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十三話【殴】



「神さま、結婚、いけにえ……」


先ほどの話をしてからというもの、姫様は見るからに意気消沈してしまわれた。

今も閨の中でうわ言をつぶやいている。

……この年頃の娘にとっては酷な話であろう。


ただでさえ望まぬ契りとは不幸なものなのだから。


神賭けさえ成立してしまえば彼女を保護してもよいのだが……当然竹帝はそれを許さないだろう。

その様なことは御神にはお見通し。神賭けを受ける前に、まずもって神婚の成立を優先させるはずだ。


やはり、姫様には犠牲になっていただくほかあるまい。できれば、それまでは心穏やかにあって欲しいのだが……


本当なら妹君を説得して、キチンと見送らせてあげたかった。だが、彼女は揺るがない。



この家族はその愛が故に別れを惜しめぬのだ。

……私たちのように。



(はてさてどうしたものか。やはり、姫様に協力していただき、お二人とも帝へお渡しするのが一番良い方法か?……むっ!)



誰かが廊下を走っている。

この足運びの音は……スケさんか。

全く騒々しい。



「さ、左衛門さん!大変です!」

「これ!姫様の御前ですよ!……して、一体何事です?」

「ぼ、ぼぼぼぼ……



————木念人ぼくねんじんが現れましたっ!」

「何っ!?」



木念人!?そんなバカな!



「オンソワカっ!」


妹君の見張りにつけておいた烏と視覚を共有する。

羽ばたく烏の視界の先には、大木を超えて城ほどにも巨大化した木念人がゆっくりとこちらに迫ってきていた。


「こんな規模の木念人が突然現れるなど……」

「い、いかがいたしましょうか!?」


間違いなく異常事態。

どうして、こんな機を狙ったかのように木念人が出現するのだ?!


スズシロ殿を除く他の叢生たちがこの国に居ないことは確認済み。

そして、今回の件に関しては『不干渉』であるという言質もとりつけてある。


そのための交渉を、この日のために私たちは何年も続けてきたというのに……


(この期に及んでスズシロ殿が反旗を翻したのか?しかし、彼女がそこまでする理由がない……竹帝が刺客を!?貴公子どのは気を引くための囮だったのか!?)

「————左衛門!聞こえておるかっ!左衛門!」



視界共有していた烏に見慣れた人影が写りこむ。

か、鎌下郎さまが前線に出られておられるではないか!?



『なにを殿!お戯れを!』

「左衛門!こやつは儂が対処する!お前は姫を守るのだっ!」

『し、しかし……大丈夫でしょうか?!』

「優先すべきは姫!こやつは囮だろうよ」



確かにそうだろう。

木念人を作れるというのにぐんを作らず、あまつさえ目立つ一体だけをけしかけてくるなどとは考えにくい。


十中八九、あれは陽動だ。


「最近は城にこもってばかりでなまっておったところじゃ!『火餌流かえる』の鎌下郎と呼ばれた儂の名を再び轟かせてやるわい!」


おお!なんと頼もしいことか。

若かりし頃の鎌下郎さまと研鑽した日々が、昨日のことのように思い出される。



いやはや……ご立派になられましたなぁ。



『はっ!姫様はお任せください!ご武運を!』

「フン!木念人ごときに遅れはとらんわい!オンソワカっ!!!」


鎌下郎さまの術さばきは健在のようだ。

口から火を吐きながら猛然と木念人を攻め立てておられる。

木念人はそれを大きな腕で事もなげに振り払うが……しかし、相性の差は歴然だろう。


あれが木炭と化すのも時間の問題だ。


「スケさん!貴方は皆を避難させた後、戦える者を集めて殿を助太刀するのです!————スケさん?」



返事が無い。

烏との接続を切ってそちらを見れば、スケさんは廊下の床に臥せっていた。


廊下の暗闇の奥から、一人の少女が姿を現す————


バカな。



「そんな、どうやって……あの洞窟は天然の封牢ふうろう!力でどうにかなるものではございません!その上で用心として縛布(ばくふ)で拘束しておいたというのに……ま、まさか!?」



思わず彼女から視線を外して振り向いてしまった。今まさに、城に襲い掛かってくるあの巨大な木念人の方へと。



ありうべからざる、その発生源は————



「神道術っ……!やはり私は間違っていなかった!!」


魂力を練り上げ、我が体内に浸み込んだ月の雫を活性化させる。

後ろの部屋には姫様がいる……あまり派手な術は使えない。

体術のみで、彼女を取り押さえなければ……!



「樹霊を目覚めさせ、あまつさえそれを操るなどは神の御業。……二人目の『姫』、貴方はやはり神々が遣わせた刺客だったのですね」

「……どうでもいいよ、そんなことは」



「樹霊さんに外のことを全部押し付けてきちゃった。その結果どうなるかもわかったうえで……」



「樹霊さんは、引き受けてくれたんだよ」

(なんだ、この圧は……!?)



妹君と洞窟牢で別れて、まだほんの半日しか経っていない。

だというのに、彼女から放たれるこの殺気はなんだ!?


(こんな短時間の間に……ただの女子おなごがここまで変わるものなのか!?)


彼女は戦士ではなかった。忍としてクレナイに認められようが、その心根までは変わるものではない。

彼女は戦場に立つ者でも闇影あんえいに忍ぶものでもない、ただの子どもに過ぎなかったのだ。


それがどうだ?


戦士と忍。戦う場所は違えど通ずるものは同じ。

敵に立ち向かい戦い抜く、ゆるぎなき覚悟!

その芯たるは、命を賭してでも使命をやり遂げるという心意気なりや。


(彼女はいま、戦士としてここに立っている)


「……『眠れる種子が芽吹いて』しまいましたか」

「さ、サネ!無事だったのね!」

「ヒメ!危ないから下がってて!」

「どうかお下がりください姫様。姫様がこの場におられると、こちらも不本意な"手"を使わざるおえませぬ」

「っ!わかった!」


目の前の相手は、それほどの者だ。


女子供だからと侮るなんてとんでもない。

もはや御しやすかったであろうひよっこはどこにもいないのだ。

私の目の前に立ちふさがり姫を奪わんとする彼女の瞳は————まごうことなき、忍の目をしている。


……若者の成長とは、本来ならば喜ばしいことのはずなのですがなぁ。



まっこと厄介なり。



「我は『佐貫さぬき』の左衛門!改めて、汝の名をお聞かせ願おう!」

「……」

「今より行われるは忍として決闘です。貴方も我らの末席に名を連ねる者であるなら、己の二つ名を名乗りあげなさい。それとも……」



「——この私に名乗る名など無いとでも言うつもりですかな?」



私は本気の殺気を彼女に押し当てる。

しかし、彼女はそれにも動じない。

ただ冷ややかに、私のことをじっと見ていた。



「……私は、左衛門さんと決闘しにきたわけじゃない。大人しくヒメを返してくれれば私たちが戦う必要はありません」

「……それはできない相談ですな」


ここが分水嶺だ。

この世界の未来を左右する、ただ二人残された私たちに与えられた、最後の使命の。


天下の分け目なのだろう。


「それじゃあ、力ずくで奪い返します」

「やってみなされ……異界の戦士よ!」


彼女もまた、ゆるりと構えを取った。

両の拳を前に、足を開いて重心を低く。


おそらく、異界の構えであろう。



どこかの遠くで何かが爆ぜた。


それが合図。



ここに、忍の決闘の火蓋が切って落とされた。




* * *




「ハイ!ハッ!ホッ!それぃ!」

(右、左、フェイント、ボディ……)


魂結びはもう発動させてある。戦いが始まる前の問答の隙に。

その結び付きから、私は左衛門さんの思考を読み取っている。


どこにどんな攻撃が来るのかわかっていれば、それをさばける。反撃できる。


それを可能にするパワーは身体ここにある。私は今までそれを十全に扱えていなかったんだ。


……人と戦う気なんて、なかったから。



私と左衛門さんの間に縁が繋がっているということは、裏を返せば左衛門さんも私と同じことができるということになる。


でも、左衛門さんは私の思考は読めていない。

やっぱり認識してないんだ。



この裏の領域を。自分の器の輝きを。

私達の、繋がりを。



(あの林で、左衛門さんは木に干渉した音の反響で私たちを探していた)



あれが何らかの術なんだとしたら、左衛門さんは魂感知を使えない。

使えるなら、あんなまだるっこしいやり方をする必要はないはずだから。


VS左衛門さん戦での一番の懸念点が消えたのはありがたい。

集中しろ私。この高速戦闘において、私の判断ミスだけが唯一の負け筋だ。



「それそれそれそれぃ!」

「……っ!」

「はいー!!」



左衛門さんから繰り出される体術の数々。


殴る蹴る叩くはたく、そして突く。

お互い正面きっての攻防戦。格闘技もびっくりの殴り合いだ。


戦いそのものの経験差は圧倒的。いくら考えが読めていようと、それに対応できなければ意味がない。



大丈夫。チャンスは必ずやってくる。後は、その瞬間を間違えないように掴み取るだけだ。



「ハッ!ハッ!ハァッッ!」

「……」

「ぬぅ!?」



避けて、躱して、潜り抜けて一発。

捌いて、防いで、打ち払って一発。


人を殴るのなんて初めてだ。

殴りつけるたびに、鈍い衝撃が骨を通って身体に響いてきくる。当たった部分のこぶしが痛い。


私は皮膚とか骨も頑丈になってるから、別にそれで私の身体が傷ついているわけじゃない。


わけじゃないのに……



何が楽しいんだろう、こんなの。

早く終わってほしい。



決闘って、もっとワクワクするものだと思ってた。

幸ちゃんが語ってくれたお話には、そういう『戦い』の話ももちろんあった。


竜みたいな蛇を討伐する話だったり、それこそ人どうしの決闘ももちろんあった。


それを聞いて、私ならどう戦うか、子どもながらに考えていたこともある。


想像上の私はカッコよく相手を倒してたもんだ。

それで戦いの後にはお互いを認め合って、握手なんかしちゃったりする。



そんなことを、考えて楽しんでいたこともあった。



「フッ!!!」

「……」


自分めがけて放たれる一撃一撃が私を打ちのめそうと迫ってくる。

そこにあったのは、戦いの喜びなんかじゃない。



暴の恐怖。

受ける方も……攻める方も。



……これをを楽しめる人が、格闘技とかをやるんだろうな。



——でも、これはお互いの技を競い合う試合なんかじゃない。

これは、お互いの譲れないオモイを賭けた……『死合い』なんだ。



勝たなければ意味がない。



この戦いの先に待ってるのは、握手なんかじゃないんだから……



「シッ!!」

「……」


左衛門さんの鋭い突きが私の頬を掠っていく。


左衛門さんの攻撃の中で、この突きが一番厄介だ。

かなりの威力があるのに、私が打ち払えないここぞという場面でしか打ってこない。


……このままじゃ埒が明かない。

打ち合いが長引くほど私がミスる可能性が高くなる!



早く、『アレ』を打って来い。


来い、こいこいこいこい————



「見切りましたよ妹君っ!!」



私にチャンスが巡ってくる前に、左衛門さんの突きの頻度がどんどんと上がっていく。

防ぎきれずに身体をかすっていく一撃が増えていく。


(後手に回ってるのを見破られた……防御の拙さを見抜かれたっ!)



「ハイ!ハイハイハイハイっ————



(こっちもリスクを……取るしかないっ!!)



……はいィィィーーー!!!」

「ぐっ!?」




————ほら、ここだよ




「ッ!!」


左衛門さんの猛烈な突きに、私はわざとガードを大きく崩した。


そのまま身体を開いて、あからさまな隙を作る。ここに打ち込んできてくださいと言わんばかりに。



「ハァァァ……」



左衛門さんはそれを見逃さない。

当たり前だ。見るからに隙だらけなんだから。

実際、ここから左衛門さんの一撃を防ぐのはどう考えても間に合わない。



刹那の一瞬。左衛門さんはあの『構え』を取り始めた。

あの林で私を打ちぬいた、突きの構えを。



おそらく何十年もの研鑽の果てに編み上げられた体術の突端。

ただの手突きとは違い、きちんとしたタメと力の流れを生み出すことにより威力を高めた、まさしく必殺の一撃。



——これを待ってた。



結局、忍者として圧倒的に格上な左衛門さんを倒すために私に出来ることといえば……


大技これに対する、カウンターだけだった。

——ただし、落武者の時とは一味違うけどね。



「妹君————お覚悟を!!」



左衛門さんの必殺技。

二つ名にも冠されている、『佐貫』の一撃。



それ、使わせてもらうね。



「『シズネユラユラフルミタマ』」



おもてうらで声が重なる。それに合わせて、縁にエネルギーが注ぎ込まれて魂結びが再び発動した。



——私の意思を、左衛門さんに伝えるために。



「ッ!?なにぃ!?これはっ!?」



左衛門さんの構えがあらぬ形に崩れていく。それは、私の脳が自分の体に下した命令だ。


それを、魂結びで左衛門さんに送りこんだ。


そして対照的に、私の身体が佐貫の構えをとっていく。

これは、左衛門さんが今まさに自分の身体に下している命令だ。



あらぬ命令を送り込んで動きを乱し、逆に相手のしようとしていた動きを奪い取る。



魂結びによる意識の相互通信。

その流れの反転と操作。



こと対人戦闘においては攻防一体を成せる、最強のカウンター技だ。



——私は鋭く尖らせた指を折りたたんで握りこぶしに変える。



「シッッッ!!!」

「ぐわぁぁ!!」


私のこぶしが左衛門さんの胸に叩きこまれる。


そのまま吹っ飛ばされた左衛門さんが扉に激突して、ヒメの部屋へと飛び込んでいった。


「きゃあ!?なになに!?どうなったの!?」

「よもや、これ程とは……」



「————お見事なり」


左衛門さんはそんな称賛の言葉を残してがっくりと気絶した。

殴ったこぶしがまだジンジンと熱を帯びている。


ここまでやってようやくだった。


感覚で分かる。渾身の一撃を打ち込んだってのに、左衛門さんは骨の一つも折れていない。


なにが「私もなまったもの」だ。全然ご老体じゃないじゃん。


不本意ながら、交わした拳がそれを如実に伝えてきた。全く油断ならない相手だったよ、左衛門さんは。

……殴り合って分かり合うって、こういう事じゃないと思うんだけどな。



決闘に勝った喜びも何もあったもんじゃない。

私は忍びとして決闘をしてたわけじゃないし、そもそもズルをして勝っただけだ。



『さすがは我が弟子っ!すごいよサネ~!』



——何故か、落武者を倒してみんなに認められた時のことが思い出される。


みんなは……師範は、こんな私のことをどう思うんだろうか。


(私を忍者にしてくれたモミジさんには……恩を仇で返してるかもしれないな)


ババ様にも、バネさんにコンさんに、スズちゃんにも。


いつか、キチンと恩を返したい。

次会ったときには、もう敵同士かもしれないけれど……




「な、なんかすごい音がしてたけど大丈夫?サネ……」

「……うん!私は大丈夫。ほら、見ての通りピンピンしてるよ」


ヒメを安心させるために私は笑顔を作って見せる。実際、左衛門さんからイイのは一発ももらってはないしね。


私は取っておいた縛布ばくふとやらで左衛門さんの両手足を縛りあげる。あの口ぶりだと、やっぱ特殊な布だったらしい。

こういうのは貰っておくに限るね。


そんな私の隣で、ヒメが穴が開くくらい私を見つめてくる。

な、なんだなんだ……?


「じぃー……あっ!?頬っぺの所が切れてるじゃない!な、なんか絆創膏みたいなのあったかな!?」

「いやいや、これぐらい別に大丈夫だよ」

「顔は女の子の命なのよ!後が残っちゃったら大変じゃない!」


ヒメはわたわたと部屋のガラクタたちを漁りだした。ホントに大丈夫なんだけどなぁ。


……あ、さっきの衝撃で土偶くんがパッキリと割れちゃってる。

……ごめんね、モミジさん。



「へーきへーき、こんなのはむしろ勲章だよ!——というか、私よりも心配だったのはヒメだよヒメ!」

「え?私?……おぶ」


ヒメの顔をもにもにと触って変なところがないか確認する。ついでに、魂感知で裏からも。


続いて首、手、足、背中……うん、大丈夫そうだ。

中身の方もピカピカと元気に輝いている。ヒメに一点の陰り無し。


「~~もう!そんなペタペタ触って確かめなくても私は大丈夫よ!」

「そうみたいだね。……いやー、ヒメが五体満足でよかったよ。私が捕まってる間にヒメが生け贄にされちゃってたら化けて出るところだった」

「そっちが!?死んでるの私なのに!?……んもう、それで?一体どんな事を心配してたわけ?」

「洗脳されてたり、四肢を切り落とされてたり……」

「いや大分物騒ね!?」



む、そのぐらいされててもおかしくなかったんだぞ。

……私"たち"の運が良かったのは、左衛門さんに"そういうこと"をする気が無かったことだ。



『姫様がこの場におられると、こちらも不本意な"手"を使わざるおえませぬ』



あれは本心だった。

私との戦いの最中にあっても、左衛門さんは後ろのヒメのことをずっと気にかけていたし……



私のことも、殺す気はなかった。

無力化しようとしていただけだ。



左衛門さんの私たちに対する憐憫も。

謎の羨望も、同情も。

ガマ殿に対する忠誠も、異彩喝祭にかけたその覚悟も。


……全部、本物だった。



そうでないなら、この程度ではすんでなかっただろうな。

ヒメも、私も。



「ま、生け贄ったって別に命までは取られないらしいわよ?……その代わり、私は神様と結婚させられてヒトじゃなくなるらしいけど……」

「えっ!?それってどういう……いや、話は後にしよっか」



「ここから逃げよう、ヒメ。————今度はちゃんと、エスコートするからさ」

「お、おぉう……」



私はちゃんと手を差し出して、ヒメが掴んでくれるのを待った。

こういうのはレディーファースト。自分から掴んでグイグイと引っ張っちゃあダメなのだ。



ヒメは何故かちょっと顔を赤くして……おずおずと私の手を取ってくれる。

……うん、ホントに洗脳とかはされてないみたいだね。安心安心。



そのままヒメをお姫様だっこして、私は廊下を駆け抜けた。

だだっぴろい中庭を超えて塀にたどり着くと、まだ遠くの方から戦闘の音が聞こえてきていた。


色んな人の雄叫びが聞こえる。



(樹霊さん……)



ここに突入する前に、樹霊さんは自ら殿を買って出てくれた。



『お友達を助け出すために、わたくしが殿をつとめます』

「それは……大丈夫なの?」

『それが一番上手くいく可能性が高いのです。あるじはお友達を連れてそのままお逃げください。そのぐらいの時間は稼がせていただきますとも』


『それが、私の役割なれば……』

「樹霊さん……うん。お願いします」



私が肩から飛び降りると、樹霊さんはがさりと葉っぱを揺らしながら上下に屈伸した。

多分、お辞儀をしてくれたんだ。


『————主。この度の戦、ご一緒できて光栄でした』



そう言って、樹霊さんは囮となるべく巨大化してお城に突っ込んでいった。

おそらく、本当に朽ち果てるまで戦って、時間を稼いでくれている。


でも、今ならまだ————



「……サネ?どうしたの?」

「……ううん、大丈夫。行こう!」



それでまた捕まったりでもしたら本末転倒だ。それは、樹霊さんの覚悟を踏みにじる行為でもある。



どちらにせよ、モタモタしてもいられないんだ。

魂感知を使えるようになったから分かる。



天守閣に、やばいのがいる……!



それも四体!……多分、あの時ガマ殿が接待してた奴らだ。

確か、竹帝からの使いがどうたらって……


こんなに離れているのに、その器からはギラギラとした輝きがしっかりと感じ取れた。


この器の輝きは多分、器に満たされてるエネルギーの量と、術とかの影響で強くなるっぽい。

実際、何かの術を使ったらしい左衛門さんの器は話の途中からその輝きを増していった。


それと、輝きの強さによって術が使えるかどうかも判別できる。


術を発動した左衛門さんと、私たち二人の輝きは同じくらいだった。

多分、転移ボーナスだと思ってるこの身体強化も、なんらかの術に分類されてるんだろう。


そして、術発動前の左衛門さんと、あの時左衛門さんと一緒にいた兵士の人も輝きが違っていた。


術を使えない人は、器の輝きがより暗いのだ。

……上にいる奴らの輝きは、私たちよりも遥かに強い。



(その論で行くと、あの天守閣の奴らはとんでもない強者ってことになる。アイツらが出てこないうちに早く逃げないと————)



「……ひっ!サ、サネ!あれ!」

「っ!?」



ソイツは木と木の間にぬぅっと立っていた。


音もなく身じろぎもせず、ただ立っている。




私たちよりも遥かに大きい身体を全身黒い布で覆っていて、その頭頂部には竹で出来た笠をかぶっている——あの時中庭で見た、謎の人物。


そいつがこちらをじっと見ている。


しまった!ガマ殿が歓待してたのは五人……!もう一人いたんだった!



『……』

「……っ」

「な、なんなのこの人……サネの知り合い?」

「……いや、違うよ」



私たちを見つけたというのに、ソイツはなんのアクションも起こさなかった。



私たちの間にじれったい空気が張り詰める。



(……なにこれ!?)



魂結びを発動しようとして、私は目を疑った。

そのギラギラと照りつける太陽のような輝きもさることながら……なんだ?この器の形は。



————人間じゃ、ない?



『……御想我』

「っ!ヒメ!逃げるよ!」

「う、うん!」



この状況でこんな得体の知れない奴と戦うのは流石に不味い!三十六計逃げるに如かずだ!



————ソイツは、どうしてだか私たちを追いかけては来なかった。


ただ、その場に立ち尽くしたまま、私たちのほうをずぅっと見ていた。



じっと、立ち尽くしたまま————



こちらを。






「……ねぇサネ?それで今度はどこに逃げるの?……逃げた先でサネがひどい目にあうのは、私いやなんですけど……」



私の腕の中でヒメが呟く。



「心配してくれてるの?だいじょーぶ!この私に秘策あり!」

「……ホントにぃ?」

「ふふん、前もこうやってちゃんと秘策を持って帰ってきたでしょ?私に二言はあんまりないんだよ」

「……あの時は帰ってくるの、だいぶ遅かったけどね」

「そ、そこには目をつぶっていただいて……」

「ふんだ」


ヒメはそう言って、唇を尖らせた。

でも、今回の秘策はヒメに心配を掛けることもない。


今すぐ実行できて、しかも効果的なのだから!


普通に逃げても前の二の舞になる。

私たちは、相手の裏をかかないといけない。



私は戦略的に……徹底抗戦の構えをとる!



「追っ手を絶対にまけて、しかもしばらく潜伏できるところがあるんだよ!」

「えっ?!そんなところがあったの?」


「うん————


惑いの林に行くよっ!ヒメ!」


「えっ……えぇっ!?それって……」



木を隠すなら森の中。姫を隠すなら林の中。


樹霊さんが教えてくれた。惑いの林の『秘密』について。


今の私なら、惑いの林に入っても自由に脱出できる!



「灯台下暗しってね。こんな近くに、しかも入ったら出られないとされてる惑いの林に潜伏してるなんて思わないでしょ?


よしんば気が付いても、今の私なら森の中で遅れを取ることはないしね」



相手はまず林に突入するかを迫られ、入った後も私たちを探し出す必要がある。

魂感知をマスターした私なら、林の木々から情報を得て林全体の状態を把握することができるし、見つかっちゃってもどうとでも巻ける。


つまり、私にとって林というフィールドはもはや自分の庭同然なのである!



「しばらく潜伏して異彩喝祭をうやむやにする!その辺りの塩梅を伺う為にも、やっぱり近くにはいないとね」

「な、なるほど……大胆なこと考えるわねぇ」

「堂々としてたら案外近くに居てもバレないもんだよ!」

「……サネって、かくれんぼとか得意だったりする?」

「んー?ふっふっふ……」



「『潮凪しおなぎ中のカメレオン』とは私のことだよ!」

「……褒められてるのよね?それ……」




大丈夫。

どんな場所だろうと、どんな追っ手がこようとも、ヒメは私が守ってみせる。


——今度こそ、絶対に!


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