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十二話【樹】



瞑想だ。今の私にできることはこれしかない。



魂を理解し、新しく術を開発して現状を打破する。

ヒメを助け出すために、この拘束された状態から抜け出すためにはそれしかない。


ありがたいことに、視界がふさがれてることはおろか身じろぎもろくに出来ないこの状況は瞑想するにはうってつけだ。


唯一の邪魔な情報である落ちてくる水滴すら気にならないほどに深く……

深く、ただひたすらに自分の内面を見つめ続けた。




——光が見える。




カカシ君に接続したときに、ガマ殿やスズちゃんの記憶を見た時に感じた、あの光が。

いつも魂結びを発動させたときに私の手のひらから放たれる、あの輝きが。


それは私の形をしていた。


私の輪郭の、薄皮一枚を隔てたその向こう側。

なんというか、それは現実こことは別の、裏側の領域にあるみたいだった。


これが魂のエネルギーってやつなんだ。

そして、その中心で一際強い輝きを放つ部分。それが魂。


光はそこから溢れてきていた。


エネルギーの流れを作ることにも成功した。

内なる光は操れる。そらそうだ。

だって、いつも術を使う時にはこの内側からエネルギーを引っ張って来てるんだから。



ここまではオーケー。問題はここから。


ここから先は完全に未知の領域だ。

左衛門さんの口ぶりから、まだ異彩喝祭は終わっていない。

つまり、タイムリミットは最長であと二日……!


急がないと。



「シズネユラユラフルミタマ」


私は試しに魂結びを発動してみる。

すると、内なるエネルギーにさっきとは別の流れが生まれた。

この光が魂エネルギーってのは間違ってなさそうだけど……それが『外』まで出てきていない。


まるで蓋でもされてるみたいに、行き場を失ったエネルギーはしばらく私の中でぐるぐるとした後、ゆっくりとその動きを止めていった。



……これ、もしかして魂結びを使えてないんじゃないか?



こうやって『裏側』を認識できた今ならわかる。さっきも今も、術は発動してなかったんだ。

……いや、発動自体はしてるか。ただ、いつもみたいにエネルギーを表側こっちに持ってこれてないだけで。


私は今までこのエネルギーってやつを無意識のうちに操ってた。


多分、本来ならまずエネルギーを外に持って来て、初めて術を行使できる。

でも私は逆。先に術を発動させてから、必要な分のエネルギーを自動的に引っ張ってきてたんだ。


スズちゃん式促成栽培の結果として。


それはいい。鶏が先でも卵が先でも、結果として術もエネルギーも使えてたんだから。

でも現状、正しい手順に則ってるのにも関わらず私はエネルギーを外に出せていない。



確かに術は発動している。私の中で、だけど。



くそ……!これ何かされてるな。エネルギーが封じ込められてるんだ。

外に出さないように。術を使わせないように!


これはこの場所としての性質なんだろうか?それとも、私を縛ってるこの拘束に込められた特殊な術なんだろうか——



——不思議なことについて、ついつい想像を膨らませてしまうのは私の癖だ。

思考を元に戻さないと。


それは今、どうでもいいことなんだから……



「シズネユラユラフルミタマ」


術を使って現状を観察する。


エネルギーがゼロなわけじゃない。今も魂エネルギーは器の中でグルグルと流れてる。

つまり、エネルギーを内側から外側に持ってくる通り道みたいなのがあって、今はその出入り口に蓋がされてる状態なんだ。



(これじゃ仮に術を作れても使えない……!くそ、考えろ考えろ……)



蓋で押さえつけてるようなものってことは、つまり内側がパンパンになればその蓋を壊せるんじゃないか?


イメージとして、膨れ上がるパワーで拘束を破壊するなんてのはよくあることだけど……


試しに私は自分でエネルギーを練ってみる。

無意識に魂から漏れ出たやつを動かすんじゃなくて、魂からエネルギーを産出するのだ。



そのやり方だけは、なぜかなんとなくわかった。



魂を回す。くるくると。

そうすれば、私の内側に光が満ちていく。

私の輪郭が、魂を納めている器がより強く、より眩しく輝いていく。


……本能的に感じる。

雑に触っちゃいけないところを触っているような、やりすぎたらまずいことになりそうな、そんなヒヤリとした感覚が。



——でもやる。

私にできることは、これぐらいしかないんだから。



回せ回せ、魂を!

私を縛り付ける全てをぶっ壊すために!



(回れ、回れ回れ回れ————!)



回れば回るほどに魂のエネルギーはどんどんとその輝きを増していき————



行き場を失った光が、器の『外』へと放たれた。


——えっ?



「今のは……」



それは私が思っていた反応じゃなかった。


蓋が壊れたわけじゃない。エネルギーをこっちに出せたわけでも無い。

器から勢いよく放たれた光は、"内側の外"へと広がっていった。


そして、そのエネルギーの波調が私とは別のひかりを感知する。

この裏側の領域に存在している、私とは別の存在を。



それが、なぜだか私に伝わって来た。



「……もう一回!」



同じことを繰り返した三回目にして、私はこの『魂感知』を完璧にモノにした。

わざわざ蓋に押し付けなくとも、単純に自分の器からエネルギーを周りに飛ばせばいいんだ。


魂はこの世界の裏側にある。

つまり、そんな裏側に存在するもう一つの光とは——


私とは別の、魂の器だ。


それは木の根だった。

この場所の構造がどんな風なのかはわかんないけれど、おそらく天井から垂れてきてる木の根からキラキラと魂のエネルギーが発せられていた。


木にも、魂がある……?



私は薄く広く、遠くにまでエネルギーを飛ばしてみる。

それはあらゆる物理的な障壁を貫通して、私の頭上に何本もの木が生えていることを教えてくれた。

多分、ここは林の地下にあるんだろう。


その木の一本一本が魂のエネルギーを携えていて、この世界の裏側で確かに陣取っている。

でも私と違って、あの一際輝く一点がどこにもない。


つまり、魂はないんだ。


私はこれと似たものを見たことがある。

いや、無意識に認識していたものがある!



カカシ君だ。木はカカシ君と一緒なんだ!



カカシ君に魂は無い。だけれど、エネルギーに満ちた器はあった。

カカシ君は触れた人のエネルギーで術が発動して、その人の見た目に変化する。多分、器の形ごと。

魂結びはそこに意識を流し込んで、縁を通して操っているにすぎない。


落武者はその逆。魂だけがある。

この世界に露出したむき出しの魂。

それが鎧という身体を動かしているんだ。魂エネルギーという動力によって。


多分、それは忍術が色んな現象を引き起こすことと同じことだ。


そして私はそんな『魂』と『器』の両方を持っている。

魂から作られたエネルギーが器を満たして、それが表の身体に出て行って、それがさらに術に使われている。



今の私はその表にエネルギーを持っていくことができない状態だ。でも、この裏側からなら……


魂結びで縁を結べるかもしれない。

この木がカカシ君と同じなら、縁を結んで操れるかもしれない!



(内なるエネルギーだって動かせるんだ。この器もきっと——)



さっきまでは中身を動かすことに注力した。でも今回は、そのがわそのものを動かす。

内なる私の輪郭から器をずらして、引きはがして……

この世界の裏側を……



飛んでいけ!!



私の形をしたエネルギーの集合体が裏の領域へ飛び出していき、木の根目掛けて手を伸ばす。

器は表の身体を動かすのと同じように自由に動かせた。


私はそのまま木の根に裏から触れて、魂結びを発動させる。



『シズネユラユラフルミタマッ!』



縁が結ばれたときの独特の感覚。

それがこの作戦の成功を教えてくれる。私の考えを裏付けしてくれる。


魂結びの発動条件の『触れる』ってのは、この器どうしが触れ合うことだったんだ!

そして、この私と木との間に繋がれた縁は意識やエネルギーをやり取りするためのパイプの役割を果たしている。


裏からだと縁についてもよくわかる。

光り輝く細い線が、私たちの器と器を繋いでいた。




『草の子よ……あなたの力をわたくしに……』




そのパイプを通して、何者かの声が内側に響いた。

今にも搔き消えてしまいそうな、か細い声が。


これって……木の意思!?木にも意識があるの?!



『お願いします。どうか、私にあなた様の力を——』




『力を、注ぎ込んでください』




語りかけてくる。ナニかもわからない謎の存在が。

まるで何もわからない。わからないけれど……


ここは異世界。こんな不思議な木があったって、別におかしくはないのだ。


意思があるのはむしろありがたいかもしれない。

思考できるってことは、つまりは動けるかもしれないってことだから。


私は木と縁だけ結べれば終わりってわけじゃない。

どんな手を使ってでも、ヒメを助けなきゃいけないんだ!



この声の通りに力を注いだその結果、どうなってしまうのかは私にはわからない。

もしかすると、邪悪な存在が封印されているのかもしれない。



でもやる。

今の私に、やらないなんて選択肢はない!


根でも藁でもなんでもいい!手当たり次第に掴み取って、未来を手繰り寄せるんだ!



私の器が木の根を握りしめる。そのままじゃ二つの光は混じり合わない。

だから、魂感知の要領で私は魂のエネルギーを思いっきり注ぎ込んだ!



『ォォォォォ!!!!』



メキメキと木の器が大きくなっていく。多分、木が成長してるんだ!

それに合わせて器の輝きがどんどんと増していくのを、私は裏側から目の当たりにする。


ガラガラと何かが崩れる音がする。

なんだ!?何が起きてるんだ!?


……木の成長に伴って、ここの天井が崩れたんだ。

網のように張り巡らされた木の根が、落ちてくる瓦礫から私を守ってくれた。


よかった。

少なくとも、さっきの声は悪魔の囁きじゃなかったらしい。


そして、上からゆるりと木の根が伸びてきて、私の拘束の一つ一つを丁寧に外してくれる。

ゆっくりと目を開けば、久しぶりの眩しさに目がくらんだ。


ぼんやりとした視界が晴れると、暗い洞窟に空から光が差し込んでいる。

表の世界の、本物のオレンジ色の光が。



木の根が支えていたであろう天井が崩れたその先で、目を見張るほどの大木が夕空の中で聳え立っていた。



『ありがとう草の子よ。あなた様のおかげで私は目覚めました。我らが叢生(そうせい)に大いなる感謝を……』

「あなたは……一体どういう存在なの?」


木が喋ってる。物理的にじゃなくて、縁を通して。


見た目はもっさりと枝根えだねが伸びているだけのただの木だ。別に目がついてるわけでも、口がついてるわけでもない。

でもその枝の、根の、樹体全体の揺らぎには確かな意思が感じられた。



『私は樹霊。あなた方が木の精と呼ぶモノです』

「木にも意識があるの?」

『ありますとも。しかし、それはあなた方のものとは大きく異なります。我々は御神おんかみや叢生に力を求められるまで眠りについているのです』


ま、マジか……。

え?つまりはそうやってすやすやと眠ってる樹霊さんたちを、私たちはばっさばっさと伐採しまくってるってわけ?

……木に恨まれてないかな?人類。



『そのような心配をなされずとも大丈夫ですよ。それもまた生命の営みの流れなのですから。あなた方に使われた木々は喜びこそすれ、恨む道理はございません。そも、その様な感情を感じることもないのです。眠っているとはそういうことなのですから』

「そ、そういうもん?それならいいんだけど……」

『ええ。我々の意識は微弱なもの。存在はすれど、形を持たぬ曖昧なものなのです。そんな我らの意識を励起させる力こそ、林の神々や叢生たちの力なのです』


『囚われし叢生の御身を救う手助けができるなど、望外の誉れでございます。私は今、歓喜に満ちておりますよ』


そうやって樹霊さんはがさがさと葉っぱを揺らした。

よっぽど起こしてもらえたのがうれしいみたいだ。その喜びが縁を通って私の心にまで届いてくる。


でも……


「……残念だけど、私はただの人。その"そうせい"て奴でも、神様の使いでもなんでもないんだ」

『そうなのですか?』


スズちゃんの仰々しい肩書のことを考えると、これって魂結びがトンデモ性能の可能性があるよね。

……スズちゃんには今度、ちゃんとお礼しないとな。今のところ魂結びにおんぶにだっこなんだから。



『しかし、私にとって重要なのはあなた様が何者かではないのです。この場でただ朽ち果てるのみだった私に、あなた様が役割をくださった』

「え……?」


『眠りながらもあなた様の叫びは聞こえておりましたよ。どうでしょう、ただのヒトの子よ。私のあるじとなっていただけませんか?』

「あ、主?主って?」

『呼び起された樹霊は主に使役されるものなのです。私にとって、このような機会はまたとない。樹霊と生じて幾歳いくとせか、このまま枯れゆくのみだった私の下に表れたあなた様は、まさに恵みの雨に等しき存在なのです』


『このままほおっておかれても私はただの木へと戻ってゆきます。しかし、どうかその前にあなた様の力とならせていただきたく思うのです』

「……どうして?」

『眠れるままに待ちわびていた。己が出番を。役目を果たせる、その瞬間を』


樹霊さんは厳かにそう言った。


『我らにとって、何者かに使われたるが唯一の誉なのですよ。それが樹霊として存在する我々の役割でもあり、例え意識が深く沈んでいようともその事実は変わりません』


木根草茂もっこんそうも。草木は天地にともにあり——我らは、その為に生まれたのですから』



……悪魔だなんてとんでもない。

樹霊さんの言葉からは高潔さというか、なんか神々しささえ感じとれた。


私は悪い奴だ。

こんな人?のよさそうな樹霊さんを、利用しようってんだから。



空は赤から紫に変わって、日が暮れようとしている。ヒメを助けるチャンスはもう、今晩しかない。



「——樹霊さん、私を助けてください。お城に友達が捕まってるんです。……手伝ってくれますか?」

『無論です!私の樹霊としての生が、あなた様の力になれるのであればこんなにも嬉しい事はない』



『さあ、ご命令を我があるじ。例えこの身が朽ち果てようとも、私は御身のお役に立ちましょう』



樹霊さんが枝を私に伸ばす。まるで握手を求めるみたいに。

私はそれを迷わずつかみ取って、追加のエネルギーを注ぎ込んだ。


契約、成立だ!



「このまま城に攻め入る!ヒメを……助け出すんだっ!」

『御身のよしなに!』



樹霊さんの形が変わっていく。

生い茂った頭の葉っぱはそのままに、新しく伸びた枝と根っこが絡まりあって四肢を形成した。


その見た目はまさしくトレント!本物見たことないけど!というか、今まさに目の前にいるのが本物だけど!


「行こう、樹霊さん!」

『はい!』


私は樹霊さんの肩部分に飛び乗った。目指すは向こうでそびえ立つお城。



祭りの終わりを告げるほら貝がどこかで吹き鳴らされる。それはまさに開戦の合図。




待っててねヒメ。

今、助けに行くから!



——ずしんと。

樹霊さんの踏み出した右足が林を震わせる。



まるで、私の決意表明みたいに。



* * *



その日の異彩喝祭はいつもと違っていた。

祭りを盛り上げるために各地より呼び寄せられた演者たちは、そのどこか異様な雰囲気をうっすらと感じ取っている。


何かが、この祭りの裏で進行しているのだと……



「姫さまのぉ!おなぁぁりぃぃぃぃ!!」



姫の登場、代わり映えのない演目、その演目をよそに盛り上がる何も知らぬ人々。


ただ、姫妃だけがこのお祭り騒ぎの裏に渦巻く思惑について知っていた。


姫妃は従順に、ただまんじりともせず竹組の貴賓席の頂上で演目を流し見る。

彼女の頭の中は、ここには居ない友人の事でいっぱいだった。


「ささ、姫様。こちらもお召し上がりください」

「……」


いつもと違い、姫の傍らには左衛門が控えている。それも必ず姫妃の目につくところに、常に。


姫妃が逃げ出さないように、左衛門は彼女を見張っている。

だが、姫妃は一人で逃げるつもりはさらさらないのだ。



実秋の安否を、左衛門に確認するまでは。



「姫様のぉぉ!ごたいじょぉぉぉぉう!」


祭りの終わりを告げる法螺貝が高らかに鳴り響く。

かくして、異彩喝祭も残すところあと一日となった。


最後の七日目が執り行われたその時に、一体何が起こるのか。

それを知るものは、まだ誰もいない。





姫に与えられたただでさえ狭い部屋に、三人の人間が押し込められている。


「ご容赦ください姫さま。何分、先日賊が入り込んだものでしてな」

「別に大丈夫よ……女中さん、気にせず着替えさせて頂戴」

「は……かしこまりました」



もはや左衛門は、一時でさえも姫妃の側を離れるつもりは無かった。

異彩喝祭も大詰め。信用できるのは、己のみ。


姫に気を使ったのか、老齢の女中は巧みな手さばきで左衛門に見えないように、素早く姫妃を着替えさせた。



「それではごゆるりと」



老齢の女中が退出する。

女中が去ったことを確認した姫妃は、すぐさま左衛門に食って掛かった。


「サネは……あの子はどうなったの!?」

「妹御は洞窟牢にて拘束させていただいております。捕えはしましたが、その命を奪うつもりはございません」

「ッ!信用ならない!あんたらはサネを……こ、殺すために変な林に追放したじゃないの!」


「今すぐあの子を解放して!そうすれば祭りでもなんでも言う事を聞いてやるわよ!!」


その姫妃の強気な発言に左衛門が感激する。


「おお!まっこと、実に美しい姉妹愛ですな。……しかし」



「————噓は良くない」

「ヒッ……!?」


左衛門から放たれた圧に姫妃が短い悲鳴を上げる。

死線をくぐったことのないただの女子高生にとって、それは永久に慣れることのない殺気の類。


だが、姫妃はこれと似た圧を芸能界で感じたことがあった。


それは"怖い"大人たちが下の人間を抑え込むために放つプレッシャー。

彼女が、苦手とするものだった。



「妹御を解放すれば、貴女は一緒に逃げるおつもりでしょう?」

「そ、そんなことないわ!昨日はちょっと魔がさしただけなの!祭りもあと一日なんでしょ!?終わるまでちゃんと大人しくしてるから!」

「……長く生きていると、噓をついているかどうかがぼんやりとわかるのですよ。なればこそ、私は彼女の命を人質とさせていただいておるのです」

「う、うぅ……」



「声を聞けばわかります。本当に自分だけが助かりたいのか、それとも芯に強き意思を持つのか」



左衛門の声のトーンが少し変わる。

まるで、孫にでも話しかけるかのように。



「長年噓つきをたくさん見てきましたからねぇ。貴方の妹御は自分だけを解放しろなんていう『噓』を声高に叫んでおりましたよ」

「えっ……」

「今の貴方と同じで、きっと彼女も解放されれば真っ先に貴方を連れ出しに来たことでしょう」



「げに、げに美しき愛です。汚れ切った我が身には、それはあまりにも眩しい」

「サネ……」



じゃあなんで姉妹ってところには気づいてないんだとか思わないでもなかったが、姫妃はなんとかその言葉を飲み込んだ。


「気休めにもならないかもしれませんが、竹帝に貴女を引き渡した後はきちんと妹御を解放させていただきますよ。彼女さえ望めば、その後の身柄の保証もさせてもらいます」

「……?私を、生け贄に捧げるんじゃないの?」

「ええ、捧げますとも。貴女様は竹帝への献上品に御座います。貴女を帝へ差し出して、その対価として我々は神賭けを受けていただくのです」



そんな重々しく告げる左衛門とは対照的に、姫妃はその"差し出す"という部分に引っかかった。



「……え?それってつまり、引き渡すだけってこと?その、竹帝って人に」

「だけといいますか人といいますか……まぁ、端的に言えばそうなりますかな」



さっきまで突き刺さるほどだった姫妃の緊張感が、その言葉で一瞬にして緩む。

会話の流れに似つかわしくないその反応に、左衛門は内心で首を傾げた。



「確認なんだけど……差し出すってのはつまり、縛り上げて湖に沈めるとか、でっかい蛇の餌にするとか、そういう生け贄じゃないってことよね!?」

「大事な御身にそのようなことは致しませんよ。先日はやむなく気絶させてもらいましたが、本来ならば姫様に傷一つあってはならないのです」

「な、なんだぁ!じゃあ生け贄ってのはサネの勘違いだったんじゃない!私、別に殺されるわけじゃないのね?だったらそれをサネにも教えてあげればすぐにでも————」


「——ふむ、なるほど。これはまた()なることを。神に召し上げられるということはつまり、神霊と化すという事です。それを死と言わずしてなんと言いましょう」

「えっ……」


左衛門はようやくそこで得心した。

目の前の少女が、あの忍の少女が、何を厭って突然逃走を図ったのかを。



——そして、現実は彼女たちの想定よりもはるかに残酷かもしれないことを。



「そちらの世界に神はいないのでしたね。なれば、そう思うのも無理はない」


「なるほど、確かに神霊となろうとも『命』は滅びませんな。しかし、貴女の『心』は様変わりする」


「貴女は神の伴侶となるのです。肉体というくびきから解放され、魂は新たな器を手に入れ、精神は遥かな高みへと向上していく。それはもはや以前の貴女ではありません。

……神との契りとは、神婚とはそういうものなのですよ」

「私……神様と結婚させられようとしてるの!?」

「はい。その為に竹帝はそちらより現るる『姫』の到来をずっと、長く長く待ち望んでおられたのです。——そして、この度あなた方が現れた」


「姫が二人現れるなど、こちらとしても想定外でしたがね」



姫妃は旗色が悪くなっていくのを感じた。


生け贄という物理的な処置よりも遥かにおそろしい、自分という存在への侵犯とその嫌悪。

それは彼女が想像し、想定していた恐怖を別のものへと塗り変えていった。



(神さまの、お嫁さん……)



母と父と、そして自分わたし。それとペットのケンタロウ(ボーダーコリー)

そんな幸せな家庭を、自分も作りたいと夢見ていた。


それはまさしく小さなお城。

自分を世界で『一番』愛してくれる伴侶と、そんな二人の間に産まれる愛の結晶たち。

家族で築き上げる、家族のための(かてい)


親戚からちやほやされて学校でも人気者。

みんなから愛されるべく子役として芸能界に入り、そしてトップアイドルを目指したその末に。



挫折した少女になおも残された願いが、それだった。



そして、その願いも叶うことはない。



どこの馬の骨ともわからない神と無理やり契りを交わさせられる。その上、自分が自分でなくなるかもしれない。


そんな最悪の未来を想像して、姫妃の顔色はみるみると青ざめていった。



「むしろ、姫が二人というのはかえって良かったのかもしれません。……貴女が一人で寂しいというのであれば、妹御も連れてゆかれるがよろしいでしょう」

「なっ、いや!それは……」

「竹帝がどう出るのかはわかりません。そこらは交渉次第にはなりましょうが……きっと帝は拒まないでしょう。さすれば、あなた達姉妹(かぞく)はずっと一緒に居られる」


「神の伴侶として、永遠とわに————」


「……ともすれば、その方が幸せなのかもしれませんなぁ。ただ一人孤独に神霊となるよりも……別たれ残されるよりも、ずっと」



「私たちの時よりも、ずっと……」



左衛門は姫妃を見ながら、どこか懐かしむようにその柔和な目をことさらに細めた。

その瞳に写っていたのは、はたしてどの『姫』のことだったのか。



はたして、どの『家族』の事だったのか——



姫妃はそれに気がつかない。

ただ、そんな未来は受け入れられないと、実秋と二人で帰るために頭を回転させるのみ。


左衛門もまた気がつかない。

己のその優しさは、姫妃にとって到底受け入れられるものではないということを。





そして、そんな未来を否定する『姫』の守護者が、今まさに自らの姫を取り返さんと迫ってきていることに————






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