはこの食卓を見てなんとも思わないの?」
「何よ藪から棒に。見ての通りのいつも通りじゃない」
「そこが問題なんだよねぇ」
「……なによ?おいしくなかったの?飽きないようにちょっと味付け変えてみたんだけど……」
「いやいや!おいしくはあるんだよ?味の問題じゃなくってぇ……」
ヒメが死ぬ気で灰汁抜きしてくれてるから山菜たちはえぐみも苦みもほとんどない。温泉から抽出したミネラル塩のお陰で味付けもいいし、焼き野菜には生えてたハーブ的なサムシングを使って香りも豊か。
でも……
「こんなんじゃ栄養が偏っちゃうよっ!」
「えー?スズカグラは完全栄養食なんじゃなかったの?」
「ちっちっち!スズカグラはスーパーフードだけど、それだけじゃ賄えない栄養素があるでしょ?
————そう!力の源タンパク質が!」
「おおー、サネが珍しくサイエンスしてる」
「ふふん!流石にそのぐらいはわかりますとも!」
「言ってることは脳筋のそれだけどね」
人間には生きていくために必要な栄養素がいくつかある。
そこをおろそかにしてたんじゃ、健やかな暮らしなんてできやしないのだ!
「とにかく、今の私たちにはタンパク質、つまりはお肉が足りてないと思うんだよね」
「私はダイエットで慣れてるから、別にベジタブル主体でも構わないけど」
「ダメだよー!健やかなる精神は健全なる肉体に宿るんだよ?このままじゃヒメがカリカリのジャーキーになっちゃう!」
「誰が犬のおやつよ、誰が。……というか、それだと健やかじゃなくてふくよかにしようとしてない?」
「ヒメはもっと食べたほうがいいと思うよ?抱っこするたんびに細っこくてなんか心配になるんだよね」
「あんたは親戚のおばちゃんかっ!」
スズカグラがあるとはいえ、いつまでも山菜やらで飢えを凌いでいたんじゃヒメがその内病気になってもおかしくはない。
そして、川で魚を取れない以上、私たちがタンパク質を得るためにできることは一つ。
それは遥かな古より私たちが大自然の中で生き抜いていくために幾度となく繰り返してきたこと。
それすなわち————
「『狩り』をするしかない!」
「狩りぃ?この危ない惑いの林で?……というか、ここって動物いるの?"動く物"を落武者しか見かけてないんですけど」
「何匹かいたのは魂感知で確認できたよ」
動物にも木と一緒でエネルギーの器があった。つまり、魂感知で探すことができるのだ!
「ヒメを置いてくのはちょっと不安だけど……」
「ちょっと、子ども扱いしないでくれる?お留守番ぐらい一人でできるわよ」
「えーほんとかなぁ?知らない人が来ても扉を開けちゃだめなんだよ?」
「開ける扉もないけどね、ここ」
うーん、ホントはヒメを置いては行きたくないんだけれど、連れて行くのもそれはそれでリスキーなんだよね。
魂結びで安全地帯に目印をつけられる私はともかく、ヒメは私とはぐれると一気に惑いの林の『術』に飲み込まれてしまう。ずっとお姫様だっこしてるわけにもいかないしなぁ。
惑いの林は『霊場』だ。霊場ってのは樹霊さん曰く、術が掛けられた場所のこと。
その起源は神様が作ったものから自然発生、はたまた人工的に作られたものまで様々だ。
惑いの林に掛かっている術は『認識誤認』、つまり目に見えている景色と実際の景色が違う。一度足を踏み入れたら最後、例え目の前に出口があっても私達はそれを認知できないのだ。
そして、それは人や物にも適応される。
見えてる間は大丈夫なんだけど、一瞬でも視界から外れるとお互いを認識できなくなる。
私は魂感知で見えてる景色と実際の木々の配置との違いを認識できるから惑わされないけれど、ヒメはそうじゃない。
この『はぐれ状態』を解除するためには、林の中にある術の掛かっていない安全地帯にヒメを連れて行くしかないのだ。
……お互いに、相手が認識できていない状態で。
「あの時は大変だったなー。慌てて動き回ろうとする目には見えないヒメを安地まで連れていくのは。ちゃんと仕様を教えてたのにね」
「うぐ、それに関しては反論できない……悪かったわね、言いつけを守らなくって」
「ヒメったらすーぐよそ見するんだもん。目を離したらダメだっていうのに」
「だからって常に見つめ合ってろってのはなんかこっぱずかしいでしょーが!」
「えー?それが一番確実なんだけどなぁ」
ヒメをずっと視界に入れたまま狩りをするってのは……うん、やっぱ非現実的だね。
「しょうがないか。あんまりヒメから離れたくないんだけどなぁ」
「もう!私なら大丈夫よ。サネはここの大黒柱なんだから、ちょっとは私に甲斐性を見せてよね?」
「ほーい、任せといてよ!絶対お肉を獲ってきて今日の晩御飯を豪勢にしてやるんだからさっ!」
「……別に、食べ物の備蓄はまだまだあるんだから、ダメだってもいいんだからね」
私が決意を新たに薪をくべていると、ヒメが髪の毛をくるくるしながらそんなことを言った。
「それよりちゃんと今日中に帰ってくること!おうちに帰るまでが遠足なんだからね!」
「はい!わかりました先生!」
「……あんまり遅いと、私が探しに行くんだからね」
「あはは、それは困るよ。逆に迷子のヒメを探すことになっちゃうからね」
「それが嫌なら早く帰ってきなさい」
最近分かってきたけど、これはヒメなりの『甘え』なのだ。このやり取りをかみ砕くと、『心配だから無理はせずに無事に帰ってきてね』って意味になる。
全く、素直じゃないねぇ。それでも私の意見を尊重してくれるんだからヒメはいい女だよ。
そんないじらしいヒメの為にも、今日は獲ってきたお肉で焼肉パーティーをするのだ!
「それではいざ、惑いの林の奥地へ……
一狩いこうか!」
「モンスターでもハントする気なの!?」
私は意気揚々とクエストへ出発した!
* * *
この林で見つけた動物は今のところ三種類。
ネズミ、ウサギ、そしてタヌキだ。
タヌキ鍋なんて昔話とかではよく聞くけれど、たしかタヌキにはナントカカントカっていう寄生虫がいるって話だ。
君子危うきに近寄らず。ネズミは論外。
となると、私に残された選択肢は————
「きゅ?」
茂みの向こう側で、茶色い毛皮をしたウサギが首を傾げた。
そのくりくりとした赤いおめめがきゅるりと輝いている。
こ、こんな可愛いか弱い生き物を狩らないといけないの!?
クナイを握りしめた手にじわりと汗がにじむ。
いけ!これを投げつけるんだ綾小路実秋!
私のパワーなら多分、一撃で仕留めれるはず……うっ。
ウサギさんにクナイがぶっすりと刺さるところを想像してしまった。心が痛い。
なんというか、生きるためだとわかっていても……生き物を攻撃することには抵抗がある。
(ええい!覚悟を決めるんだ私!)
お前はファンタジーな冒険譚にワクワクしてたんじゃないのか!
討伐したドラゴンのお肉は食べてみたいのに、ウサギはダメなのか?どっちも同じことだっていうのに。
……もっと言えば!
私が今まで食べてきた牛さん豚さん鳥さんにお魚さんだって!生きてたんだぞ!
(この先、安全地帯に獲物がいてくれるとも限らない……)
ヒメはああやって言ってくれてたけれど、やっぱり成果は持って帰りたい。すごいって言われたい!お肉が食べたい!!食べさせたい!!!
————だから、狩る。
自然に生きるとは。
命を頂くとは、こういうことなのだ。
(~~っ!なむさん!)
私は勢い良くクナイを投擲した。
最近では専ら野菜を切ることにしか使われなくなった相棒が、その本来の役目を思い出したかのようにウサギさんへと襲い掛かる。
「ぎゅっ!?」
クナイは見事、ウサギさんに命中した。
甲高い悲鳴を上げた後に、ウサギさんは倒れて動かなくなった。
……そして、これで終わりじゃあない。
ウサギさんをお肉としていただくためには、ここから皮を剥いで剥き身にしないといけないのだ。
まずは、血抜きからだ。
「こ、このへんかな?」
首のあたりにクナイを入れて、ウサギさんを木につるしておく。こういうののやり方は肉でも魚でも大体一緒だろう。
要は、血を抜ければ何でもいいのだ。
「お魚ならいっぱいさばいたことあるんだけどなぁ……ジビエは初めてだよ。
くっ!まさか海沿い生まれがあだとなる日がこようとは!」
つくづく川が無かったことが悔やまれる。
魚が獲れれば刺し盛りでも作って、ヒメを驚かせれたっていうのに。
まぁ、川魚は寄生虫が怖いから結局焼いて食べるとは思うけど……
(……あれ?というかこれって立派なサバイバル知識なのでは?)
冷静に考えると、魚を一から調理できるってすごいことな気がしてきた。
ありがとうお父さん。ギャン泣きする私の目の前で魚をさばきまくってくれて。
……落とした頭の口をパクパクさせるのは流石にどうかと思うけど。幼い娘に見せる光景じゃないよねあれ。良かれと思ってやってたんだろうけど悪趣味がすぎる。
ぱたぱたと血が地面に流れ落ちて、嗅ぎなれた鉄の匂いが林に充満した。
「お次は皮目にクナイを入れてー、お腹を開いて内臓を抜いてー……」
鶏むねの皮を毟るのとはわけが違う。
さっきまで生きていたウサギさんの皮はしっかりとお肉にくっついていてなかなかはがしにくい。
皮と肉との間にクナイを刺し込んで、ちょっとずつちょっとずつ……
ミチミチとした繊維を剝がす独特の感覚。残酷だけど、ここまでくると精神も落ち着きを取り戻してきた。
まさに気分はお料理タイム。
ウサギさんの頭はもったいないけど落としておこう。ついたままだとヒメが卒倒しそうだし。
こうして、ウサギさんは肉の塊となった。
正直見た目は不格好だけれど、私がこの手で狩った初めての獲物だ。
「私たちの為にありがとうウサギさん……大事に頂くね」
私は亡骸に手を合わせる。ウサギさんにしてみれば何の慰めにもならないだろうけど……せめて、その魂が安らかに眠れるように。
鎮魂って概念を昔の人が作り出したのも頷けるね。ちゃんと供養してあげたくなっちゃうよ、こんなの。
(……魂といえば、そういや木と一緒で動物にも魂はないんだよねぇ。そこんとこどういう錆分けなんだろうか……ん?)
じゃあこれって本当に意味のないことってこと!?鎮める魂が無いんじゃ祈ってもしょうがないじゃん!
少なくとも、落武者っていう輪廻から外れた魂がいるってことは、逆を言えば魂は巡り転生するってのが正しい流れなわけだ。
よく前世がミジンコで~って言ったりするけれど、この異世界じゃ輪廻する先に動物は含まれてないんだろうか?
……いや、魂の有無に意味を見出すのは傲慢な考えだ。魂があろうがなかろうが、生き物は生きてるんだからそれをないがしろにしていい理由にはならない。
だからこの鎮魂の祈りにも意味はあるはずなのだ、うん————うん?
「あれ?こんなところにタケノコなんて生えてたっけ?」
祈りを終えて瞼を開くと、いつの間にかウサギさんの横ににょっきりとタケノコが生えていた。
先端がちょっとだけ緑色に色づいている、茶色いもけもけの皮に包まれた良いサイズのタケノコ。
……うん、どう見てもタケノコ。まごうことなきタケノコ。This is a タケノコぉだ。
いくらタケノコの成長が早いといえど、流石にこの短時間で生えてくるのはおかしい。それとも、これも異世界植物なんだろうか?
私は引っこ抜いてみようとそのタケノコへ手を伸ばして————
「ピキー!!」
甲高い音を出しながら、そのタケノコは『口』を開いた。根本からガバリと。
その口の周りにはギザギザの歯がいっぱい生えている。
えっ……た、タケノコが……
「シャベッタァアァァ!?!?」
「ぴきっ!?ぴぃ~?」
タケノコが動いてる!?タケノコが独りでに揺れている!!タケノコが可愛い声でなんか鳴いている!!!
タケノコの下の方、その左右の側面からにょっきりと足が生えてきていた。
めっちゃデフォルメされた、白い足が。
あ!こいつアレだ!
私たちが祠トリップする時にいっぱい居た、竹モドキの子ども!
「ぴっ!ぴ、ぴぃ~!」
(……でも、なんかコイツだけ世界観違いすぎない?)
落武者ぶりに出会った異世界存在。
人魂もだいぶファンタジーだったけど、こっちはこっちで漫画のキャラみたいだ。
リアルな筍にデフォルメされた足がついてるってのはすごいミスマッチな感じがする。ちょっとかわいいけどね。
「ぴぴっ!」
タケノコ君はそのデフォルメされた可愛いおみ足で、謎に上下に屈伸をしている。
うーん……ヒメはキモいって言ってたけど、見れば見るほど可愛いな、コイツ。
「ぴ!」
タケノコくんはご機嫌そうにその口をかぱっと開くと……
そのままウサギさんを咥えて走り出したっ!?
「あっ、ちょっ、待てーー!ウサギドロボー!」
「ぴきぃ!?」
ウサギを咥えたタケノコくんが物凄いスピードで逃げていく。
なんで?!タケノコなのに肉食なの!?
可愛い姿で油断させてガブっていくタイプの擬態型生物だったのか!?
(どっちでもいい!ウサギさんを取り返さないと!)
「ぴぴぴぴぃ~~っ!」
「いやはっやいな!?」
あの小っちゃい足をぐるぐると回しながら、タケノコ君はぴゅーっと走っている。ハイケイデンスなその駆け足は残像となって円を描いていた。
漫画みたいな表現!ホントにそうなるんだ!
……ってまずい!感動してる場合じゃない。見失う前に魂結びでマーキングしとかないと————いや待って!?
あのタケノコ、『魂』がある!!
いやどゆこと!?あれが人魂の転生先!?私たちはやがてタケノコになる運命なの!?
わっかんない!なんにもわっかんないけれど……一つだけ、確かなことがある。
「それは私のお肉だぁーーー!」
「ぴぃぃ~~!?」
葛藤の果てにようやく手に入れた大事なお肉!
尊いウサギさんの命を奪ってまで獲得した大切なお肉っ!
みすみす奪われてたまるものかッ!
私はタケノコくんに追いすがる。
ここに、人と筍による仁義なきウサギ肉争奪が勃発したのであった。
…
…
…
「どわぁ!?」
木の葉っぱが私の顔をこすり撫でていく。
裏の世界はただでさえ見にくいってのに、裏ばっかみてるとこうやって茂みやらなんやらに突っ込んでしまう。
でも、これは偽りの感覚。実際そこには茂みなんて無くって、この葉っぱやら枝やらの感触は全て誤認の術が作り出した幻の感覚で……ってええい!ややこしいな!
もういっそのこと目をつぶっちゃおうか?多分この惑いの術は視覚ベースだから、肉眼で見なければ感覚までは誤認させられないだろうし……
地の利は完全に向こうにある。どうやってるのかわかんないけど、タケノコ君は術なんてお構いなしにすいすいと林の中を駆け回っていた。
タケノコ君には目が無いっぽかったし、もしかして私と同じで裏の世界を見ているのかもしれない。
そもそも、森の中であのサイズの生き物を追いかけるのは至難の業なのだ。
(でも私をなめないでもらいたいね!)
ちょっと怖いけれど、私は思い切って目をつぶった。
そこからさらに意識を深く潜らせて、裏の世界を心の目で見る。
気分は暗視ゴーグルを装着した潜入部隊。
幸いにもタケノコ君は魂持ちだ。この光の林において、あの魂の輝きは実に目立つのだ。
「おりゃ!」
「ぴっ!」
「そぉいっ!」
「ぴきー!」
くっ!すばしっこいな!
これじゃ竹の子追いしかの林だよ。サネおじいさんは山へウサギ狩りに来てたと思ったらいつのまにかタケノコ狩りが始まっていたらしい。
おウサギ咥えたどら筍を追いかけて、私は木々の隙間を駆け抜ける。
「どりゃー!」
「ぴっ!?」
ぐあー!おしい!
私の全力ダイビングもすんでのところでかわされてしまった。君は後ろにでも目が付いてるの?実は。
「でも指先が掠ったもんね!」
「ぴ?」
……鬼ごっこならこれで交代なんだけどな。タケノコ君にはそんなこと関係ない。首をかしげるみたいにちょっと傾いた後、タケノコ君はそのまま一目散に林の奥へと消えて行ってしまった。
「……ふっふっふ、甘いよタケノコ君。これで逃げきれたと思うなよ!」
しかーし!この私に抜かりなし。
さっき触った時に魂結びを発動しておいたのだ!
一瞬だったから動きは止められなかったけれど、私たちを繋ぐ縁がタケノコ君の場所へとしっかり続いている。
あとはこの縁をたどってゆっくりと近づき、隙をついてウサギ肉をかっさらうだけだ。
泥棒追跡から一転、ここからはスニーキングミッションとなる。
いいねいいね、こっちの方が忍者っぽいよ。
茂みで音を立てないために、私は木の幹から幹へと飛び移っていく。
気分は猿……いや!モモンガだ!モモンガっていう事にしよう。そうしよう。
そんな、おおよそ人様に見せられないような様相で移動していた私の耳に、ちょろちょろとしたせせらぎの音が聞こえてきた。
鬱蒼としたとは言えないぐらいの密度だった林に突然現れた開けた場所。
目を開けると、木々の向こうから光が差し込んできていた。
キラキラと水面を反射する、太陽の光が。
(か、川だ!川があるじゃんか!)
惑わしが見せた幻なんかじゃない、安全地帯にあった本物の川。
なんと、タケノコ君は川の中に居た。
流れのど真ん中にそびえ立った大きな岩の頂上で、見慣れたタケノコがぴょこぴょこと動いている。
ぎょ、僥倖すぎる!なんだったらお礼にあのウサギ肉をあげちゃってもいいぐらいだ!
タケノコくんはすっかり逃げ切ったと思っているようで、楽しそうにウサギ肉を岩の上に置いて何やらくるくると踊っていた。盗った獲物を前に勝利の舞ですかい?
……ん?なーんかこの舞、見たことあるような気がする。
くるっと回って屈伸、横移動。くるっと回って屈伸、飛び上がる……
————これ林模だ!?タケノコくんが林模踊ってる!
おおぉ!なんか感動かもしれない。私は今!まさに林模の原点を目の当たりにしてるんだ!
大昔の人たちが竹モドキたちのこの動きを見て祭事としたのが林模の始まりってところまでは読めたね。
林模とは呼んで字のごとく、その林の動きを模した舞のことなのだ!……って言うてる場合かっ。
え、え!?どうしよう!拠点をこっちに移しちゃおっか!?ちょっと開けてるのが玉に瑕だけど、それは林の中に潜めばいいだけの話だし。
洞窟暮らしの原始人生活から一転、ツリーハウスでも建てちゃうか!?
いや、まてまて私、いったん落ち着こう。取り敢えずここらの木に魂結びでマーキングして————
マーキングしようと裏の世界を反射的に覗いた私は『それ』を見た。
川を挟んだ向こう側から、タケノコ君に近づいてくる巨大な光の存在を————
な、なんだ!?向こうから届いてくるこの圧倒的な輝きはっ!?
「……ぐぅぅぅ」
(くっ、熊ぁ!?)
デカい!ツキノワグマだ!色は全然違うけど!
月を思わせるその乳白色の毛皮に、胸元に上った満月型の模様が金色に煌めいている。
表も裏もビガビガだ!あんなのどう考えても激ヤバ異世界生物じゃん!
そんな激ヤバ熊がタケノコ君を狙ってる!私のお肉ごと!
「ぴっぴっぴ~!」
タケノコ君は熊に気が付いていない。今ものんきに踊っている。
あんなのがいるなんて……いや、いてもおかしくはないのか。ちょっと油断してたかもしれない。
敵は刺客だけじゃない。危険なケダモノにも注意する必要があったんだ。
熊のテリトリーなんじゃ、移住は出来ないか————
「……ぴき!?」
なんてことを考えていたら、タケノコ君が熊に気が付いた。
「グオオオォォォ!!!」
「ピっ……」
うわ!?まぶしっ!?
熊から放たれた輝きで、裏の世界が白く塗りつぶされる。
これ、完全に私らをメタってきてない!?この熊、できる……っ!
目くらましをくらってしまったタケノコ君は、熊の目の前でなすすべもなく打ちひしがれた。逃げることもできずにフラフラとおぼつかない足取りだ。……なるほど。この熊の主食はきっと、タケノコ君たちなんだろう。あまりにも生態が特効すぎる。
アイツはああやって狩りをしているんだ。
非情なる弱肉強食の世界がそこにはあった。
私がウサギさんにした事を、熊がタケノコ君にしようとしている。
狩る側と狩られる側。これが野生の世界……私があの場所に立っていてもおかしくはないのだ。
「ぐるぅぅぅ……」
「ぴ!?ぴぃぃ~~……」
動けないタケノコ君を前にして熊は慌てない。ゆっくりとその大きな手でタケノコ君を押さえつけると、爪でカリカリとタケノコ君の皮をはがそうとしている。まるごといかないあたり、やっぱり熊って賢いな。
……どうする?いや、見つかる前に逃げるべきだ。
でも……
「ぴぃぃぃぃ!」
タケノコ君の悲痛な叫びが私の耳を打つ。
これを可哀想だと感じるのは私の主観だ。自然の野生の前に感情は無意味で不平等。
仮にタケノコ君を助けたとして、じゃあ林の熊さんはかわいそうじゃないのかって話になる。
でも……私にはあそこに飛び込んでいく理由が、ある。
「ごめんね熊さん。それは私のなんだ」
「グオ?」
「ピっ!?」
私は二人の前に姿を現す。タケノコ君にとってしてみれば、まさに窮地に現れたヒーローだ。
でも、あくまでこれは私のウサギ肉のため。タケノコ君はついでだ。
だから……ウサギ肉を取り返すついでに、助けてあげよう。
「グォオオオオオっ!!!」
そんな私と相対した熊さんが雄叫びをあげる。
ひぃぃ~!こ、怖すぎるっ!!
颯爽とカッコよく登場してみたものの、冷静に考えたら熊に立ち向かうなんて自殺行為にも程があるじゃんか!
い、いや!私は忍者!私は忍者私は忍者私は忍者……
私は、忍者だ!
「熊がなんぼのもんじゃーいっ!」
「グォォ!?」
……あれ?なんかひるんだ?
私が景気づけに飛ばしたエネルギーを感知した……?
も、もう一回。
「おりゃ」
「グォオン!」
「えい」
「グォ!?」
林の熊さんはエネルギーを飛ばすたびになんか眩しそうに目をクシクシとしている。
あれ?もしかして見えてる人?……そりゃそうか。この林で生きていくためには必須の能力だもんね。
……なるほど。ともすると、今まで自分がやってきたことをこんな風に返された経験がないんだこの子!
それなら————
「こうだァァァァ!!!」
「グォオオオオオっ!?」
「そして逃げるっ!」
「ぴ!?」
魂エネルギーを全力照射!
熊さんが怯んでいる隙に、タケノコ君とウサギさんを回収!
私はそのまま風となって惑いの林へと飛び込んだ。
逃げるだけならイージーモード!林の術もこちらに味方してくれる!
「……ふぅ!」
私は一目散にマーキングしておいた木まで戻って来た。ウサギさんを吊るしておいた木で一息つく。
……よし、童謡よろしく追っかけては来てないな。
取り敢えずこれから林を移動するときは裏だけ見ていようそうしよう。
あんだけビカビカなら近くにいるとすぐわかるだろうしね。
多分、あの熊はこの林の主だったんだろう。名実ともに頂点捕食者だ。
だからこそ、私にその隙を突かれた。足をすくわれたのだ。
「おごれるものは久しからず……うーん、教訓だねぇ」
「ぴ……」
しっかしあんなやばそうな生き物がいるとは……異世界生態系をなめてたかもしれない。
樹霊さんや歩くタケノコがいるんだ。魂を感知できる熊が居てもおかしくはない。
みんなみんな、生きているんだ弱肉強食なんだ。
人間だけが特別だなんて、なんとおこがましいことか!
樹霊さん然り、私は『自然』に生かされている。それを忘れないようにしよう。
「ピ、ぴきぃ~……?」
「さてさて、後はこのウサギ泥棒の処遇をどうするかだけど……」
「ピ!?」
タケノコくんは私の腕の中でプルプルと震えている。
このままこの子も持って帰ってひん剝いて、湯がいて食べてもいいんだけれど……
「————ほら、これ持っていきな」
「ピ!?」
私はウサギさんの足を一本切り取ってタケノコ君に分けてあげた。
口元まで足を持っていくと……タケノコ君は一瞬逡巡した後、それに嬉しそうにかぶりついた。
「ぴ、ぴぃ~!」
うーん可愛い。バリバリめっちゃ骨ごと食べてるけど。顎の力やば……
野生動物に餌をやるのはまさしく人間のエゴだけれど……そもそもこの子は動物なのか?野生植物?
どっちでもいいや。なんか気に入っちゃったし。
熊さんから助けた時点で今更だ。
私は林で出会ったこの不思議なタケノコ君を、オモイのままに助けることに決めたのだ。
————なぜなら、その方が『お話』っぽいから。
ぬすっ人タケノコを助けてお肉もあげるなんて、実に御伽噺チックなストーリーだ。
とうとう私もお話を聞く側から当事者になっちゃったかー。感慨深いねぇ。
まさに物語の主人公。これ、機会があれば俱楽部の皆にも話してあげよっかな。
題名は……うん、【タケノコ狩り】にしよう。二つの意味で。
「……ねぇ君、私と一緒に来る?」
「ピっ!?……ぴ、ピぃぃぃ~」
とりあえず聞いてみたけど……なんか悩んでるな。すんごい身体を左右に振っている。
それともこれは拒絶なのか?わっかんないや。
たっぷりと逡巡した後、タケノコ君は私の腕から飛び出した。……そうか、お前はお前の道を行くんだね。
「ノコたろう~!すくすく育つんだよ~!」
「ピぃ~!」
たぶん、育った先があの竹モドキなんだろうね。タケノコだし。
ノコたろうはなんども私の方を振り返っては、こっちに向かって屈伸してきた。
アレ、樹霊さんもやってたけど……もしかしてお辞儀かなんかなのかな?やっぱりちょっと可愛いや。
本当はこっからノコたろうが恩返しに来てくれるのが流れとしては綺麗なんだけど……現実にそこまで期待するのは虫がいいか。そこら辺はちょっと話を盛っておこう。
こうやって色んなお話が作られていったんだろうなぁ。
「うーん、連れて帰りたかったなぁノコたろう……」
ノコたろうは惑いの林生活を彩る癒しになってくれたかもしれない。
……ま、しょうがないか。ノコたろうにはノコたろうの生活があるもんね。
「さてと!とりあえずこの辺の木に目印をつけといてーっと」
川までの道順でも確かめて帰ろうかな。熊の撃退方法も確立できたし、魚や水を獲りに来るぐらいなら大丈夫でしょ————
ピュイィィィィィィ……!
そんな緩み切った私の心持ちを、甲高い音がかき乱した。
林の術も音は惑わせない。
今の音は……緊急用に持たせてた師範の笛の音だ!
「ヒメっ!」
ヒメの身に、何かあったんだ!
私は急いで踵を返した。




