物語3・14
男女は私たちに気をつかったのか、もっと離れたところへ移動していくようだ。
ふう、よかった。そういう変態じゃなくて。こんなところであんなことをしている人たちだから、ご一緒に~なんて言い出したりしたりするんじゃないのかと……ちょっと待ってこれ私が変態みたいじゃない? そんな破廉恥なこと考えられるの!? 頭大丈夫!?
自分の煩悩におののき絶望した。変態だ。
「もういいでしょう。放してよ」
「やだなぁ」
「変態って呼ぶから」
変態は私だろ。
頭に置かれていた手から力が抜けて、抑制されていた首の動きが自由になった。足の間には変わらず挟まれたままだ。さっきの人たちに怪しまれないよう数分はこのままでいるか。近くにいないとも限らないし。
前髪がくしゃくしゃになったのを感じて、頭を振って風で整える。
「王の庭でこんなことするなんて、次は裁判所で会えるのを楽しみにしてるわ」
「悪知恵ばっかりすぐ覚える」
「昨日帰ってきたばっかりなんでしょう? こんなところで油売ってていいの?」
色々言いたいことはあるが、四ヶ月出張で昨日帰って来て今日令嬢の付き添いしてコック王子からメイドに扮した女を逃がして……たぶん他にも仕事があるはずだ。はず、じゃない。絶対ある。
だって騎士団にいて、魔術師長でもあるからして、必ず警備の仕事をも担っているにきまってる。ここに割いている時間はないだろう。
無職の人間が喉から手が出るほど職を求めていたとして、ロックマンの一日を見たら、こんなに仕事はしたくねぇ……と思うにちがいない。
「いいよ別に。ずっと仕事だったんだから労いの一つでも欲しいところさ」
本当に疲れているのか、目の下が若干くぼんでいる。夜だから色まではハッキリわからないが、うっすら隈ができていそうだ。
上を向いてじっくり顔を見つめていると、城のほうに集中していた相手の視線が落ちて目が合った。
「何よ」
「……何って」
くたり、とロックマンはだらしなく首を横に垂らすと、色素の薄いまつ毛をぱちぱち揺らす。
疲れを逃がすように、ふぅ、と息を吐いていた。
「連絡できなくてごめんね。会いたかったよ」
「それは別に……忙しいんだから謝らないでよ。私だってそっちにかまけてる暇なんてないんだから」
四ヶ月以上連絡が取れなかったことを謝られても、私はいったいロックマンにとって何様のつもりなんだという気持ちにしかならなかった。あんなに最低だとか思っていたくせに、いざ謝られると違和感が出てくる。
結婚うんぬんかんぬんの発言後すぐにいなくなったのは腹立たしいが、言い逃げされて放置された! と完全に被害者ぶることはできない。
あの日の夜に話す時間があったくせに話題にしないで、そのまま解散した自分が考えなしだったんだ。魔改造の話なんてするんじゃなかった、私の馬鹿。
それにだ。私たちは恋人同士ですらない。
そう、あんな話をしたけど、相手の時間を奪うような関係ではないのだ。
「落ち着いたら食事に行ってくれる?」
「え、ええ、まぁ、いいわよ。労ってやるわよ」
「ふ、っあはは」
「何が面白いのよ」
ロックマンは軽い笑い声を立てると、夜なのに眩しそうに目を細めて私を見た。
「ちょっと変な夢を見たんだよね。なんだかそれと違って面白くて。あんなことがあるはずないんだけど」
「……何言ってるんだか。ほら、さっさと行くわよ。よからぬ噂が立つ前に」
さっきの人たちがロックマンだと気づいていないといいが、もし気づかれていたらとんでもない騒ぎになるに決まっている。
庭園でゼノン王子の従兄がふしだらな夜を?
的な醜聞が流れたら王室にとって名誉棄損もあったもんじゃない。
「大丈夫だよ」
もっと顔を見せて、と、さっきより近くに顔が来る。
……立ち上がろうとしたのに腰が抜けた。背中の骨が一本なくなった気がする。お願い戻ってきてください。
私は、なんだか今更この状態が恥ずかしくなってきて、まずは目の前の事実を遠ざけて客観視してみることにした。
「応急処置ならいらないけど」
「違う。絶対にね」
とは言うが、これもどうせ船でされたやつと同じだ。ふしだらだ。
だから冷静になろう、ここで心臓の民を起こしてはいけない。太鼓を一回でも鳴らしたら、ドコドコドクドクドキドキと止まらなくなってしまう。
ねぇだって、四ヶ月。四ヶ月ぶりに会ってこれはいけないと思う。
なんでこんなに近いの。
顔なんかそんなに見ても何も変わりやしないってのに、穴が空くほど見つめて何が面白いの。近視になったの。
女性の扱いに長けている男に胸が高鳴りかけるのは愚かなことである。
マーニャ夫人の備忘録を思い出すんだ。男というのは星の数ほど愛を撒き散らせる生き物なのだと。
誑かすなら違う女性にしてほしいが、それは当たり前に嫌なので困った。
……ちょっと私何がしたいの。というかロックマンは何がしたいの。やっぱり応急処置なんでしょ。
でもこんなところでこんなことしていたら、さっきの人たちと変わらなくなる。何のために広間から逃げて来たと思っているんだ。ここは王宮だし、貴族とはちゃんと距離を保たないといけないのに。あの爺の態度からするに、私のことをよく思っていない人も当然いる。
いらぬ火種は作らない。それが一番だ。
それなのにどうしてこうも、身体が動き難いのか。
「前回も今回も……たまたまあの王子の邪魔が酷いだけ」
「邪魔って」
「余計なこと考えてる?」
「考えてる、かもだけど」
「心配?」
頬を両手でぶにっと挟まれて、唇が変形する。
「ほにふんにょよ(なにすんのよ)」
「……かわいい」
かっ、かわいい!? かわいいって言った?!
どうしちゃったわけこいつ、会いたかったとか、やたら触ってくるし近いし、なに呑気に笑ってるんだロックマン。
この四ヶ月働きすぎでおかしくなったとか、脳みそを酷使し過ぎて幻覚が見えてるとか、
「あれ~。ふ・た・り・で、抱き合って何をしているのかな?」
ロックマンと目を合わせたまま、かけられた声にピシっと動きを止めた。
夜空から聞こえたが、まさか神様であるわけはなく。
二人同時に生け垣の上を見る。
「やぁ、私を振り切ったと思って追い付かれたお馬鹿さん」
一気に現実に戻される。
舞踏会場から逃げてきたはずの元凶と同じ声だった。




