物語3・15
「なぜそこにいらっしゃるのですか」
「かくれんぼが得意でね、素晴らしい才能に自分が怖くなってしまうよ。あぁ、ちなみに見つけるほうね」
抱き合ったままの私たちを、コック王子が迷路の上から覗いていた。
……すごい既視感。たぶん船でのあれだ、ベラ王女。
肩に手を添えてロックマンから離れようとすると、さっきと同じように力を入れられてひっついたままになる。
いつもの自分であれば顔面に拳をめり込ませてでも恥ずかしさから距離を取ろうとしたのだろうが、不思議と今はそうしようとは思えなかった。 変なの。
「そういう関係だったのか。アルウェスも人が悪い。それならそうと言えばいいだろうに」
「諦めの悪い捻くれた男に言ったところで変わりませんよね」
「わかっているじゃないか。これじゃあデグネアも完敗だな」
そしてまたベラ王女と同じく生け垣の上から、なんの躊躇いもなく身を乗り出してストンと地面に着地する。
かくも王族というのはみんな運動神経がいいのか。わざわざ迷路を掻い潜り生け垣に登るなんて、大した身体能力だ。特にヴェスタヌは優秀な遺伝子を次いでいそうではある。
こうして目と鼻の先に来られては地べたに膝をつけているわけにもいかないので、ロックマンに声をかけて立ち上がる。
奴はまた私がどこかへフラフラ行かないように警戒しているのか、腰に手を回してきた。
そんなことしなくてもどこにも行かないんだけど。
「おやまぁ、そんなに警戒しないでくれよ。ナナリーさん? ナナリーちゃん? どう呼ぼうか」
「……」
「そうだな、ナナリーと呼ばせてもらおうかな。いいかい?」
端から選択肢なんてないんだから勝手にしてくれ。
「ありがとう――ああ、そうだ。船でも今日も、君の心を覗かせてもらったんだよね、ごめんね」
……なっ、はぁぁぁああん!?
非常識な行いを悪気なく報告された。
ごめんだなんて絶っっっ対に思っていないであろう、この態度。そういうのは心を覗かなくても顔を見ればわかるものだ。
この人の能力を最初に聞いたとき、そんな力を望んでもいないのに持って生まれるなんて、とんでもなく苦労してきたのだろうと思っていたのだが、この様子を見るに意外とそうでもないらしい。わりかし楽しんでいる節がある。
こちらは覗かれている感覚なんてまったくないのに、しかも目を合わせたと言ってもそんなにずっと合わせていた覚えもない。
人に言っていい言葉ではないが、性質がどことなく夢見の魔物に似ている。
「やはり見ていましたか」
「ベラが瞳の能力について話したんだろう? ……いやぁ、君の美しい瞳を見ていたらね、胸が痛くなったよ、とっても苦しくなってしまって。ああ痛い痛い」
額に手をやり顔をしかめるロックマンに対し、コック王子は芝居臭く胸元のスカーフを握りしめた。
苦しい? 勝手に見といて何が苦しいだこのクズめ。
第一印象いい人からの普通の人からの嫌な奴を経て、三段階下のクズに降格である。王太子相手だがさすがに我慢ならない。
燃えたぎる闘志を胸に前のめりになった私を、ロックマンが手で制した。
「痛い?」
「そうだよ。なぜ効かないのかな」
効かないって何が。
「どの地域であろうと、概念上王族にあたる人間の心を読もうとすれば心臓を潰される。三等親以内かな? そういう術が私にはかけられている。どこの部族だったかな、西の古いハーマンという古城に住んでいた男がかけたものだが」
ひとつ考える素振りを見せると、気分がいいとでもいうのか、にこにこと鼻歌を歌い出す。
「君を知ろうとすると息ができなくなる。こんなに苦しいなんて、おかしいだろう。なんで? 平民なんだよね」
一歩ずつゆっくり近づいて来る。
「いったい君は、どこのお姫様なんだろう?」
にやりと笑う相手に、イライラが募る。
今の王子の顔を例えるならば、まるでおもちゃを与えられた子どもの顔を何百倍も凶悪にしたような笑顔だ。
しかし今の言葉からするに、人魚姫はただの比喩で、詳しい情報は相手に伝わっていないということになる。
よかったのか、悪かったのか、中途半端な状態に頭が痛くなる。海のことを切り出さない様子を見ると、接点があるとはまったく思われていないのかもしれない。
「趣味の悪い遊びに付き合う暇はありません」
ロックマンが私とコック王子の間に入り、姿が渡られた。
「そ~か、隠してるんだ。なんで困るのかな?」
「その詮索癖にも心臓が潰れる術をかけてもらえればよかったのに、残念ですね」
「痛いことを言うなぁ。でもね、忠告してあげるけど、こういうところから綻びが出てくるんだよ。どんなに隠していてもね」
「それはご親切にどうも。しかし片端から人間の心を見過ぎて、頭が少々機能していないのではと心配になります」
「ハハ、へ~。心配ねぇ。どうする? 気になるなぁ、どうやって調べようか。国に帰ったらまずはボリズリーにでも頼もうか。学院の研究室にいるネイト博士も歴史や墓の追跡に詳しいからこっちで辿ってみてもいいかもね。そうだそうだ、あの」
「もういい」
追求に耐えかねたロックマンが、やめろと手を上げる。
「うるさいったらないな……」
「やっと気安い言葉遣いに戻ったじゃないか。いい、ってどういう意味だい? 教えてくれるのかい?」
ロックマンが振り向き、私に目配せをしてきた。
これは……詳しい情報は与えていなくても、もうほぼバレてしまっているようなものだし、微妙な嘘をついたところでヴェスタヌの情報収集力を前に暴かれない自信はない。多数の力を使って探られるよりは、正直に話してしまった方がマシだろう。
ああ、大分厄介な人に捕まってしまった。
この異様なかじりつき様、私にというよりロックマンに向けられている気がするんだけど、違うのかな。船でもそうだったけど、私はあくまで間にいるだけで中心ではない。……女からだけでなく男からも執着されるとは、人気者はたいへんである。
私はロックマンが言わんとしていることを汲み取り、頷いた。
「まず血の契約と、協力してもらいたいことが三つくらいある。それができるなら、いいよ。下手に探られて周りに影響するくらいならそのほうがいい」
「この私に頼み事と命をかけろと?」
「こっちだってそれほどかけてるんだ。貴方の比じゃない」
「ほう」
「でもここでは駄目だ。明日僕の書斎に来てくれ。そのときに教えるから」
「彼女は?」
「いたら不審がられる。から、ナシ」
背中に隠されていた私を、コック王子は横からのぞき込んだ。
「わぁ、嬉しいな。じゃあ共有させてね、君の秘密を」
頬にチュ、と口付けを落とされる。瞬きの間に起きたことに反応が遅れた。
頬に口付けってあの夢じゃないんだから、しかもロックマンじゃないし、うげぇっ……拭こう。
ゴシゴシ擦る私を見て不快に思われるどころか片目を瞑っておちゃらけた態度をとるコック王子。
嫌がるってわかってやったな、この男。
はからずも「超性悪版アルウェス・ロックマン」という言葉が頭に浮かんだ。
*
「あっちにいる間は装置でゼノンとは連絡を取れたんだけどね」
今度は確実にコック王子を撒けた。
よく考えればお付きなしであんなところにいたなんて、危機感のない王族である。
気になることは確かめないと諦めない意地の悪い王太子だったが、ロックマンが丁重に庭の警備の白騎士へ(警備いたの)国王のもとに連れて行くように指示していたから大丈夫だろう。
さらばクズ王子。
「君のほうとはどうしても連絡がとれなかった」
庭園から城の外廊下へ続く石畳の道を歩く。
途中に温室があった。ミスリナ王女が趣味で花を育てているとマリスが言っていたから、あそこで懇切丁寧に世話をしているに違いない。
「連絡?」
私の頬を洒落た柄の入った手拭きで擦りながら前を向いて歩くロックマンを器用な奴だなと関心しつつ、連絡手段が渡られていた件を話される。
何かしたのかと問いかけたら、議長の魔法陣を破ろうとしたけど無理だった。と返ってきた。
なんだそれ。解けない魔法陣は世界にいくつもあるけれど、上手にほどければ害なく解除できるものが多い。でも破ろうとしたってことは、破れる可能性のある魔法陣だったということだ。
でもロックマンが解けない?
よっぽど難しくて術者も曲者だったに決まっている。なんたって会議はいろんな人が集まっていたんだから。
「あの話の続き、結婚のね。覚えてる?」
「ものすっごく覚えてるけど……変におしゃべりね。疲れ過ぎなんじゃないの」
「ちゃんと話ができないまま離れたから後悔してるんだ、これでも。不安にさせただろうってね」
「そんなに詰めて話さなくても――あっ」
「?」
「あと一応言っておくけど、私好きなのやめてないから」
そうそう、一番大事な部分の訂正を忘れていた。勘違いされたままなのは困る。せっかくこうして話ができているのだから。
念のためにね、と言う私にロックマンは横で立ち止まった。
疲れているせいなのか、少し余裕なく話してくれているのを見ると、私も思って考えて悩んでいるばかりじゃなくて、伝えなければいけないという気持ちが徐々に湧いてくる。
ああやってくっついていたのが結果的によかったのか、なんだか今なら、何でも話していいような気がしてきた。
「私はハーレで働いて、そっちはこの国を守る仕事があるんでしょう。恋とか愛とかにかまけてるアホを好きになったんじゃないのよ。連絡が何? は? そりゃあね、はじめは腹が立ったけど、私とあんたじゃそもそも背負ってるものが違うじゃない。こーのくらいっ」
腕を目一杯広げる。
「ただ、結婚どうこうはまた別だから……! なんにも解決してないし。それで解決するとしてもよ、恋人っていうのもまだ無しだからね。だってお互いのこと知らなすぎじゃない」
人差し指を向けて力説する。
十年かかわってきて、それでも知らない部分は多く、理解できないことも多々ある。すべてを知りたいわけではないが、私たち親子のためと言って結婚を切り出してきた相手の本心を暴くには、心境術以外のやり方でひも解いて理解していかないといけない。
問題の解決も必要ではあるが、私主体になっては駄目だ。対等に解決していかないと。
「貴族にっていう話を蹴って平民を選んだのは自分だもの。相手にばっかり負担をかけてどうにかなるようなことは御免なだけよ。心の底から」
言葉を口に出すと、自分の意見が形になってハッキリしてくる。
言いたいことを言えないままなのは、やっぱり駄目だった。こうして直球勝負しないと、ややこしくなって、最悪トレイズみたいな考えなしになってしまう。あんな陰険なやり方、私は嫌だ。(すまんトレイズ)
「その、……私のこと好きなんでしょう」
どもりそうになったが、つかえることなく高飛車な台詞を言い切る。
いったいどこのモテ女だ。
「正直今でも疑わしいわよ」
自分で言っていて恥ずかしい限りだが、事実確認のための確認は必要である。こんなうぬぼれた発言をまさか生涯で一度でもするなんて思わない。ロックマン一人しかいないから言えるが、誰かいたら絶対に言えるもんか。でも事実確認しなきゃだから。
「こうしていつも越されちゃうのは、僕が早く言わないからなんだろうな」
許してくれなくても態度で示していくさ、そう言ってロックマンは、また頬に布を当ててきてゴシゴシ擦った。
ずっと好きだったんだよ、なんてこそばゆい台詞を呟きながら。




